第17話 汗で熱は下がったのに、体が痛む。脈は沈んで遅い。成無己は営血の不足、湯本は胃の衰えと読む。名がそのまま作り方になっている、長い名の方。
━━━━━━━━━━━━━━━━
第17話 まとめ
━━━━━━━━━━━━━━━━
■覚えておく原文
發汗後,身疼痛,脈沉遲者,桂枝加芍藥生薑各一兩人參三兩新加湯主之。(第62条)
汗を出させたあとも体が痛み、脈が沈んで遅い。
桂枝三兩 芍藥四兩 甘草二兩 人參三兩 大棗十二枚 生薑四兩
桂枝湯の芍薬と生姜を4両にし、人参3両を足す。水1斗2升で3升に煮て、1升ずつ飲む。
■新しく出た言葉
身疼痛と脈沈遅・営血不足(成無己)・人参・心下痞鞕(東洞・湯本)
━━━━━━━━━━━━━━━━
第17話 汗のあとも、体が痛む
━━━━━━━━━━━━━━━━
傷寒論 太陽病 第62条(一級) 桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯
* * *
「汗はしっかり出て熱も下がった。なのに体がまだ痛い」
「どこが?」
「背中と腕と足も。だるくて重い」
「脈を見せて。……沈んでいてゆっくりだね」
「第12話のときは脈が浮で緊だったのに」
「今日は僕が読むよ。名前のとても長い方が出てくる」
* * *
■第62条 汗のあとの身疼痛と、沈遅の脈
發汗後,身疼痛,脈沉遲者,桂枝加芍藥生薑各一兩人參三兩新加湯主之。
汗を発して後、身疼痛し、脈沈遅の者は、桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯之を主る。
|要約 汗を出させたあとも体が痛み脈が沈んで遅い。桂枝湯に芍薬と生姜を1両ずつ、人参を3両加えた方。
「体の痛みは麻黄湯の条にもあったよね」
「第12話は脈が浮で緊だった。今日は沈で遅。同じ痛みでも脈が違う」
成無己はこう読む。汗のあとに体が痛むのは、邪気がまだ尽きていないからだ。脈が沈んで遅いのは営血が足りないからだ。
注はそこに経の二つの句を引く。「其の脈沈む者は、営気微なり」と、「遅き者は、営気足らず、血少なきが故なり」。
だから桂枝湯で尽きていない邪を解き、芍薬・生姜・人参を加えて足りない血を益す、と読む。
「汗で邪は出きらず血は減った」
「出しきれない邪と減った血。両方に手を打つ方なんだ」
今の試験の大綱は、この条を「太陽病で汗を出しすぎて気と陰が足りなくなり、体が痛む」証として立てる。成無己の注は営と血の不足を言い、大綱は気と陰の不足を言う。
* * *
■処方
桂枝三兩(去皮) 芍藥四兩 甘草二兩(炙) 人參三兩 大棗十二枚(擘) 生薑四兩
桂枝三両(皮を去る)、芍薬四両、甘草二両(炙る)、人参三両、大棗十二枚(擘く)、生姜四両。
|要約 桂枝湯の芍薬と生姜を4両にして、人参3両を足した六味。
上六味,以水一斗二升,煮取三升,去滓,溫服一升。
上の六味、水一斗二升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。
|要約 1斗2升の水で3升まで煮て、1升ずつ温かく飲む。
◇桂枝
桂枝湯(第2話):3両
新加湯(第62条):3両
◇芍薬
桂枝湯(第2話):3両
新加湯(第62条):4両
◇甘草
桂枝湯(第2話):2両
新加湯(第62条):2両
◇生姜
桂枝湯(第2話):3両
新加湯(第62条):4両
◇大棗
桂枝湯(第2話):12枚
新加湯(第62条):12枚
◇人参
桂枝湯(第2話):—
新加湯(第62条):3両
成無己の本は、この方を条のところに書かず第十巻に回す。そこでは、桂枝湯の方の中に芍薬と生姜を1両ずつ、人参3両を加え、あとは桂枝湯の法のとおりに飲む、とだけ書く。煮る水の量は書かない。
* * *
■日本の漢方では
◆長い名は、決まりを死守するなという意
湯本求真はまずこの長い名に目を留める。仲景がこんな回りくどい名を付けたのは、方は証に従って薬を去ったり加えたりするものだから、一つの決まりを死守して融通のきかない弊に陥るな、という意を示すためだろう、と。
「名前そのものが作り方の書き付けになってる」
「桂枝湯に芍薬と生姜を1両ずつと人参を3両。名を読めば方がわかる」
◆湯本は、沈遅を胃の衰えと読む
湯本の読みでは、脈の沈遅は裏の証、つまり胃の虚衰の印だ。ただ表の証もまだ去っていないので、桂枝湯はいつもどおり用いる。新たに人参を加え、生姜を増やして胃の虚衰を戻し、芍薬を増やして体の痛みを治す、と。
◇沈遅の脈
成無己:営血が足りない
湯本:胃の虚衰
◇芍薬・生姜・人参を加える
成無己:三味で足りない血を益す
湯本:人参と生姜で胃の虚衰を戻し、芍薬で体の痛みを治す
◆東洞の定義と、湯本の直し
湯本によると、吉益東洞はこの方を「桂枝加芍薬生姜人参湯」と呼び、桂枝湯の証で心下痞鞕・身疼痛・嘔のある者を治す、と定義した。東洞の『類聚方』の按語も「当に心下痞鞕、或いは拘急、或いは嘔の証有るべし」と書く。
湯本はこれを良い説としながら一点を直す。生姜を増やしたのは嘔を治すためだけではなく、人参を補佐して胃を健やかにする働きを強めるためでもある。だからこの方は「桂枝加芍薬湯の証で、心下痞鞕があり、時に嘔し、体が痛む者を治す」と定義すべきだ、と。
湯本は人参の心下痞鞕にも注を付ける。大柴胡湯などの心下痞鞕は実の証だが、人参の主る心下痞鞕は虚の証に属し、薄い板をなでるような凝りにとどまる、と。
* * *
■いまの製剤
「新加湯のエキス剤はある?」
「僕が探した範囲では見つからなかった。近いのは第7話で見たツムラの桂枝加芍薬湯で、シャクヤク6.0gにケイヒ・タイソウ4.0g、カンゾウ2.0g、ショウキョウ1.0g。人参は入らない」
生薬のメモ 人参
|
|中医学 臺灣中藥典では、ウコギ科の人参の乾燥した根と根茎。補益薬(補気)に入る。味は甘と微苦で性は微温。脾・肺・心の経に入り、元気を大いに補い、脈を戻して脱を固め、脾を補って肺を益し、津液を生んで渇きを止め、神を安んじて智を益す。用量は3〜11.5gで藜蘆と反する。
|
|日本漢方 日本薬局方のニンジンは、オタネニンジンの細根を除いた根、またはこれを軽く湯通ししたもの。「味は初め僅かに甘く,後にやや苦い」。
「台湾は根と根茎。日本は細い根を除いた根」
「同じ人参でも、どこまでを薬にするかの書き方が違う」
* * *
「痛みは少し引いた?」
「まだ重い。でも汗をもう一度かくのとは違う薬なんだね」
「汗のあとだから足りない物を足すんだ」




