前編 二時十分の車
朝になると、コーンは拳ひとつぶん、内側にずれている。
深夜二時十分、閉めたはずの三番レーンに、車が一台入ってきた。
私はブースの窓越しにそれを見ていた。
その夜、開けていたのは一番レーンだけで、そこには一台も来ていなかった。
三番は電源を落として真っ暗で、手前にはコーンを並べてある。
夕方に、私と尾形とで並べたものだ。
それなのに車は当たり前の顔で速度を落とし、コーンの列の端をよけるようにして寄っていき、誰もいないブースの前で一度、たしかに停まった。
それからまた動きだして、闇の中へ出ていった。
テールランプが見えなくなるまで、私は動かなかった。
動く理由が思いつかなかった。
高速道路の出口の料金所である。
屋根の下だけが昼のように白くて、その外側は一月の夜だった。
手袋をしていても指の先から冷えていく。
足元に小さな電気ストーブが一つあるが、脛の前を焼くだけで、背中はいつまでも寒い。
深夜は要員が絞られる。
この時間に開けている窓は一つで、私はそこに一人で立っていた。
閉めたレーンをどうやって通るのか。
通れるのだ、としか言いようがない。
電源を落としたレーンの棒は、上がったままになる。
規則の話ではない。
ここに何年も立っている人間なら、みんな知っていることだ。
私は深津和典という。
五十五歳。
道路の会社の子会社に雇われている契約社員で、この料金所で通行券と料金を受け取っている。
隔日勤務だ。
朝に出て、途中に長い休憩をはさんで、翌朝に上がる。
前は運送をやっていた。
三十年近く荷台と一緒に走って、腰をやって、しばらく粘って、それから降りた。
ここの募集を見つけたとき、妻は、座って働けるならいいじゃない、と言った。
実際には座りっぱなしではない。
窓の外へ体をひねる動きを一晩に何百回とやる。
腰には腰の分だけ来る。
仕事そのものは単純である。
車が停まる。
窓が開く。
手が伸びてきて、通行券を渡される。
券を通し、金額を告げ、金を受け取り、釣りを渡す。
それから頭を下げる。
「ありがとうございました」
それだけだ。
一晩に何百回。
一年で何万回。
私はもう十何年、この言葉ばかりを言っている。
夜中に来る車は、たいてい何も言わない。
券と金だけを寄越して、こちらの顔は見ない。
同じ車が同じ時刻に週に何度も通ることがあって、こちらは車の形と手つきで勝手に覚えてしまうのだが、向こうが私を覚えていたことは、たぶん一度もない。
恨むような筋合いの仕事ではない。
ただ、何万回も手を出して、何万回も引っこめて、そのたびに一人ずつ通り過ぎていくというのは、続けているとだんだん妙な感じになってくる。
私は毎晩、何百人と会っている。
そして誰とも会っていない。
来年度から、この一般レーンは無くなる。
もうほとんどの車が、止まりもしないでETCの側を抜けていく。
うちの会社はここを専用にすると決めた。
決めた人がどこにいるのかは知らない。
とにかく三月の末で、私が立っている窓は閉じる。
カレンダーを見れば、残りの日数はすぐに数えられた。
数えたくないので、事務所のカレンダーはあまり見ないようにしていた。
コーンのことに気づいたのは、尾形だった。
尾形涼太は二十七で、ここではいちばん若い。
几帳面な男で、コーンを並べるときは路面の白線にきっちり合わせて立てる。
朝、明るくなってから、その尾形が三番の手前で首をかしげていた。
「深津さん、これ」
行ってみると、コーンは立っていた。
倒れてもいないし、散らばってもいない。
ただ、列が内側へずれていた。
拳ひとつぶん、というところだ。
言われなければ気づかない。
白線を目で追うと、たしかにコーンの底が線から外れていた。
「僕、線に合わせて置いたんですよ」
尾形は自分の並べた列を端から端まで見て、それから私を見た。
風でずれたのなら、倒れるか、転がるか、少なくとも向きが乱れる。
そうはなっていない。
誰かが持ち上げて、どけて、また立てた。
急いで立てたので、少しだけ内側になった。
――そう考えるのがいちばん自然だという言い方を、私はそのときまだしなかった。
券を見つけたのは、その次の朝である。
誰もいない三番のブース。
その窓の桟のところに、通行券が一枚、置いてあった。
北の入口で取った券で、日付は前の晩、時刻は二時の少し前だった。
券の上に、小銭が重ねてある。
数えると、一区間ぶんの料金がちょうどあった。
多くも少なくもない。
釣りの出ようがない額だった。
誰もいない料金所で、誰かが、律儀に金を払っていく。
うまく説明のできない気味の悪さだった。
窓を割られたのなら腹が立つ。
料金を踏み倒されたのなら報告書を書く。
そのどちらでもない。
桟の上の小銭は冷たく、きちんと積んであって、朝の光の中で、ただ礼儀正しかった。
幽霊みたいだ、と私は思った。
思ってから、口には出さなかった。
所長は取り合わなかった。
「風だろう」
コーンは倒れていませんでした、と私が言うと、所長は書類から目を上げずに、じゃあETCの車が間違えて入ったんだ、と言った。
棒の上がったレーンに入ってしまって、慌てて出ていった。
酔ってUターンする奴だっている。
「金はどうします」
「拾得物にでもしておけばいいだろう。落とし物だよ」
落とし物にしては、額が正確すぎた。
券には、入った入口と時刻が印字されている。
次の朝も、その次の朝も、券は置かれていた。
どれも同じ入口だった。
時刻も、二時の前後で揃っていた。
風は入口を選ばない。
酔った人間は、二晩続けて同じ時刻には来ない。
所長の言うことは全部もっともで、全部、その一点だけが余った。
もう一つ、私が口に出さないでいたことがある。
私が夜勤に入る夜は、必ず来るのだ。
録画も見た。
閉めたレーンの側を映しているカメラは、角度が悪い。
車の形と色までは分かる。
白っぽい、小さな古い車のようだった。
だがナンバーのあたりがちょうど柱の陰に入っていて、数字はどうやっても読めなかった。
記録は一週間ほどで上から消えていく。
先週の分を見ようとしたときには、もう無かった。
尾形は、置かれていた券を捨てないでいた。
自分の机の、いちばん下の引き出しを開けて見せられた。
券が何枚も溜まっていた。
小銭のほうは、言われたとおり袋へ入れて事務所に預けてある。
券だけが、そこに残っていた。
「気味が悪いんで、取ってあるんです」
尾形は言った。
「これ、どこの誰か分かる方法って、ないんですかね」
無い。
私は一枚つまみ上げて、裏返した。
入口と、日付と、時刻。
それだけだ。
通行券には、渡した人の名前も、受け取った人の名前も残らない。
当たり前のことだが、そう思ったのは初めてだった。
私が何万回受け取って、何万回、穴の開いた箱へ落としてきた紙である。
そこには誰の名前も無い。
私の名前も、無い。
その週の休憩の前に、所長に呼ばれた。
来年度の話だった。
一般レーンが無くなること。
人が要らなくなること。
私については、系列の別のところに枠を一つ用意してもらえそうだということ。
所長は書類をこちらへ滑らせながら言った。
「深津さんの年で、まだ拾ってもらえるだけましだよ」
ましだ、というのは本当だろうと思った。
所長も、ものを決められる側の人間ではない。
私は書類を折って作業着の内側へ入れ、礼を言って部屋を出た。
休憩室には誰もいなかった。
自販機の低い音だけがしていた。
私は携帯を出して、家の番号を呼び出して、親指を止めた。
この時間なら妻は起きている。
三分もかからない話だ。
来年から私のレーンは無くなる、別のところへ行くことになりそうだ、それだけのことだ。
私は携帯を閉じて、上着のポケットに戻した。
まだ言っていない。
話が出たのは十月で、もう三か月になる。
その夜、私は三番のレーンにコーンだけ並べて、ブースの中に入った。
明かりは点けなかった。
電源を落としたままのブースは、外の光がガラスに映るだけで、思っていたよりも暗かった。
冷える。
ストーブは持ち込まなかった。
持ち込めば、光る。
私は手袋の上から手をこすり合わせて、椅子には座らずに立っていた。
窓の桟に指をかけると、金属が氷のようだった。
一番レーンには尾形がいる。
今夜は三番も自分が見ておく、とだけ伝えてある。
一時を過ぎ、車の音がまばらになった。
本線を走る音が遠くで途切れ、また流れる。
二時になった。
息が白くなるのが、暗いなかでも分かった。
二時十分、ヘッドライトが来た。
車は本線から出口へ流れ、速度を落とし、迷いもせずにこちらへ寄ってきた。
コーンの列の端が、静かによけられていた。
窓の高さが合う位置で、車は停まった。
運転席の窓が下りた。
一年前にここを辞めた、田端さんだった。
「……深津さん」
田端さんは、通行券を差し出した。
手つきは、十年前とまったく同じだった。
後編で。




