第3話「直したら、終わってしまう気がして」
その日、店の平和は、けたたましい鳴き声とともに破られた。
「リーゼさーん! たいへん、たいへんなの!」
路地の向こうから、近所の子どもが三人、かたまりになって駆け込んできた。先頭のミナという女の子が、両手で高く掲げているのは、木彫りの小鳥のかたち。魔導玩具だ。
声をかけると、まねをして鳴き返す。そういう仕組みの、下町の子どもに人気のおもちゃ。だが今、その小鳥はぎゃあぎゃあぴぎゃあと、この世の終わりみたいな金切り声を上げ続けている。
「昨日から、ずっとこうなの! しゃべってないのに勝手に鳴くし、鳴き止まないし、夜も寝られなくて!」
ミナの後ろで、弟たちが両手で耳をふさいでいる。無理もない。小鳥の悲鳴は井戸端のおかみさんが顔をしかめて振り返るほどの音量だ。奥から出てきたピコまで、「なんだこれ、うるっせえ!」と顔をしかめた。
「貸してごらんなさい」
私は小鳥を受け取り、まず声をかけてみた。「おはよう」。すると小鳥はぴぎゃあ、と裏返った悲鳴で応じた。
おはよう、の欠片もない。試しにピコが「ばーか」と言うと、小鳥はさらに甲高く、ぎゃおおと吼えた。子どもたちがどっと笑い、私は思わず噴き出しかけて、あわてて口を結んだ。
笑っている場合ではない。この音が一日中では、たしかに寝られない。
ところがだ。小鳥は誰も何も言っていないのに、勝手にぎゃっと鳴いた。驚いたミナが手を離す。
落ちかけた小鳥を、ピコが飛びついて受け止めようとする。その拍子に作業台の布切れごと引っかけ、鏨がからからと床に散らばった。その音にまた小鳥が反応して、ぴぎゃぎゃぎゃ、と連続で悲鳴を上げる。
子どもたちは耳をふさいで逃げ回り、狭い店の中は上を下への大騒ぎ。
どん、と壁の向こうから、拳で殴りつけるような音がした。隣の金物屋だ。「静かにしろ!」というくぐもった怒鳴り声まで聞こえてくる。
無口なヴィムにここまで言わせるとは、この小鳥もたいしたものだ。私は「ごめんなさい!」と壁に向かって謝りながら、暴れる小鳥をどうにか両手でつかまえた。手のひらの中で、木彫りの体がびりびりと震えている。
生き物みたいだ。
作業台に小鳥を寝かせ、背中の小さな蓋を開ける。中を覗いて、私はなるほど、と得心した。声を拾って音に変える薄い金属の膜——共鳴板が、べたべたに貼りついている。
埃と、たぶん子どもが飲ませたであろう飴のかけらのせいだ。膜が張りつめたまま戻らないから、拾った音がぜんぶ悲鳴に化けていたのだ。
「甘いもの、食べさせたでしょう」
「……あめ、くわえさせた。おなかすいてそうだったから」
ミナが小声で白状した。小鳥に空腹はないのだけれど、そこは黙っておく。私はまず、小鳥の胸の魔石座から石を外して、暴れる元を断った。びりびりと震えていた木の体が、ことりと大人しくなる。子どもたちがほうっと息をついた。
それから細い筆先に少量の油をふくませ、膜の縁にこびりついた飴を慎重にふやかしては拭い取っていく。糖の甘い匂いと、油の匂いが混ざって、へんに賑やかだ。飴は思ったより奥まで流れ込んでいて、膜の裏側の細い溝にまで糸を引いている。
ここで力を入れれば、薄い膜はたやすく破れてしまう。私は筆を持つ手の甲を作業台にあずけ、指先だけを蝶の羽のように動かした。膜を傷つけないよう、息を詰めての細かい作業。
子どもたちは作業台にあごを乗せて、固唾を呑んで見守っている。ピコまで、いつのまにか一番前でのぞき込んでいた。
半時ほどかけて膜を洗い、皺を伸ばし、私はそっと小鳥に息を吹きかけた。「おはよう」。今度はちゃんと澄んだ声で、ぴるるる、と鳥が鳴き返した。
子どもたちが歓声を上げ、ミナが小鳥を胸に抱きしめる。弟たちが口々に「おはよう」「こんにちは」と呼びかけては、鳴き返す小鳥に笑い転げた。にぎやかさが悲鳴から歓声に変わっただけとも言えるけれど、こっちの騒がしさは大歓迎だ。
子どもたちが飴玉一個の修理代を置いて帰っていくと、店には急に静けさが戻った。ピコが作業台の上を名残惜しそうに眺めている。さっきまで散らかっていた工具や布切れを、私は片づけはじめた。
「……姉ちゃんは、なんでも直せるんだな」
ピコがぽつりと言った。褒められたのかと思ったら、その声には妙な陰りがある。私が手を止めて見ると、ピコは上着の内側——いつもの布包みのあたりを無意識に押さえていた。
「なあ。もし、おれのこわれたやつ……直したら、どうなる?」
「直ったら、また使えるようになるでしょうね」
ピコはしばらく黙って、それから、床に視線を落として言った。
「……直したら、終わっちゃう気がして。こわいんだ。これがこわれたまんまなら、まだ、続いてる感じがするのに」
言ってしまってから、ピコは自分の言葉に驚いたように口をつぐんだ。子どもの、うまく言葉にならない胸のうちが、その一言に全部つまっている気がした。私は片づけの手をゆっくり戻した。急かして開かせるものではない。
「じゃあ、まだ直さないでおきましょう」
ピコが顔を上げる。私は肩をすくめてみせた。
「直したくなったら、いつでも言いなさい。それまで、その子はあなたのそばで、こわれたまま待っててくれる。壊れてても、ちゃんとそこにいるものだってあるのよ」
ピコは何か言いかけて、やめて、こくりとうなずいた。布包みを押さえる手に、少しだけ力がこもったのが見えた。棚の奥で、私の鳴らないオルゴールも、今日も口をつぐんで待っている。
直せないまま、それでもそこにある。私はこの子の気持ちが、たぶん、痛いくらいに分かってしまう。
次話:「声で目を覚ます小さな箱」




