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第8話 桂枝湯から桂枝を抜くのか、芍薬を抜くのか。一字をめぐって日本の三人の読みが割れる。

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第8話 去るのは桂か、芍薬か

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傷寒論 太陽病 第28条(一級) 桂枝去桂加茯苓白朮湯


    * * *


「頭が痛い。首の後ろもこわばってる」

「熱は?」

「少しある。でも汗が出ない」

「ほかには」

「みぞおちが張って、押すと少し痛い。それにお手洗いが近くない」

「桂枝湯は飲んだ?」

「飲んだ。効かなかった」

「今日の条がそれだ。僕が読む」


    * * *


■第28条 桂枝湯でも、下しても


服桂枝湯,或下之,仍頭項強痛,翕翕發熱,無汗,心下滿微痛,小便不利者,桂枝去桂加茯苓白朮湯主之。


 桂枝湯を服し、或いは之を下し、仍お頭項強痛し、翕翕として発熱し、汗無く、心下満ちて微しく痛み、小便利せざる者は、桂枝去桂加茯苓白朮湯之を主る。


|要約 桂枝湯を飲んでも下しても、頭と首のこわばりと熱が残る。汗は出ず、みぞおちが張って少し痛み、小便が出にくい。桂枝去桂加茯苓白朮湯。


「私のと同じ」

「名前が長いね」

「長いのは、桂枝湯から桂枝を抜いて、茯苓と白朮を足したから」

「桂枝湯なのに桂枝を抜くの?」

「宋本はそう書いてある」


桂枝去桂は、桂枝湯から桂枝を去るという意味の名だ。宋本はこの条でも、巻十に方をまとめ直した所でも、桂枝を去ると書く。


 成無己の注はこう読む。頭と首のこわばりと熱は、汗や下しを経ても邪が表に残っているしるしだ。外の証がまだ終わらず、汗も無く、小便も出ない。それでみぞおちが張って少し痛むのは、飲が停まっているからだ。


「だから桂枝湯で外を解き、茯苓と白朮を加えて、小便を通し、溜まった水を動かす」

「待って。桂枝湯で外を解くって言ったよね」

「言った。注は桂枝を抜く理由に一言も触れない」


    * * *


■処方


芍藥三兩 甘草二兩(炙) 生薑(切) 白朮 茯苓各三兩 大棗十二枚(擘)


 芍薬三両、甘草二両(炙る)、生姜(切る)・白朮・茯苓各三両、大棗十二枚(擘く)。


|要約 桂枝が無い。芍薬・甘草・生姜・大棗に、白朮と茯苓を三両ずつ。


上六味,以水八升,煮取三升,去滓,溫服一升。小便利則愈。


 上の六味、水八升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。小便利すれば則ち愈ゆ。


|要約 8升で3升まで煮て、1升ずつ温めて飲む。小便が出るようになれば治る。


「第7話の二つの方は7升だった。ここは8升」

「治ったかどうかを小便で見るんだね」


    * * *


■日本の漢方では


「日本の漢方はこの名前をどう読むの」

「三通りに割れたの」


 第28条は日本の読み手の読みが割れた条だ。湯本求真は『皇漢医学』でまずこう書く。『傷寒論』は二千年余りのあいだ多くの医家の注釈と書き換えを経た。この条もその例で、「去桂」の二字が疑問の焦点だ、と。


◆一つ目 桂は去らない(尾台榕堂)


 尾台榕堂の『類聚方広義』は「去桂の二字、疑うべし」と書く。


 頭と首のこわばりも熱も残っている。桂枝湯の証がまだそこにあるということだ。それなのになぜ桂枝を去れるのか、と榕堂は問う。まして主の薬を去る理屈は無い、と。


 榕堂は証拠として名前に「去」の付く方を並べる。桂枝去芍薬加附子湯(第7話)や柴胡去半夏加栝楼湯など。どれも去ったり加えたりするのは脇の薬ばかりだ、と。


「第7話で抜いたのも芍薬だった。主の桂枝は残ってた」


 榕堂は成無己の注も持ち出す。注には「桂枝湯を与えて外を解く」とある。だから成無己の見た本には「去桂」の二字が無かったはずだ、と。


「さっきの『理由に触れない』が、ここで効いてくるんだ」

「今の成無己の本文には『去桂』が入ってるけどね」


◆二つ目 去るのは芍薬(吉益南涯と湯本求真)


 湯本は吉益南涯の説を引く。南涯は『医宗金鑑』に従って「去芍薬」と書き直した。


 南涯の理由はこうだ。この証は水の気が結ぼれて、みぞおちが張って少し痛み、頭と首がこわばる。心下の水を追い出さなければ、外へ発することができない。だから桂枝湯を飲んでも下しても解けなかった。茯苓と朮で水を追い、桂枝でその張りを散らし、芍薬を去って力をまとめる。水の気を追う剤に芍薬が入っていたためしは無い、と。


 湯本は二つの説を並べてから決める。榕堂に従うと、この方は「桂枝加茯苓朮湯」と呼ぶべきものになる。そうなると「去」の字がまるで意味の無い物になってしまう。だから湯本は南涯に味方し、「去桂」は「去芍薬」の誤りと認めた。方の名も「桂枝去芍薬加茯苓朮湯」と付け直している。


「第6話で残しておいた宿題がこれ」

「湯本が使う桂枝加苓朮附湯は、東洞が加附子湯と、この去芍薬加茯苓朮湯を合わせた方、だったね」


◆三つ目 字はそのまま(吉益東洞)


 吉益東洞の『類聚方』は、条文も方の名も「去桂」のまま載せる。字を直す考証は読めた範囲には見当たらない。代わりに「心下悸の証があるはずだ」という一言を添える。


「同じ条で、桂を残す人、芍薬を去る人、字を動かさない人」

「中医学の側は?」

「宋本は去桂。成無己の本文も去桂。でも成無己の注の言葉は『桂枝湯で外を解く』」


◆汗が出ないわけ


 湯本はもう一つ問いを立てる。桂枝湯の仲間なら汗が出るはずなのに、なぜ汗が無いのか。


 答えはみぞおちにある。小便が出ないせいで、みぞおちに張りと痛みが出る。それは胃の中に水が停まっているということだ。汗が無いのもこの停まった水のため、と湯本は読む。


「私は汗も出ないし、お手洗いも近くない。つながってるのか」


    * * *


■いまの製剤


 医療用の桂枝去桂加茯苓白朮湯のエキス製剤は、今回の探し方では見つからなかった。


 代わりに湯本の言う東洞の方の今の姿を見る。桂枝加苓朮附湯だ。名前にもう「去」の字は無い。桂枝湯をそのまま土台にして、茯苓・朮・附子を足している。


◇桂枝/ケイヒ

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):入っていない

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:4.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):4.0g

◇芍薬/シャクヤク

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):3両

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:4.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):4.0g

◇甘草/カンゾウ

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):2両

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:2.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):2.0g

◇生姜/ショウキョウ

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):3両

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:1.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):1.0g

◇大棗/タイソウ

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):12枚

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:4.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):4.0g

◇茯苓/ブクリョウ

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):3両

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:4.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):入っていない

◇朮

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):白朮 3両

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:ビャクジュツ 4.0g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):ソウジュツ 4.0g

◇附子/ブシ末

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):入っていない

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:0.5g

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):0.5g

◇1日量

 桂枝去桂加茯苓白朮湯(宋本):水8升で煮て3升を3回

 クラシエ 桂枝加苓朮附湯:7.5g(エキス粉末 4,400mg)

 ツムラ 桂枝加朮附湯(第6話):7.5g(乾燥エキス 3.75g)


 (クラシエとツムラは添付文書の、エキスを作る元にした1日分)


「同じ東洞の朮でも、クラシエは白朮でツムラは蒼朮」

「名前の『朮』の一字に二つの生薬が入ってる」


 効能はクラシエも「関節痛、神経痛」。添付文書は劇薬(2.5gの分包品は除く)と表示する。暑がりでのぼせが強く赤ら顔の患者には、動悸・のぼせ・舌のしびれ・吐き気のおそれがある。妊婦には、ブシ末の副作用が出やすいので投与しないことが望ましい。ここは第6話の2社と同じだ。


生薬のメモ 茯苓(ブクリョウ)

|

|中医学 臺灣中藥典では、真菌の茯苓 Wolfiporia extensa の菌核。水を通す薬(利水滲湿)に入る。味は甘・淡、性は平。心・肺・脾・腎の経に入り、水を通して湿を滲ませ、脾を益して胃を和らげ、心を落ち着かせる。

|

|日本漢方 日本薬局方のブクリョウはマツホド Wolfiporia cocos の菌核で、ふつう外の層をほとんど除いた物。においはほとんど無く、味もほとんど無いが少し粘る。

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|湯本求真の見方 茯苓は小便が多すぎるか少なすぎるかと、胃の中の停まった水、動悸、筋肉のひきつりを主な目当てに使う、と湯本は実験から書く。


|生薬のメモ 朮(白朮と蒼朮)

|

|中医学 臺灣中藥典は白朮と蒼朮を分ける。白朮はオオバナオケラ Atractylodes macrocephala の根茎で、気を補う薬。味は苦・甘、性は温。気を補って脾を丈夫にし、湿を乾かして水を通し、汗を止める。蒼朮はホソバオケラ Atractylodes lancea などの根茎で、香りで湿を除く薬。味は辛・苦、性は温。湿を乾かして脾を丈夫にし、汗を出させ、風湿を除く。

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|日本漢方 日本薬局方のビャクジュツは、オケラ Atractylodes japonica の根茎(和ビャクジュツ)か、オオバナオケラの根茎(唐ビャクジュツ)。台湾の白朮にオケラは入っていない。ソウジュツはホソバオケラ Atractylodes lancea かシナオケラ Atractylodes chinensis の根茎。

|

|名前の注意 英語の名も入れ違う。日本薬局方は白朮を Atractylodes Rhizome と呼ぶ。臺灣中藥典はその名を蒼朮に当てる。


「宋本は『白朮』と書いてる。でも東洞の『類聚方』は『朮』だけ」

「湯本の方の書き方も『朮』。白か蒼かは言っていない」


    * * *


「みぞおちはどう?」

「まだ張ってる。でもこの条を聞いたら少し落ち着いた」

「小便が出たら治るって書いてあったよ」

「じゃあお茶をもう一杯ちょうだい」


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第8話 まとめ

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■覚えておく原文


服桂枝湯,或下之,仍頭項強痛,翕翕發熱,無汗,心下滿微痛,小便不利者,桂枝去桂加茯苓白朮湯主之。(第28条)

 桂枝湯でも下しても、頭項強痛・発熱が残り、汗が無く、心下満微痛・小便不利。桂枝去桂加茯苓白朮湯。


芍藥三兩 甘草二兩 生薑 白朮 茯苓各三兩 大棗十二枚 ……小便利則愈。

 桂枝が無い六味。小便が出れば治る。


■新しく出た言葉


 翕翕発熱・心下満微痛・小便不利・停飲(成無己)・去桂と去芍薬・茯苓・白朮と蒼朮

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