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第十五節 光と花 ⑧

「……あなたが勝負でズルするから、セウェルスがちょっと拗ねちゃったじゃない……。おかげで私に当たってきたし……。まだそこまでの技術は持っていないのに『鉱石で簡素でもいいから指輪を作ってみろ』とか、完全に腹いせかつ嫌がらせじゃない……」


 ようやく全員が落ち着いて、歩いて青い花の地を進む。

 セウェルスがユリアに当たったのは、おそらく彼女がテオドルスの奇行をまじめに止めようとしなかったからだろう。しかし、そのおかげでセウェルスとの距離が縮まったような気がする。今、彼の周りにはラウレンティウスたちがいる。そして一時期、距離を開けていたルキウスも。

 あの大乱闘の終盤、アシュリーが青い花が出す魔力の光を狙い撃ちされてしまったため、彼女は今、魔力酔いを起こしている。その治療をセウェルスがしてくれているのだ。しかし、その治療魔術に興味を抱いたアシュリーは、顔色を悪くしながら『教えて~……!』と抑えられない好奇心と体調不良であることを隠せない顔で言っているため、セウェルスをドン引かせている。


「ズルじゃないだろう。あれは、なんでもありな勝負だったからな。──でも、すぐに機嫌は戻るだろうさ。アイオーンみたいに感情を引きずるタイプとかじゃない気がする。心のどこかで『しこり』は残るかもしれないだろうけどな」


「あの人はアイオーンじゃないのよ」


「わかってるさ。けど、精神は似ていると思う。真面目で変に律儀なところとか。あとは、受け入れたほうが楽だなって感じたら潔く受け入れるところもな」


「──少し気になったんだのだけど、テオがセウェルスに花の魔力の光を当てた理由って、『アイオーンと仲良くなるきっかけとなった出来事』と似たようなことを起こそうと思ったからなの?」


「いや? セウェルスを怒らせて、あいつの実力を肌で感じ取りたかったからだぞ? まあ、セウェルスはどういうときに笑うのかという疑問も少しはあったかな」


 だから、彼は『その仏頂面がどの時点で剥がれるか』と言ったのか。あんなことをされて笑えるわけがないのに。深読みした私がバカだったわ。やっぱり彼は獣だった。


「……あなたって、そういう人だったわね。〈神の化身〉の自室に入ってくる人だものね……。私のことも好奇心で近づいてきたんだものね──」


 と、ユリアは呆れ顔で過去を思い出す。

 ヴァルブルク城の端にあった塔の最上階。そこが、幼きユリアの自室だった。王女であるにもかかわらず、そのような教育は一切なく、ただ『英雄』となるための教育を施すために。ゆえにアイオーンは、その場所を『監獄』と呼んでいた。その場所に、彼が不法侵入してきた。魔術による監視や衛兵たちの警護を搔い潜って。


「たしかに好奇心もあったけど……大きな理由は、ギャップがあるなって感じたからだな」


「ギャップ?」


「ああ。初めて君の姿を見た時に、オレは『胎児のときに神殿で神託を受けて、〈預言の子〉や〈神の化身〉といった大層な肩書きを持って生まれてきたというのに、自信満々にふんぞり返るどころか逆に不安そうだな』って思ったんだ──だから気になったのさ。実際はどんな人なんだろうってな」


「……やっぱりあなたは、初めから私のことをそう見えていたのね。あなたは、その肩書きを通して私を見なかったから──」


 やっぱり彼は人を見る目がある人だわ、とユリアは思う。

 テオドルスが初めてユリアの姿を見たのは、彼女がヴァルブルクの城下町を視察していた時だった。ユリアが五歳か六歳くらいで、テオドルスは九歳のときだ。彼女からしてみれば、まだ幼かろうが彼がそのような人間であったと思っている。


 しかし、それは違う。

 その頃からのテオドルスには、『他人が持つ魔力から感情を読み取れる能力』を後天的に会得していた。

 そのきっかけは、彼が五歳の頃。両親に内緒で屋敷を抜け出して森を探検をしていたときに、魔物に食い殺されかけた出来事だ。

 血まみれになって生死をさまよう前、幼い彼の脳裏に浮かんだのは、走馬灯でも死の恐怖でもなく、その魔物を『倒したい』という気持ちだった。

 そのことを大好きな両親に開示した際、恐れられてしまった──見捨てられると感じた。このことからテオドルスは、自身の心には『獣』がいると理解し、『それを打ち明けたとき、人は恐れる』とも理解した。が、幼かったテオドルスは、大好きな両親が自分を捨てて離れていくことを恐れ、一時期は人の顔色を伺うようになっていたことがあったという。

 今のテオドルスでは考えられないことだが、彼はクレイグにそう語った。幼くとも、その頃のテオドルスの心には、すでに家族への愛は異常なほどに大きくあったからだろう。普通の幼い男の子が抱く感情ではない、大きくて深い感情が、彼のなかに自然と生まれていた。

 それでもユリアは、彼がその能力を持つことをまだ知らない。


 テオドルスは当時のユリアを不安そうに見えたと言うが、そのときは人間と星霊も大勢いて、ユリアは負の感情を顔には出していなかった。出せなかったのだ。〈預言の子〉や〈神の化身〉という重たすぎる期待──世界を救う英雄になること──を背負っていた当時のユリアには。

 しかし、『他人が持つ魔力から感情を読み取れる』という稀有な能力を持ったテオドルスだけが、ユリアの本心に気づいたのだった。


 ちなみに、ユリアにその能力のことについて今も伝えていないのは、彼女に嫌がられたくないからである。

 話を聞かずとも魔力を感じ取るだけで、今抱いている感情がおおよそ判る。喜怒哀楽だけでなく、もっと詳細なことまで自然と判ってしまう──当時のユリアは、自身が抱く本音を知られてしまうことにひどく怯えていた。

 そんな彼女は、抱いている感情と思考を何も言わずとも判ってしまう人間のそばになんて居たくはないだろう。その感覚は、今もそうかもしれない。無論、彼女だけでなくほかの人も。だから彼は、その能力のことをごく一部の人にしか明かしていない。好きな人に嫌われたくないから。


「でも、君は逃げずにやり遂げようとしていただろう? 君は『普通になる』ことを諦めていたかもしれないが、それでも生まれ持った使命だと認識して頑張っていたはずだ。──使命を放り投げることなんて、いつでもできたはずなのにな」


「そのときの私は、それを放り投げる根性がなかったのよ。放り投げたら……多くの人が『光』を失うことになる。そして、大勢の民から責められて幻滅されることが目に見えていた……。私は、他人からの目線が怖かった──だから、〈預言の子〉や〈神の化身〉をやるしかなかったのよ」


 ユリアは困ったような笑みを浮かべて、やや低い声で答える。


「──というか、ギャップがあることなんて、テオにとっては特に珍しいことではなかったでしょう? あなたのお兄さんやふたりのお姉さん、それに双子の弟さんに妹さんも、話を聞くかぎりではものすごく個性的じゃない」


 その後、すぐに元の声色に戻った。永遠に消えぬ苦い記憶だが、今の彼女は自罰的に生きることをやめようとしているからだ。


「まあ、確かにな。そして、その時のオレはまだ幼かったとはいえ、家族以外にもいろんな人を見ていた。これでも伯爵家の一員だったから、幼い頃からいろいろと学ぶために両親の仕事場に連れていかされていたからな」


 テオドルスは得意げにそう話す。しかし、その顔にはどこか安堵と嬉しさが混じっているようにユリアは感じた。しかし、ユリアにはその理由がわからないだろう──彼は、彼女が自身の苦い過去を乗り越える力をつけていることに安堵し、そして喜んでいるのである。


「私たちが生まれた時代の貴族の子どもって、幼い頃からそんなことをしていたのね」


「それぞれの家によるけどな。ラインフェルデン伯爵家は、昔から領地を持つ貴族だった。だから、兄上だけでなく、ふたりの姉上も、オレも、双子の弟たちも、妹も、幼い頃からそんなことを学んでいたんだ。領地を治めるためにはどのようなことをするのか、その苦労は如何ほどのものなのかをな」


 そして、テオドルスは昔を懐かしむような目で空を見上げて言葉を続ける。


「──両親の仕事場にいた人間や星霊のなかにも、ギャップを持ったヒトは確かにいた。でも……その時に出会ってきた人たちには、誰にもオレの内側にいる『獣』は見せられなかった。家族が傍にいたから、おさらな。迷惑かけたら今度こそ本気で見捨てられるかもしれない」


「あなたは、当時の常識を重視しない異端児だった──それでも、テオのご家族はそんなあなたを見捨てることなく、将来を信じてくれたものね」


 ユリアがそう言うと、テオドルスは誇らしく微笑む。


「ああ。家族が受け入れてくれていたから、オレはその獣性を秘め続けるのが辛いとは思わなかった。家族がいてくれたから、オレは苦しむことなく『ラインフェルデン伯爵家の好奇心旺盛でやんちゃな次男坊』でいられたんだ。家族がいなければ、オレは笑顔の仮面をかぶり続けて……いつかどこかで暴発して、家族だけじゃなく、周りにも迷惑をかけていたかもしれない」


 そう言いながら、テオドルスは遠く離れた親族であり、弟妹(きょうだい)と認めた四人の背中を見つめる。


「そんなあなたは、きっと家族を裏切りたくはなかったはず……。なのに、どうして罪を犯してまで私のもとに来たの?」


「理由はギャップだけじゃない」


 テオドルスはフッと笑みを浮かべる。


「初めてオレが君の姿を目に写した瞬間、オレはこう思ったんだ──『こんなギャップを持っているこの子なら、オレの本性を見ても怖がることなく受け入れてくれる。そして、この子はオレと同じく、心の中に『獣』がいる。オレと共通点を持った、対等になってくれる初めての他人だ』ってな。初対面の人なのに、不思議とそう直感したんだ」


「私の心の中にも、獣……?」


「オレのような荒々しい心があるという意味じゃない。……ある意味、荒々しいといえば荒々しいんだけどな」


「悪かったですね。魔術に関しては手加減が下手くそゆえに荒々しくて」


 なんとなくそういう意味の『荒々しい』と感じたユリアは不貞腐れ、軽く睨む。彼女の認識は正解だったようで、テオドルスは否定することなく笑った。


「悪かったって。睨まないでくれ。話が逸れたが、オレが言いたいのはな──『獣』とは、『世間からどう言われても、自分はこうしたい』という強い気持ちを持っている人のことだ。場合によっては他人に迷惑をかける気持ちでもあるんだが、世界を変えられる可能性を持った意志でもある。……あのときの君には、途轍もない『獣』が疼いていたというのに、そんなものはいないというふうに頑張って〈神の化身〉として振る舞っていたように見えたんだ」


「……私は、普通の人間になりたくて……両親と家族として普通に暮らしたかった。けれど、当時の時代はそれを許してはくれなかった──」


「ああ。許されなかった。それを世間に伝えていたら、『神託を受けて生まれた栄誉ある人間のくせに逃げるのか』と思われていただろうな。特別な人間が、普通になることは許されない──それでも、俺にとってはそんなユリアが輝いて見えたんだ」


「それは……私のなかに『獣』がいたから?」


「ああ。ユリアも『獣』だったから、輝いて見えた。だって君は、誰にも許されない望みを抱き、非情な現実を見せつけられても、それでも望みを消さずに持ち続けていただろう? いつかは普通になりたい。いつかは両親と一緒に普通に暮らしたい──当時の社会が決して認めなかったことを、ユリアは完全には諦めていなかった。君は、『諦めたくても諦められない人間』だったんだ。その『光』が、君の目の奥で光っていた」


 そして、テオドルスは青い空を見上げ、口角を上げる。

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