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神宝町怪異相談 仕事のあとに残るもの ~仕事を失った人たちの、少し不思議な再出発~  作者: K3/KASANE
検品済

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第三話 まだ、途中


「昨日の、直す?」


 翌朝、結衣から電話が来た。


 佳代は一瞬、何のことか分からなかった。


『袋』


「ああ」


『お母さんが、おばあちゃんに電話しなさいって』


 娘の声が遠くで聞こえる。


『勝手にほどいたんだから最後まで面倒見てもらいなさい』


「聞こえてるよ」


『聞こえるように言ってるの』


 結衣が笑った。


 佳代も少し笑った。


「持っておいで」


 昼前。


 結衣が一人でやってきた。


 袋と裁縫箱を持っている。


 佳代は手提げ袋をテーブルへ広げた。


 昨日ほどいた部分が口を開けている。


「ごめんね」


「なにが?」


「勝手にほどいて」


「いいよ」


「よくないでしょう」


「じゃあ、直して」


「自分でね」


「えー」


「あなたが作ったんでしょう」


 佳代は針へ糸を通した。


 結衣へ渡す。


「ここから」


「どうやるの」


「最初だけ返す」


「返す?」


「見てて」


 佳代は別の布で一度だけ見せた。


 結衣に針を返す。


「やってみて」


 針が布を通る。


 表。


 裏。


 また表。


 縫い目が少し斜めになる。


「あ」


 佳代の口から声が出た。


 結衣が顔を上げる。


「なに?」


「……なんでもない」


「曲がった?」


「少し」


「じゃあやり直す?」


 佳代は言いかけて、やめた。


「そのまま最後まで縫ってみて」


「いいの?」


「うん」


 結衣が続きを縫う。


 また曲がる。


 少しまっすぐになる。


 間隔も揃っていない。


 佳代には全部見えた。


 でも黙っていた。


 結衣は最後まで縫った。


「できた」


 袋を持ち上げる。


「どう?」


 佳代は見る。


 商品なら通せない。


 それは変わらない。


「うん」


「うん、だけ?」


「最後までできたね」


「うん」


 結衣は満足そうだった。


 ◆


 結衣が帰ったあと、佳代は職業相談窓口でもらった求人票を見た。


 検品。


 縫製。


 仕上げ。


 補修。


 似た言葉が並んでいる。


 前なら、検品だけを探した。


 できる仕事を探した。


 できないものを避けた。


 それは普通だと思う。


 それでも、面接先の工業用ミシンの椅子を思い出した。


 長いあいだ、横を通り過ぎてきた椅子。


 翌日、佳代はもう一度相談窓口へ行った。


 前と同じ担当者がいた。


「佐伯さん」


「こんにちは」


「その後どうですか」


「落ちました」


「ああ……」


「大丈夫です」


 佳代は椅子へ座った。


「また検品で探しますか?」


「その前に」


「はい」


「教えてもらえるところってありますか」


「何をです?」


 佳代は少し間を置いた。


「ミシンです」


 担当者が瞬いた。


「縫製を?」


「はい」


「未経験から?」


「仕事としては」


 男はパソコンへ向き直った。


「少し探してみます」


 職業訓練。


 講習。


 民間の教室。


 いくつか候補が出た。


 期間も違う。


 費用も違う。


「こちらだと教材費が必要です」


「はい」


「交通費もかかります」


「はい」


「受けたから就職できる、というものではありません」


「分かっています」


 本当は分かっていなかった。


 不安だった。


「持ち帰って考えますか?」


 佳代は案内を見た。


「申込書、もらえますか」


 ◆


 家へ帰る。


 家計簿を開いた。


 貯金。


 毎月の支出。


 失業中に入る金。


 減っていく金。


 電卓を叩いた。


 受講している間、給料は戻らない。


 教材費もかかる。


 交通費も出ていく。


「何やってるんだろ」


 声に出した。


 すぐに仕事を探したほうがいい。


 検品でなくてもいい。


 スーパー。


 清掃。


 倉庫。


 できる仕事はある。


 何も、今から縫製を始めなくてもいい。


 佳代は申込書を見る。


 名前の欄。


 まだ空いている。


 五十七歳。


 初心者。


 その二つを頭の中で並べた。


 佳代はボールペンを取った。


 名前を書いた。


 佐伯佳代。


 それだけだった。


 ◆


 講習初日。


 佳代は工業用ミシンの前に座った。


 隣には二十代くらいの女性がいる。


 反対側には、佳代より少し若い男性。


 講師は佳代の娘と同じくらいの年齢だった。


「最初は直線だけです」


 白い布が配られる。


「線に合わせて縫ってみてください」


 簡単そうに聞こえた。


 ペダルを踏む。


 思ったより速い。


「わっ」


 布が先へ進む。


 慌てて足を離した。


 針が止まる。


 縫った線を見る。


 曲がっていた。


 佳代には一瞬で分かる。


 最初の三センチは右へ寄っている。


 途中で戻しすぎて左へずれた。


 最後は間隔も乱れている。


「すみません」


 佳代は糸切りを探した。


「何してるんです?」


 講師が来た。


「ほどきます」


「今日はほどく練習じゃないので、その線は残してください」


 佳代は顔を上げた。


「曲がったまま?」


「はい。次、もう一本いきましょう」


「でも」


「あとで一番目と五番目を見比べますから」


 講師は次の線を指した。


「二本目、どうぞ」


 佳代は曲がった一本目を見る。


 検品なら、戻していた。


 直してから先へ流した。


 間違ったまま、次へ進むことはなかった。


 もう一度ペダルへ足を置く。


 二本目。


 一回目より少しまっすぐになった。


 三本目。


 途中でずれた。


 四本目。


 また少しまっすぐ。


 五本目。


 線の端まで、ほとんど外れずに縫えた。


 講師が一枚目と五枚目を指した。


「ほら、違うでしょう」


 佳代は答えず、二本の線を見た。


 一本目は、ずっと残っている。


 佳代は一度もほどかなかった。


 ◆


 その日の夜。


 練習布をテーブルへ広げた。


 曲がった線が何本も走っている。


 幅も揃っていない。


 商品なら、一つも通せない。


 佳代は引き出しを開けた。


 赤いシールを取り出す。


『検品済』


 工場で一枚だけ余ったものだった。


 布の上へ置く。


 しばらく眺める。


 佳代はシールを台紙から剥がさなかった。


 引き出しへ戻す。


 練習布はしまわなかった。


 テーブルの上に広げたままにした。


 明日、また続きを縫う。


 まだ、途中だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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