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消去対象(イレイサー)  作者: 大江戸こはる


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第2章:消える被害者

翌朝、雨は止んでいた。


だが、空気は重かった。

湿った街の匂いが、どこか昨日の現場を引きずっているようだった。


榊真司は、警視庁の捜査一課のデスクに座り、資料を見つめていた。


「佐伯美咲、29歳、会社員……」


何度見ても、違和感が拭えない。


通常なら、こういう事件はすぐに騒ぎになる。

だが妙に静かだった。


報道もない。

問い合わせも少ない。


まるで、“誰も困っていない”かのように。


「……おかしいな」


そのとき。


「榊さん」


声をかけてきたのは、同僚の刑事・高野だった。


「被害者の会社、行ってきました」


「どうだった」


榊は顔を上げる。


「それが……」


高野は言いづらそうに頭をかく。


「“そんな社員はいない”って言われました」


「は?」


一瞬、意味が分からなかった。


「名簿にも、データにも残ってないそうです」


「いや、待て」


榊は立ち上がる。


「部屋の契約書は確認したんだろ?」


「はい。不動産の記録には確かに名前がありました。でも――」


「でも?」


「会社の方は完全に否定です」


榊は無言になる。


そんなことがあるはずがない。


「別人って可能性は?」


「顔写真も見せましたが、“知らない”と」


「……ふざけてるな」


榊は舌打ちした。


だが高野は首を振る。


「冗談言ってる感じじゃなかったです。本気で知らないって顔でした」



その日の午後。


榊は直接、被害者の会社を訪れた。


受付の女性に名刺を見せる。


「警察です。佐伯美咲さんについてお聞きしたい」


女性は一瞬だけ考え、困ったように笑った。


「申し訳ありません、そのような社員は……」


「本当にいないのか?」


榊は食い気味に聞く。


「はい。少なくとも、ここ数年の記録には」


「同期や同僚は?」


「該当者はいません」


淡々とした答えだった。


嘘をついている様子はない。


榊はフロアを見渡した。


普通のオフィス。

誰もが忙しそうに働いている。


だが、その中に“佐伯美咲”はいない。


「……写真、見せる」


スマートフォンに保存した顔写真を差し出す。


「この人だ」


女性は画面を見つめ――


首を傾げた。


「……どなたですか?」



その瞬間、背筋に冷たいものが走った。


知らないはずがない。


この顔は、昨日まで確かに“存在していた”。


それなのに。


「……本当に知らないのか?」


「はい、申し訳ありません」


女性は困惑している。


演技ではない。


本気で分からない顔だ。


榊はゆっくりとスマホを下ろした。


「……そうか」


それ以上、何も言えなかった。



外に出ると、強い日差しが目に刺さった。


現実感が、妙に薄い。


「存在が消える……?」


無意識に呟く。


だが、それはあり得ない話だ。


人は、そんな簡単に消えない。


記録がある。

記憶がある。

関係がある。


それらが一斉に消えるなんて――


「……いや」


榊は足を止めた。


もし。


それらすべてが“同時に消された”としたら?



ポケットのスマホが震えた。


着信は高野。


「どうした」


「榊さん、大変です」


声が焦っている。


「さっきの件なんですけど――」


「何か分かったか」


「それが……」


一瞬の沈黙。


そして、信じられない言葉が続いた。


「不動産の記録からも、名前が消えました」


「……は?」


「契約者情報、全部消えてます。別人の名前に書き換わってる」


「そんなバカな」


榊は思わず声を荒げた。


「さっき確認したばかりだぞ」


「はい。でも今、データも紙も全部……」


高野の声が震える。


「“最初から存在しなかった”ことになってます」



通話が切れたあと、榊はしばらく動けなかった。


頭が追いつかない。


だが、ひとつだけ確かなことがある。


この事件は――


普通じゃない。


殺人でも、失踪でもない。


もっと根本から、何かが狂っている。


「……消されてるのか」


誰かが。


何かが。


人間そのものを。



そのとき、ふと違和感がよぎった。


自分の手帳。


何気なく開く。


そこには昨日書いたはずのメモがある。


『佐伯美咲』


その名前が――


うっすらと、滲んでいた。


まるで、消えかけているように。


「……なんだ、これ」


指でなぞる。


インクが薄れている。


いや、違う。


“最初から書かれていなかった”ような感覚。


記憶が、揺らぐ。


「俺は……昨日、何を見た?」


一瞬だけ、思い出せなくなる。


血の現場。

部屋。

名前。


すべてが、遠くなる。



榊は手帳を強く閉じた。


「……ふざけるな」


低く、吐き捨てる。


消えるなら、追うだけだ。


消されたなら、掘り起こすだけだ。


刑事として。


人間として。


「絶対に、見つける」


その言葉だけが、かろうじて現実を繋ぎ止めていた。



だがそのときの榊は、まだ知らない。


次に消えるのが、誰なのか。


そして――


それが、決して“他人事ではない”ことを。



(第3章へ続く)

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