表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れたままのあなたも、ここにいていい――悪役令嬢の魔導具修理店  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

第6話「油まみれのしっちゃかめっちゃか」

自慢ではないが私はたいていのものを直せる。——そう思い上がっていた自分を、その日、心の底から反省することになった。


 持ち込まれたのは、石鹸屋のおかみさんが使う魔導撹拌機だった。大きな樽に張った油を羽根つきの棒でぐるぐるかき回して、石鹸のもとを練る道具。その動力の部分——魔石を仕込んだ握り拳ほどの機構が、回らなくなったのだという。


「これがないと、こねる作業が全部手でね。腕がもげちまうよ」


 おかみさんはそう言って、腰を叩いた。私は機構を預かり、作業台でさっそく分解にかかった。握りの部分の蓋を外すと、油まみれの歯車がいくつも詰まっている。


 石鹸づくりの油を毎日かき回す道具だから、機構の隅々まで油が染み込んで埃と固まっていた。まずはこれを溶き油で洗い、一枚ずつ歯を確かめていく。


 原因はすぐに知れた。歯車のかみ合わせがずれて、二枚の歯が欠けかけている。それと魔石の弱り。


 長く使えば、動力の石は少しずつ痩せていく。私は欠けた歯車を手持ちの合うものに替え、かみ合わせを調え直した。魔石も新しく、上等なものに交換する。


 羽根を指で回すと、以前より滑らかに抵抗なく回った。ここまでは我ながら文句のない仕事だった。問題はそのあとだ。


 直った機構を試すのに、ちょうど手元に、部品洗い用の油を張った桶があった。私は撹拌機の羽根を桶にひたし、動力を入れてみた。よく回る。うん、いい調子。もう少し力強くてもいいかもしれない。私はそう考えて、魔石の出力をほんの少し上げた。——これがいけなかった。


 ぶうん、と羽根がうなりを上げる。次の瞬間、桶の油が渦を巻いた。みるみる盛り上がったかと思うと、天井めがけて噴き上がる。


「わっ」


 顔面に、生ぬるい油をまともに浴びた。羽根は止まるどころか、勢いを増して桶の中で暴れ回り、油をあたり一面にまき散らしていく。作業台の工具も棚も床も、みるみる油でぬらぬらと光りだす。慌てて動力を切ろうとした私の手は、油ですべって空を掻いた。


「ひえっ、なんだこれ!」


 奥から飛び出してきたピコが、盛大に足を滑らせて、油の海に尻もちをついた。立ち上がろうとしてまた転び、そのたびに油まみれの床を這い回る羽目になっている。棚に手をかけて起き上がろうとすれば、その棚ごとぐらりと傾いて、修理待ちのランプがごとごとと転がり落ちた。


 私はそれを受け止めようと飛びつき、当然のように滑って、ピコの上へ重なるように倒れ込む。


 私も負けず劣らず、髪から前掛けから、頭のてっぺんまで油だらけ。まつ毛にまで油の玉がぶら下がって、まばたきするたびに視界がにじむ。二人して、油に絡めとられた虫みたいに、店の中でじたばたするばかり。


 つかもうとすればすり抜け、踏ん張ろうとすれば流れる。撹拌機は我関せずと、桶の中でぶんぶん唸り続けている。天井にはとうとう、油の水玉模様まで描かれはじめた。


「なにやってんだ、あんたら」


 呆れ果てた声とともに、隣から顔を出したのはヴィムだった。油まみれの店内と、床を這う私たちを見て、太い眉が片方だけ持ち上がる。私はせめて威厳を保とうと口を開いたが、出てきたのは「た、助けて」の一言だった。


 ヴィムは大股で桶に歩み寄り、暴れる機構を無造作につかむと、指先で魔石の座を一ひねりした。ぶうん、という唸りがふつりと止む。とたんに、店じゅうに散っていた油が、しんと静まり返った。あとに残ったのは、上から下まで油で光る店と、同じく油で光る私とピコ。


「魔石を強いのに替えて、そのうえ出力まで上げたな」


 ヴィムが機構をこちらへ突き返しながら言った。図星だった。石鹸を練るくらいの弱い動力でよかったのに、私は欲を出して、力を盛りすぎたのだ。「ちょっと、良くしてあげようと思って……」ともごもご言い訳する私に、ヴィムは短く息を吐いた。


「良かれと思って、が、いちばん質が悪い。道具は、頼まれたぶんだけ直しゃいい」


 ぐうの音も出ない。職人としての、いちばん基本のところで私はしくじった。ヴィムはそれ以上小言を続けるでもなく、袖をまくって、床の油をぬぐう手伝いを始めた。


 無口な人がこういうときだけは黙って手を動かしてくれる。ぶっきらぼうな横顔に、少しだけ笑いをこらえたような気配があった気がして——たぶん、気のせいではない。


 三人がかりで店を拭き清めるのに、日が傾くまでかかった。床板の目に染み込んだ油はなかなか手強く、灰をまいて吸わせては、雑巾で何度もこすらなければならない。


 ピコは油まみれの髪を井戸端でごしごし洗って「もう二度と、姉ちゃんの手伝いなんかしねえ」と口を尖らせていたが、油だらけの顔で言われてもまるで凄みがなかった。撹拌機は出力を元に戻し、石鹸を練るのにちょうどいい穏やかな回り方にやり直した。


 今度は羽根を桶の油にひたしても、ゆるやかな渦ができるだけ。これでいい。道具は頼まれたぶんだけ。


 ヴィムの言葉が油の匂いと一緒に、しばらく胸に残った。翌朝あらためて受け取りに来た石鹸屋のおかみさんは、ほどよく回る羽根に満足そうにうなずいて、修理代に石鹸をひとつおまけしてくれた。


「あんたんとこ、なんだか油くさいねえ」


 おかみさんの何気ないひとことに、拭いても拭いても取れない油の匂いを思い出して、私は顔から火が出そうになった。ピコがけらけら笑い、壁の向こうで、槌の音が一拍だけ止まった。


次話:「街じゅうが浮き足立つ、その前に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ