↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130キロの通知を、夫には黙っていた。還暦祝いで「家を寄こせ」と言う義母を、親戚50人ごと我が家のトイレへ案内した  作者: 空の異変


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第三話 明日の昼まで

翌日の昼、お義母さんから電話が来た。


「明日、還暦のお祝いをするから。駅前のホテルに50人」


「50人、ですか」


「田舎のみんながね、還暦なら一回くらい都会でやれって言うのよ。お彼岸のあとで、ちょうど集まりやすいし」


「田舎からバスを一台借りて、みんなで出ていくの。こっちの親戚も呼んだから。料理もお酒も、一番いいのにしてちょうだい」


「明日は土曜ですね。雄介は知ってるんですか」


「あの子にはとっくに言ってあるわよ。あんたが最後」


お義母さんは50歳のときから毎年、誕生会を開いている。支払いは、毎年うちだった。


「お金は、どなたが」


一秒、電話の向こうが黙った。


「あんた、私が年に何回60歳になると思ってるの」


「一回です」


「その一回に、ちょっと出してって言ってるだけでしょう。あんな広い家に住んで、二人で働いて」


「子も産めないくせに、お金を墓まで持っていく気?」


私は返事をしなかった。受話口の向こうで、お義母さんがひとしきり誰かに聞かせるような声を出し、それから急に調子を変えた。


「いいわ。宴会は私が出す」


「ありがとうございます」


「そのかわり、あんたはそれなりの贈り物を用意して。うちの還暦なんだから」


「何がよろしいですか」


「明日になれば分かるわよ」


「明日、ですか」


「絵津子さんなんか、金のブレスレットをくれるって。あの子は気が利くからね」


電話はそれで切れた。


    *


2階のトイレへ上がって、便座をよく見た。


蝶番の脇に、髪の毛ほどの細いひびが入っている。指でなぞると、爪がわずかに引っかかった。


アプリを開いて、ログの最後の行を確かめる。火曜の朝から記録は増えず、37回のままだ。


一人で座るぶんには、まだ持つだろう。3か月で37回、130kgを受け止めてきた便座だ。


アフターサービスの番号を出して、親指を発信ボタンに乗せた。


そこで止めた。


明日、私が家を空けている間に、あの重さはまた来るだろうか。


ホームセンターで接着剤を買った。帰ってきて便座を半分まで外し、そこで手を止める。


ひびの写真を撮った。撮影日時と位置情報が残る設定のまま、開発部の長峰さんに送る。


返信は一時間ほどで来た。


『便座が変形しています。使用を中止してください。異常荷重が続き、便座変形の進行を検知した場合、登録ユーザーに保護モードの確認が表示されます。』


『速硬化フォームで便座の裂け目と蝶番を仮固定し、破断による怪我を防ぐための機能です。フォームは人体に無害で、温水で除去できます。』


『固まった状態からの取り外しには時間がかかるため、現場での除去には専用液を用います。通常機能を停止しても、荷重監視と保護通知は作動します。』


『ご自身で補修しても、点検前には使用を再開しないでください』


「分かりました。ありがとうございます」と返して、画面ごと保存した。


    *


その夜、自分で補修した。


外しかけた便座を戻し、ひびに接着剤を流す。一層では薄い気がして、乾くのを待ってもう一層重ねた。


補修後の写真も撮った。見た目では、ひびがどこにあったのか分からない。


アプリから通常機能を停止する。洗浄も温水も止まり、荷重監視の表示だけが残った。


「何してんだよ、こんな時間に」


戸口に雄介が立っていた。


「便座にひびが入ってたの」


「ひび? アフター呼べばいいだろ。自分の会社のなんだから」


「ひびが入ったら、接着剤で留めるものでしょう」


「そういうもんか」


「明日の昼までは座らないで」


「下のトイレ使えってこと?」


「そう。明日の昼まで」


「はいはい」


雄介は戸口から動かなかった。


「それで、明日の贈り物は? 母さん、楽しみにしてるみたいだけど」


「お義母さんは、明日になれば分かるって」


「……ふうん。ならいいけど」


「何か聞いてるの?」


「別に。母さんの考えることなんか、俺に分かるかよ」


雄介はあくびをして、寝室へ戻っていく。


接着剤のチューブの口を拭いて、キャップを閉めた。


私は賭けた。


来なかったら、月曜にアフターを呼ぶだけだ。


    *


脱衣所で手を洗った。


指に残った接着剤が、石鹸ではなかなか落ちない。


タオル掛けのタオルから、洗濯表示のタグが一枚はみ出していた。


洗面台の縁に手を置く。父が選んだ木の縁は、蛇口のそばだけ色が浅くなっている。


廊下の向こうで、2階のトイレのドアが閉まったままになっていた。


明日の昼には乾く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。