審判の狂宴
眩しすぎるスタジオのLEDライトが、僕の着用している高級なレンタルスーツを鮮明に照らし出している。馬子にも衣装とはよく言ったもので、今この瞬間だけは、フリーターではなく、まるで高級な官僚にでもなったかのように錯覚させてくれた。もちろん衣装代は全額を伊地知守に負担してもらったが、まさか一介の貧乏人がこのような舞台に立てるとは思っていなかった。
「あなたには道化を演じてもらいたいんです」
姿見に全身を映しながら、肺を大きく膨らませてませて息を吸う。
脳内でリフレインする伊地知の意味不明な言葉を吐き出すように。
まもなく本番だ。僕はネクタイの結び目に手を当てて位置を直すふりをした。
「志願者の、えー……フリーターの方ですね。どうぞ」
司会者の気のないアナウンスが響く。
ついにこのときが来てしまった。果たしてうまくやれるだろうか。
プレゼンの資料は何も用意できていない。
当たり前だ。事業プランも何もあったものではないのだから。
ボロクソに言われることは確定しているものの、なんとか一矢報いてやりたい気持ちもあった。
ドアノブを回すと、カメラの赤いランプが一斉に点滅して、こちらに向けられた。
空気だけが異様に重い。
そして機材が多いせいなのか、異常な熱気が感じられた。
口の中が一瞬で乾燥して、無意識に唇をなめた。
用意されていたパイプ椅子に座る。
目の前には半円を描くように並べられた真っ黒な革張りのソファ。
そこに腰掛ける5人の「虎」たちが、冷ややかな視線で僕を値踏みしていた。
「では、あなたの事業計画と、希望する出資希望額を教えてください」
司会者が淡々と進行役を務める。そこに悪意のようなものは感じられない。
やはり警戒すべき対象は伊地知だけなのか?
一番右端の席に視線を送る。
そこには自身の腹の中を、サングラスとマスクで隠している男がいた。
しかも腕を組んで意味深な笑みを浮かべて座っている。
手首には純金製の腕時計が、聴衆に見せびらかすようについていた。
「希望金額は、一千万円です」
文字数は少ないはずなのに息継ぎが苦しい。
自然と呼吸が浅くなっているのだ。
僕は訥々と話すことを余儀なくされた。
「事業内容は、薬品等を使わずに患者を治療する、訪問医療を全国に展開させたいです」
一瞬の静寂の後、スタジオ内に失笑が漏れた。
おいおい、ヤバイ奴が来たぞ。とでも言うように、虎同士が目配せをしたり、肘で小突いたりして牽制し合っている。
いやな汗がこめかみを伝う。それがまるで虫が這っているように感じられて気持ち悪い。今すぐにでも露を払いたかったが、身体が彫像のように固まって動けなかった。
「おい、ちょっと聞いていいか?」
虎の一人があからさまに眉をひそめ、重低音の威圧する声を発した。
開業医として美容医療外科を担当している斎藤一社長だ。
「お前、訪問医療って言ったよな。フリータやってるみたいだけど、医師免許は持ってんのか?」
至極真っ当な質問だ。いきなり急所を刺しに来た。
「いいえ、持ってないです」
「医師免許を持ってなくてどうやって患者を治療するんだ」
「それは、これからご説明する『テケレッツ医療』が関係していまして。あ、いや、その、独自の治療法がありましてですね」
「は? テケレッツ? なんだそりゃ。聞いたことねーよ、そんなの」
「これは医学ではなくてですね。簡単に説明すると、そこに座られている伊地知さんと同じ能力が使えるんですよ」
現役の医師と正面から言い合ったら負けると判断して、僕は相手の矛先を逸らすことにした。
もとはと言えば、彼が持ち掛けてきた企画だ。
僕はそれに演者として付き合わさているだけ。
ならばこの議論には伊地知も巻き込まれてしかるべきだろう。
「僕も確かに似たようなことをしているので、どうやら志願者の方には勘違いをされているみたいですね」
この展開もすべて彼の想定の範囲内だったのだろうか、伊地知はにやりと口角を上げて、よどみなく説明を始めた。好感度を下げようと思っていたのに、余計なパスを出してしまったかもしれない。
「僕がやっているのは訪問医療なんて大仰なものじゃなくて、患者さんの痛みや悩みに寄り添い、改善への足掛かりになればと思って始めた、いわゆる偽薬効果のようなものですよ。もちろん日本の医療は世界的にも優れていますから、医療機関への受診をお勧めします。ですが、どうしても思想や宗教上の理由で医療を受けることができなかったり、保険の対象外になっている高額医療を受けられずに困っている方々の、せめてもの心の支えになれればと思って活動しているのです」
その答弁を受けて、ホストクラブ経営者の高田正道は、全く別の角度から質問をぶつける。声が大きくて狭い室内に反響するようなボリュームで、
「あの、誰もツッコミを入れないので、ここで聞きますけど、伊地知さん、ビジネスの場においてその格好はどうなんですか? サングラスにマスクをされていますけど、社会人としてふさわしくないですよね」
伊地知は「これはブランディングでやっていますので」と弁解を始め、斎藤社長は「いやいや、高田さん。今その指摘は関係ないですよね」とたしなめ、司会者は「それを言い出すと、話が脱線してしまうので、サブチャンネルの楽屋裏トークのときにでも話しましょう」とちゃっかり宣伝まで行っていた。
ちょっといいですか。話を戻します。
赤ら顔で、少し眠そうに目をこすりながら、山田直彦社長が静かに手を挙げる。
「プラシーボ効果を狙った訪問医療とのことですが、これはすごくいいと思います。僕の思想が強いと思われるかもしれませんが、西洋の医学には不信感があるので、もしかしたら今後伊地知さんに頼らせてもらうことがあるかもしれないです。薬こそが日本人を弱くしている元凶。自然治癒こそが大事だと思っているタイプの人間なので」
彼は塾の経営者でありながらキャバクラ通いを趣味にしていることでも有名だ。そのひと言で、重すぎる空気が、少しだけ緩んだ気がした。
「薬が日本人を弱くしているかどうかはともかくとして、必要のない薬を過剰に投与している疑いのある病院もあるから、部分的には賛同するけどよ。志願者の意見について山田社長はどう思うよ?」
美容外科医の斎藤社長がそう話を振った。
やはりこの場は僕を審査する場所だ。
そう簡単には逃がしてもらえそうにない。
「まずはテケレッツ医療がどういうものなのかを聞かせてほしいよね。僕はそういう眉唾みたいなのは信じていないけどさ」
全くもってその通りの正論を浴びせられ、僕は顔に苦笑いを浮かばせる。やはり志願内容のアプローチが悪かっただろうか。訪問医療では角が立つ。そこは適当に、死相が見える霊能力者であると自身を騙るべきだっただろうか? 軽度の死相であれば死神を祓えるとかの方がまだマシだったかもしれない。
「はい、私には寿命が近い方の死相がわかります。その方には共通して死神が憑いています。私は最近になって、その死神を視認する能力および祓う能力を体得しました」
「あっそう。思ってたのと違うね。ずいぶん突飛というか、想像力がたくましい方みたいだね。スピリチュアル系の方なのかな?」
ここからはもう誰も口を開こうとしなかった。
興味がないのだろう。
逆の立場なら僕も同じように対応する。
それを見かねた司会者が匙を投げるようにして、事態の収集に入った。溜め息と苛立ち混じりの表情を隠そうともしていない。
「あのさあ、最後までこんな頭のおかしな志願者の相手をしないとダメかな。収録中止で良くないか。もういいよ、交通費は支給してあげるからさ、もう帰りな。これ以上は番組にならないからさ」
当然の帰結ではあるものの、僕は何もできずに赤っ恥をかいただけで終わった。こんな意味不明なプランは誰がやっても上手くいくわけがない。それなら伊地知はどうやって自らをプロモーションしたのだろうか。ここまでの知名度をどうやって獲得したのだろうか。
まあいいや。言われた通りに道化を演じたわけだし、これで文句はないはずだ。さっさと帰ろう。
「今回はすいませんでした。では、帰ります」
徒労によって重く沈んだ空気から、すぐにでも解放されるべく席を立つ。すると伊地知が動いた。
「待ってください。この志願者は途中で僕の名前を出しました。ということは、僕の模倣をしているということになります。彼に根拠なき全能感を与えた責任は僕にもあると考えます。そのため2つだけ提案をさせていただきたいです。まず1つ目は、お蔵入りとなった現在の動画とその著作権を買い取らせてください。2つ目として、この志願者を僕の会社で雇わせていただきたいです」
現場の空気がピリッと変わった。
伊地知のやつが何を企んでいるのか、今の僕には理解できない。
カメラはまだ回っている。
「責任を感じすぎという意見はよくわかります。しかし動画投稿サイトを通じて、僕の熱心な視聴者に、誤った啓蒙活動を見せてしまったことも事実です。その証拠として、このようなモンスターが生まれてしまっているではありませんか。僕は本来、虎の席に座れるような人間ではありませんが、志願者の方が異色の方なので、似たような経歴の先行者として参加させてもらっていると考えています。であれば、この一件はどうか僕のふところに預けていただきたい」
司会者は、「いや、このような変人を起用した番組サイドにも原因がある」とフォローを入れたが、結局は伊地知の案に賛同する形で話し合いは幕を閉じることになった。
「皆さま、本日は僕の未熟な模倣者でお騒がせいたしました。この責任は私が取り、彼とは個人的に話をさせていただきます。皆さまの貴重なお時間を奪ってしまい、申し訳ございませんでした」




