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谷底の音楽

◯



 そんな「霊熊」吊掛さんの話を聴きながら、冬弥は田んぼの脇の道を歩いている。まだ青いながらも、頭を垂れた稲穂が吹き渡る風に波の紋様を描く。陽射しはずっと強いが、この風のおかげでずいぶん過ごしやすい。だが吊掛さんは、十分に一回は「暑がないか、しんどくないか」と冬弥に訊いた。

 それにしても、

「それは、どうしてですか」

 という問いは向けたくなる。

 さっき、とても大きな音を立てて走る電車のモーター音の中で彼女は、その音が自分の苗字であると言った。

 吊掛さん。

 彼女は明治二十三年、江戸、ではなく東京上野で行われた万博(当時は「内国勧業博覧会」という名前だったらしい)に出掛けて行って、そこで初めて、「電車」というものを見たのだそうだ。

「そのころの鉄道が、機関車が客車を牽いて、ガシャガシャ言うが、煙突からは煙が出ゆうが、窓開けちゅうと顔も何も真っ黒になりゅうがじゃ。でも電車は、煙が出んが、音も出んが。わしは、たまげりゅうてな、そこで係をしちゅう人に、あれこれたくさん訊いて、……あんましわしがしつこぉもんげ、最後は官憲が来て追い出しょうがじゃ」

 電車は、新しい文明の象徴として吊掛さんの心を捉えた。そのとき彼女が

訊いて、答えてもらった中にあったのが、

「吊り掛け駆動方式」

 という言葉だったそう。

 吊掛さんは冬弥に、とても丁寧に、その仕組みを教えてくれた。そういう話をするときの吊掛さんの顔を見上げていると、ときおり覗ける双眸に、きらきらととても無邪気な光が宿って揺れているのが見える。自分より遥かに背が高く、そしてそれ以上にずっと歳上の人であるはずなのに、その表情に冬弥は、同じ高校一年生としての吊掛さんを意識した。

「エマにはなんで『クドウ』にしなかったって言われゆうが」

 それは、正直ちょっとだけ思った。吊掛さんはレア苗字だが、工藤さんならたくさんいる、冬弥のクラスにも一人。

「わしは解っちょうがじゃ。『駆動』は変わらん……、ものの働きのほうがじゃね。けども、ものの仕組みの『吊り掛け』は、人間がこんだけ進化してきたんがら、きっともっとえいもんが作りょうげな。ほいがら、わしはあのとき、……『今、ここ』で感じゆう驚きを、喜びを、ずっと大事にしちゅうこと考らんで、自分の苗字にしたがじゃ」

 そこに、何か吊掛さんの哲学のようなものを、冬弥は見た気がした。

 ただそれについて考えていけるほど、冬弥は哲学を知らない。あるいは、吊掛モーターの音、……ぐぉーん……と走り出して息継ぎなしにぐんぐん音を高く上げて行って、でも、一定の速度まで行ったところで、ぷすん、と静かになる。吊掛さんは「ノッチオフ」という言葉を教えてくれた。出発進行の合図とともに、運転手さんが電車のアクセルに当たる「ノッチ」を入れて走り出し、十分なところまで加速したら、ノッチをオフにする。するとモーターに電気が流れなくなる。

 そこまでの音のヴォリュームが大きかったものだから、世界から音が失われたように感じられる瞬間だ。

 しかし、電車は走っている。車輪で線路の継ぎ目を捉えるリズム、車体が、……古い車体そのものが揺れによって軋む音。

 カーブに差し掛かり、車輪と線路が軋む甲高い音、通り過ぎる踏切の鐘を打つ音が遠去かるに連れて小さく低くなっていく。窓から吹き込む風の音、揺れた吊り革同士がぶつかる音、トンネルに入る、短いタイフォン、暗くなった窓外に篭った轟音、それに塗りつぶされたと思った次には、トンネルを抜けて、ぱっと明るくなる、……駅が近付いてきて、ブレーキが掛かる。車体全体に働きかける制動、きゅきゅきゅ……、きゅういいいい……。強いブレーキの空圧が緩むたび、はっ……、はっ、と吐息のように空気の漏れる音がした。

 普段乗っている電車で、あれほど「音」を意識したことは、冬弥にはなかった。

「今じゃあ、『吊り掛け駆動』も時代遅れがじゃ。こがん遠くに行かんが、聴きに来らん。さっきのも、もうあと何年ももたんがなぁ。淋しゅうが、しょうがながじゃ」

 長い時間を生きてきたからだろう、吊掛さんは、永遠に続くものがないことを知っている。その寂しさを冬弥たち常人よりも何倍も多く知り、意識的にその心を、耐え得る形へと変えていくのだろう。

 冬弥はこれまで鉄道を移動手段以上のものとして捉えたことは一度もなかった。無論、世の中にたくさんの鉄道好きがいることは承知した上で、そういう人たちの感覚を自分が理解できるとは思わなかった。

 しかし、吊掛さんの耳で捉えた音を、自分もまた、自分の耳で捉え、自分の中に刻んで始めて、何か少しわかったような気がする。

 吊掛さんは、この国で最初の鉄道好きだったのではないか。とりわけ、鉄道の「音」に惹かれたのは、本当に吊掛さんが元祖である可能性がある。そういう人と一緒に、消え行くモーターの音を聴くことが出来たことは、きっととても大きな意味がある、価値がある。

「……ところで、いまはどこへ向かってるんでしょうか」

 田んぼの道を進み切ると、上り坂になった。線路はいつのまにか見えなくなっている。左手には川が流れ、風はひんやりと心地良くなり、わずかに湿気が増した。

「もう少しだけがじゃ。……この先に、隣の駅があゆうが、そこから乗る。けども、ちぃと、ショートカットをしゆうげ、……平入くん、周りに人はおらんがか」

「えっ」

「さすがに、人目のあるとこがぁ、出来んがじゃ」

「えっ……、えっ、あの、え、何をなさるおつもりで……」

 見上げるほどの巨躯、見上げるほどの年齢のおばあちゃん、でも女性であることには変わりなく、これはたまたま吊掛さんが「霊熊」として長く若い肉体を保ち続けているからではない。彼女が年齢相応の容姿(三百歳以上の人が本来どういう肉体をしているのかは想像もつかないが)であったとしても、冬弥は当然のように同じリアクションをしていただろう。

「平入くん」

「は、はい」

「わしの背中が掴まうがじゃ」

「へ?」

 ほれ、と吊掛さんが屈む。屈んでもなお大きな背中に、冬弥がすっぽり収まりそうなサイズのリュックが背負われている。

 戸惑いながら、「両手で、しっかり」と言われるまま、そのリュックサックを左右の手で掴んだところで、……ぐいん、と身体が持ち上がった。

「わっ、わぁっ、つ、吊掛さんっ……」

 冬弥を掴まらせたまま、吊掛さんが軽々と立ち上がったのだ。

「離しゅうがならんがじゃ」

 冬弥は自分の輪郭とその中身、身体実感とでも呼ぶべきものを見失う。だって吊掛さんの背中には、背中に四十五キロの重さが掛かっているはずなのに、何とも思っていないように冬弥を背負ってずんずん歩き始めてしまったので。

 しかも、道から逸れて、……斜面を登っている。道沿いの、雑木林、かなりの急斜面を、吊掛さんは両足で踏み締め、時に両手も使い、なおかつ風のような速さでするすると登っていく。

 熊は足が速い生きものだという。

 人里に現れるたび、ニュースになるのを見る。浅川も山が近い街なので、いわゆる「アーバンベア」の存在は他人事ではないのだ。画面越しに見る熊というのは、大きいけれど、本当に速い。不幸にも襲われて、幸いにして軽傷で済んだ人が「あんなに速いとは思わなかった」と口を揃えて言う。崖を転げ落ちてくる巨岩が、まっすぐ自分に向かってくるのだと思えば、その恐ろしさは想像に難くない。

 しかし、まさかそうした熊の速度を、その速度と一体化することで知るとは思わなかった。

 鬱蒼と茂る木々を、吊掛さんは腕でひょいひょいと薙ぎ払っていく。鞭のようにしなる枝が顔や身体に当たっても全く同じるそぶりは見せない。冬弥一人であったら転げ落ちるだけの崖でも全く安定感は失われず、橋までどれぐらい歩かなければいけないのだろうと絶望を催させる沢は、ちょっと助走をつけて一跨ぎ……。

 そのまま沢に沿って、上流方向へしばらく進んだところで、頭上に鉄橋が現れた。吊掛さんと冬弥からは、五階建てほどの高さだ。

「初鉄は、終点の近くが高いが。だから手前でぐるっとループをするがじゃ。まっすぐだと登れん急坂を、距離を使ゆうて高さを稼ぐじゃな。さっきわしらが乗ってきたのの次が、もうそろそろ登って来ゆう」

 吊掛さんの言葉の通り、一分もしないうちにどこからともなくあの「ぐおーん」という唸り声が聴こえてきた。ループの仕組みを用いてもなお急峻な坂を懸命に登ろうとする老兵車両の、健気な力感のようである。

 やがて、鉄橋に車影が現れた。

 吊掛モーターの音は、谷の中に響き、幾つもいくつもぶつかって増えていく。電車が対岸へ消えてもなお、それは残響として冬弥の中にとどまる。上から見ればさぞかし絶景だろう。しかし見上げたところには、荘厳と言ってもいい音の響きがあった。

 実際の音がいつ消えたのかも定かではない、尾を引いて、鳴り続ける音。それは冬弥の中に刻印され、きっと未来のいつでも思い出すことが出来る。

「えい音が」

 満足げに吊掛さんは言った。きっと、この場所が一番よく聴こえることを知っていて、冬弥を時間通りに連れて来たいと思ったのだろう。

「吊掛さんは、でも、崖を駆け上がるときにあんなふうに唸ることはないんですね」

 呼吸さえ上っていない、汗は少しかいているようだが。一方で、彼女の背中にひっついていただけの冬弥はもう汗だくである。

 吊掛さんは愉快そうに笑った。

「力ぁ強いが、わしの自慢がじゃ。まだまだ若いもんには負きゃあさんがな」

 あの古い電車さえ、吊掛さんにとっては「若いもん」なのだと気付いて、冬弥は途方もない気持ちになった。吊掛さんから見て、冬弥はどう映っているんだろう? そんな疑問は、どうして僕を「デート」に誘ってくれたんだろうというという、そもそもの問いを呼び招く。

 そっと訊いた冬弥に、

「ああ。楓果が、自分で誘うがえいに、わしらに言うて来ゆうが」

「芋窪さんが」

「楓果は平入くんが好きがじゃ」

「えっ」

 唐突に飛んできたボールに驚いてお手玉をする冬弥を見て、吊掛さんは愉快そうに笑った。

「わしもエマもスイもつむぎも、みんな平入くんのことは好きがじゃ。とってもえい子がで。ほうで、平入くんが夏休みにお父さんの病院とバイトとしちゅうだけで、あと、音楽、DTMだけで過ごしちゅうが、楓果には放ってれんがなぁ……」

 吊掛さんは水筒の麦茶を、冬弥のために注いで言う。

「誰ぞ平入くんと遊びゅうが、楓果は気ィ小さいが、平入くんが迷惑なりゅうや案じて、言わんがじゃ、わしが誘うたが。まあの、わしも、若い男子とデートなんがしゅうは一度もないがじゃ、ただ自分の来たいとこへ来ただけで……」

 何か芋窪さんは、冬弥の孤独、孤食をよほど心配してくれているものと見える。冬弥にとっての当たり前が、芋窪さんには異常に映るのかもしれない。

「ちなみに、楓果にはまだ今日平入くんもデートしちゅうが、言うてないがじゃ」

「えっ」

「言ゆうがじゃ、楓果はきっと『じゃー妾が』言うが。わしも平入くんみたいが可愛い子ぉとデートしたいがじゃ」

 吊掛さんは、茶目だけたっぷりに笑った。

 芋窪さんの胸中を慮って、代わりに誘うことを決めてくれた吊掛さんの優しさにどう応えたらいいのか、冬弥にはアイディアが浮かばなかった。

 確かなことは、吊掛さんと一緒にあの吊り掛けモーターの音を聴くためだけにこんな山まで来たこと、霊熊の背に乗って山を駆け抜けたこと、そして吊掛さんとの会話の一つひとつ……、どれも冬弥の有限な夏の一つに刻印されるということだ。

「こういうところには、芋窪さんたちと一緒に来ることはないんですか?」

 うん、と吊掛さんは頷いた。

「楓果は、電車に乗るのも苦手じゃで」

 電車もやっぱり機械であるし、そもそも芋窪さんはタッチパネルにだって苦手意識を持っていたようである。切符を買うのだって難しいのだろう。

「エマは何度か付き合うたが、もう飽きちゅうがな。スイもつむぎと一緒に一度だけ随いて来ゆうが、『もういい』言うがじゃ」

 趣味は人それぞれ。逆に、白子さんや小豆洗さんはどんな趣味を持っているのだろう? 吊掛さんが彼女たちの趣味に付き合ったことはあったのだろうか? 白子さんとは江戸で出会ったと言ったが、小豆洗さん、芋窪さん、そしてつむぎちゃんと吊掛さんはどこで出会い、どういう経緯で同じ高校に通い、いま一緒に暮らしているのだろう……?

 熊のおばあちゃんとデートをして、おばあちゃんの人生、おばあちゃんの周囲、このおばあちゃんがこういうおばあちゃんであることが、いかにして成り立っているのか、……そんな興味が次々に冬弥の中に湧いてくる。好き、なんて言葉を向けられて、あっけなくドギマギしてしまったが、冬弥だって吊掛さんたちのことが、もうすっかり好きである。

 彼女たちの無限の夏の中に、自分というちっぽけな存在と共有した時間があるという事実、その刻印。それを意識すると、なんだかとても誇らしい気持ちになる。それは埋もれて見えなくなってしまうものではあろうけれど。

「ほしたが、あれが降りゅうまでに駅に行くがじゃ」

 吊掛さんが、また冬弥に背中を向けて屈んだ。

 冬弥はおばあちゃんにおんぶをしてもらった記憶がない。物心つく前には父か母かがしてくれたこともあったのかもしれないが、覚えていない。大きなリュックにしがみつくこれを、「おんぶ」と呼ぶことの是非はさておき、冬弥にとっての初めてが次々と現れては、記憶に書き込まれていく。

 冬弥はそこに余白があったことにさえ気付かなかったけれど、吊掛さんと過ごした時間は、おろしたての日記帳に文字を記すみたいな心地いい据わりの良さがあった。





 吊り掛けモーターの電車に揺られてJRとの乗り換え駅に戻ると、山中の無人駅からのギャップのせいか、なんだか都会に来たようだった。駅併設の蕎麦屋で食事をし、最後に出発していく吊り掛けモーターの音をもう一度聴いてから浅川駅に着いたときには、もうすっかり夜であった。

「あ、帰って来た! おーい!」

 ピンク色のツインテールを揺らして白子さんが声を上げる。銀色の髪の芋窪さん、金髪のつむぎちゃん……、カラフルで若々しいおばあちゃんたちは、吊掛さんと冬弥を迎えに来てくれたらしい。少し離れたところには、興味なさそうな顔の小豆洗さんもいた。

 芋窪さん、心なしか顔色がよくないなと思っていたら、

「大過ないか」

 冬弥の肩を抱いて、そう問われた。目が潤んでいる。

「え、あの、はい……」

 その目をキッと、吊掛さんに向ける。

「やい熊。そなたいったい平入くんをどこに拐(かどわ)かしておったのじゃ!」

「だぁれが拐かすがじゃ」

 ぽかんとする冬弥の耳に、「エツコが、楓果にはナイショで誘ったからさぁ。昼間に教えてやったら、のたうちまわってやんの」と意地悪く笑う声を白子さんが聴かせてくれた。

「あの、芋窪さん、楽しかったです。とてもいい思い出になりました。吊掛さんには、誘ってくださったことを本当に感謝していますし、そのきっかけが芋窪さんだったなら、芋窪さんにも感謝しなきゃいけないと思っていました」

 あの、これ、と冬弥が差し出したのは、乗り換え駅のキオスクで買った、「はつかり饅頭」である。吊掛さんには「んーがな気を遣んでもえいが」と言われたが、切符代も蕎麦代も出してもらった上にその背中に乗せてもらってしまった身としては、「本当につまらないもので恐縮ですが」という言葉を添えたくなってしまう。

「へえ、おまんじゅう。美味しそうだね、わざわざありがとう」

 芋窪さんに差し出したらまた一頻り遠慮されてしまう気がしたので、つむぎちゃんに手渡す。彼女はにっこりと微笑んで受け取ってくれた。見た目は幼女であるし、この子もおばあちゃんではあるのだが、ほかの四人に比べればやはり一番冬弥寄りの年齢であるからか、感覚が近いようだ。

「リー、次はさ、あたしとデートしよ」

 冬弥のシャツの裾を引っ張って、白子さんが言った。

「なんか美味いもん食わせてやるから付き合えよ」

「なっなにを申しておるのじゃお前は! 平入くんはお前のような尻軽ギャルと遊んだりするような不良ではない!」

「不良じゃなくたってギャルと遊んでいいだろがよ。別にやべーことしようってんじゃないんだし。あ、リーがなんか火遊びしたいってんならそれはそれでいいけど」

「ひ、火遊び……? こらぁああ!」

 芋窪さんは顔色を赤くしたり白くしたり忙しい。吊掛さんと一緒に乗った電車の中、その電車を見上げた山中の河原にはなかった音楽である。しかし、吊掛さんと過ごした時間が上から塗りつぶされてしまうわけではない。家に帰って、一人の部屋でシャワーを浴び、部屋を暗くしてベッドに横たわっても、冬弥の中に音楽は鳴り響き続けていた。

 さすがに疲労して、もう机に向かう気力は湧いてこない。しかし、とても心地よい、満足を伴う疲労感だ。吊掛さんとのデート、一生ものの思い出とぼんやり熱い身体の中に閉じ込めて、大事に触る。この上、「じゃー明後日な」という約束を白子さんとしてしまった。

 惜しむように何度も、何度も、冬弥は思い出して、きっと刻みつける。自分が眠った上に建てられる石に、この記憶を全部刻みつけることが出来たらいいのにと願う。

 それが出来ないことを知っている。

 土の中から手を伸ばして……、そんなこと出来るわけがない。でも、だから、吊掛さんが今日のことを覚えていてくれたら、白子さんが明後日のことを、……芋窪さんたちみんなが、記憶していてくれたらいいのに、なんて傲慢なことを思う。吊掛さんが去り行く「吊り掛けモーター」の音の中にセンチメンタルと優しい諦めの両方を聴くように、彼女たちはきっと離別というものに慣れている。時は止まることなく巡り、その長短とは関係なく繰り返される。

 つまり主体は時間なのだ。

 冬弥たちの短く儚い命、それと比べれば芋窪さんたちの途方もなく長く続く命、しかしいずれも、時間という無限に続くものの中においては、程度の差はあれ一瞬の出来事。

 けれど、繋いでいくことはできるんだよな、たぶん。

 日付が変わること、横たわりながら眩暈を覚えていることをに気付いて、ベッドから立ち上がり、しばらくトイレに篭った。胸の苦しさが引いたあと、汗だくの身体に篭った熱をシャワーで洗い流し、しばし裸で、居間のソファに身を委ねる。水を飲んだほうがいいな、と思うのだけど、思うように身体が動かなくて、閉口した。無力な身体の中には吊掛さんと聴いた音がまだ響いているのだけれど、冬弥にはそれを受け継いでくれる「誰か」の顔が、まだ一つも思い浮かばない。

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