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壊れたままのあなたも、ここにいていい――悪役令嬢の魔導具修理店  作者: 夜凪 蒼


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第11話「安請け合いは、いつも高くつく」

うぬぼれというものは香水に似ている。まとっている本人だけが、その匂いに気づかない。


 祭りが終わってからの数日、私の店には客が絶えなかった。祭りの晩、樽の上でランプを直したあの一幕を、路地じゅうの人が見ていたらしい。灯りの修理屋、と呼ばれるようになって、坂の上の界隈からもぽつぽつと依頼が降りてくる。


 修理を渡すたびに腕を褒められ、私はそのたびに「いえいえ」と首を振りながら、内心ではまんざらでもなかった。今にして思えば、あのころの私はいい気になっていたのだ。


 その番頭が店に現れたのはそんな時分だった。


 仕立てのいい上着に磨かれた靴。靴が路地の泥で汚れるのを気にしながら坂を降りてきたのが、足の運びでわかる人だった。貴族街に近い商家、ロレンツ商会の番頭だと名乗って、彼は布を何重にも巻いた荷を作業台にうやうやしく載せる。


 布の中から現れたのは、腕ほどの高さの人形だった。絹の衣装をまとった貴婦人が、台座の上で両手を広げている。台座には歯車と魔石座、それに音律盤——ぜんまいと魔力を併せて使う、ひと昔前の凝った工法の舞踏人形だ。


 ねじを巻いて魔石に念を通せば、音律に合わせて人形が踊る。そういう品だった。


「主家の女主人の、亡くなられた母君の形見でございます。このたび、お嬢様の婚礼が6日ののちにございまして。門出の宴で、ぜひもう一度この人形に踊らせたいと」


「大通りの工房には、あたってみたのですか」


「それが、どこも。古い工法ゆえ手に負えぬ、直すにしても10日はかかると。……困り果てていたところに、錆び横丁に腕のいい修理師がいると耳にいたしまして」


 聞けば、女主人の母君は生前、祝いごとのたびにこの人形を居間で踊らせたのだという。孫娘の婚礼でもう一度——というのが、女主人のたっての願いらしい。人形の絹の裾には、丁寧に繕われた跡がいくつも残っていた。長く、大切にされてきた子だ。


 どこの工房にも断られた品。その言葉が私のうぬぼれのいちばん柔らかいところをくすぐった。蓋を外して機構を覗くと、見たこともないほど細かい歯車が三重に組まれ、絹巻きの魔導線が迷路のように走っている。


 正直に言えば、その時点でうっすらと嫌な汗が出ていた。これは私の知っている機構より二回りは複雑だ。


 けれど口から出たのは別の言葉だった。


「お引き受けします。——5日で仕上げましょう」


 大通りの工房が10日と言ったものを5日。番頭の顔がぱっと明るくなって、手付にと銀貨5枚が作業台に置かれた。修理代は仕上がりの際に銀貨15枚。私の店の、ふた月ぶんの稼ぎに相当する額だった。番頭を見送りながら、ピコが目を丸くして銀貨を数えている。


「姉ちゃん、すごいじゃん! 王さまの修理屋みたい!」


 すごいでしょう、と胸を張った、あのときの自分を張り倒したい。


 仕事は初日から牙を剥いた。


 踊りの機構は三層仕掛けで、脚の歯車と腕の歯車が均衡環と呼ばれる輪で結ばれている。どれかひとつを外すにも、決まった順を踏まなければ全部が狂う。図面はなく、頼れるのは指先の感覚だけ。


 1日目は機構の仕組みを読み解くだけで暮れ、2日目は固まった古い油を溶かすだけで暮れた。ピコが蒸かし芋の皿をそっと置いていってくれたのに、気づいたときには皿の上で冷えきっている。夜は蝋燭を2本並べて、目がかすむまで作業台にかじりついた。


 3日目の晩、隣の戸口にヴィムが立った。遅くまで灯りのついた私の店を、壁越しに気にしていたのだろう。


「……手に余ってるんじゃねえのか」


「大丈夫。頼まれた仕事だもの」


 道具は頼まれたぶんだけ——いつかのあの人の言葉を、私はそんなふうに使った。ヴィムはしばらく私の手元を見ていたが、何も言わずに戻っていった。あのとき素直に頭を下げていれば、と何度悔やんだか知れない。


 4日目の夜更け。残るは均衡環の軸ひとつになっていた。長年の油が飴のように固まって、軸が台座に貼りついている。


 溶き油を差して待つのが正しい手順だ。けれど溶けるのを待てば、朝までかかるかもしれない。納期は明日の夕。


 指はとうに強張って、目の奥は鈍く痛んでいた。早く。早く終わらせなければ。


 私は鑷子の先を軸の根元にかけて、ぐっと力をこめた。


 ぱきん、と乾いた音が響く。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。鑷子の先で、渦を巻いた細い金属が力なくほどけている。調速ぜんまい。踊りの速さを保つ、この機構の心臓部。髪の毛ほどの薄さに鍛えられた特注のぜんまいが、根元から切れていた。


 まさか、と思った。まさか。この人形のどこを探しても、替えなど入っていない。貴族街の部品屋にも、こんな古い特注品は置いていない。作りなおすには専用の鋼と焼きの技がいる。私の店のどこにもないものばかりだ。


 指先から血の気が引いていく。窓の外はもう白みかけていた。


 翌日の夕、番頭は約束どおりの刻限にやってきた。作業台の上の人形は、衣装を外され、腕の歯車を晒したまま踊らない。私は切れたぜんまいを白い布に載せて、番頭の前に差し出した。直っていないこと。私の手が心臓部の部品を折ったこと。ごまかしようもなく、ぜんぶを話した。


 番頭の顔から、愛想が音を立てて剥がれ落ちていった。


「……婚礼は、明日でございます」


「女主人は、母君の形見の踊りをお嬢様の門出にと……それはもう、楽しみにしておられました」


 番頭は最後まで言わずに口を結んだ。責める言葉より、そのほうがずっと堪えた。


「明日の朝、商会へお詫びに伺います。手付もお返しします。それから、償いも」


「……主人に、そのように」


 短く言って、番頭は人形を置いたまま帰っていった。踊らない人形を婚礼の家に持ち帰っても、仕方がないからだろう。


 夜の店で、私は白い布の上のぜんまいと向き合った。渦の形のまま切れた金属は、蝋燭の灯りの下で鈍く光っている。道具は頼まれたぶんだけ直しゃいい——あの言葉には続きがあったのだと、今ごろになって思い知る。


 頼まれたぶんを受けていい腕かどうかまずそれを量ること。量りもせずに見栄で受けた仕事は、道具ばかりか持ち主の思い出まで壊す。


 安請け合いの代金を、明日から払いに行く。私は切れたぜんまいを布ごとたたんで、夜明けまでの時間を数えはじめた。


次話:「頭を下げるのも、職人の仕事です」

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