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無窮のヴィタルマナ  作者: 誤日脱日
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第四話「闇夜の泡影」

「俺も君にこれを使わせたいとは思っていない」

いよいよタワー突入作戦開始。作戦の要、システムダウン。その是非は……!

 街を封じ込めるように降り続く水の幕が、視界のすべてを奪っていく。

 フロントガラスを滑るワイパーは、もはやその役目を果たしているとは言い難かった。

 そもそも自走する車に、窓ガラスやワイパーなど要るのだろうか――作戦への参加は承諾したものの、天日(アメノヒ)の頭には、そんな取るに足らない疑問ばかりが浮かんでは消えていく。


 作戦の骨子は、単純だった。

 マリィのサイバー攻撃で防衛システムを落とし、その隙を突いて四十階のコントロールセンターを制圧する。

 猶予は、一時間。単純ではある。だが、単純であることと、容易であることは、まるで別の話だ。


「そこで止めろ」

 作戦どおり、内務省タワーからおよそ二キロメートルの地点で降車した。

 タワーへ近づくにつれ、建物の倒壊が目立ち始める。半壊したビルの陰に身を潜め、雨を凌ぎながら、その時を待った。

『こちらウルフ・ワン。ポイント・チャーリーに到着。ディアー・ワン、状況はどうか』

『こちらディアー・ワン。テロリストからの声明は、まだ何もないわ――作戦の進捗は良好。現在フェイズ・ツーへ移行済み。完了まで――およそ十五分』

 マリィの声が、イヤーデバイスから届いた。いつもより、幾分硬い声だった。

『ウルフ・ワン、了解』


 ボルトたちは無言のまま、装備の最終点検を続けていた。

 屋内戦闘を想定したカービン、予備のハンドガン。発煙弾に、閃光弾。手慣れた所作で銃器を確かめていくその姿は、天日(アメノヒ)がこれまで目にしてきたどの職業人よりも淡々として――いっそ美しいとさえ感じられた。

 その様子を横目に、天日(アメノヒ)もエンハンススーツへと着替える。


天日(アメノヒ)にも、一応これを」

 ボルトが差し出したのは、ハンドガンだった。

「万が一だ。俺とて、君にこれを使わせたいとは思っていない」

 天日(アメノヒ)はそれを、両手で受け取った。想像していたよりも、ずっと重い。グリップを握り込むと、浮足立っていた意識が、すとんと地に落ち着く気がした。

「ただ、撃つべき時が来たら、躊躇するな。狙いは相手の胸部。だいたいでいい、照準はAIが補助してくれる。小さいが、このスーツを貫く威力がある。リコイルは想像よりずっと重い。撃つ時は両手で支えて、肘を伸ばせ」

 ボルトはジェスチャーを交えて教えた。天日(アメノヒ)はその通りに構え、何度か空撃ちの姿勢をとった。


『ディアー・ワンよりウルフ・ワン。フェイズ・ツー完了。フェイズ・スリーへ移行する。プログラム発動の許可を』

 そうこうするうちに、マリィから通信が入った。サイバー攻撃の準備が整ったことを告げる合図だった。フェイズ・スリーへの移行は、もはや後戻りのきかない地点へ足を踏み入れることを意味する。ボルトは、その判断をコンマ一秒で下した。

『ウルフ・ワン、移行を許可する』

『了解。カウントダウン、十から――九、八、七――』

 デバイス越しのマリィの声にも、緊張が滲んでいた。

『――四、三、二――』


 沈黙が落ちた。一秒。体感では、それよりも遥かに長い空白だった。


『――こちらディアー・ワン。フェイズ・スリー完了。ウルフ・ワン、フェイズ・フォーへ移行してください。――ざまあみなさい』

『こちらウルフ・ワン、了解。フェイズ・フォーへ移行する。マリィ、よくやった。以降、ナビゲートを頼む』

 ボルトはヘッドプロテクターを二つ手に取り、その一つを天日(アメノヒ)へ差し出した。

「着けろ」

『ディアー・ツー――無茶、しないのよ』

 天日(アメノヒ)はその声に頷き、短く応えた。

『はい』

「GO!」

 ボルトの号令と同時に、シモン、セイヴ、アナスタシアが、夜雨の中へと躍り出た。



 *



 ヘッドプロテクターの暗視機能のおかげで、夜雨の只中にあっても視界はクリアに保たれていた。それでも天日(アメノヒ)の意識は、前を行くボルトの背中だけに、ひたすら注がれている。

 ボルトが、不意に立ち止まった。仲間たちは即座に反応したが、天日(アメノヒ)は勢いを殺しきれず、その背にぶつかってしまう。石壁のように固く、分厚い背中だった。

 ボルトはそれを気に留めるでもなく、他の仲間へ「先に行け」と合図を送ると、道の反対側を指差した。

「あそこ――見えるか」

 ボルトの示す先に、人影があった。

 傘もささず、瓦礫の中を歩いている。

「避難遅れか。誘導する」

 若い女性だった。上品な衣服の上に、レインコートのフードを目深に被っている。その出で立ちは、避難遅れと呼ぶには、どこか不自然にも思えた。

「国防庁アジアリージョン司令部、バレンチノ=ボルト大佐です。シェルターの場所は、お分かりですか」

 女性は、静かに首を振った。

「お名前は」

 続けて名を訊ねると、女性は背筋を正して答えた。

「アウローラ=イェスニーと申します」

 そう言って、深々と頭を下げる。起き上がる拍子にフードがめくれ落ち、隠れていた顔が露わになった。

 淡麗な造作。雨粒を弾くほどに長い睫毛。その奥で、灰色の瞳が静かに光を湛えている。全身ずぶ濡れであるにもかかわらず、みすぼらしさの欠片もない。彼女が纏っているのは、衣服ではなく――品格そのものだった。

「イェスニーさん。申し訳ないが、我々は先を急いでおりまして、お送りすることはできません。近くのシェルターへの道順をご案内します」

 ボルトが道順を説明するあいだ、アウローラは頷きながら、静かに耳を傾けていた。この状況下にあってなお、彼女の表情には焦りも、恐怖も浮かんでいない。凪いだ水面のようなその冷静さが、天日(アメノヒ)の目にはむしろ、異様なものとして映った。

 天日(アメノヒ)は、そんな彼女に、いつしか無意識に見入っていた。


 ――ふと、視線がぶつかった。

 天日(アメノヒ)の胸中に、脈絡のない感情が芽生えた。

 前後の文脈を欠いた、異質な衝動。何と呼ぶにも難しい――強いて言うなら、使命感、とでも言うべきものか。しかし、どこへ向けたものなのか。何のためのものなのか。それすら掴めないまま、束の間、溶けるように掻き消えてしまった。


 気がつくと、アウローラの視線は、すでにボルトへと戻っていた。

 天日(アメノヒ)は短い夢から覚めたような心地で、瞬きをする。目覚めた途端に夢のほとんどを忘れてしまうように、ただ残滓だけが、記憶の片隅に取り残されていた。

「では、お気をつけて」

 説明を終えたボルトに、アウローラは再び深く頭を下げた。フードを被り直し、夜雨の中を足早に去っていく。

 その後ろ姿をわずかなあいだ見送ってから、二人は再び走り出した。



 *



『ウルフ・ファイブよりウルフ・ワン。ポイント・デルタ・ワンに到着』

 セイヴから通信が入った。

『こちらウルフ・ワン。状況を報告しろ』

『見張りは、マシンガンを装備した兵士が二人』

『やれるな』

『――問題ない』


 間を置いて、再びセイヴの声。

『ポイント・デルタ・ワン、クリア』


 天日(アメノヒ)とボルトが到着した時には、すでに二本のロープが二階の窓へとかけられていた。足元には、二つの人影が転がっている。首筋には裂傷があり、流れ出した血が雨水に薄められ、コンクリートの上をゆるやかに広がっていた。

「大丈夫か」

 肩で息をする天日(アメノヒ)を見て、ボルトが声をかける。

「大丈夫です。――体力には、多少、自信が」

 そう言いかけたものの、説得力の欠片もないことに気づく。天日(アメノヒ)は自嘲を浮かべ、その先の言葉を飲み込んだ。

『ウルフ・ワン、現着。内務省タワーに突入する』

『ディアー・ワンからウルフ・ワン。了解。ナビゲーションを開始します』

 マリィから内部のマップデータが送信され、ヘッドプロテクターのバイザーにルートが展開された。特殊な切断工具で窓を抉り、二階へと侵入する。まだ、敵に感知されている様子はない。


「敵の数は多くない。タワー内部には、多く見積もっても三十人前後だろう。警備ドローンが無効化されている以上、全フロアを固めるのは不可能だ。俺なら、各階のエレベーター付近に戦力を集中させる」

 ボルトは歩きながら、抑えた声で戦術を共有していく。

「人質は二十一階の大ホールに収容されている。索敵を警戒しつつ二十一階まで上がり、そこで二手に分かれる。俺とアナスタシアで、天日(アメノヒ)を四十階のコントロールセンターへ送り届ける。セイヴとシモンは大ホールへ向かえ。合図があるまで、身を潜めていろ。我々の接敵と同時に、人質の解放に踏み切ってもらう」

 先頭はセイヴが務めた。安全を確認し、後方へ合図を送る。

「クリア」

 エレベーター付近を迂回しつつ、二階フロアを通過。目的の非常階段へと到達した。


 ボルトは、上層階にテロリストが集中配置されている可能性が高いと読んでいた。マンパワーの問題から、下層階はどうしても手薄にならざるをえない。壁沿いに進めば、螺旋状の階段が身を隠してくれる。物音と光にさえ気を配れば、むしろ盲点になるだろう――と。

 実際、その読みは正しかった。一度も会敵することなく、天日(アメノヒ)たちは二十一階へ辿り着いた。

『ウルフ・ワンからディアー・ワンへ。ポイント・デルタ・ツーに到着』

 ボルトの合図で、セイヴとシモンがフロアへと消えていった。


 天日(アメノヒ)、ボルト、アナスタシアの三人は、さらに階段を上る。三十階に差しかかった頃、セイヴから通信が入った。

『ウルフ・ファイブよりウルフ・ワン。ポイント・デルタ・スリーに到着』


 一拍の、間があった。


『――しかし、妙です。フロアに、敵がいません』

『了解。一旦、その場で待機』

『赤外線スキャンをかけていますが――武装した人影は見当たらない。人数も、人質の数と一致しています』

『待機を継続。特殊な迷彩装備の可能性がある』

 ボルトの指示は、変わらなかった。

『ディアー・ワンよりウルフ・ワン。ダクトを通じて、偵察ドローンを送り込んでみたらどう?』

 マリィが割って入った。

『許可する。指示を頼む』

『ディアー・ワンよりウルフ・ファイブ。届いた? 座標を送ったわ。このダクトなら、大ホールに通じている。移動できる?』

『了解。やってみる』


 しばらく、通信が途絶えた。

 ボルトたちはその間も、足音を殺して階段を上り続ける。


『ウルフ・ファイブよりディアー・ワン。座標に到着。ドローンを起動する』

『了解、コントロールはこちらで引き取るわ。戻って』

 すぐに、偵察ドローンの映像が共有された。大ホールの天井付近から見下ろすアングル。座り込む職員たちの姿が、そこに映り込んでいる。

『――確かに。人質しか、いないわね』

「どういうつもりだ」

 ボルトが、足を止めた。

 腕を組み、片手を顎に当てて逡巡する。数秒後、何かを思い立ったようにバイザーを跳ね上げると、シャフトの手すりから身を乗り出し、上層階を見上げた。

「……やってくれる」

 ボルトは姿勢を戻し、バイザーを下ろした。

「ウルフ・ワンより各員へ。作戦を変更する。人質は囮だ。敵は戦力を上層に集中させている。――正面から、迎え撃つ気だ。ウルフ・ファイブとウルフ・シックスは、エレベーターで直接四十階へ向かえ。ディアー・ツーはここで待機。合図を出す。ウルフ・セブン、ついてこい」

 ボルトは肩に掛けていたカービンを構え、一気に階段を駆け上がった。

 アナスタシアも、半歩後ろにそれへ続く。


 乾いた銃声が、天日(アメノヒ)の耳を劈いた。

 マズルフラッシュの残光が、三十四階の踊り場にいる天日(アメノヒ)のもとまで届く。光や音だけではない。――テロリストが階下へ向けて放った弾丸が、手すりの鉄骨を掠め、火花を散らした。壁に張りついていた身体を、さらにめり込ませるように押しつける。


 しばらくして、銃声が止んだ。

天日(アメノヒ)、上がってこい!」

 ボルトの声に促され、天日(アメノヒ)も階段を駆け上がる。

「いいか、絶対に俺から離れるな。俺の後ろから、ついてこい」

 天日(アメノヒ)は頷き、息を整えた。今になって、臨場感が一気に押し寄せてくる。首筋を汗が伝い、鼓動が耳の奥で叩かれるように鳴っていた。


 ボルトが、非常口の扉を蹴り開けた。

 間髪入れず、アナスタシアが飛び出す。敵弾がエンハンススーツを掠めたが、意にも介さず、サブマシンガンを掃射する。

 ひとしきり撃ち終えると通路を横切り、反対側の壁へと身を滑り込ませた。

 ボルトもまた、扉の陰から銃口を覗かせ、援護射撃を重ねていく。

 二人とも、身を晒すのは撃つ瞬間――その一瞬だけだ。


「クリア」

 応戦していた敵の銃声が途絶え、アナスタシアが制圧を告げた。

「続いて、エレベーターホールを制圧する」

「了解」

 マガジン残量を確かめながら、アナスタシアが応答した。


 敵は、四十階に戦力を集中させている。

 コントロールセンターへ辿り着くには、エレベーターホールの先に広がるエントランスロビーを、突破しなければならない。

 すでに、エレベーターホールは目前にあった。

 二人は先刻と同じ要領で、通路の角を盾にし、戦闘態勢に入る。

 視認できる敵影は、多くない。だが、当然ながら向こうもこちらに気づいている。

 わずかでも壁から身を出せば、即座に弾幕が飛んでくるだろう。


 それでも二人は、隙を突いては反撃に出た。しかし敵の銃撃は途切れることなく、膠着状態が続く。

「突撃しますか」

 逸るアナスタシアを、ボルトが制した。

「待て」

 その直後――敵の後方で、エレベーターの到着音が鳴り響いた。

 扉が開き、二つの影が飛び出す。

「大佐!」

 セイヴとシモンが、敵の背後から現れた。

 セイヴがライフルで牽制し、シモンがカービンで制圧していく。

 不意を突かれたテロリストたちは、振り返る間もなく、次々と崩れ落ちていった。


「クリア――よし!」

 セイヴが最後の一人を仕留め、制圧を報告する。

 アナスタシアが空のマガジンを捨て、新たなものへ差し替えた。過不足のない、洗練された動作だった。

「行くぞ」

 ボルトの声で、四人が一斉に走り出す。天日(アメノヒ)も、その後に続いた。



 *



 通路の先には、エントランスロビーが広がっていた。

 吹き抜けの天井を太い石柱が支え、来客用のソファや展示用のオブジェが、所狭しと並んでいる。

 平時であれば荘厳に映ったであろうその空間も、いまや戦場の塹壕と化していた。待ち伏せる側にとっては、格好の狩場だ。

 家具の陰、柱の裏――あらゆる遮蔽物に、敵が潜んでいる。

 しかしセイヴ、シモン、アナスタシアの三人は、一切の躊躇なくロビーへ突入した。

 彼らが踏み込んだ瞬間、これまでとは比較にならない密度の銃声が、空間を引き裂いた。弾丸が石柱を削り、壁を穿ち、文字どおりの弾雨となって降り注ぐ。

 なおも、三人は足を止めない。足を止めぬことこそが、最大の防御だと知っている。素早いフットワークで散開し、それぞれが障害物の陰へと、吸い込まれるように消えていった。


 ボルトもまた、ロビーの入口から半身を晒し、援護射撃を放った。もし天日(アメノヒ)がこの場にいなければ、先陣を切るのはボルトその人だっただろう。天日(アメノヒ)はそう思いながら、硬く分厚いその背中に隠れ、息を潜めた。

 しかし敵の弾幕は途切れるどころか、外に降りしきる雨の如く激しさを増し、こちらの攻勢を封じ込めていく。


『慎重ね。仕掛けてこない』

 アナスタシアの呟きが、デバイスを通じて聞こえた。

『時間稼ぎか』

『大佐、ここは自分たちが引き受けます』

『俺たちが前に出て、注意を引く』

 セイヴの通信に重なるように、シモンも続いた。

『頼んだ』

 ボルトは、その判断に一秒と迷わなかった。

 あの飄々とした調子も、今は影を潜めている。仲間の命を賭す決断を、即座に下す判断力。それこそが、皆がこの男に命を預ける理由に違いなかった。


『三、二――GO』

 号令を発したのは、セイヴ。三人が同時に飛び出した。

 銃を乱射しながら、物陰を渡り歩くように駆け回る。方々から、被弾した敵の叫びと崩れ落ちる音が、銃声に混じって聞こえてくる。

 吹き抜けの天井からシャンデリアが墜落し、ガラスの破片が辺り一面に飛び散った。

天日(アメノヒ)、行くぞッ」

 ボルトもまた、その混乱の只中へと打って出た。

 片手で強引にカービンを掃射し、もう一方の手は天日(アメノヒ)の腰に添えている。弾幕から庇うように、自らの体を盾にして走る。

 天日(アメノヒ)はただ前へ、前へと脚を運ぶこと、それだけに意識を注いだ。


『――っ』

 イヤーデバイスから、詰まったような呻きが漏れた。その息遣いだけで、アナスタシアのものだと分かる。

 直後。激しい爆発音とともに、ロビー中央に白煙が立ち昇った。照準を惑わすために放たれた、発煙弾。

「止まるな!」

 天日(アメノヒ)の心境を見透かしたように、ボルトが叫んだ。

「アナスタシアさん――」

 ボルトの制止に反して、天日(アメノヒ)は身を翻そうとした。

 だが、ボルトの異常な腕力が、それを許さない。

『行きなさい。――行け!』

 デバイスから届くアナスタシアの声は、喉がつぶれたように細く歪んでいた。

『お願い……私たちの戦いを、無駄にしないで』

 サブマシンガンの連射音が、天日(アメノヒ)の耳へ直接届く。デバイス越しの音と重なり、多重に響いた。まだ撃っている。まだ、戦っているのだ。

 天日(アメノヒ)は唇を噛んだ。

 喉の奥から、不甲斐なさを固形化したようなものがせり上がってくる。しかし同時に、どこからか湧き上がる使命感のようなものが、それを中和していった。

 ボルトが、辺りの埃を巻き上げるようにカービンを放つ。天日(アメノヒ)はその煙幕に紛れ、身を低くして走った。

 ロビーを一気に駆け抜け、その勢いのまま、通路へと滑り込む。

 喉が焼け、心臓は肋骨を押し上げるように鼓動していた。


「――天日(アメノヒ)、無事か」

 さすがのボルトも、肩で息をしていた。

 弾の尽きたカービンを床へ滑らせ、代わりにハンドガンへと手を伸ばす。ロビーを横断するあいだ、ひたすら天日(アメノヒ)を守り抜いたカービンの弾倉は、もはや一発も残してはいなかった。

「僕は平気です。――行きましょう」

 僕は、と。天日(アメノヒ)は、その一語にわずかな力を込めた。だがその刃は、ボルトにではなく、ほかならぬ自分自身へと向けられていた。

 覚束ない手つきで脇のホルスターからハンドガンを引き抜き、天日(アメノヒ)は構えをとる。

「そこで動くな」

 ボルトの声に従い、天日(アメノヒ)は屈折した通路の、手前の壁へと背を預けた。

 ボルトは、逆に速度を上げた。廊下を蹴る足音が二歩、三歩と鋭く刻まれ――突き当たりの角に差しかかった刹那、地を蹴って跳んだ。


 側転――から、宙返り。ボルトの体が壁の向こうへ躍り出る。


 耳を裂く銃声。

 一斉掃射。先に火を噴いたのは敵だった。

 壁を穿つ弾丸の衝撃が天日(アメノヒ)の足元まで伝わり、舞い上がったコンクリートの粉塵が、視界を白く塗り潰す。

 だが、宙を舞うボルトに弾は届かない。

 逆さ吊りのような姿勢のまま、ボルトのハンドガンが吼えた。


 三発。

 それで、銃声は途絶えた。

 転がるように着地するボルト。同時に、壁の向こうで敵の崩れ落ちる音が重なった。


「クリア」

 天日(アメノヒ)が角を曲がると、三人の敵が通路に倒れていた。いずれも急所を一発で撃ち抜かれている。

 ボルトは弾倉を改め、何事もなかったかのようにコントロールセンターの扉へと歩を進めた。

 天日(アメノヒ)もまた、ボルトに倣い、倒れた敵へ銃口を据えたまま、その背を追った。

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