前編 ※要確認
拝み屋・慈恩のところへ持ち込まれた、十四年その区域を歩いてきた検針員の相談です。
三年前に水を止めた家の、メーターだけが回っている。
わたしはそれを、十四年、読んできた。
今月も、きっかり二、増えていた。
十月の検針日だった。
二丁目の二十七番地、宮田常雄さんの家。
三年前から、誰も住んでいない。
生垣が道へせり出し、郵便受けの口はガムテープでふさいである。
門を入ってすぐの土間に、鉄の蓋が埋まっていた。
自転車を停め、軍手をはめた手を蓋のふちに掛けた。
朝の雨で、蓋のまわりの土が黒く湿っていた。
持ち上げると、下からひやりとした空気が上がってくる。
枯れ葉と、ダンゴムシが二匹。
指で泥をよけ、曇ったガラスの窓を親指の腹でこすった。
黒い数字が四つ、白い地に並んでいる。
一一六二。
先月は、一一六〇だった。
ガラスの隅で、小さな銀色の羽根が止まっていた。
水がほんの少しでも通れば、これがくるくる回る。
止まっているということは、この家にはいま、一滴も来ていない。
わきの止水栓も、三年前にわたしが確かめたときのまま、閉まっていた。
水道の検針は毎月ある。
ひと月に一度、担当の区域を全部歩いて数字を読む。
水を止めた家でも、器械は外さない。
栓を閉めて、そのまま置いておく決まりだった。
だから閉栓の家も、月に一度は蓋を開ける。
ほんとうなら、そこにはいつまでも同じ数字が並んでいるはずだった。
使っていないのだから、使用量はない。
検針票も書かない。
わたしは控えに一一六二と鉛筆で書いて、蓋を戻した。
鉄が土間に落ちて、ごとん、と鳴った。
それから自転車を押して、二十八番地へ歩いた。
一軒いくらの仕事だった。
わたしは市の水道部から検針を請け負う会社の検針員で、給料は歩合で決まる。
一日に二百軒を回る。
夏は帽子の下が汗で滲んで、自分は水を飲む暇もないくせに、他人の家の水ばかり読んでいる。
冬は蓋のふちが凍って、軍手ごしでも指の関節が切れる。
前かごに控えのノートと複写式の検針票の束を入れて、朝の八時から夕方まで、同じ道を歩く。
十四年、同じ区域だった。
人には、ほとんど会わない。
それでも数字を読んでいれば、その家のことはだいたい分かる。
ひと月に急に十増えれば、赤ん坊が生まれたか、誰かが介護で戻ってきたかだ。
少しずつ減っていって、ある月からぱたりと動かなくなる家もある。
わたしはそれを、玄関の外から、蓋の中だけで見てきた。
九月の終わりに、事務所で所長から紙を渡された。
来春、市が検針の委託先を一社にまとめるという話だった。
この区域は、うちの会社の担当ではなくなる。
所長は言いにくそうにしていて、わたしは「そうですか」と言った。
所長も、来春で仕事が変わる側だった。
三月まで、あと五回。
その晩、わたしは控えのノートの余白に、正の字の一画目だけを書いた。
二十七番地の二が気になりはじめたのは、夏のあいだからだった。
考えられることは、そう多くない。
まず漏水。
メーターより家の側で管が割れていれば、栓を閉めていても指針は動く。
次に器具の不良。
あの器械は宮田さんが生きていた頃からのもので、もう古い。
それから、隣との誤配管。
増築のときに、隣の給水が宮田さんのメーターの先へつながる。
取り違えは、実際にある。
いちばんありそうなのが、誰かが使っている、だった。
空き家に入って、外の蛇口から水を汲む。
それなら数字は進む。
会社に上げれば市の水道部の立会いになって、半日はつぶれる。
一軒いくらだから、そのぶんは減る。
だからわたしは、まず自分で確かめることにした。
ずっと、そうやってきた。
十月の三週目の夜、わたしは懐中電灯を持って、二十七番地の庭へ入った。
庭の土は柔らかかった。
懐中電灯の輪の中に、足跡があった。
長靴の底の形で、わたしのものではない。
それが生垣の切れ目から勝手口のほうへ、点々と続いている。
蛇口の下に、青いバケツが伏せて置いてあった。
蛇口の真下の土だけが、まわりより濃い色をしていた。
わたしは三晩、通った。
検針を終えてから自転車を少し離れた電柱に停めて、生垣の外に立った。
三晩とも、誰も来なかった。
四晩目に、来た。
生垣の切れ目から、小さな影が入ってきた。
懐中電灯をつけると、木崎ハルさんだった。
隣の、七十六になるおばあさんだ。
畑をやっている人だ。
木崎さんは眩しそうに手をかざし、ばつの悪い顔をした。
「ああ……岡部さん」
「木崎さん。ここで、何を」
「悪かったねえ」
木崎さんは、あっさり言った。
「宮田さんに、使っていいって言われとったから」
畑に水をやるのに、宮田さんの外の蛇口を使わせてもらっていたのだという。
わたしは、それで片がついたと思った。
あとは会社に上げて、注意して終わりだ。
ところが木崎さんは、続けてこう言った。
「けどねえ、あの家の水は、止められてから、いっぺんも出んよ」
わたしは蛇口をひねった。
ハンドルは固くて、両手で回した。
きゅ、と鳴って、それきりだった。
管の中で、音もしない。
水は一滴も落ちてこない。
あのバケツは、自分の家から水を運ぶためのものだった。
宮田さんの植えた菊が、まだ咲くのだという。
量も合わなかった。
毎月きっかり二立方メートル。
二千リットルだ。
十リットルのバケツで二百杯。
七十六の人が、ひと月に二百杯を畑へ運べるはずがない。
運べたとしても、この蛇口からは出ない。
わたしは木崎さんに謝って、家まで送った。
翌日、会社に上げた。
所長は控えのノートをのぞきこんで、しばらく黙っていた。
「漏水なら市に回す。器具の不良なら取替の申請だ。でもな、岡部さん。あの家、閉栓だろう。誰も水を使ってなくて、誰にも請求がいってない。困ってる人が、一人もいない」
わたしは、ひらいたままの控えを見た。
一一六二。
その上が一一六〇。
その上が一一五八。
二ずつ、下へ伸びている。
それから、所長を見た。
所長は、ノートのほうを見ていなかった。
所長は湯呑みを置いた。
「ゼロで上げとけ」
わたしは、はい、と言った。
事務所を出て、前かごに手をついた。
ゼロと書いた控えの紙を、破ることも、捨てることも、できなかった。
折り目をつけて、ノートに挟んだ。
十四年、数字を読んで暮らしてきた。
読まなくていい、と言われたのは、初めてだった。
区域の真ん中に、看板のない古いビルがある。
一階の奥にメーターボックスがあって、毎月そこを開けて数字を読んでいる。
十四年読んできたが、中の人に会ったことは一度もない。
木崎さんを送った夜、別れぎわにこう言われていた。
あそこの十階に拝み屋がいる、祓い屋じゃなくて気づかせるほうだ、と。
エレベーターは動いていたが、わたしは階段を上がった。
八階を過ぎたあたりでふくらはぎが張って、手すりをつかんだ。
十階の廊下に、線香のにおいがしていた。
いちばん奥の戸を叩くと、返事より先に開いた。
黒いスーツの男が、たたきの向こうで、ポケット灰皿の蓋を閉じるところだった。
目が糸のように細い。
三十を少し出たくらいに見えた。
「あー、拝み屋の慈恩ですー」
わたしは名前と、区域と、二十七番地のことを話した。
数字でしか話せないので、閉栓して三年で、毎月きっかり二で、止水栓は閉まっていて、羽根は回っていない、と順に言った。
慈恩さんは、わたしの右手を見ていた。
中指の第一関節にできた鉛筆だこと、蓋を押さえるせいで平たくなった親指の爪を。
「あー、なるほどー。水が来てないのに、回る」
慈恩さんは言った。
「それは、水の話じゃないですねー」
彼は古い腕時計に目を落とした。
「あしたの朝、その家を見せてくださいよー。ぼくは現場に行かないと、なんにも言えませんから」
その夜、わたしは押し入れから段ボールを引き出した。
会社に出す控えとは別に、わたしは自分用の大学ノートをつけている。
決まりではない。
十四年ぶんで、二十七冊ある。
番地順に、数字だけが並んだノートだ。
誰に見せるものでもない。
鉛筆で書いて、間違えれば消しゴムで消す。
畳にひろげて、二十七番地だけを追った。
今年の十月、一一六二。
九月、一一六〇。
八月、一一五八。
指でなぞっていくと、どの月も二だった。
去年も、一昨年も、二。
閉栓した月まで戻っても、二のままだった。
止まらない。
だから、始まりのほうを見た。
三年前の秋、宮田さんが家の中で見つかって、水が止まった。
その前の月は五だった。
その前も五。
宮田さんは一人暮らしで、ふだんは三の人だった。
十年あまり、三の人だった。
五になったのは、亡くなる半年前の春からだった。
三が、五。
差は、二。
閉栓してから毎月きっかり進んでいる二と、同じ二だった。
わたしは、その最初の月の欄を見た。
数字の横に、わたしの字で、鉛筆で、こう書いてあった。
※要確認
わたしの手が、止まった。
あの二は、宮田さんが死んでから始まったものではなかった。
生きているうちに出ていて、わたしが読んで、そのままにした二だった。
※要確認、とだけ書いて、久江は次の家へ歩きいた。




