46・おみ足隊(偽)
死ぬべきだった。
エメラインよりもジーンこそが死ぬべきだったのに、あさましくも生き延びてしまった。
そうだ、今からでも遅くはない。
いこう。ジーンの在るべき場所へ。饐えた臭いの染み込んだ薄汚い路地裏のような、地獄の奈落の底こそがジーンにはお似合いだ。
さあ……。
『そうだ、さあ行こう、同志よ!』
どこまでも沈んでゆけそうな深い暗闇に、底抜けに明るい声が響き渡った。一度だけではなく、何度も。
『君は正しい。君が在るべきはこんな暗闇ではない』
『おみ足だ』
『あまねく闇を照らし、慈悲で包み込むおみ足の足元こそが君の在るべき場所なのだ!』
――おみ足、おみ足、おみ足!
勇ましく唱和する男たちは、少なくとも数十人はいるだろう。ジーンを取り囲み、ぐるぐる回りながら声を上げているのはわかる。けれど肝心のその姿は見えない。
『おみ足、おお至高のおみ足、我らが輝ける星』
『星よ輝け、哀れなる魂を救うために』
『輝け、すべての人類を照らすために』
――おみ足、おみ足、おみ足!
独特のビートで刻まれる詩に、手拍子と掛け声が混じる。最初は耳をふさぎたくなるほどの騒音としか感じられなかったそれは、鼓動と重なるうちにだんだん心地よい旋律に変化してゆく。
『……おみ足……』
ジーンがぽつりとつぶやいたとたん、歓喜の気配が高まって弾けた。
『そうだ同志よ、おみ足だ!』
『君はこれから生まれ変わる!』
『これまでの生はまやかし。おみ足こそが君の人生なのだ!』
ジーンの身体が勢いよく浮かび上がる。いつの間にか現れた何人もの屈強な男たちが、ジーンを胴上げの要領で担ぎ上げているのだ。
エキゾチックな顔立ちの彼らこそ謎のビートを刻んでいた男たちだと、すぐにわかった。いかなる出自であろうと、おみ足のもとに貴賤はなく、誰もが平等。そんなおおらかなオーラが、彼らからは発散されているから。
『さあ行こう同志ジーンよ!』
おみ足おみ足と威勢のいい掛け声を発しながら、男たちはジーンを担いだまま走り出した。果てまでいってしまえば二度と戻れない。悟った上で、ジーンは抵抗しなかった。
(どうなったって、いい)
本当はシルヴァーナ王国だって、どうなっても構わないのだ。だってあのくそったれな国に、エメラインはもういないのだから。
(エメライン様がいない世界なんて……俺なんて、どうなっても……)
『……こらーっ! 待ちなさい!』
二度と開かないつもりでまぶたを閉ざそうとした時だった。幼くも凛とした声が響き渡ったのは。
エメラインから手ほどきを受けたことにより、使用可能になった破邪魔法の一つ――『浄禍』。対象の精神的な傷を癒やすそれを発動させた瞬間、ガートルードはジーンの心の中に引き込まれ、彼の精神的な傷の元凶……彼の過去を追想することになった。
苦労しただろうなと思ってはいたが、予想以上にハードな半生だった。ガートルードの前世、十二人の弟妹の子育てをさせられた佳那といい勝負かもしれない。いや、少なくとも命の危険だけはなかった分、佳那の方がましだったかも。
(……ジーンはきっと、エメラインお姉様が好きだった)
恩人や主君として、だけではない。一人の男性としてエメラインを想っていた。彼女にルシアン・リリーホワイトという婚約者がいると、間もなく彼の妻になるとわかっていても。
だから、ガートルードにあんな強硬な態度を取ったのだ。愛するエメラインの最期の願いを、ガートルードが叶えようとしなかったから……ガートルードがただ身内だというだけで、堂々とエメラインに愛情を注がれていたから。
(お姉様、実はけっこうしたたかな人だったのね)
ガートルードと一緒にいる時のエメラインはおっとりとしていて優しくて、少し抜けたところもある天然系のお嬢様だったけれど、必要とあれば策を用いることも辞さない強さもあったのだ。ヘレナの陰謀から助けてもらい、あんな姿を常にそばで見せつけられたら、それはジーンも惚れるだろうな、と思う。
きっとジーンにとって、エメラインは初めて『徒花』としてではなく、穢れない想いを捧げた人だった。
エメラインを助けられず、最期の願いを叶えることもできそうにない。そんな心の間隙に、おみ足ウイルスが入り込み、ジーンの心の傷をぐいぐい広げてしまったのだ。ある意味、前世のインフルエンザやコロナよりも質が悪いウイルスである。
だって過去の追想が途切れるなり、ジーンを暗い闇の果てへわっしょいわっしょいと担いでいこうとした。ジーンは善意のおみ足隊だと思っているようだが、あれはジーン自身の精神が創り出した死神だ。彼らに身を任せたら、待っているのは死である。
だからガートルードは叫んだ。
『……こらーっ! 待ちなさい!』
……その直後、本当にぴたっと足を止めたおみ足隊(偽)がギンギラ輝く瞳を向けてきたので、思わず『ひえっ』と緊張感のかけらもない悲鳴をこぼしてしまったのだけれど。




