第7話 下したら胸が張った。桂枝湯から芍薬を抜く理由を、中国は陽に、日本は腹に見る。
━━━━━━━━━━━━━━━━
第7話 下したら、胸が張った
━━━━━━━━━━━━━━━━
傷寒論 太陽病 第21・22条(一級) 桂枝去芍薬湯・桂枝去芍薬加附子湯
* * *
「僕は昨日からお腹が重くて。下す薬を飲んだんだ」
「それで?」
「お腹は軽くなった。でも今度は胸が詰まる」
「脈を見せて」
「速い?」
「速い。ときどき一つ抜ける」
「今日の条にそのまま出てくるよ。私が読むね」
* * *
■第21条 下したあと、胸が満ちる
太陽病,下之後,脈促胸滿者,桂枝去芍藥湯主之。
太陽病、之を下して後、脈促胸満する者は、桂枝去芍薬湯之を主る。
|要約 太陽病を下したあと、脈が促になって胸が満ちる。桂枝湯から芍薬を抜いた方。
「太陽病なら汗で解くはずでしょう」
「なのに下してしまった。その後の話」
促は脈の名前だ。成無己は「脈が速く来て、時に一つ止まり、また来る」脈を促と呼ぶ。WHO の用語集も促脈を、急いで力強く来るのに不規則に途切れる脈と定める。
「僕の脈と同じだ」
「促はふつう陽が盛んな脈。でも成無己は、下したあとの促は陽が盛んなのではない、と言うの」
成無己の読みでは下したせいで陽が虚した。そこへ表の邪が少しずつ入って、胸の中に居座った。だから胸が満ちる。
「じゃあ芍薬を抜くのはなぜ」
「芍薬は陰を益す薬。陽が虚した人には合わないから去る。成無己の理由はそれ」
■第22条 少し寒けがあれば
若微寒者,桂枝去芍藥加附子湯主之。
若し微寒する者は、桂枝去芍薬加附子湯之を主る。
|要約 さらに少し寒がるなら附子を足す。
「陽がもう虚しているのに寒さまで出たら、温める薬が要る。それで附子」
「第6話と同じ附子だ」
宋本はここを「微寒」と書く。成無己の注の本文は「微悪寒」で、一字多い。注を校べた人は、本文の字としては悪の字の無い本が正しく、元の刊本が字を増やした誤りだと記している。
* * *
■処方
桂枝三兩(去皮) 甘草二兩(炙) 生薑三兩(切) 大棗十二枚(擘)
桂枝三両(皮を去る)、甘草二両(炙る)、生姜三両(切る)、大棗十二枚(擘く)。
|要約 桂枝湯から芍薬三両を抜いた四味。附子を足す方は第6話と同じ附子を一枚。
上四味,以水七升,煮取三升,去滓,溫服一升。
上の四味、水七升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。
|要約 7升で3升まで煮て、1升ずつ温めて飲む。附子を足す方も煮方は同じ。
* * *
■日本の漢方では
「日本の漢方は芍薬を抜く理由をどう見るの」
「理由がまるで違う。お腹を診るの」
湯本求真の『皇漢医学』によると、この方の人は誤治で腹の力がすでに抜けている。腹直筋も突っ張っていない。その抜けた腹の力のせいで気の上衝が強まり、脈が促になり、胸が満ちた。
湯本は同じ下したあとでも、桂枝湯を使う場合と分ける。腹の力がまだ抜けきらず、腹直筋が突っ張っていれば、芍薬の入った桂枝湯でよい。突っ張りが無いなら芍薬を去る。
「中医学は陽が虚したから芍薬を抜く。日本の漢方は、腹直筋が突っ張っていないから抜く」
「抜く物は同じなのに、目を向ける所が違う」
吉益東洞は『類聚方』に「拘急せず、故に芍薬を去るなり」と書いた。定義も「桂枝湯の証で拘攣しない者を治す」。湯本は、東洞がそう定めたのはこの腹の見方のためだ、と結ぶ。
第22条の寒けについても、湯本ははっきり線を引く。この悪寒は表証の悪寒ではない。誤治でできた陰証の悪寒だ、それを忘れるな、と。
「第6話の『半ば陰証』と同じ向きだね」
◆宋本と、日本の本の字
日本の三人はそろって、第22条を「微悪寒」の字で引く。東洞の『類聚方』も、尾台榕堂の『類聚方広義』も、湯本もそうだ。宋本の「微寒」ではない。
「成無己の注の本文と同じ字だ」
「どの本で読んできたかが一字に残ってる」
榕堂の頭注は促を「辨脈法」の一文で説く。成無己が使ったのと同じ「脈来ること数にして、時に一止し復た来る」の一文だ。
* * *
■いまの製剤
医療用の桂枝去芍薬湯は、今回の探し方では見つからなかった。代わりに、名前が一字違いの桂枝加芍薬湯を並べる。こちらは芍薬を抜かずに倍にする方で、宋本では第279条、太陰病の条に出てくる。
本太陽病,醫反下之,因爾腹滿時痛者,屬太陰也,桂枝加芍藥湯主之。
本太陽病、医反って之を下し、爾るに因りて腹満し時に痛む者は、太陰に属するなり、桂枝加芍薬湯之を主る。
|要約 もとは太陽病なのに医者が逆に下した。それで腹が満ちて時々痛むなら太陰に属する。桂枝加芍薬湯。
「こっちも下してしまった後なんだ」
「胸が満ちたら芍薬を抜く。腹が満ちて痛めば芍薬を倍にする」
◇桂枝/ケイヒ
桂枝去芍薬湯(宋本 第21条):3両
桂枝加芍薬湯(宋本 第279条):3両
ツムラ 桂枝加芍薬湯:4.0g
◇芍薬/シャクヤク
桂枝去芍薬湯(宋本 第21条):入っていない
桂枝加芍薬湯(宋本 第279条):6両
ツムラ 桂枝加芍薬湯:6.0g
◇甘草/カンゾウ
桂枝去芍薬湯(宋本 第21条):2両
桂枝加芍薬湯(宋本 第279条):2両
ツムラ 桂枝加芍薬湯:2.0g
◇生姜/ショウキョウ
桂枝去芍薬湯(宋本 第21条):3両
桂枝加芍薬湯(宋本 第279条):3両
ツムラ 桂枝加芍薬湯:1.0g
◇大棗/タイソウ
桂枝去芍薬湯(宋本 第21条):12枚
桂枝加芍薬湯(宋本 第279条):12枚
ツムラ 桂枝加芍薬湯:4.0g
◇1日量
桂枝去芍薬湯(宋本 第21条):水7升で煮て3升を3回
桂枝加芍薬湯(宋本 第279条):水7升で煮て3升を3回に分ける
ツムラ 桂枝加芍薬湯:7.5g(乾燥エキス 3.75g)
(ツムラは添付文書の、エキスを作る元にした1日分)
第2話で見たツムラの桂枝湯は、シャクヤクが4.0g だった。それが桂枝加芍薬湯では6.0g になる。
効能は「腹部膨満感のある次の諸症:しぶり腹、腹痛」。添付文書は、カンゾウが入っているので血清カリウム値や血圧に十分気をつけるよう求める。
「第279条の『腹満』と『痛む』が、効能の言葉にも残ってる」
生薬のメモ 芍薬
|
|中医学 臺灣中藥典は芍薬を二つに分ける。白芍はシャクヤク Paeonia lactiflora の、皮を去った根。補益の薬(補血)に入り、味は苦・酸、性は微寒。肝と脾の経に入って、血を養い陰を収め、肝を和らげて痛みを止める。赤芍はシャクヤクか川赤芍 Paeonia veitchii の根で、清熱の薬(清熱涼血)に入る。働きは熱を冷まして血を涼しくし、瘀を除いて痛みを止めること。
|
|日本漢方 日本薬局方のシャクヤクは Paeonia lactiflora の根。局方の条はシャクヤクとシャクヤク末だけで、白芍・赤芍という名は出てこない。味は「初め僅かに甘く、後に渋くて僅かに苦い」。科の置き方も台湾と違い、局方は Paeoniaceae、台湾は Ranunculaceae に置く。
|
|成分 どちらの公定書も、ペオニフロリンの量で品質を決める。局方のシャクヤクは2.0%以上、台湾の白芍は1.6%以上。
「宋本は『芍藥』とだけ書く。白か赤かは言っていない」
「今の二つの国でも分け方が違う」
* * *
「胸はどう?」
「まだ少し詰まる。でも脈は落ち着いてきた」
「お腹は重くないのよね」
「うん。お腹が痛かったら第279条だった」
「それなら芍薬は抜かずに倍だね」
━━━━━━━━━━━━━━━━
第7話 まとめ
━━━━━━━━━━━━━━━━
■覚えておく原文
太陽病,下之後,脈促胸滿者,桂枝去芍藥湯主之。若微寒者,桂枝去芍藥加附子湯主之。(第21・22条)
下したあと脈が促で胸が満ちれば、桂枝湯から芍薬を去る。少し寒がれば附子を足す。
桂枝三兩 甘草二兩 生薑三兩 大棗十二枚
桂枝湯から芍薬を抜いた四味。
■新しく出た言葉
促(促脈)・胸満・微寒・去芍薬・腹直筋の攣急(湯本)




