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消去対象(イレイサー)  作者: 大江戸こはる


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第1章:遺体なき殺人

登場人物一覧(主要キャラ)


さかき 真司しんじ


本作の主人公・刑事(35歳)

捜査一課のエースだが単独行動が多い

異常なまでに「記憶」に執着している


高野たかの 恒一こういち

榊の同僚刑事(30歳)


水瀬みなせ 由衣ゆい

記録分析官(28歳)


◆白衣の男(犯人)


佐伯さえき 美咲みさき


最初の被害者(29歳)



◆過去の被害者たち

複数存在(学生・会社員・運転手など)





人は、いつ消えるのか。


命が尽きたときか。

誰かに殺されたときか。

それとも、世界から忘れられたときか。


もし、あなたの存在を知る人間が一人もいなくなったら――

その瞬間、あなたは「生きている」と言えるのだろうか。


名前を呼ぶ声もなく、

記録にも残らず、

記憶にも存在しない。


それは死よりも確実な“消滅”ではないのか。


この物語に登場する人間は、誰一人として特別ではない。

どこにでもいる、普通の人間だ。


だが彼らは、ある日突然“いなかったこと”になる。


痕跡は消え、関係は断たれ、存在そのものが書き換えられる。

理由もなく、予兆もなく。


そして、その異常に唯一抗おうとした一人の刑事がいる。


彼は真実を追った。

何度も、何度も、自分を見失いながら。


だが――


この物語に、救いはない。


正義が勝つとは限らない。

真実が残るとも限らない。


なぜなら、“記憶”こそが、この世界のすべてだからだ。


もし読み終えたあと、あなたが誰かの顔を思い出せなくなったとしたら。

あるいは、自分自身の記憶にわずかな違和感を覚えたとしたら。


そのときは、少しだけ考えてほしい。


――本当に、それは最初から「存在していた」のかを。

雨は、音もなく降り続いていた。


アスファルトに滲んだ街灯の光が、ぼやけて揺れている。

まるで、この街そのものが輪郭を失っているようだった。


「……ここか」


榊真司は、古びたアパートを見上げた。


三階建て、外壁は剥がれ、階段の鉄は錆びている。

人の気配はあるはずなのに、妙に静かだった。


規制線の前で、若い制服警官が頭を下げる。


「榊さん、お疲れ様です」


「状況は?」


「通報は近隣住民からです。怒鳴り声と物音があったと。駆けつけたときには――」


「誰もいなかった、か」


「はい。ただ……」


警官は言葉を濁し、視線を逸らした。


「血が、かなり」


榊は無言で頷き、規制線をくぐった。




部屋の扉は開け放たれていた。


中に入った瞬間、鉄の匂いが鼻を突く。


血だ。


床一面に広がる赤黒い染み。

壁にも飛沫が残っている。


争った跡は明白だった。


「……ひどいな」


鑑識が低く呟く。


「量からして、致死レベルです」


「遺体は?」


「見つかってません」


榊はしゃがみ込み、血痕を見つめた。


乾きかけている。

時間は、そう経っていない。


「逃げた可能性は?」


「この状態でですか?」


鑑識は首を振る。


「まず無理でしょう。搬送された痕跡もない」


つまり――


「ここで“終わってる”ってことか」


「はい」


だが、終わっているはずなのに。


終わっていない。


榊は立ち上がり、部屋を見渡した。


生活感はある。

テーブルの上には、開いたままの雑誌。

冷めたコーヒー。


日常の途中で、何かが起きた。


そして――


人だけが、消えた。




「被害者の身元は?」


「この部屋の住人です。佐伯美咲、29歳、会社員」


「交友関係は?」


「現在調査中ですが、特にトラブルは」


“特に問題のない一般人”。


榊は心の中で繰り返す。


こういうケースは、大抵裏がある。


だが――


今回は違和感があった。


「なあ」


榊は鑑識に声をかける。


「血液の飛び方、どう思う?」


鑑識は少し考え、答えた。


「強い外力ですね。複数回の打撃、もしくは刃物」


「だよな」


「ただ……」


鑑識が言葉を止める。


「何だ」


「量が多すぎる気がします」


「多すぎる?」


「はい。これ、ほぼ全血量に近い」


榊は眉をひそめた。


人間の体内の血液量は限られている。


これだけ出血すれば、確実に動けない。


「なのに、遺体がない」


「はい」


部屋に、重い沈黙が落ちた。



榊は窓に近づいた。


外は、相変わらずの雨。


三階から飛び降りた形跡はない。


ベランダにも血は続いていない。


「完全に“消えてる”な」


無意識にそう呟いた瞬間。


胸の奥に、引っかかるものがあった。


「……消える?」


どこかで、同じ言葉を使った気がした。


いつだ。


誰に対して。


思い出そうとした瞬間――


「榊さん?」


同僚の声で、意識が引き戻された。


「どうしました?」


「いや……」


一瞬、言葉に詰まる。


今、何を考えていた?


「……何でもない」


榊は首を振った。


だが、その違和感は消えなかった。



部屋を出る直前、榊はもう一度振り返った。


血の跡。


乱れた家具。


そして、誰もいない空間。


「……おかしい」


この事件は、何かが違う。


そう確信していた。


だがその時の榊は、まだ知らなかった。


これは“最初の一件”ではないことを。


そして――


自分自身も、すでにこの事件の中にいることを。

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