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第十五節 光と花 ⑨

「だからこそオレは、ユリアの本心を知ってから君を助けたいと思ったんだ。『この子が望んでいるのは、当たり前の望みだ。家族と一緒にいて、家族らしく過ごしたいなんて、罪でもなんでもない。それを叶えられないこの世はおかしい。なら、オレがいつかこの子のために世界を変えてやる!』ってな」


 ヴァルブルク王国やヒルデブラント王国の民、そして、周辺国の者たちがユリアに望んでいたことは、人間らしくあることではなく『〈神の化身〉として英雄になること』だった。

 〈黒きもの〉が地上に現れるようになってからユリアが誕生するまで、およそ五十年。それまでのあいだに〈黒きもの〉が世間にもたらした恐怖は深く、ゆえに『この世を救う英雄となる娘』という神託を受けて生まれてきたユリアは希望そのものだった。

 だからこそテオドルスが抱いたその願いは、世間からすれば神託だけでなく、多くの人間や星霊たちの心の安寧を破壊するに等しいものだった。


「〈神の化身〉たるユリアの心に『獣』がいたからこそ、オレはユリアに惹かれた。あんなにも惹かれて、そして心が燃えあがったのは生まれて初めてだった──。だから、君のことをもっとよく知りたいと思ったんだ。そして、その時のオレは、『この人が、オレの運命の人なんだろう』と思った。たとえ陳腐な表現だとバカにされても、オレにとってユリアとの出逢いは間違いなく運命だったと思っている」


「運命の人って……。そう思ったときのあなたは、いったいいくつなの……?」


「君の本心を聞いたときに思ったことだから、九歳だな。でも、年齢とかは関係ないさ。その時のオレは、この道を選んでも後悔しないと思った。だから、オレはまたユリアに逢いにいった。今でも運命の人だということは変わらない──それだけの話だ」


 『それだけの話』。たった九歳のときに。

 やはり普通ではない。いろいろな意味で。この時点で、ユリアの感情はすでに置いてけぼりにされていた。そのせいで表情は呆気にとられているようにぼんやりとしている。


「……もしも、私とあなたが出逢っていなかったら……テオは、どうしていたと思う?」


 それでも、表面上の彼女は呆れることも、恥ずかしがって別の話題にすり替えることもせずにその質問をした。まるで『彼についていけない人間的な感性』と『彼と共鳴する獣』という別々の精神があるかのように。


「もしも、オレがユリアと出逢えていなければ……か──、他人の内面に興味を持つことはなかっただろうと思う。家族さえいれば、それで良いと思っていたからな。だから、『ユリアたちが知るテオドルス・マクシミリアン』とは何かが違う男になっていたと思う。確実なことは、死闘を楽しむために常に死地へ赴いていたということだな。普通の人たちが『不気味で恐ろしいと感じる笑顔』で」


「……恋人、とかは……?」


 なんとなく、その疑問が思い浮かんだ。その瞬間、テオドルスは嬉しそうに笑う。


「そこが気になるのか? ──恋人は、作らなかっただろうな。あの時代の貴族の次男は、いろいろと自由な身分だったから、両親が認めるような令嬢の恋人なら作ってもよかったんだが……そんな令嬢なんていなかっただろうからさ。いたとしても、興味を持たなかったと思う」


 と、テオドルスは目を伏せながら言う。しばらくしてから瞼を開け、笑みを浮かべながらユリアを見た。


「それに、恋に(うつつ)を抜かしているときに、家族に何かがあったら嫌だと思っていたしな。家督を継いだマルクス兄上は、本当に心優しくて理解ある人だった。オレの自慢の敬愛する兄上だ──だから、マルクス兄上になんらかの危険があれば、オレはその危険を取り除くために戦うことを選ぶ。もちろん、兄上だけじゃない。オレには家族はたくさんいる。アウレリウス父上とコルネリア母上、ベレンガリア姉上、アウグスタ姉上、カシウスとテトス、そしてリヴィアのために戦うことを選びたい。──もちろん、死地を楽しみながらな」


 テオドルスはそんな自分を省みることなく、口角をあげてその言葉を紡ぐ。やがて、感慨深そうに目を瞑った。


「そう思っていたのに……オレは、ユリア・ジークリンデに出逢った。君は、家族と同じくらいに大事で、誰にも渡したくなくて──その点だけを考えて、天秤にかけたら……君のほうが少し重いかもしれないな……。誰にも渡したくない。オレにとっては、それほどユリアが特別なんだ──自分でもよくわからないくらいに執着してしまっている」


 熱意が高すぎる言葉と目線を向けられた瞬間、ユリアの顔は真っ赤に染まり、テオドルスから目をそらした。


「……どういう反応をすればいいのよ……」


 ユリアは呆れのため息をつく。彼女の目には、熱すぎる愛を受けたことによる疲労感もあった。


「ごめんごめん。やっぱり困らせてしまったな。──ユリアは、こういった風景は好きか? 一面の花畑とか、きれいに整えられた庭園とかさ」


 ユリアがそういう反応を見せると、テオドルスはすぐさま雰囲気と話題を変える。その切り替えの早さにユリアは「え?」と驚くも、正直ありがたかった。彼からの熱い愛はまだ慣れないからだ。言葉だけでも刺激が強すぎる。


「え、ええ……。好きよ」


「だったら、現代に戻ったらこういったところがある観光地に行こう。現代にも、温かい季節なら花が綺麗なところがたくさんあるだろう?」


「あるにはあるけど……あなたも、そういうのが好きだったの?」


「これでも、優美な庭園を見るのは好きだぞ? 純粋に綺麗だと思うし、花の香りを嗅いでいると、なんなくラインフェルデン家の屋敷の庭を思い出すんだ。実家の庭も、春になるとよく花の甘い香りが漂っていたからな。それに──」


 すると、テオドルスは地に生えている青い花を摘み、その花をユリアの髪と耳で固定するように挿した。


「うん。やっぱりこの花は、ユリアの目の色とそっくりだな。だから、オレはこの青い花が好きだ」


「……どちらかといえば、テオの髪の色のほうが近いんじゃないかしら」


 急にまた熱のある言葉がやってきたため、ユリアは恥ずかしさゆえに目線を下げる。


「そうか? オレの髪の色は、この青とはちょっと違う色だと思うぞ。少し明るめで、ほんの少しだけ別の色を混ぜたかんじの色味だからさ。だから、君の目の色のほうが近い気がする。海のように深い青色だからな」


 と言うと、テオドルスは不意にユリアへと顔を近づける。


「ちょっ、ちょっと……!? 近い……! 前方にはみんながいるのに……!」


 ユリアは立ち止まり、彼が近づくのを手で制止しようとするも、テオドルスは彼女のその手を掴んで止める。


「だって、こうしないとキスできないだろう?」


 そう言いながらテオドルスは微笑み、「緊張するなら目を瞑れ」と囁いた。ユリアは彼の言うことを聞いたわけではないのだが、あまりにも混乱していたため、彼女は思わずテオドルスの顔を見ないように目を瞑ってしまう。そのときに彼女の頬に柔らかいものが当たり、「ちゅっ」という音が聞こえた。


「もっ、もう……! 恋人でもないのに……! 誰も見てないからって──!」


 ほかの仲間たちとの距離は開いているが、ユリアは抑えた声でテオドルスに怒った。


「やばい、リンゴほっぺの魔人に怒られる!」


「誰がリンゴほっぺ魔人よ!?」


「あははっ」


 テオドルスは屈託のない笑顔で笑うと、逃げるように先を行く仲間たちのもとへと向かっていった。頬を赤く染めたままのユリアは追いかけられない。変な顔をしたままでは絶対にいじられる。

 なので、ユリアはふくれっ面をしながら、セウェルスから課せられた魔術と鉱石によって指輪を作る作業を仕方なく開始するのだった。そして、魔術による細かな作業が苦手な彼女は四苦八苦する。

 そんなとき、テオドルスに差し込まれた青い花の存在にふと気が付く。ユリアはそれを抜き取り、ジッと花を見つめた。

 この花の色と私の目の色、本当に似ているのかしら。

 その瞬間、先ほどテオドルスにされたことを思い出してしまった。ユリアはまた頬を染め、そして不貞腐れたような顔をした。鉱石から指輪を作る作業はまったく捗らない。


 その日の夜。観光目的に〈大地の海〉へやってきた者たちがいた。

 しかし、その観光客が見た光景は、まるで荒れ狂ったなにかが通ったかのように凄惨な状態と果てていたものだった。ユリアの訓練と、テオドルスとセウェルスのじゃれ合いが原因である。しかし、普段であればこの地はとても平和なところだ。花の香りのおかげで危険な魔物は寄り付かず、やってくるのは穏やかな魔物だけだ。そんな地にこのような異変があると、恐怖でしかなかった。

 よって、旅人たちは恐れのあまり近隣の街に報告し、やがてその街から調査隊が派遣されことになる。残された魔力の気配から、原因は複数の人間であることが特定されたが、そこまでひどい光景にするほど暴れた理由が不明であるため、気味悪がった街の者たちが憶測を語るようになる。

 憶測が積み重なり、根も葉もない噂も生まれ、やがて『〈大地の海〉には、花の生命力を吸うことで長く生きている美しき魔人が出る』という噂が広まることになるというのは、また別の話。


 なお、ボロボロになった一部の花畑は、もともと生命力が強い種であるため数日で復活したという。

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