59・むしばむ魔獣
ヴォルフラムは魔獣の核を抑え込み、自分の力にすることによって、三歳から十代半ばの肉体へと爆発的な成長を遂げた。ヴォルフラムの体内では、彼本来の魔力……人間の魔力と、核の魔獣の魔力が混ざり合っている。
「じゃあ光雷は神部くんみたいな人が放ったってこと? でも魔獣と混ざり合った人が、神部くん以外にいるなん……て……」
だんだん言葉が勢いを失っていったのは、恐ろしい予想が浮かんできてしまったせいだ。
ヴォルフラムは禍神シルヴァーナによって魔獣の核を埋め込まれた。
そして今、禍神シルヴァーナはオズワルドに力を貸している。オズワルドは禍神の力を得てから、それまで適性のなかった強力な雷魔法を操れるようになった。
魔獣と人間の、混ざり合う、魔力……。
「……禍神は、オズワルドにも、魔獣の核を埋め込んだの……? そしてオズワルドはわたしを殺すため、光雷を放った……?」
身体が震えるのは、仮にも義兄と呼んだ人が自分を殺そうとしたことに対する恐怖なのか、またもや人間に魔獣の核を埋め込んだ禍神に対するおぞましさなのか。
持ったままのティーカップの水面に映る自分の顔がゆがみ、波紋に飲み込まれる。
「落ち着いて、我が女神」
レシェフモートがそっとティーカップを取り上げ、ガートルードを膝の上で横向きに抱き直した。背中を支えてくれる腕は温かく、頼もしい。この腕の中にいればどんな危険からも守られると確信できる。
「僭王は我が女神のお命を奪おうとしたわけではないと思います。光雷は直視すれば目を焼かれかねませんが、物理的な攻撃力は皆無でしたから」
違う。
オズワルドは、彼の中の魔獣は目障りな王女と、蛇と竜たるカイレン、狼と蜘蛛たるレシェフモートを皇宮もろとも押し潰そうとしていた。まだレシェフモートとカイレンがかの魔獣に……獅子と鷲に気づく前に。
光雷はそれだけの威力を有していた。レシェフモートとカイレンが相殺しなければ、皇宮は灰塵に帰していたはずだ。
ライがここにいれば、心の中でそう突っ込んだだろう。しかしガートルードに忠実な下僕を疑う気持ちなどみじんもなく、彼の言葉をそのまま信じた。
「……じゃあ、なんのために?」
「おそらく、威嚇でしょう。遠く離れた帝都さえ自分は標的にできるのだ、という」
この世界において、前世のように大陸も海さえも超えて攻撃可能な兵器や魔法は存在しない。レシェフモートやカイレンのような王クラスの魔獣ならできるのかもしれないが――そこまで考え、ガートルードははっとする。
王クラスの魔獣なら?
では……。
「オズワルドが植えつけられた核は、王クラスの魔獣のものだということ?」
「……おそらくは」
ぞく、と身体の芯が震えた。
魔獣の王がどれほど強力無比な存在か、ガートルードほど知る者はいないだろう。
味方だからこそ頼もしかった。でもあの力を、敵が使うのならば……。
「ですが、本当に王クラスの魔獣の核が植えつけられたのだとして、僭王がその力を存分に使いこなすのは難しいだろうと思います」
レシェフモートがガートルードの背中をあやすように撫でた。どういうことだと首を傾げれば、金色の双眸の奥の光彩が妖しい光を帯びる。
「人間と魔獣では、そもそも生物としての在り方が根本的に異なります。魔獣の核を人間に植えつけるのは……そうですね、深海に棲息する魚に空の高みを飛ばせようとするようなものです」
「……それ、不可能ってことだと思うけど……でも、神部くんはやってのけたのよね。たった三歳の身体で」
「たった三歳だったからできた、とも言えますよ」
ヴォルフラムが核を埋め込まれたのは生まれる前……魂だけの状態の時だった。だからヴォルフラムの肉体は生まれた時から魔獣の核と共にあり、常に異質すぎる魔力に慣らされていた。
そのおかげで核はヴォルフラムの肉体に馴染み、ヴォルフラムが取り込んで自分の力にすることができたのだ。しかしもしも彼が成長期を迎えた後ならすさまじい力を肉体の成長に回すことができず、内側から爆発四散していた可能性が高い。
レシェフモートが淡々と語った説明に、ガートルードは青ざめる。
「……本当に、危機一髪だったのね」
「ええ。そういう意味でも、我が女神は皇帝の救い主と言えるでしょう。しかし……」
「オズワルドはとっくに成人している。完成した身体にいきなり王クラスの魔獣の核を植えつけられれば……」
ばらばらの肉片となって吹き飛ぶオズワルドがガートルードの脳裏をよぎる。ぶるりと首を振り、ガートルードは不吉な想像を追い払った。
「でも、オズワルドは今のところ爆発なんてしていないわ。すれば大騒ぎになるだろうし……」
「なんらかの手段で防いでいるのでしょう。植えつけた当人である禍神ならば、その手段も心得ているはずです」
「……」
この時、なぜか亡き姉たちの面影が思い浮かんだ。
それがある種の予知だったとガートルードが知るのは、まだまだ先の話だ。




