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まともな食料も届かず、極貧生活を余儀なくされたユリウスは、ストレスのあまり毎日のように酒に溺れ、かつて「可愛らしい天使」と称えていたリリアに暴力を振るうようになったという。
一方のリリアも、金も権力もないユリウスに見切りをつけ、他の裕福な貴族に乗り換えようと色目を使ったようだが……「王国を滅ぼした毒婦」「疫病神」と名指しされている彼女を受け入れる奇特な貴族など存在するはずもなかった。
追い詰められたリリアは、かつて自分がエレノアに罪を着せるために使った『偽証者たち』から、「約束の口止め料を払え」と脅迫され、最後には身ぐるみ剥がされて王都の貧民街へと叩き落とされた。
現在では、ボロ布のような服を纏い、ゴミ山を漁りながら「私は王太子妃になるはずだったのに!」と狂ったように叫び続けているそうだ。
そしてユリウスはといえば——。
王家の負債を返済するための『担保』として、クロムウェル家が所有する最南端の鉱山へと身柄を送られることが決定した。
元王太子というプライドは粉々に打ち砕かれ、これからは過酷な環境の中で、一生泥にまみれてつるはしを振るい、己が犯した無数の愚行の代償を「労働」で払い続けることになる。
「『本日をもって、あなた達は終了です』……ええ、言葉通りになりましたわね」
報告書を閉じ、私はふうと小さく息を吐いた。
哀れみも、罪悪感もない。彼らはただ、己の愚かさと強欲さが招いた結果を、正当に受け取っただけに過ぎないのだから。
「すっきりしたか、エレノア?」
レオンハルト様が、優しく私を見つめていた。
「ええ。これで完全に、過去の不快な足枷は外れましたわ」
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「クラウス、下がっていいぞ」
「かしこまりました。お二人で、ごゆっくり」
老執事は深々と一礼すると、気を利かせて退室し、執務室のドアを静かに閉めた。
部屋に残されたのは、私とレオンハルト様の二人だけ。
暖炉の赤い炎が、彼の力強いシルエットを柔らかく浮かび上がらせている。
「過去の精算が終わったのなら……次は、これからの未来の話をしよう」
レオンハルト様が立ち上がり、私の目の前まで歩み寄ってきた。
彼の手には、小さな漆黒のベルベットの箱が握られていた。
トクン、と私の心臓が大きく跳ねた。
「レオンハルト様……?」
「王都での茶番が終わるまでは、ずっと我慢していたんだ。お前を余計な雑音に巻き込みたくなかったからな」
彼は箱を開いた。中には、北部の希少な『星銀鉱』で作られたリングが収められていた。中央には、彼の瞳と同じ、吸い込まれそうなほど美しい最高級の黄金色の魔石が輝いている。
「俺は不器用な男だ。お前のように華やかな言葉で着飾ることも、詩人のように甘い言葉を紡ぐこともできない」
レオンハルト様は私を見つめ、力強い声で言葉を紡ぐ。
「だが、誓う。俺の命が続く限り、お前を誰よりも大切にし、愛し、守り抜く。お前のその溢れんばかりの才能を尊重し、お前が自由に羽ばたける翼となろう。……エレノア・ヴァン・クロムウェル。俺の妻となり、この北の地で、俺と共に歩んでくれないか?」
あまりにも真っ直ぐで、飾りのない、けれど彼の誇り高い魂が込められたプロポーズ。
王太子の婚約者だった頃、私はいつも「完璧な政治の具現化」として扱われていた。私という人間そのものを見て、必要としてくれた者など誰もいなかった。
だけど、この人は違う。私の冷酷さも、頑固さも、仕事中毒なところも、すべてを知った上で「愛している」と言ってくれた。
私の目から、すっと一筋の温かい涙が零れ落ちた。
「……ずるいですわ、レオンハルト様」
私は涙を拭いもせず、花がほころぶような微笑みを浮かべた。
「そんな素敵な申し出を断れるわけがありませんでしょう?」
「エレノア……!」
私が差し出した右手の薬指に、レオンハルト様は愛おしそうに指輪を滑り込ませた。星銀の冷たさは一瞬で消え去り、彼の体温のような心地よい温もりが指先から全身へと広がっていく。
彼はそのまま私を抱き寄せ、力強い腕でしっかりと受け止めた。
彼の胸に顔を埋めると、深い森と雪の、そして彼固有の甘く香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「ありがとう、エレノア。俺の最高の宝物だ」
「私こそ……私を見つけてくださって、ありがとうございます。レオンハルト様」
顔を上げると、目の前には彼のみつめる熱い瞳があった。
自然と瞼を閉じると、唇にそっと、柔らかくも熱い誓いのキスが落とされた。
暖炉の火が二人の影を大きく壁に映し出し、外の寒風など届かない温かな空間で、私たちは互いの存在を確かに確かめ合った。
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数ヶ月後。
春の気配が少しずつ訪れ始めた北の大地で、歴史に残る盛大な結婚式が執り行われた。
出席したのは、シュタインベルク領の誇り高き領民たちと、新たに結ばれた交易都市の代表者たち。そして、滅亡したグランヴェル王国に代わり、北部に新しく樹立された『シュタインベルク公国』の誕生を祝う、大陸中の要人たちであった。
純白の美しいドレスに身を包み、レオンハルト様と並んで大聖堂のバルコニーに立った私を、万の民衆が大歓声で迎える。
「エレノア大公妃殿下万歳!!」
「レオンハルト大公閣下万歳!!」
「シュタインベルク公国に栄光あれ!!」
降り注ぐ祝福の花びらの中、私は愛する夫の手をしっかりと握りしめた。
かつて私を虐げ、捨て去ろうとした愚者たちは、すでに歴史の闇の底へと消え去った。
だが、私の物語は終わらない。
愛する人と共に創り上げる、最高に自由で、豊かで、幸せな未来。
この温かな手と、溢れる知恵がある限り、私たちの繁栄の物語はどこまでも続いていくのだから。




