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第十六節 真実は嵐の前に ①

 〈大地の海〉を通り抜けてから、さらに二十日が経った。


 神々の呪いが渦巻く島と対面する港街は、どの大陸にも存在しない。伝承にある『神々の呪い』を受けないためにだ。その無人島の周囲にも島はいくつかあるが、それらにも呪いが飛んでくるとのことで誰一人寄ろうとしないという。くわえて、この海域には恐ろしい海洋魔物が潜んでいるとのことだ。そのため、船を出してくれる者はいない。神々の呪いが渦巻く島に行くためには、魔術で海面を歩いていくか、魔物の力を借りることの二択となった。

 ユリアやテオドルスならば、魔術にて海面を地面のように進むことができる。セウェルスとルキウスもそれができるという。しかし、ラウレンティウスたちはできない。四人を支えながら海を渡ることはできなくもないが、一行の目的はその無人島の調査。神々の呪いが渦巻く島と呼ばれているところを安易に攻略できるとは思えない。嘘が真かは定かでなくとも、神々の呪いが渦巻く島と呼ばれている場所なのだから。


「『飛行できる魔物を貸すけど、その島に着いたらすぐに魔物を街に引き返すよう命じておく』って、運送業のおっちゃんが言ってたけどよ……マジですぐに引き返してったな……」


 飛び去って行く鳥の姿に似た大型の魔物の後ろ姿を見つめながらクレイグがこぼす。

 検討の結果、一行は体力の温存も兼ねて、島まで運んでくれそうな魔物使いの運送業者を探すことにしたのだった。しかし、伝承のこともあってなかなか依頼に応えてくれる業者が現れなかった。なので、金銭をさらに稼ぎ、大金を見せてようやく首を縦に振ってくれる業者が現れた。


「それほどの危険がある島ということのようだな、ここは」


 それを理解しながらも、怯む様子は一切ないラウレンティウス。その近くでは、ユリアはとある建造物に目を向けていた。そして、ゆっくりと息を吐く。


「……やっぱり、見覚えのある神殿ね……。あのときは、ここまで冷たい気配はなかった気がするけれど──」


 彼女がその言葉を呟くと、テオドルスはユリアに近づいた。


「オレも、あのときにはこのような気配はなかったと記憶しているが──神殿の外見があの時と一緒だ。ここは『あの神殿』であることには間違いない」


 そして彼はユリアに密着するほど近づき、案ずるように彼女を見る。


「──大丈夫か?」


「私は大丈夫よ。テオは?」


「ユリアと弟妹(きょうだい)たちがいるから大丈夫だ。それに、セウェルスとルキウスもな」


「──にしても……めちゃくちゃ穏やかなところだね……? 『まさか幻影だったり?』って思ったけど、そんな気配もなさそうだよね。この島そのものは」


 テオドルスとユリアのそばできょろきょろとしながらイヴェットが言い、やがて彼女は神殿のほうを向いた。


「島自体はな」


 クレイグも、まっすぐ神殿を見つめる。


「なんかがあんのは──この神殿の中やろなぁ」


 そして、アシュリー。


「去っていった魔物達は、あからさまにこの神殿に対して怖がっていた様子だったからな。『神々の呪いが渦巻いている』のは神殿の内部なんだろう。……触れさせたくない何かがあるんだろうな」


 と、ラウレンティウスも腕を組みながら神殿を見つめた。


「この島に『神々の呪い』に関連するモンがガチで封じられてんのか、それともいつの間にか『行くのがイヤになるほどのヤバい伝承』が生まれてそれが広がっただけで、この気配はヤバい魔物のモンなんか──どっちやろな」


「オレはどちらかといえば前者がいいな。単なる魔物退治は味気ない。だから、そっちのほうがまだ面白いだろうからさ」


「嬉しそうにニコニコ顔で言うなよ。知ってたけど」


 アシュリーの言葉に反応した通常運転のテオドルスにクレイグがツッコむと、イヴェットはあることを気にした。


「あ──そういえば、ここでの用事が終わったら、わたしたちはどうやって大陸に帰ればいいのかな?」


「……援軍を呼ぶ」


 そう言ったのはセウェルスだ。この島に着いてからの彼は雰囲気が変わった。島や神殿の異常性を気にするのではなく、どことなくユリアたちの動向を見定めるようにしていた。初対面の頃にあった壁を感じる。大地の海での出来事を経てから、少しだけ距離が近づいたと思っていたのに。そのため、テオドルスはさりげなく彼の動きに注意している。


「援軍? どうやって連絡するの?」


「ミュニケさんの魔術ですよ。ミュニケさんは魔術でおれたちの動きを見ていますし、それがなくとも連絡をとる手段はおれたちが知っているので大丈夫です」


 そんな兄とは反対に、ルキウスはユリアたちに対して親身に語る。


「ああ──そういえばミュニケさんは、オレたちが出立する前にかけた魔術でこちらの動向が判るんだったな」


 テオドルスがそのことを思い出すと、セウェルスは「そういうことだ」と言う。そして、テオドルスは神殿に歩み寄り、興味深そうに壁に触れた。


「俺の見立てでは、神殿の奥から漂ってくる妙な気配は、魔物というよりは神殿の内部に張り巡らされている複雑な術式のような気がするな──なかなか面白いものが見られそうで嬉しいな」


「テオさん的には、術式よりも強敵が出てくるほうが嬉しいんじゃないんですか?」


 イヴェットが問うと、テオドルスはワクワクした目で笑う。


「もちろん強敵がいてくれたら嬉しいさ。だが、どんな罠が張られているのかということも気になる。今はそっちの興味のほうが強いな」


「……街で罪を犯し、刑罰代わりの任務に対して遠出気分とは──相変わらずよく解らん精神構造だな」


 その様子を見ていたセウェルスが容赦ない言葉を浴びせると、


「はは。人間とは思えないか? オレのこと」


 テオドルスは悪びれることなくそう問いかけた。


「そうだな」


 それからセウェルスは躊躇なく言い放つ。彼のはっきりとした態度にテオドルスは恥ずかしそうに笑った。セウェルスを茶化しているのではなく、素の反応である。


「たしかに、オレの精神はよく解らないとは言われるうえ怯えられることもあるな。オレは生まれついての『獣』なんだが……それでも安心してほしい。ここにいるオレの家族が傷つかないかぎり、オレは誰も害さない。──これまでの旅のなかだって、大きな事件は起こさなかっただろう?」


 大きな事件を起こさなければいいという問題ではない。小さな事件ならたびたび起こしていたではないか──誰もがそう思った顔でテオドルスを見た。仲間たちからの反応にテオドルスは笑い、やがて小さく息をつきながら口角を下げていった。


「……なあ。ところでさ、セウェルス──君はいつ真実を話してくれるんだ?」


「何の話だ」


「オレが聖女信仰のある街で騒動を起こした翌日の朝に、君はこの任務を『いずれ知る必要がある事実』と関係していると言っていただろう? それはどういう意味なんだ? なかなかに不穏な言葉だったから、弟妹(きょうだい)たちにも君の発言内容を共有していたが……いつまで経っても話してくれなかったからな。……そろそろ、いい頃合いじゃないか?」


 すると、テオドルスが穏やかに問いかけた。セウェルスはまっすぐテオドルスを目に映し、テオドルスは先ほどから変わらず微笑みを浮かべている。穏やかなはずなのに、不穏な気配が漂う。ユリアはテオドルスを止めたかったが、彼の質問内容には同意できる。あとの四人も似たような理由でテオドルスを止めないのだろう。


「……そう、ですよね……──」


 テオドルスたちの沈黙で責められているような感覚があったのか、ルキウスは心を痛めたような顔で言葉を紡ぐ。だが。


「言うな」


「兄さん……でも……」


「──言うな」


 セウェルスが二度目の制止の言葉を紡いだとき、彼はかすかに顔を歪ませた。その顔を見たルキウスは、まるで兄を憐れむかのような、それでいて何もできない自分を歯がゆく思っているかのような顔をする。そんな少年の顔を見ていたテオドルスは息をついた。

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