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52・エメライン様の形見

 適当にごまかすことはできた。いくらジーンが鋭くても、ガートルードに日本人として生きて死んだ前世があるなんてわかるわけがない。



『……もしもわたしが本物のガートルード王女じゃなくて、違う世界で死んだ三十歳の女だ、って言ったら?』



 なのに気づけば真実を口走っていたのは、姉の形見でもあるジーンに嘘をつきたくなかったからかもしれない。あるいは一生秘めておきたかっただろう彼の過去を覗いてしまった罪悪感ゆえか。



『なるほど、と思います』

『え、……どうして?』

『殿下の思考パターンは、ある程度年齢を重ねた人間独特のものですから。失礼ですが、あまり恵まれた環境ではなかったのでは? 亡くなったのも、その環境が原因なのでは? ああ、だとすれば、エメライン様に『遠い遠い東の果ての国』と称して伝えていた話も、前世の殿下の世界のものですね?』



 よどみなくすらすら述べるジーンが、前世のバイオリンをこよなく愛する女嫌いの名探偵に見えた。



(ほ、ほとんど当たってる……)



 前世のガートルードは十二人のきょうだいの養育を両親から丸投げされ、へとへとになった末に過労死したのだ。『死んだ』としか言っていないのに、よくそこまで見抜いたものである。



『その顔だと、どうやら当たったようですね』

『……貴方、鋭すぎるわ』

『そうですか? これくらい普通だと思いますが』

『少なくともモルガンは、わたしに何者かなんて聞かなかったわよ』



 するとジーンは甘いものと酸っぱいものを同時に食べたような顔になった。



『ブラックモア侯爵は……そもそも殿下が何者であるかなんて、どうでもいいんでしょうから。おみ足がおみ足で女王がおみ足で女王で……おみ足……おみ足……』

『ジ、ジーン?』

『おみ足が……おみ足……くっ!』



 ジーンはぶるぶる震える右手を握り締め、はあ、と息を吐いた。



『すみません、今、右手が急に疼きだして……目覚めろと誰かの声も聞こえたような……』

『えっ』

『妙に身体が熱くなるような……俺に触れた奴を火傷やけどさせてしまいそうな……』



 などとジーンは言うが、ガートルードの見た限り、どこも変わった様子はない。

 ガートルードは前世の弟妹たちの思春期を思い出した。やたらと思い込みが激しくなり、周囲に反発し、自分は特別な存在なんだと信じて妙な行動を取る……中学二年生が罹患しがちなあの病……。



(……おみ足ウイルスって、中二病も発症させちゃうの?)



 ぶるりと震えるガートルードに気づいたジーンが、さっと上着を脱ぎ、肩にかけてくれた。ここはジーンの精神世界なので温度は存在しないはずだが、ほのかな温もりを感じる。



『ありがとう。でも、貴方は大丈夫なの? ……その、右目も疼いたり、手の甲に六芒星を描きたくなったり、悪魔を召喚したくなったり、巨大な剣を背負って荒野をさすらいたくなったりしない?』

『……いや、しませんが……なんなんですか、その妙に具体的な症例は。ひょっとして、違う世界にこんな病気があるんですか?』

『ええと……病気というか、なんというか……』



 病気ではないが、ある意味病気より性質たちが悪いかもしれないそれをなんと説明していいのか。悩むガートルードに、ジーンはふっと笑った。



『話したくなければ構いませんよ。殿下が三十歳まで生きていたという違う世界についても、これ以上は』

『えぇ?』



 ガートルードはぽかんとしてしまった。てっきりここから、荒波の打ち寄せる断崖絶壁に追い込まれた犯人さながら問い詰められるのだとばかり思っていたのに。



『俺は殿下を殿下たらしめているものを知りたかっただけで、追い詰めたいわけではありませんから』

『……もう、気は済んだということ? わたしは厳密に言えば、エメラインお姉様の妹として生まれた『ガートルード王女』ではないのに?』



 櫻井佳那だったガートルードが転生したのは、この身体が三歳になってから――両親が亡くなった馬車の事故の後だ。それまでは元のガートルード王女は生きていた。生きたお人形みたい、と揶揄されていた本物のガートルード王女が。



 彼女はたぶん、あの事故で両親と共に逝ってしまった。



『……殿下は、俺をエメライン様の形見だと言ってくださいましたね』



 ジーンの目元が緩んだ。



『俺にとっては殿下が、俺を最低最悪のクソッタレの馬鹿野郎と叱り、エメライン様の思いを教えてくださった今の殿下こそが、エメライン様の形見なんです。本物のガートルード王女かどうかなんて、どうでもいい』

『……貴方、ちょっと振り切れすぎじゃない?』

『そうでしょうか。ブラックモア侯爵も帝国の面々も、あの魔獣たちも、同じことを言うと思いますが』



 あの魔獣たち、と告げる口調になんの嫌悪もわだかまりも感じなかったので、ガートルードは驚いた。あれほど魔獣を忌み嫌っていたジーンに、なにが起きたというのだろう。



(それに叱ってくれるのが嬉しいって、もしかしてジーンって、いじめられて喜ぶ特殊性癖なんじゃ……)



 ガートルードに踏みつけられて歓喜していたモルガンを思い出し、軽い寒気を覚えてしまう。シルヴァーナ人の男性は皆、多かれ少なかれそっちの素質があるのだろうか。

 しかもジーンは中二病もプラスである。さすがにちょっと業が深すぎる気がする。



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