第三話
ドイツが再軍備を宣言してから多忙だった俺に一つの悲報が届いた。
「何? エヴァが自殺を図っただと?」
「はい、睡眠薬による自殺未遂です。幸いにも回復に向かっています」
ボルマンがそう説明するが……俺はあまり感情は沸かなかった。そもそもエヴァを愛していたのは俺が憑依する前のアドルフ・ヒトラーであり、俺こと日向虎樹は別にそんな気は無かった。
何回かは食事を重ねたけど、食事中はあまり俺も喋らず食べているだけだしな。
というより今がエヴァ・ブラウンを本当の幸せになるチャンスかもしれないな。
「ボルマン、エヴァの父親に手紙を送る」
「どうするのですか?」
「エヴァを家族の元へ返す。これ以上はエヴァを余計に苦しめるだけだ」
「……宜しいので?」
「構わん。エヴァが幸せになるなら私は悪魔にでもなろう」
そう言って俺はエヴァの父親であるフリッツ・ブラウンに手紙を送った。
簡単に要約すれば「エヴァをこれ以上苦しめるのは私としても貴方方家族としても嫌であろうと思うのでエヴァを貴方方にお返しします」である。
父親のフリッツ・ブラウンも俺に手紙を返して「ありがとうございます。貴方の決断に感謝します」と書いてあった。
俺は直ぐにエヴァと面会して別れる事、家族の元へ帰る事を言った。
エヴァは直ぐに拒絶したが、俺は「エヴァの人生を苦しめたくない」と言ってエヴァを家族の元へ返した。
後にフリッツ・ブラウンから手紙が来てエヴァは普通の一般人と結婚したらしいと書いてあった。
兎も角、エヴァ・ブラウンの事は片付いた。最大の難関はと……。
「総統、ユダヤ人を解放するとはどういう事ですか?」
「言った通りだヒムラー。ユダヤ人は段階的に解放してエルサレムに送らせる」
ヒムラー以下の親衛隊は信じられない様子で俺を見ていた。
「諸君らの気持ちは私にもよく分かる。しかしだ、ユダヤ人を利用するのだよ」
「利用とは?」
「アメリカの映画界や経済界には多数のユダヤ人がいる。彼等の信用を得るためにはユダヤ人を解放せねばならん」
「……総統、アメリカとの戦争を備えてですか?」
「うむ、アメリカを見てみろ。世界恐慌でアメリカの中はガタガタだ。一番の景気払拭は……」
「それが戦争……」
「その通りだヒムラー。なに、君らが気にする事ではない。それにエルサレムにも現地人はいる。彼等とユダヤ人が衝突するのも時間の問題だ」
「つまり……ユダヤ人は全てドイツから追い出してエルサレムで死闘を演じてもらうと?」
「グート」
俺はヒムラーにそう言った。
「分かりました。総統の考えには感服です」
「ありがとうヒムラー。ユダヤ人は暫くは軍需工場で働いてもらい、時期を見て解放する。ユダヤ人達にもそう伝えておけ」
『ハイルッ!!』
ヒムラー達はナチ式の敬礼をするのであった。
そしてヒムラー達と入れ替わりにレーダーとフリッチュが入ってきた。
「レーダー、戦艦のはどうだ?」
「はい、名前はビスマルク型に決定して先日に起工式が行われ、建造中です」
「見直しは出来たかね?」
「はい、総統から四一サンチ連装砲は驚きましたが日本からの協力も経て何とか建造します」
最初はビスマルク型は三八サンチ砲だったが、伊勢型戦艦の設計図やその後に長門型の設計図を日本が提供したので急遽、設計図を直して建造に踏み切ったのである。
……絶対に日本は怪しいよな。まさか、俺と同じ憑依者や転生者がいるのかもしれんよな……。
「フリッチュ、自動小銃や戦車の開発はどうかね?」
「は、今のところは順調に育っております。日本が提供した八九式中戦車乙を元にした89y戦車の生産も順調です。ですが自動小銃はまだ……」
陸軍は八九式中戦車乙の性能を見てかなり動揺していた。東洋の国が強力な中戦車を開発するなど信じられなかったのだ。
そのため陸軍は一号戦車に三七ミリ対戦車砲Pak36を載せた一号戦車C型が生産されていた。
そして二号戦車には八九式と同じ五七ミリ戦車砲を搭載し、三号戦車は七五ミリ戦車砲が搭載されるのである。
自動小銃も開発していたが、機関短銃の生産等もあり遅れていたがフリッチュは素直に打ち明けた。
「ふむ……それは仕方ないだろう。大量生産がしやすくするには時間が掛かるだろうからな」
俺は叱責せずに労う。部下からの信用が無ければ戦争は出来んからな。
「それとレーダー。海外に行く準備はしておくようにな。日本に行くのは八月だぞ」
「分かっております総統」
八月には日本に訪日する事にしている。日本側も最初は驚いたが直ぐに承諾してくれた。
まぁ荒れたのは此方だけどな。何せいきなりの事だしな。
留守はゲッベルスに任せる事にしている。日本に行くのはレーダーにゲーリング、ボルマンと少数の親衛隊だ。
流石にイギリスやアメリカが工作してくる事は無いだろう。ま、臨検されそうだけどな。
日本側によれば装甲巡洋艦八雲を回航してくれるそうだ。八雲は言わばドイツで建造されたから一種の里帰りだな。
そして季節は八月となり、キール軍港に八雲と駆逐艦二隻が入港した。
「……此れが八雲……だと?」
俺は呆気にとられていた。確か八雲は日露戦争時に活躍していた装甲巡洋艦のはずだ。
それが何故か連装主砲四基を搭載し、カタパルトと水上機を搭載していた。
艦橋もよく見れば妙高型に似ている……。
「お久しぶりです総統閣下」
「古賀少将」
俺を出迎えたのは先の再軍備宣言の時に八九式中戦車乙等を提供するために艦隊を率いていた古賀少将だった。
「今回も私が選ばれましてな。総統閣下を日本までお送りします」
「それはありがとう古賀少将」
俺は古賀少将と握手をした。そしてゲッベルス達に見送られながらキール軍港を出港したのである。
「今回は我々の日本料理をお楽しみ下さい」
夕食時、古賀少将はそう言って日本の料理を出した。白米に味噌汁、焼き魚に刺身、沢庵等が並べられていた。
「……美味い……」
久々に食べる白米に俺は思わず涙を流しそうになるが何とか耐えて白米を食べ、味噌汁を口に注ぎ込む。
「……神秘だな」
レーダーやゲーリングはそう呟きながら食べている。まぁヨーロッパ人に白米や味噌汁は初めてだからなぁ。
「出来る限りヨーロッパの料理を出しますので」
「私は大丈夫だ。久しぶりに懐かしい日本の友を思い出した」
古賀少将の言葉に俺はそう言っておいた。まぁゲーリング達は肉の方が良かったみたいだったが。
そして艦隊は約一ヶ月半の航行を経て日本の横須賀に到着するのであった。
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