第9話 首から背中がこわばって汗が無い。風邪なのに下痢もする。その二つに、麻黄と葛根を足した桂枝湯。
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第9話 首のこわばりと、下痢と
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傷寒論 太陽病 第31・32条(一級) 葛根湯
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「寒い。首から背中がばりばりに張ってる」
「汗は?」
「出ない。ぞくぞくするだけ」
「お腹は」
「さっきからゆるい。風邪なのに下痢までする」
「首と下痢。今日の条はその二つだよ。私が読むね」
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■第31条 首がこわばって、汗が無い
太陽病,項背強几几,無汗惡風,葛根湯主之。
太陽病、項背強ばること几几、汗無く悪風するは、葛根湯之を主る。
|要約 首から背中がこわばり、汗が無くて風を嫌う。葛根湯。
「第3話と同じ書き出しだ」
「第3話は『反って汗出で』。今日は『汗無く』。そこだけが違う」
成無己は二つの条を並べて読む。首と背中がこわばって汗が出るのは、中風の表の虚。こわばって汗が無いのは、中風の表の実。表が虚なら肌を解き、表が実なら汗を発する。だから葛根湯で発するのだと。
「中風なんだ。汗が無いのに」
「そう。成無己は葛根湯を傷寒とは呼ばない。中風で表が実のほう」
今の試験の大綱は、この条を「太陽傷寒に経脈の不利を兼ねる」証として立てている。同じ条の呼び方が成無己と今とで違う。
成無己はさらに本草の「軽きは実を去るべし、麻黄・葛根の属これなり」を引く。中風で表が実だから、桂枝湯に麻黄と葛根の二つを加えた。成無己の読みでは、葛根湯は桂枝湯の加減の一つになる。
■第32条 太陽と陽明の合病
太陽與陽明合病者,必自下利,葛根湯主之。
太陽と陽明の合病は、必ず自ら下利す、葛根湯之を主る。
|要約 太陽と陽明が一緒に病むと、必ず下痢をする。葛根湯。
合病は、二つの経が同時に邪を受けた病だ。成無己は、太陽が治らずに陽明へ移るのを併病、二つの経が一緒に病むのを合病と分ける。WHO の用語集も合病を、二つか三つの経が同時に関わる証と定める。
「風邪の薬で下痢が止まるの?」
「成無己の理屈はこう。強い寒の邪が二つの陽に居座ると、陽は外を固めるのに手一杯で、内を守れない。内の気が虚して下痢になる。だから葛根湯で経にいる強い邪を散らす」
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■処方
葛根四兩 麻黃三兩(去節) 桂枝二兩(去皮) 生薑三兩(切) 甘草二兩(炙) 芍藥二兩 大棗十二枚(擘)
葛根四両、麻黄三両(節を去る)、桂枝二両(皮を去る)、生姜三両(切る)、甘草二両(炙る)、芍薬二両、大棗十二枚(擘く)。
|要約 桂枝湯の桂枝と芍薬を二両に減らし、葛根四両と麻黄三両を足した七味。
上七味,以水一斗,先煮麻黃、葛根,減六升,去白沫;內諸藥,煮取三升,去滓,溫服一升。覆取微似汗。
上の七味、水一斗を以て、先ず麻黄・葛根を煮て、六升を減じ、白沫を去り、諸薬を内れ、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。覆いて微しく汗に似たるを取る。
|要約 10升の水で麻黄と葛根を先に煮て、6升減らして泡を取る。残りの薬を入れて3升まで煮て、1升ずつ飲む。布団をかぶって、うっすら汗をかく。
「6升減らすの? ずいぶん煮詰めるね」
「宋本はそう。でも成無己の本は『二升を減ず』と書く」
成無己の本の煮方は「麻黄と葛根を先に煮て二升を減じ」。宋本は「六升を減じ」。先に煮る量が三倍違う。
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■日本の漢方では
「日本の漢方は首のこわばりをどう見るの」
「湯本求真は指で押して確かめる」
湯本の読みでは、項背強几几は腰から背骨の両側を上って後頭部へ走る筋肉の群れの、強直性の痙攣だ。指先でその筋肉を横に強く押す。固まりや突っ張りに触れて、患者が痛がれば、項背強几几がある。そう断じて百に一つも外れない、と湯本は書く。
汗の有る無しは、第3話の桂枝加葛根湯と並べて読む。どちらも葛根が君の薬だから、首のこわばりはある。葛根湯には臣の薬として麻黄が入るので汗が無い。桂枝加葛根湯には麻黄が無いので、汗が自然に出る。
「第3話の『反って』の字は、この区別のためだったね」
◆下痢の原因は、お腹ではない
湯本の第32条の読みは、成無己と組み立てが違う。
表証には裏証が伴わないのがふつうだ。それなのに脈が浮いて首がこわばり寒けもする、つまり表証がある。そこへ下痢という裏証も出る。だから「二陽の合病」という名が立てられた。湯本はそう説明したうえで、本当の意味は別にあると言う。
この下痢は本当の裏証ではない。汗が出ないので、皮膚から出るはずの水の毒が内に迫って起こした下痢だ。原因は腸ではなく表にある。だから葛根湯で表を解けば、下痢はひとりでに治る。
「成無己は、陽が外で手一杯で内が虚したと言う」
「湯本は、外へ出られない水が内へ回ったと言う」
「どっちも下痢を止めるのに表を解く」
湯本は止瀉の主役を葛根と芍薬に見る。葛根は多量のでんぷんを含む。そのやわらげて包む働きで、表では筋肉の痙攣をゆるめ、裏では腸の動きの亢進を抑え、腸の粘膜を包む、と。
◆東洞は合病の説を取らない
吉益東洞の『類聚方』は葛根湯の条に、合病・併病について「医事に非ず」と退ける一言を添える(OCR は「合病併病誤非疾病醫事也」、『類聚方広義』の同じ行は「…説非疾病醫事也」で、字が割れている)。東洞は病の原因や病の名を要らないとした人だった(閑話休題B)。
定義も東洞らしく短い。「項背強急し、発熱悪風し、或いは喘し、或いは身疼痛する者を治す」。合病の字は入らない。
「WHO は合病を定義する。東洞はそんな説は要らないと言う」
「湯本はその間。合病の名は使うけど、本当の意味は水の毒だと読み替える」
◆尾台榕堂の使い方
尾台榕堂の『類聚方広義』は、この方の主な治す所を「項背強急」と言い切る。だから驚癇・破傷風・産後の感冒・急な痙・痘瘡の出始めなどで、体が反り返って強ばり、ひきつける者を治せる、と頭注に書く。麻疹の出始めで、悪寒・発熱・首のこわばり・汗が無く脈が浮いて速い者、あるいは吐き気や下痢のある者にも使う。
◆煮方の字も、成無己の本と同じ
『類聚方』も『類聚方広義』も、煮方を「減二升」と書く。宋本の「減六升」ではない。第7話の「微悪寒」と同じく、日本の本は成無己の本と同じ字を持っている。
「また成無己の本の字だ」
「日本でどの本が読まれてきたか、二度目の手がかりだね」
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■いまの製剤
◇葛根/カッコン
傷寒論の葛根湯(宋本):4両
ツムラ 葛根湯:4.0g
◇麻黄/マオウ
傷寒論の葛根湯(宋本):3両
ツムラ 葛根湯:3.0g
◇桂枝/ケイヒ
傷寒論の葛根湯(宋本):2両
ツムラ 葛根湯:2.0g
◇芍薬/シャクヤク
傷寒論の葛根湯(宋本):2両
ツムラ 葛根湯:2.0g
◇甘草/カンゾウ
傷寒論の葛根湯(宋本):2両
ツムラ 葛根湯:2.0g
◇生姜/ショウキョウ
傷寒論の葛根湯(宋本):3両
ツムラ 葛根湯:2.0g
◇大棗/タイソウ
傷寒論の葛根湯(宋本):12枚
ツムラ 葛根湯:3.0g
◇1日量
傷寒論の葛根湯(宋本):水10升から3升を3回
ツムラ 葛根湯:7.5g(乾燥エキス 3.75g)
(ツムラは2026年8月改訂の添付文書の、エキスを作る元にした1日分)
「両の比がほとんどそのまま。葛根4、麻黄3、桂枝と芍薬と甘草が2」
「違うのは生姜と大棗」
効能は「自然発汗がなく頭痛、発熱、悪寒、肩こり等を伴う比較的体力のあるもの」の感冒・鼻かぜ・熱性疾患の初期のほか、結膜炎・中耳炎・扁桃腺炎・乳腺炎などの炎症性疾患、肩こり、上半身の神経痛、じんましん。
「『自然発汗がなく』が条文の『汗無く』だ」
麻黄の入った処方なので、添付文書の注意も麻黄の側が多い。狭心症や心筋梗塞などの循環器の病気がある人、重い高血圧、排尿障害、甲状腺機能亢進症のある人では、病気が悪くなるおそれがある。ほかの麻黄の入った製剤やエフェドリン類、MAO 阻害剤、甲状腺製剤と一緒に使うと、不眠・発汗過多・頻脈・動悸などが出やすくなる。2026年8月の改訂では、重大な副作用に多形紅斑が加わった。
生薬のメモ 麻黄
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|中医学 臺灣中藥典では、草麻黄 Ephedra sinica などの乾いた草質の茎。表を解く薬(辛温解表)に入る。味は辛・微苦、性は温。肺と膀胱の経に入り、汗を出させ、喘を平らげ、尿を通す。用量は1.5〜9g。エフェドリンとプソイドエフェドリンの合計を0.8%以上と決めている。
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|日本漢方 日本薬局方のマオウも Ephedra sinica など3種の地上茎。エフェドリンとプソイドエフェドリンの合計は0.7%以上。湯本求真は、麻黄は皮膚からの排泄が閉じたせいで起きた喘・咳・水気を主な目当てに使う薬で、そうでなければ害があって効かない、と書く。
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|安全性 添付文書は、麻黄を含む製剤やエフェドリン類と重ねると、交感神経を刺激する働きが強まると考えられる、と書く。
「麻黄の物差しはエフェドリン」
「だから汗を出す力もあるし、心臓への注意も要る」
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「首はまだ張ってる?」
「押すと痛い。湯本の言う百に一つも外れないやつだ」
「下痢は」
「止まってきた。汗が少し出てきたからかな」
「それなら布団をかぶって、うっすら汗をかいてて」
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第9話 まとめ
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■覚えておく原文
太陽病,項背強几几,無汗惡風,葛根湯主之。(第31条)
首から背中がこわばり、汗が無くて悪風。葛根湯。
太陽與陽明合病者,必自下利,葛根湯主之。(第32条)
太陽と陽明の合病は、必ず下痢をする。葛根湯。
葛根四兩 麻黃三兩 桂枝二兩 生薑三兩 甘草二兩 芍藥二兩 大棗十二枚
桂枝湯の桂枝と芍薬を二両にし、葛根と麻黄を足した七味。麻黄と葛根を先に煮る。
■新しく出た言葉
無汗・合病と併病・自下利・麻黄・先煎(先に煮る)・覆取微似汗




