夏休み中のプール(夏緋)
夏緋続きですみません。誕生日から日は経ちましたが「夏緋はぴば!」ということで。次は柊のSSになると思います。
夏休みに入る前、僕は夏緋先輩に声をかけた。
「休み中になにか夏らしいことをしましょうよ! 海に行くとか――」
「却下。暑い。くさい。日焼けする」
「でたよ、お嬢様」
会長に強制連行された釣りのときも、まったく同じことを言っていた。
名前に「夏」が入っているのに、なんて夏に向かない人なんだ。
「いいですよ、もう会長に言って……」
「兄貴に話を広げるな」
めんどうなことになっていいのか? と釘を刺される。
たしかにまた急にジャージのまま釣りに連行されたりするのは困る。
でも、せっかくの夏休みだし……満喫したい!
「ウォータースライダーとか、遊ぶところがいっぱいあるプールも行きた……行きませんよね」
言いかけて、自分で答えに気づいた。
知らない人が大勢入っているプールなんて、この人が行くはずがない。
「夏緋先輩って、銭湯とかに行ったりします?」
「行かない。お前も行くなよ」
「僕の人権……」
スーパー銭湯とか好きなんだけど?
「海は行かないが、代わりの場所を用意してやる」
青桐家の者が用意する代わりの場所って、絶対セレブなところだろ……!
ちょっと怖い気もするが……。
それでも、一緒にどこかへ遊びに行けるのは嬉しいから、お願いすることにした。
※
夏休みに入り、約束の日になった。
夏緋先輩に連れて来られた場所にあったのは、モダンで高級感あふれる大きな一軒家だった。
「ここは……?」
「親戚の別荘だ」
「別荘……」
華四季園からそう離れていないのに自然が多いし、建物も少なくて静かだ。
交通の便もいいし、別荘地に適していそうな場所だ。
白と黒で統一されたスタイリッシュな外観に、大きなガラス窓が映える。
門や塀もしっかりと造られていて、セキュリティにも気を配っていることがひと目で伝わってきた。
「プールがあるから、使わせてもらうように頼んだ」
分かっていたが、やっぱり青桐一族はセレブだった。
夏緋先輩が鍵を開けて入っていくが、庶民の僕は入っていいのかと少し気が引ける。
立ち止まっていたら、「何をしている」と叱られたから、慌てて後を追った。
「ここに子どもの頃にも来たりしたんですか?」
「親戚で集まったり、兄貴と遊びに来たこともあったな」
「へー! 会長と夏緋先輩は浮き輪で浮かんだりしました?」
「子どものころはな」
「えっ!」
自分が兄とやったプール遊びを思い出しながら何気なく聞いたのだが、浮き輪で浮かんでる幼い青桐兄弟って絶対可愛いぞ!?
今の二人とのビフォアアフターを五千回は反復横跳びしたい!
「写真は!? 家に帰ったらありますよね!? データで送ってくださいね! 待ってますね!」
「送られる前提で話すな」
「あ、僕の写真は送りませんので!」
大体「欲しければお前もやれ」と対価を求められるので、先回りして断っておくと、ジロリと睨まれた。
「送らないからな」
「またまたあ。そう言って送ってくれるんですよね? 待ってますね」
「…………」
こう言っておけば、根が優しいから送ってくれるかもしれない。
あとで対価を徴収されるかもしれないけど……。
送ってもらえなかったら会長に言ってみよう。
早速僕は、プールに隣接した更衣室で水着に着替えた。
持ってきたのはよくある普通のハーフパンツみたいな水着で、上は日焼けする心配もないし、何も着ずにプールへ行く。
ちゃんと準備運動をして、準備万端になってからプールで泳ぎ始めた。
広くて綺麗なプールでのびのび泳げるのは気持ちいい……いいんだけど……!
プールサイドには、黒いフレームに白いクッションを合わせたラウンジチェアが置かれていた。
その一つで背もたれを倒した夏緋先輩が、スマホを眺めながら優雅にくつろいでいる。
僕は水面から目だけを出し、じっとその姿を睨む。
ずっと一人で泳いでいてもつまらないんですけど!
この人は着替えてすらいないし!
恨みを込めて見ていると、夏緋先輩が僕の視線に気づいた。
「……何してるんだ?」
「海坊主ごっこです」
「……楽しいか?」
「全然」
「そうだろうな」とでも言いたげに、夏緋先輩は鼻で笑った。
「一人で延々と泳いでもつまんない! こんなのただの特訓してる奴と保護者だ! 一緒に泳ぎましょうよ」
「特訓でいいじゃないか。溺れたら救護してやる」
ほんとだな!?
「ワー! タスケテー!」
ばしゃばしゃと水しぶきを上げ、溺れるふりをしてみる。
けれど夏緋先輩はちらりとこちらを見ただけで、また鼻で笑った。
「見捨てるじゃん!!」
「ははっ」
笑ってるし!
ひどい!
それなのにスマホから目も離さないし!
「屋内だし、綺麗な水だし、いいじゃないですか。それとも僕が浸かった水が汚いっていうんですか! 泣きますよ!」
「そんなこと言ってないだろ。今日は濡れる気はない」
態度からそれは察していましたが!
そう言われると、逆に濡らしてやりたくなる。
「一応事前に聞きますけど、水かけたら僕の命はどうなります? 『やってみろ』って言いつつ、やったらどうなるか分かってるんだろな? って圧をかけるのはなしですよ」
全力で水をかける体勢に入りつつ、今日は事前に有力な選択肢を潰しておく。
「やってみたら分かるじゃないか。ここはオレとお前しかいない、ということだけは頭に入れておけよ」
「なしって言ったのに!」
ちょっと味変えたらセーフ、じゃないんだから!
もう思い切りかけてやろうかなと思ったけれど、どういう仕返しがくるのか分からない。
「人の目がないんだぞ」って、どういう意味なんだ!
僕が腐っているからか、ここがBLの世界だからか、夏緋先輩のせいなのか、そっち方面の想像しかできない。
あ、全部要因かも。
セキュリティがしっかりしてそうだから、カメラとかあるんじゃないの!?
思考が腐った危険な方に傾きだしたので、違う角度……一番手っ取り早い手段で夏緋先輩をプールに引きずり込むことにした。
「会長に『夏緋先輩に遊んでもらえなかった!』ってちくってやる!」
「お前、兄貴の名前を出せばなんでも通ると思ってるだろ」
「うん」
即答すると、夏緋先輩は苦々しい顔で「はあ」とため息をつき、そのまま部屋の方へ戻っていった。
「……ふ、勝った」
さすがは殿下の宝刀、『お兄ちゃんに言うぞ』。
会長にあとから根掘り葉掘り聞かれるのがめんどくさいんだろうなあ。
「使っていい」と許可をもらっていた大きな浮き輪につかまってぷかぷかしていると、夏緋先輩が水着を着て戻ってきたのだが……。
「なんでラッシュガード着てるんですか」
しかも上は、フードがあるタイプのやつだ。
夏緋先輩、パーカーが本体説、本当なのかも……?
会長よりは細く見えても僕なんかよりは全然たくましいし、水着姿かっこいいだろうな、と楽しみだったのに!
「別になんでもいいだろ」
「よくない! 夏緋先輩の現代っ子! ラッシュガード反対!」
「どうしてそんなに脱がしたいんだ」
言い方……!
それでなくても思考が変な方向に行きそうだったから、軌道修正しながらやってきていたのに!
「ぬ、脱がしたいわけでは……」
ごにょごにょ言っていると、夏緋先輩はラッシュガードを脱いでプールに入ってきた。
「これでいいんだろ?」
「あ、はい」
自分がやれと言ったことなのに、いざ現実になると上半身裸の夏緋先輩を直視できない……困る……。
そんなことを考えているうちに、夏緋先輩は僕と同じ浮き輪につかまってきた。
一つの浮き輪に二人で捕まると、密着するわけで……!
顔が近いし、服を着ていない状態でくっつくから、なんだか緊張していると――。
「あ」
バランスを崩し、夏緋先輩を巻き添えにして盛大に転んでしまい、プールに頭まで浸かった。
やばい……色んな意味でやばい!
足がつくところなので、慌ててすぐに立ち上がった。
同じように立ち上がった夏緋先輩が、顔にかかった水と髪をかき上げながらジーッと見てきた。
濡れるのが嫌そうだったから、怒ってる……よね?
「ワー……イケメンダナー……」
「…………」
本当、水も滴るいい男という感じでかっこいいし、ゆっくりと見惚れたいけど……!
無言の圧が怖い!
「濡れても水着だからよくないですか!?」
逆ギレするように叫ぶと、夏緋先輩はどこか含みのある涼しげな笑みを浮かべた。
え、こわ……。
「親戚にはここに泊まってもいい、と言われているからな。プールから上がってからが楽しみだな」
そう言うと夏緋先輩は、僕に向かってずんずんと歩いてきた。
「な、ちょっ――」
水の中だというのに、そのままひょいっと僕を姫抱きにする。
どこへ行く気!? 水の中なんて動きづらいだろうに、軽々抱えて進むなんてすごくない!? ……って感心してる場合じゃない!
だから全要素のせいで思考がそちらに……!
BLゲームの世界で夏イベントを起こすのは早まったかもしれない。




