53・わたしのお兄様
ガートルードの葛藤は、ジーンにはしっかり伝わっていたようだ。
『申し訳ありません』
『……どうして謝るの?』
『俺は勝手に『理想のエメライン様の妹姫』を作り上げ、それに当てはまらない殿下に苛立ち、八つ当たりをしました。あの魔獣たちに反発したのは、図星を指されたからです』
淡々と語るジーンはどこかすっきりしたような、憑き物が落ちたような顔をしていた。
『あの時、俺を最も理解していたのは俺自身ではなく、彼らの方だった。いえ、おそらく殿下をお守りすることに関しては、俺は彼らに遠く及ばないでしょう。……永遠に』
『ジーン……』
『ですが、もし……もしお許し頂けるのなら、俺を殿下のおそばに置いてください。俺にしかできないことで、エメライン様の形見である貴方をお守りしたいのです』
真摯な表情を見て、今のジーンを『徒花』などとさげすむ者はいないだろう。
澄んだ碧眼の奥に、ガートルードはエメラインと同じ慈愛の色を見つけた。欲望の一切絡まない、ただ相手を慈しむ深い情。
それは。
『なんだか……ジーンは、わたしのお兄様みたいね』
『っ……お、お兄、様……?』
流暢にしゃべっていたはずのジーンが突然ゴホゴホと噎せながらしゃがみ込んでしまったので、ガートルードは慌てて背中をさすった。子育てに追われていた前世の癖みたいなものだが、ジーンの背中はほっそりした見た目に反してたくましい。
『ジーン、大丈夫!?』
『あっ……はい、いえ、あの、その、この、うっ……駄目だ……、……くっ……』
ジーンは溢れる邪気を抑え込もうとでもするかのように左胸を押さえ、さらにもう一方の手で顔を覆ってしまう。
(ま、まさかの中二病の発作!?)
そんなに『お兄様』呼ばわりは嫌だったのかとガートルードは青ざめたが、冷静なら見えただろう。ジーンの指の隙間から、真っ赤に染まった彼の顔が。
ガートルードは、知らなかった。
恵まれぬ出自で幼くして母を奪われ、一人ぼっちで生きてきたジーンが、心の奥底では『家族』に強い憧れを抱いていたことを。
エメラインはジーンの『家族』になりうる存在だった。だが王女であるエメラインとジーンが結ばれる道はなく、彼女はオズワルドに命を奪われた。
けれどもし奇跡が起き、エメラインがジーンの妻になっていたら……エメラインの実妹たるガートルードは、ジーンの義妹。そう、『お兄様』と呼ばれていたかもしれないと……ジーンの『家族』になってくれたかもしれないと、ジーンは気づいてしまったのである。
その理屈で言うならフローラもエメラインの妹なので、ジーンの義妹になるのだが、彼女はジーンの中でシルヴァーナ王族ではなくなっている。
『おっ、おに、おにおにおに、お兄、様……』
つまりジーンは生まれて初めて『お兄様』と呼ばれ、強い衝撃と歓喜で混乱の極みにあるだけなのだが、ガートルードには伝わらない。
(おにおに、って……鬼? 鬼の群れが押し寄せてきて無双する妄想とかに浸ってるの?)
すっかり中二病の発作だと思い込んでしまい、エメラインから授かった破邪魔法の知識を探るが、中二病を治せそうな魔法は見つからない。
(神部くんなら……ああでも、前世でも不治の病って言われてたっけ……)
どうしようどうしよう、と頭を抱えていたら、そっと肩を叩かれた。びくっとしながら振り返れば、ジーンが心配そうにガートルードを見つめている。
『殿下、大丈夫ですか?』
『貴方こそ大丈夫なの!?』
中二病は不治の病なのに、と勢いこんで問い返せば、ジーンは白い頬を赤らめた。
『……大丈夫です。お見苦しいところをご覧に入れてしまい、申し訳ありませんでした』
頭を下げるジーンはいつものジーンだ。どうやら発作は治まったらしい。
しかし一度発症してしまえば決して治らず、たとえ治ったように見えても突然ぶり返すのが中二病である。
『そう……良かったわ。でも、もしまた苦しくなったらすぐに言ってね』
不治の病でも、症状を和らげることはできる。片手だけ指ぬきグローブを嵌めさせるとか、やたらと画数の多い漢字を書かせるとか、舌を噛みそうな呪文を唱えさせるとか、眼帯を装着させるとか……。
『ありがとうございます……殿下』
ガートルードから掛け値なしの心配だけを受け取り、ジーンは微笑んだ。打算も欲望も一切含まれないいたわりは、彼が渇望してやまなかったもの――エメライン亡き後は、誰も与えてくれないはずのものだった。
この瞬間、ジーンにとってガートルードは主君であると同時に、心の聖域に住まう『妹』になった。
そして、この日こそ。
シルヴァーナ王国に永くその名を語り継がれる、救国の女王ガートルードを無私の心で支え続けた大破邪魔法使いジーンは、歴史に姿を現したのである。




