占術。
女の人の案内で一軒家に案内された。
とても小さな家で、入り口の扉の前にとても小さくて可憐で、その中に凛とした美しさを供えた綺麗な緋色の花が咲いている鉢植えが置いてあった。
幼い頃に出向いた王宮の庭園の片隅で見た花と同じ花だった。たしかこの花は、とても珍しい花だと王子達が教えてくれたのを覚えている。
なんでその花がここにあるんだろうと不思議に思ってそれを見ていると「綺麗で可愛い花でしょう?わたくしが、小さい頃に頂いたものなのよ」と、少し物悲しげさを思わせる雰囲気で話すと、女の人は扉をあけて入って行く。
後をついて部屋に入るとイスに座るようにすすめられてイスに座った。少ししてお茶とお菓子が運ばれてきた。
「さきほどは助かったわ。まさか爆発するような術を施していたなんて思いもしなかったもの……シャルルローゼ・リリア・アンデルセさま?」
「なんで……私の名前を?」
「やっぱりね。髪は誤魔化しきれても、貴女の瞳は誤魔化せないわよ。だって貴女、瞳に星を持っているんですもの。ああ、そういえば紹介が遅れたわね、私の名前は、エルシダ。エルシダ・ゴルディンよ」
そう言い終えると、とても艶やかな笑みでエルシダさんは微笑んだ。
燃えるような紅い髪に、ゴルディンという姓を聞いてふと師匠を思い出す。
師匠の方が眼差しはきついし瞳の色も違うけれども、とても似通った顔立ちをしている。
「え……あの、もしかして、ですけど……リアンカという名前に心あたりは……」
「ええ、わたくしのお姉さまですわ。お弟子さん」
「嘘……でも、どことなく似ているかも……」
「ふふっ、ありがとうと言う所かしら?それにしても、どうして貴女、家出なんてしているのかしら?街中で大々的に捜索されているわよ」
家出したなんて言いづらくて、なんて答えたらいいのか困ってしまい口ごもった。
エルシダさんは何が面白いのかわからないけど、くすくすと笑っている。
「もしかして、そこの坊やと駆け落ちでもしたのかしら?」
「は?!ちょ、違っ」
いきなりのことで、頭が追いつかず焦った。そんな私とは反対にカルアは全く動じずに、冷たく言い放った。
「僕はただの護衛です。それにリリムも居ます」
「あらあら、お若いわねぇ」
「だから駆け落ちじゃありませんって!カルアだって否定してるじゃないですか」
「ふふっ。で、本当の所はどうなのかしら?難攻不落の高嶺の花と呼ばれている、"青銀の月花"としては」
「なんですか……その"青銀の月花"って……」
自分のことを言われていると思うけれど、聞いたこともない呼び名だった。
それにエルシダさんは、驚いたように長いまつげが生えた瞼を瞬かせた。
「え、貴女、自分がそう呼ばれているのに知らないのかしら?」
「私、社交界なんて……14の時のお披露目と、公式的なものしか出ていないのに……それも陛下達の誕生会くらいですよ?それなのに、そんな通り名があるなんておかしいですよ」
正しくは、断れないもの以外全てを断っただけなんだけれども……まあ、公爵家という立場なので王族以外の誘いは簡単にお断りはできるわけで、それをあえて伏せておく。
「ああ、それでかしらね。会いたくても会えない、手紙を差し出しても、全てが代筆で帰ってくる。その上、会えたと思ったら、ほとんど王子の付き添い。婚約者は居るらしいけれど、不仲。このまま、どちらかの王子に摘み取られてしまうんじゃないかともっぱらの噂よ?」
「ちょっと待って、私……手紙なんて貰ったこともければ、踊りに誘われたこともないわ。王子たちは、曾祖母が同じで"はとこ"だから小さい頃はよく一緒に遊んだ仲だもの」
「だったら、どうしてそんな噂が立つのかしらね?火のない所に煙は立たないのよ?」
今までの記憶の中にまったく覚えがない。本当に身に覚えがなくて、悩んでいるとリリムが控えめな声で話しかけてきた。
「シャルさま。シャルさま宛て、手紙、荷物、沢山……です。ですが、奥様……内緒、にと」
荷物?手紙?いくら考えてもそれらしきものを貰った記憶がない。でも、リリムの口ぶりからすると、それは以前から送られていたことになるわけで……。
「何……それ。どういうこと?ねえ、カルアは知っていたの?」
「それは……知っていました。奥様は、シャルさまの為と……」
「またお母様なの!いったい何なの?!」
これじゃあまるで、私はお母様の完全な管理下に置かれていたってこと?漠然とした怒りを覚えて、拳を強く握った。
本当は今すぐにでも、文句を言いに行きたい。だけれど、戻るともう二度と屋敷から出してもらえない。
「ふふっ……なんだか面白いことになっているのねぇ……。そういえば、お姉さまの手紙に貴女のことも少しだけ書いてあったわね……とても、難儀な運命を持った子供を預かったって」
「難儀な……運命?それってどういうこと?」
「知りたいのかしら?ごめんなさいね、私も話を詳しく教えてもらってないのよ。だから代わりに、占ってあげるわ」
エルシダさんは、部屋の窓際に置かれている少し赤みを帯びた水晶玉をテーブルの上に置くと、今度はそれを囲むように三点ほど精霊石を配置した。
綺麗な赤色に染まっている精霊石は、たぶん火の精霊の力を宿した精霊石。師匠も火の属性を得意としていたから、血筋かもしれない。
「始めるわね。まずは、この水晶にマナを送り込んで……いえ、貴女の場合は神紋を持っているから、神力ね。神力を送り込んでくれるかしら?」
言われたまま手を水晶玉に乗せると、本来ならひんやりとした冷たさを感じるはずなのに、その水晶玉はほんのりと暖かかった。
赤みを帯びた水晶は、三点の精霊石に反応するように赤みを増していった。そして赤みに強弱が付き、まだら模様が浮き始める。
「面白いわね……こんな、複雑怪奇な運命を持っている人なんて、始めてみるわ」
最初は戸惑っていたけれど、だんだんと何か面白いものを発見した子供のように顔をほころばせていった。
「そうね、まずは……貴女は創世の女神フィルストリアの直系ね。しかも、子孫の中で一番フィルストリアに近いわ……いいえ、もう近いというものじゃないわ……この純度、まるで、そのものみたい。でも、女神フィルストリアは白銀の髪に黄金の瞳なのに……貴女は、青銀に紫玉……おかしいわね。本来なら影響を受けるはず」
建国したばかりで、まだシャルスティアが新しい国だった頃、王子が后にと迎えた平民が実は創世の女神フィルストリアが人の姿で現世に現れた姿だったという恋物語を思い出した。
彼女は強い力をもっていたために、王城に保護され、そして王子と知り合い惹かれあうが、彼女は身分が違うために身を引いてしまい故郷へと帰ってしまう。
そこで彼女に恋焦がれ、どうしても忘れることができなかった王子が周りを説き伏せ、彼女の後を追い、彼女の住む村へ行き、求婚し結ばれる。
けれど幸せは長く続かずに、彼女はやがて力を暴発させてしまい、子供を残して天へと帰ってしまう。
すごく有名で、小さい子供におとぎ話としてよく語られる、この国の王家が女神の血筋だというお話。
「そういえば……私のお祖母さまが王女だったらしいのだけれど……たぶん、当時話題になっていたと思うのだけど、駆け落ちして祖父と結婚したらしいの……だから、私も一応は王家の血を引いているって」
「そうね、だからこそ女神フィルストリアに近いのかしらね。その神紋もそれの影響かもしれないわ……それと、その神紋を簡単に見せてはダメよ?むしろ、もう誰にも見せてはいけないわね。本来なら、あなた……問答無用で王妃になっているところよ?」
そういえば、母からは絶対に言ってはいけないと言われていたのをなんとなく思い出した。
師匠も最初に私の神紋を見たときに、凄く驚いていたみたいだったけれども。師匠も神紋を持っているのに、と不思議に思った。
「でも、師匠も神紋を持っていたわ」
「そうね、お姉さまも火神フェルレッドの神紋を持っていたわね。だから、王宮で神官長をしていたのだけれど……まさか、逃走してしまうなんて」
「はあ?!神官長!?師匠が??!!……しかも、逃走って……」
神官長って言ったら、精霊宮の最高位で、場合によっては王の補佐も行っているっていう……あの神官長。
あの男勝りで、かなり雑な師匠が……神官長……世も末かもしれない。
「この師匠にして、この弟子ありってところかしらね」
「あ、あはは……まさか、あの師匠が」
「まあね、結構大変だったらしいわよ。ああ、それと貴女の恋愛運もついでに占ってあげたわ……凄い波乱万丈ね。今は薄っすら線が見えるけれど……その数が幾重かに混ざっているの。羨ましいわねぇ。あなた、モテモテよ?」
「はぁ……モテモテって……」
家からほとんど出ないのに……それ以前に、出会いの場さえないのにそれって意味はあるのかなと思ってしまう。そのせいかあまり実感というものがなくて、とても楽しそうに話しているエルシダさんに、なんて答えたらいいのかわからずに困ってしまう。
「ああ、でもこの運命だと……あまり幸せにはなれないわね。そう考えたら、貴女のお母様ってすごいわね。婚約者を付けるって、まるで先がわかってたみたいですもの」
ふと、父が以前に母が占い師をしていた時があったと言っていたのを思い出した。
お母様馬鹿な父が自慢げに言ってたっけ。そして母になぜか怒られていた。その時の話に、通り名ができるほど有名だったって言ってたような。
「そういえば昔、お父様がお母様が占い師をしていた時があったって……確か、通り名が"先見のフェルデ"……だったっけ」
母が怒ったせいで父が口を閉じたので、一度しか聞いたことない。でも、あの現実主義の母が占いをしていたことに驚いたので、そこだけははっきりと覚えている。
「え、あらぁ?まあまあまあ!!あの伝説的な"先見のフェルデ"?そういえば結婚後に退職したって話を聞いたことがあったけど……貴女のお母様だったのね。もう運命としか言えないわねぇ~」
エルシダさんは、一通り驚いた後に今度は納得したらしく、また満足げに頷くと笑顔で話を続ける。
そのエルシダさんの反応で、父が自慢げに話すだけあって母はかなり名の知れた占い師だったことを改めて知った。
あれは、自惚れじゃなかったんだ、ごめんなさい、お父様。と、心の中で呟いた。
「ふふっ、気に入ったわ。いいわ、この町から出してあげる。そこから先は好きなところに行きなさいな。わたくしも、幾多ある未来のなかから貴方がどれを選び取るか……すごく興味が沸いたわ」
それはつまり、協力してくれるという意味で……。
今まで無意識に緊張をしていたらしくって、いっきに肩の力が抜けたように安心した。
「ありがとうございます!」
「ふふっ、どういたしまして。そうね、まずはお腹が空いたから食事にしましょう。それから今日は、もう泊まっていきなさい。下手に動くのは得策じゃありませんもの」
そこでやっと、昼も大分過ぎていたのに気づいた。そういえば、今日はほとんど何も食べてない。ここはお言葉に甘えて、エルシダさんにお世話になることにした。
思っていたよりもエルシダさんは家庭的な性格らしく、久しぶりの来客だからと手料理を振舞ってくれた。
それがまた、すごく美味しくて少しだけ食べ過ぎていると、カルアからあきれたようなため息が聞こえ、思わず睨みつけるとエルシダさんに笑われてしまった。