前編 傘が、三本
自動放送は、届く。
届かないのは、私の声だけだ。
六月の見学の日から——と、ついこの間まで思っていた。
私は路線バスの運転士だ。
神宝バスの北営業所に二十七年いる。
受け持ちは駅前と山側の団地を往復する系統で、これがいちばん長い。
朝は点呼で始まる。
検知器に息を吹き、運行管理者と目を見て体調を言い合う。
乗務員証を胸に付け、車両をひとまわりして、タイヤと灯火を確かめる。
二十七年、順番を変えたことがない。
変えない、というのも技術のうちだと教わった。
教えてくれた相手は、もう定年でいない。
案内の主役は、いまは自動放送だ。
停留所の名前も、乗り換えも、両替の頼み方も、録音された女の人の声がやってくれる。
私が入ったころは、案内はぜんぶ肉声だった。
いまは、ぜんぶ録音になった。
正確で、誰の声でもない。
悪いことだとは思わない。
聞き間違いは減ったし、新人は覚えることがひとつ減った。
ただ、録音は、雨の日に雨の話をしない。
だから私の声の出番は、隙間だけだ。
「本日は雨のため、足元にお気をつけください」
「お忘れ物、ございませんように」
「はい、次、停まります」
言わなくても、バスは走る。
言ったほうがいいと思うから、言ってきた。
始発は六時十分、駅前行き。
乗る顔ぶれは、だいたい決まっている。
魚市場でパートをしている夫婦。
眠り足りない顔の高校生。
前から二列目には、買い物カートを持った常連の年寄りが座る。
この人は降りるとき、運転席の横で必ずひとつ、会釈をする。
二十七年のうち、あとのほうの十何年かは、この会釈で保っていたようなところがある。
声の出番は、案内だけでもない。
雨の日は、乗降口の一段目を拭いて待つ。
降りた年寄りが道を渡りおわるまで、ミラーで見ている。
整理券の機械が詰まれば直すし、酔った客には降りる停留所を先に聞いておく。
どれにも名前はついていない。
運転士、という三文字の中に、全部押しこんである。
六月に、見学が来た。
小学二年生の、まちたんけん。
今年はそろいの黄色い帽子が、車庫の入り口で二列になった。
十人ほどが営業所に入って、車庫のバスで乗り降りの練習をした。
降車ボタンは毎年人気だ。
ピンポン、ピンポン、と車内が鳴りっぱなしになって、先生が途中から「一人一回」と言い直した。
整理券も取った。
記念に持って帰っていいことにしたら、二枚目を取ろうとして止められる子がいた。
質問の時間もあった。
一日に何キロ走るのか。
眠くならないのか。
信号を全部覚えているのか。
覚えているのは信号より降りる人の顔のほうだと答えたら、先生だけが笑った。
時間が来て、終わった。
列のいちばん後ろに、帽子のあごひもをきっちり締めた小さい子がいた。
その子はボタンを押さなかった。
手も挙げなかった。
帰りぎわに運転席をのぞきこんで、ハンドルと私の顔を順番に見て、言った。
「これ、なくなるんでしょ、それ」
「これ」がハンドルで、「それ」が私だったのか。
その逆だったのか。
いまも分からない。
先生があわてて頭を下げた。
しらべ学習で「十年後になくなる仕事」というのをやって、運転士はその表に入っていたらしい。
「そうかもなあ」
私は笑って、制帽のつばを軽くつまんでみせた。
ほかの返し方を、知らなかった。
子どもたちは列に戻って、次の見学先へ歩いていく。
あの子は一度だけ振り返って、バスではなく、私を見た。
それで終わりの話だった。
……終わりに、しておきたかった。
七月の頭に、学校から封筒が届いた。
見学のお礼の手紙と、質問カードの束。
休憩室で回し読みして、若いのと手分けして返事を書いた。
私も全部に書いた。
——一枚だけ、書けなかった。
「うんてんしゅさんの しごとは なくなりますか」
あの帽子の子の字かどうかは、分からない。
名前の欄は、にじんでいた。
書けないまま持ち帰って、茶の間の引き出しに入れた。
女房には、まだ見せていない。
声がおかしいと気づいたのは、おなじ七月の頭だ。
雨の週に、傘が残った。
「お忘れ物、ございませんように」を終点で言っているのに、一日で三本。
二十七年やって、はじめての数だった。
忘れ物の傘は、営業所の棚で二週間預かる。
棚の、私の便の区画だけが混んでいった。
取りに来る客は少ない。
ビニール傘は、忘れたことごと忘れられる値段になった。
前から二列目に座る常連の年寄りが、降車ボタンを押した。
「はい、次、停まります」と返した。
返したのに、その人は不安そうな顔で、もう一度押した。
ボタンは効いている。
届いていないのは、私の返事のほうだった。
降りるときの会釈も、そういえば、しばらく受けていなかった。
いつからだったか思い出せないことが、いちばんこたえた。
朝の点呼で、運行管理者が乗務の名前を順に読み上げて、私の行だけ飛ばした。
隣の同僚が指でつついて教えた。
若い管理者は、名簿を見直した。
「すみません。なんでだろ」
私の名前は、ちゃんと印字されていた。
読み飛ばした本人が、いちばん薄気味悪そうな顔をしていた。
降りぎわの「ありがとうございました」に返ってくる「どうも」も、数えるほどに減っていた。
数えるようになったこと自体が、もう、おかしかったのだ。
家では、何ともない。
夕飯どきに「醤油」と言えば醤油が来るし、電話も通る。
回覧板を届けにきた隣の人とも、いつもどおり喋った。
女房に、声が変わったかと訊いてみたこともある。
変わらないよ、と言われた。
おかしくなるのは、制服を着て、客に向けて出す声だけだった。
気のせいは、三つまでだ。
三つ数えたら、気のせいではない。
四つ目まで数えたのは、認めたくなかったからだ。
女房にすすめられて、耳鼻科へ行った。
あー、と言わされて、機械で喉の写真を撮った。
声帯は年相応、異常なし。
医者は「お客さんの耳が遠くなっただけでは」と言った。
客の高齢化なら、こっちが先に気づいている。
でも、そうかもしれなかった。
帰りに薬局で、のど飴を買った。
効くとは思っていなかった。
何か買わないと、帰りにくい。
整備にも見てもらった。
車載マイクのコネクタに緑青がふいていて、接触が悪い。
部品を替えたら、試運転の声は最後部の席まで通った。
車庫の奥で、整備の若いのが手を挙げるのが、ミラー越しに見えた。
「機械でしたね」
整備の若いのが笑って、私も笑った。
機械か、と思った。
そのとき、胸のどこかが、すっと軽くなった。
安心とは少し違う軽さだった。
降りるはずの停留所を、乗り過ごしてよかった、というような。
その軽さが何だったのか、考えるのは、もう少しあとの話になる。





