後日談 日巫女が面食いで好みがうるさかった件
ある日、那岐は何枚もの似顔絵を抱えて日巫女のもとを訪れた。描かれているのは周辺諸国の主や、その後継者たちである。どうやら各地を訪ね歩いては、わざわざ似顔絵を描いてきたらしい。
「日巫女、ちょっと見てほしい似顔絵があるんだ」
「なんですの、藪から棒に」
「他国の主や後継者の似顔絵だよー」
「はあ……それで、それを見てどうするのです?」
「いい人を見つけてほしいなって」
那岐はにこにこしながら似顔絵を広げた。どうやら娘にふさわしい相手を探してきたらしい。娘が女王となり、国のために働く姿は誇らしいものの、父親としてはそろそろ孫の顔も見てみたいのである。
日巫女は父の期待に満ちた顔を眺め、少しばかり呆れたようにため息をついた。
「……まあ、見るだけなら構いませんわ」
そう言って一枚目を手に取った日巫女だったが、その審査は那岐の予想を遥かに超える厳しいものだった。
「なに、この四角い顔。駄目」
二枚目を手に取る。
「髭がしつこいわ。駄目」
三枚目。
「顔が下品だわ。駄目」
四枚目では眉をひそめた。
「この人、いくつなのですか? 明日にも逝きそうよ。駄目」
さらに似顔絵をめくっていくものの、日巫女の評価は一向に変わらなかった。
「目が危なくないですか、この人。駄目」
「顔に覇気がないわ。駄目」
「……生理的に無理。駄目」
次から次へと容赦なく切り捨てられ、那岐はすっかり困り果ててしまった。せっかく各地を回って描いてきた似顔絵なのに、娘は一人として気に入る様子がない。
「姫ぇー、本当に子どもを作る気があるのー?」
「ありますわよ! でも、私だって最低限の好みというものがありますわ!」
日巫女は不満そうに答えたものの、ふと目の前の那岐へ視線を向けた。
長く艶やかな黒髪に、整った目鼻立ち。男とは思えないほど美しく、柔らかな微笑みを浮かべる父の顔をしばらく眺めてから、手元の似顔絵へ視線を戻す。
……比べるまでもなかった。
そもそも、幼い頃からこんな美しい父を見て育ったのである。いくら他国の主や後継者といっても、顔立ちだけで比べられては気の毒というものだった。
そこへ、似顔絵を横から覗き込んでいた月読が口を開いた。
「んー……どれもいかつい顔ですね」
「そういえば、そうかも」
「顔で圧力をかけて支配でもしているのでしょうか……」
「まっさかぁー……でも、みんな確かにゴツいかも」
那岐は改めて似顔絵を見比べた。普段から各国の主と接しているため、顔立ちなど特に気にしたことがなかったのだが、こうして並べてみると、確かに強面の男ばかりである。
月読も一枚ずつ眺めていたが、やがて父の顔をちらりと見て、もう一度似顔絵に目を落とした。
『……そりゃ無理だわ』
姉の好みを知っている月読には、なぜ誰一人として気に入らないのか、よく理解できてしまった。
しかし、そんな三人のやり取りを聞いていた須佐之男だけは、まったく納得していなかった。
「男は顔なんてどうでもいいだろ! 力こそ大事だぜ!」
「あなたは黙ってなさい」
日巫女は弟を一言で黙らせると、また似顔絵に目を戻した。
月読は似顔絵と今度は須佐之男をみてから口を開いた。
「それにしても、これでは須佐之男の方がまだましですね。須佐之男も父上の子ですから、顔の造りだけは悪くありませんし」
「そうか?」
月読から思いがけず褒められた須佐之男は、少し嬉しそうに自分の顔を触った。
もっとも、月読が褒めたのは顔だけであり、性格や振る舞いについては何一つ評価していないのだが、須佐之男は気づいていないようだった。
月読はそんな弟を横目に、もう一度並べられた似顔絵を眺めた。
「ところで姉上、これほど多くの似顔絵をご覧になって、結局どのように感じられたのです?」
日巫女はしばらく似顔絵を眺めていたが、やがて真顔で答えた。
「……野菜よ」
「ぶっ!」
「ぶっ!」
月読と須佐之男が同時に吹き出した。
四角い顔も、髭の濃い顔も、覇気のない顔も、姉の目には野菜にしか見えなかったらしい。
那岐は二人が笑い転げる横で、せっかく描いてきた似顔絵を一枚ずつ重ねながら、深いため息をついた。
「はぁ~~……孫、見たいなぁ……」
父の切実な願いなど知ったことではないとばかりに、日巫女は涼しい顔をしている。
どうやら那岐が待ち望む孫の顔を見られる日は、まだまだ先のことになりそうであった。




