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神宝町怪異相談 仕事のあとに残るもの ~仕事を失った人たちの、少し不思議な再出発~  作者: K3/KASANE
うちのお父さんは

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18/39

前編 うちのお父さんは、かいしゃいん

教室のうしろに、クラスぶんの紹介カードが貼ってある。


 教室のうしろの壁に、みんなのカードが貼ってある。


 全部で三十一枚。


 画びょうは一枚に二つずつだから、六十二こだ。


 前に数えたことがある。


 三十二人のクラスなのに三十一枚なのは、わたしのだけ、まだ出していないからだ。


 カードには、書くところが三つある。


 なまえ。


 すきなたべもの。


 おうちの人のしごと。


 三つめのところは、だいたいみんな、みじかい。


 おいしゃさん。


 ぎんこう。


 パイロット。


 えいごのせんせい。


 サラちゃんのところは「ホテル」で、ミアちゃんのところは「くるまをうる人」だった。


 どれも、指を折って数えられるくらいでおさまっている。


 その朝、ひまりちゃんのカードだけが、へんだった。


 三つめが、みじかい。


 会社員。


 漢字が三つ。


 たぶん、かいしゃいん、と読むんだと思う。


 でもそこは、きのうまで、もっと長かった。


 わたしが書いたから、知っている。


 二週間まえに、西尾先生が言った。


 「おうちの人の、おしごとを、しょうかいしましょう」


 西尾先生は、たまに、へんなところで区切る。


 区切られると、その言葉が急に大きく見える。


 おしごと、のところで、教室のみんなが少しだけ静かになった。


 カードには決まりがあった。


 毎日いちど、おうちに持ってかえって、おうちの人に見てもらう。


 あさ、学校に来たら、自分で壁に貼る。


 それを発表の日まで、まいにち。


 わたしは、その日のうちに二つめまで書いた。


 なまえ。


 四月一日葵。


 わたぬきあおい、と読む。


 四月一日なのに、四月一日って読まないの、と、あたらしい人には毎回言われる。


 すきなたべもの。


 たまごやき。


 おうちの人のしごと。


 鉛筆を持ったまま、そこで止まった。


 お母さんのしごとなら、書ける。


 じむ。


 会社で、紙とお金のことをしている。


 お母さんも自分で「じむ」と言うし、それでちゃんと通じる。


 でも、わたしが書きたかったのは、お父さんのしごとだった。


 うちは、少しかわっている。


 お母さんとわたしはマンションに住んでいて、お父さんは歩いて五分のところにある古いビルの、いちばん上にいる。


 べつべつに住んでいるけれど、仲が悪いわけじゃない。


 ごはんは、よく三人で食べる。


 お父さんのしごとには、名前がない。


 いちど、聞いたことはある。


 去年だったと思う。


 お父さんは、火をつけていない煙草を口にくわえたまま、少し考えて、こう言った。


 「うーん。名前、ないんですよねー」


 わたしが、ないの、と聞いたら、お父さんは、ないですー、と言った。


 「あったら、たぶん、もっと楽なんですけどねー」


 そのときは、へんなの、と思っただけだった。


 おもしろい話だと思っていた。


 いま、鉛筆を持って、それを思い出している。


 三つめのところは、線が一本しか引いてない。


 線が一本ということは、一行で書けということだ。


 わたしは、その一行に入る言葉を、ひとつも知らなかった。


 それから十日ほどして、ひまりちゃんも、まだ三つめで止まっていることがわかった。


 「おとうさん、かいしゃいんなんだけど」


 「うん」


 「かいしゃいんって、なにしてるんだろう」


 ひまりちゃんは、ほんとうに困った顔をしていた。


 うそをつくときの顔じゃなかった。


 だから、電話して聞いてみたら、と言った。


 つぎの日、ひまりちゃんは教室に来るなり言った。


 「ながすぎて、書けなかった」


 それで、わたしが書くことになった。


 ひまりちゃんが、おぼえてきたとおりに言って、わたしがそのまま鉛筆で書いた。


 くるまのみえないところでいたといたをとめるぶひんをつくる。


 二十八文字。


 数えた。


 ひまりちゃんのカードの三つめだけ、字がぎゅうぎゅうになって、最後のほうは線からはみ出した。


 「ながいね」


 「ながいよ」


 ひまりちゃんは笑った。


 うれしそうだった。


 つぎの朝、それが三文字になっていた。


 二十八文字が、三文字。


 わたしは近づいて、顔を寄せて見た。


 わたしの字じゃなかった。


 わたしの「く」は、上のところが丸い。


 ひまりちゃんの「く」は、とがっている。


 前にふたりで書いたひらがな表を見くらべたことがあるから、知っている。


 でも、そこにあった三つの漢字は、どっちの手つきでもなかった。


 大人の字だった。


 細くて、まっすぐで、書き終わりのところがきゅっと止まっている。


 線からも、はみ出していなかった。


 ちょうど、真ん中にあった。


 その日の夕方、道場に行った。


 お母さんが子どものころにかよっていた道場で、わたしは一年まえから行っている。


 お母さんは、むかし剣道がすごかったらしい。


 らしい、というのは、わたしが一度も見たことがないからだ。


 いまは道場まで送ってきて、外で待っている。


 道場の壁には、木の札がならんでいる。


 強い順だ、とは、だれも言わない。


 でも、みんな知っている。


 その日、わたしの札の一つ上に、たけるくんの札があった。


 たけるくんは六さいだ。


 三か月まえに入ってきた。


 わたしは一年やっている。


 わたしは、しばらくそれを見ていた。


 それから、面をつけた。


 その日、たけるくんと三本やって、三本とられた。


 一本もとれなかった。


 竹刀が当たった音は聞こえるのに、いつ当たったのかが、わからない。


 じぶんの足が、じぶんの言うことをきいていない、みたいな感じがした。


 でも、そう言ってもだれにも通じない気がして、わたしはなにも言わなかった。


 お母さんは、たぶん、気づいていた。


 帰り道で、いつもより歩くのがゆっくりだったから。


 それでも、なにも聞かなかった。


 わたしも、なにも言わなかった。


 カードは、そのつぎの日も、三文字だった。


 まず、西尾先生に聞いた。


 「先生が、なおしましたか」


 西尾先生は、カードの前まで来て、少し長く見てから言った。


 「なおしていません」


 それから、ふしぎそうに首をかしげた。


 「みじかいほうが、いいと思いますか」


 わたしは、首を横にふった。


 つぎに、ひまりちゃんに聞いた。


 ひまりちゃんは自分のカードを見て、しばらくだまってから言った。


 「わたしじゃないよ」


 声が小さかった。


 それから、もう一回言った。


 「わたしじゃないよ。ほんとに」


 それ以上は聞かなかった。


 ひまりちゃんの目が、赤くなりかけていたから。


 三日目の朝、ひまりちゃんのお父さんが学校に来た。


 わすれものを届けにきたのだと言っていた。


 教室のうしろの壁の前で、カードをずっと見ていた。


 背が高くて、少し猫背の人だった。


 かばんの持ち手のところが、こすれて白くなっていた。


 「これ、書いたの、四月一日さん」


 わたしがうなずくと、その人は、ありがとう、と言った。


 それから、なおしたのは、と言いかけて、途中でやめた。


 少しして、こう言った。


 「たぶん、私です」


 わたしは、意味がわからなかった。


 「夜に、かばんから出して、なおしてるんだと思います。おぼえてないんですけど」


 そう言って、少し笑った。


 「癖なんです」


 癖、というのがどういうものか、わたしはそのとき、よくわからなかった。


 でも、大人がその言葉を使うとき、たいてい、それ以上は聞かないほうがいいのだ、ということは知っていた。


 その帰りに、お父さんのビルまで行った。


 階段で十階まで上がると、いつも少しだけ息が切れる。


 お父さんのところには、たまに知らない人が来る。


 だいたい、こまった顔をしている。


 帰るときは、来たときより、ほんの少しだけ顔がちがう。


 なにをしているのかは、わたしは見たことがない。


 ドアを開けると、お父さんはソファに沈んでいた。


 沈んでいる、という言い方がいちばん近い。


 うすい色のシャツで、袖が少しよれていた。


 「おかえりー」


 ここはわたしの家じゃないのに、お父さんはいつもそう言う。


 わたしは、カードのことを言うつもりだった。


 三十一枚のうちの一枚が、勝手にみじかくなること。


 わたしの字が、ちがう字になっていること。


 言おうとして、口を開けて、やめた。


 どう言えばいいのか、わからなかったからだ。


 字がへんです、では、たぶん通じない。


 「なんか、ありましたー」


 お父さんは、こっちを見ないで聞いた。


 「ない」


 「そうですかー」


 お父さんは、それ以上なにも聞かなかった。


 うちのお父さんは、そういう人だ。


 聞かれるまで、なにもしない。


 わたしは麦茶を一杯もらって、階段で降りた。


 その夜、わたしは新しいカードを一枚もらってきて、家で書いた。


 くるまのみえないところでいたといたをとめるぶひんをつくる。


 二十八文字。


 前より、ゆっくり書いた。


 それを封筒に入れて、のりで封をして、自分の机の上に置いた。


 このカードは、ひまりちゃんの家には行かない。


 ひまりちゃんのお父さんも、ひまりちゃんも、西尾先生も、ここには来ない。


 だから、朝になっても、なにも変わらないはずだった。


 朝、封筒はそのままだった。


 のりのところは、ぴったりくっついていた。


 指でなぞっても、めくれるところはなかった。


 わたしは、はさみで端を切って、カードを出した。


 会社員。


 わたしの字じゃない字で、真ん中に、三つだけ。


 わたしはそれを封筒ごと持って、もういちど、あの階段をのぼることにした。


お読みいただきありがとうございます。


後編は、明日の同じ時間に出します。

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