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第2話 汗が出ているのに、汗をかかせて治す。傷寒論の最初の処方。

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第2話 汗をかいているのに、汗をかかせる

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傷寒論 太陽病 第12・13条(一級) 桂枝湯


    * * *


「なんか汗ばんでるのに寒い」

「熱は?」

「ちょっとある気がする。首が重い」

「今日はもう座ってて。僕が読むから」

「……ちょうど今日のところが桂枝湯だよね」

「そう。読み終わるまでに何か温かいもの用意しとく」


    * * *


■第12条 桂枝湯の人


太陽中風,陽浮而陰弱,


 太陽の中風、陽浮にして陰弱。


陽浮者,熱自發,陰弱者,汗自出。


 陽浮なる者は熱自ずから発し、陰弱なる者は汗自ずから出づ。


嗇嗇惡寒,淅淅惡風,翕翕發熱,鼻鳴乾嘔者,桂枝湯主之。


 嗇嗇(しょくしょく)として悪寒し、淅淅(せきせき)として悪風し、翕翕(きゅうきゅう)として発熱し、鼻鳴り乾嘔する者は、桂枝湯之を主る。


|要約 熱が出て、汗が勝手に出て、寒気がする中風には、桂枝湯。


「嗇嗇、淅淅、翕翕。音みたいな言葉が三つ」

「全部様子を表してる」


 成無己は、傷寒論に初めて注を付けた人とされる。その注によれば、嗇嗇は「足らず」で悪寒の様子、淅淅は「洒淅」で悪風の様子、翕翕は鳥が羽を合わせて覆うように、熱が表にこもる様子だ。


「羽で覆われた熱。ぼうっとしたあの熱っぽさ」

「今の私だね」

「だから座ってて」


◆「陽浮而陰弱」を読む


「陽が浮いて陰が弱い。これは?」

「成無己は営と衛で読んだ」


衛気は、脈の外をめぐる気。営気は、脈の中をめぐる気。


 成無己の注では、風が衛に入ると、衛は外で強くなり、内の営は弱くなる。衛が強いから熱が出て、営が弱いから汗が漏れる。成無己はこれを、傷寒論の別の条(第95条)にある「栄弱衛強」の字を引いて言い表し、桂枝湯は「栄衛を和して風邪を散らす」と書いた。


「だから桂枝湯は熱を下げる薬じゃない」

「営と衛の釣り合いを戻す薬。中医学では『調和営衛』と言う」


「日本の漢方は、ここで理屈を足さない考え方があるの」

「足さない?」

「処方ごとにそれが合う病の姿がある。それを『証』と呼んで証に合わせて処方を出す。『方証相対』。江戸の吉益東洞がいちばん大事にした考え方」

「中医学は、仕組みを読み解いて証を立てて、そこから処方へ行く」

「入り方は違う。行き着く処方は同じ」


    * * *


■処方


桂枝三兩(去皮) 芍藥三兩 甘草二兩(炙) 生薑三兩(切) 大棗十二枚(擘)


 桂枝三両(皮を去る)、芍薬三両、甘草二両(炙る)、生姜三両(切る)、大棗十二枚(擘(さ)く)。


|要約 桂枝・芍薬・甘草・生姜=3:3:2:3、大棗12枚。


「両って何グラム?」

「決まってない。15.625グラムとする論文も、13.8グラムとする専門家の合意もある」

「明の李時珍は『今と昔は制度が違う。昔の一両は、今の一銭で用いてよい』と書いてる」

「だから比率で覚える」


■煮方


上五味,㕮咀三味,以水七升,微火煮取三升,去滓,適寒溫,服一升。


 上の五味、三味を㕮咀し、水七升を以て、微火にて煮て三升を取り、滓を去り、寒温に適わせ、一升を服す。


|要約 水7升を弱火で3升まで煮つめ、1升ずつ服む。


「五味のうち刻むのは三つ」

「生姜は切ってあるし、大棗は裂いてある。残りの三つを刻むってことだね」


■服んだあと


服已須臾,啜熱稀粥一升餘,以助藥力。溫覆令一時許,遍身漐漐微似有汗者益佳,不可令如水流漓,病必不除。


 服し已りて須臾にして、熱稀粥一升余を啜り、以て薬力を助く。温覆すること一時ばかりならしめ、遍身漐漐として微かに汗有るに似たる者益々佳し。水の流漓するが如くならしむべからず、病必ず除かれず。


|要約 熱い薄粥で薬を助け、布団をかけて、うっすら汗ばませる。汗をかかせすぎない。


「粥をすするんだ」


|張仲景「薬の力を助けるためだ。布団をかけて温め、体じゅうがうっすら汗ばむのがよい。水が流れるほどかかせてはならぬ。それでは病は除けぬ」


「汗が漏れてる人に、さらに汗をかかせる。だからかかせすぎない」

「温かいものはおかゆにした。読み終わったら食べて」

「張仲景のとおりだ」


■治り方に合わせて


若一服汗出病差,停後服,不必盡劑。若不汗,更取依前法,又不汗,後服小促其間,半日許,令三取盡。若病重者,一日一夜服,周時觀之,服一劑盡,病證猶在者,更作服。若不汗出,乃服至二、三劑。


 若し一服にして汗出で病差ゆれば、後服を停め、必ずしも剤を尽くさず。若し汗せざれば、更に前法に依りて服す。又汗せざれば、後服は小しく其の間を促し、半日ばかりにして三服を尽くさしむ。若し病重き者は、一日一夜服し、周時之を観る。一剤を服し尽くして病証猶在る者は、更に作りて服す。若し汗出でざれば、乃ち服して二三剤に至る。


|要約 1服で治れば残りは服まない。汗が出なければ間を詰め、2剤、3剤まで。


「治ったら残りは捨てていい」

「そこまで書く人なんだ」


|張仲景「わが一族は、もとは二百人を越えていた。建安の年号になってから十年も経たぬうちに、その三分の二が死んだ。死んだ者の十のうち七が、傷寒だった」


「死なせないための本なんだね」


■避けるもの


禁生冷、粘滑、肉麵、五辛、酒酪、臭惡等物。


 生冷・粘滑・肉麺・五辛・酒酪・臭悪等の物を禁ず。


|要約 冷たいもの、ねばるもの、肉や麺、においの強い野菜、酒と乳を避ける。


「おかゆならどれにも当たらない」


    * * *


■第13条 もっと短く


太陽病,頭痛,發熱,汗出,惡風,桂枝湯主之。


 太陽病、頭痛、発熱、汗出で、悪風するは、桂枝湯之を主る。


|要約 中風と言わなくても、頭痛・発熱・汗・悪風があれば桂枝湯。


「第12条よりずっと短い」

「脈のことも営衛のことも言わない。症状だけで決めている」

「方証相対に近いね」


    * * *


■いまの桂枝湯


◇桂枝/ケイヒ

 傷寒論(1剤):桂枝 3両

 ツムラ:4.0g

 大杉:4g

 コタロー:4.0g

 JPS:4.0g

 本草:4.0g

◇芍薬/シャクヤク

 傷寒論(1剤):3両

 ツムラ:4.0g

 大杉:4g

 コタロー:4.0g

 JPS:4.0g

 本草:4.0g

◇甘草/カンゾウ

 傷寒論(1剤):2両

 ツムラ:2.0g

 大杉:2g

 コタロー:2.0g

 JPS:2.0g

 本草:2.0g

◇生姜/ショウキョウ

 傷寒論(1剤):3両

 ツムラ:1.5g

 大杉:1g

 コタロー:1.0g

 JPS:1.0g

 本草:1.5g

◇大棗/タイソウ

 傷寒論(1剤):12枚

 ツムラ:4.0g

 大杉:4g

 コタロー:4.0g

 JPS:4.0g

 本草:4.0g

◇1日量

 傷寒論(1剤):水7升で煮て3升を3回

 ツムラ:7.5g

 大杉:7.5g

 コタロー:6.0g

 JPS:7.5g

 本草:7.5g

◇乾燥エキス

 傷寒論(1剤):—

 ツムラ:3.0g

 大杉:3.5g

 コタロー:4.0g

 JPS:3.8g

 本草:2.2g


 (日本の5社は医療用のエキス製剤。生薬の量は、エキスを作る元にした1日分)


「5社とも、桂皮と芍薬と大棗が4、甘草が2」

「違うのは生姜と、エキスの量。エキスは2.2から4.0まで。倍近い」

「同じ桂枝湯でも会社を替えると濃さが変わる」


「表の左の列は名前がもう違うね」

「傷寒論は桂枝。日本の5社は、日本薬局方のケイヒを桂枝として使ってる」

「ケイヒは樹皮。桂枝は若い枝か、その皮。枝は表面が広いから、運ぶあいだにコンテナの中で蒸れて、香りの油が飛んだり、かびたりした。それで日本では使いにくかったみたい」

「生姜も。日本薬局方のショウキョウは、ショウガの根茎を乾かしたもの。蒸してから乾かすと、別の生薬のカンキョウになる」


生薬のメモ 桂皮(ケイヒ)/桂枝

|

|中医学 桂枝として。味は辛・甘、性は温。心・肺・膀胱の経に入る。汗を出させて肌を解き、経脈を温めて通す。

|

|日本漢方 日本薬局方のケイヒは、Cinnamomum cassia の樹皮。特異な芳香があり、味は甘く、辛い。局方は成分の量ではなく、精油の量で品質を決めている。

|

|成分と薬理 香りの成分はシンナムアルデヒドと、ケイ皮酸。シンナムアルデヒドには、マウスとウサギで鎮静と解熱の作用が報告されている。桂枝湯という処方としての薬理は、メーカーの資料に「該当資料なし」とある。


「成分で言えばシンナムアルデヒド。中医学で言えば辛くて温める」

「言い方は違うけど同じ香りの話をしてる」


◆効能の書き方


・医療用(ツムラ・大杉・JPS・本草):体力が衰えたときの風邪の初期

・医療用(コタロー):自然発汗があって、微熱、悪寒するもの。感冒、頭痛、神経痛、関節・筋肉リウマチ、神経衰弱

・市販(ツムラ):体力虚弱で、汗が出るものの次の症状:かぜの初期


「コタローのはほとんど第12条だ」

「自然発汗、微熱、悪寒。汗が勝手に出て、熱があって、寒気がする」

「同じ桂枝湯でも、会社によって効能の書き方がこんなに違う」


◆虚と実


「市販の『体力虚弱』の虚って、虚実の虚?」

「そう。ただ、中医学と日本の漢方で、物差しが少し違う」


黃帝問曰︰何謂虛實。歧伯對曰︰邪氣盛則實,精氣奪則虛。


 黄帝問うて曰く、何をか虚実と謂う。岐伯対えて曰く、邪気盛んなれば則ち実、精気奪わるれば則ち虚。


|要約 邪が盛んなのが実。精気が奪われたのが虚。(素問 通評虚実論)


「中医学はここから。実は邪の勢い、虚は体の側の足りなさ」

「日本の漢方はまず体力で見るの。ふだんの体力や体格」

「急な病気のときは?」

「病気への反応の強さで見る」


 中医学の用語の物差し(WHO)でも、実は邪気が盛んなこと、虚は正気が足りないこと、とされる。日本東洋医学会は、いまの日本で最も広く受け入れられている虚実の解釈を、基本的な体力あるいは体格、または病気に対する反応だと書く。慢性の病では平素の体力を、急性の病では病気への反応を見る。二つはたいてい揃うが、体力のある人が強い邪に当たって、虚の反応になることもある。


「桂枝湯だと?」

「成無己の注では、衛は実で、営は虚。一人の中に実と虚が並んでる」

「日本の効能は体力が衰えた人の風邪。ふだんの体力のほうで書いてる」

「同じ『虚』でも見ている所が違うんだね」


◆薬剤師なら知っていること


 カンゾウはグリチルリチン。添付文書は、カンゾウを含むので血清カリウム値や血圧値に十分留意すること、と書く。副作用は偽アルドステロン症(低カリウム血症・血圧上昇・浮腫・体重増加など)と、その結果のミオパチー。


「ほかの漢方と一緒だと甘草が重なる」

「添付文書の『含有生薬の重複に注意』はそれ」


「……おかゆが冷めないうちに」

「うん。読み終わった」


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第2話 まとめ

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■覚えておく原文


太陽中風,陽浮而陰弱,陽浮者,熱自發,陰弱者,汗自出。……桂枝湯主之。(第12条)

 陽浮=熱、陰弱=汗。中風には桂枝湯。


太陽病,頭痛,發熱,汗出,惡風,桂枝湯主之。(第13条)

 頭痛・発熱・汗・悪風なら桂枝湯。


桂枝三兩 芍藥三兩 甘草二兩 生薑三兩 大棗十二枚

 3:3:2:3、大棗12枚。


邪氣盛則實,精氣奪則虛。(素問 通評虚実論)

 邪が盛んなら実、精気が奪われれば虚。


■新しく出た言葉


 衛気・営気・栄弱衛強・調和営衛・虚実・方証相対(日本)


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