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私が王都グランヴェルを去り、シュタインベルク大公領へ移り住んでから、ちょうど一ヶ月が経過した。
北の冬は厳しい。本来であれば、この時期の『ウィンターファング』は猛吹雪に閉ざされ、領民たちは蓄えた乾物と塩漬けの肉を少しずつかじりながら、春の訪れをひたすら耐え忍ぶ忍耐の季節であるはずだった。
しかし、今のウィンターファングの街並みには、かつてない活気と笑顔があふれていた。
「エレノア様! 今日も温室から新鮮な野菜が穫れましたよ!」
「ご覧ください! この真っ赤なトマト! 冬に生のトマトが食べられるなんて、まるで夢のようですわ!」
活気あふれる中央市場を歩いていると、威勢の良い店主や主婦たちが、笑顔で私に声をかけてくる。
私の隣を歩くレオンハルト様が、大きな体で周囲の視線を遮るように寄り添いながら、満足そうに目を細めた。
「お前が考案した『魔導温室』の成果だな、エレノア。今や我が領の市場には、冬場だというのに王都以上の新鮮な食材が並んでいる。領民たちの栄養状態も劇的に改善したぞ」
「ふふ、喜んでいただけて何よりですわ。北部の豊かな地導脈に、少々の魔導回路を接続しただけですもの。適切な熱循環さえ作れれば、雪の中でも緑を育てることは難しくありません」
私は手に持っていた羊皮紙の束を胸に抱え直し、誇らしく胸を張った。
私がこの一ヶ月で行ったのは、温室栽培の導入だけではない。
北方の豊富な鉱物資源を活用するため、魔導具の加工精錬工房を新設。これまで「魔物の素材」として廃棄されていた硬質な角や皮を、高硬度の武具や日常品へと加工する新技術を定着させた。さらに、クロムウェル家直属の商会ネットワークを全開にし、隣国との新貿易ルートを確立。
その結果、シュタインベルク領の経済効果は前年比で三〇〇%以上という恐ろしい数値を叩き出していた。
かつて「不毛の極寒地帯」と蔑まれていた北の地は、いまや大陸で最も急速に発展する「奇跡の魔導都市」へと変貌を遂げつつあったのだ。
「エレノア様、万歳!」「大公閣下とエレノア様に神のご加護を!」
街の人々から送られる惜しみない賛辞と感謝の歓声。
私を「冷酷な悪女」と呼ぶ者はここには一人もいない。彼らは私を「北の大地を照らす太陽」あるいは「勝利と繁栄の女神」と呼び、心からの敬愛を寄せてくれている。
(……ああ、なんて心地よいのかしら)
自分の知識と努力が、ダイレクトに人々の生活を豊かにし、笑顔へと変わっていく。
王宮の暗い執務室で、愚かな王太子の贅沢のために書類の山と戦っていた頃とは、天と地ほどの差があった。
「エレノア」
ふと、レオンハルト様が足を止め、私の手をそっと握りしめた。彼の分厚い手袋越しでも、温かな体温が伝わってくる。
「市場の視察はこれくらいにして、一度城へ戻ろう。……ちょうど、王都からの『朗報』が届いた頃だ」
「あら……ついに届きましたのね」
私は口元に、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
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シュタインベルク城の執務室。
暖炉の火がパチパチと心地よい音を立てる中、老執事のクラウスが、一枚の報告書を恭しく恭しくテーブルの上に広げた。
「お二人とも、お待たせいたしました。潜入させていた隠密からの、王都グランヴェルの最新情報でございます」
クラウスの表情には、隠しきれない嘲笑が浮かんでいた。
私は温かい紅茶を一口含み、優雅に脚を組んで報告書に目を落とした。
「……あらあら。想像していた以上に、悲惨なことになっていますわね」
報告書に記されていた王都の現状は、まさに『地獄』の一語に尽きた。
まず、私が全資金を引き揚げ、八千万枚の金貨の即時返済を求めた件について。
当然ながら王家には返済できる資金など存在するはずもなく、裁判の末、クロムウェル銀行は契約に基づき『王家の直轄領』および『王宮の所有物』の大部分を強制差し押さえした。
豪華絢爛だった王宮のシャンデリア、歴代王家の美術品、さらには王族が身につけている装飾品に至るまで、すべて競売に掛けられ、借金の返済に充てられた。現在、王族たちが住んでいるのは、雨漏りのする旧城の倉庫のような部屋だという。
「倒れた国王陛下は病床から起き上がれず、実権を握ろうとしたユリウス殿下ですが……行政の手順を一切理解しておらず、文官たちから完全に突き放されたようですわね」
「それだけではありませんぞ、エレノア様」
クラウスが楽しそうに説明を補足する。
「結界が消滅したことで王都周辺に迫った魔物に対し、ユリウス殿下は騎士団に出撃を命じましたが……給金が未払いの騎士たちは一斉にストライキを起こしました。焦った殿下は自ら民兵を募ろうとしましたが、食料不足で餓死寸前の市民たちが暴動を起こし、逆に王宮へ押し寄せる騒ぎとなったのです」
交易路の封鎖により、王都の食料価格は百倍以上に高騰。
いまや王都の貴族たちは、家宝をパン一斤に変えるために市井を奔走し、かつて「傲慢な公爵令嬢」と蔑んでいた私の名を呼びながら、涙を流して助けを求めているという。
「他国への援助要請は打診しなかったのですか?」
レオンハルト様が尋ねると、クラウスはくっくっと肩を揺らした。
「もちろんいたしました。しかし、近隣諸国の王たちは口を揃えてこう答えたそうです。『我が国はクロムウェル商会およびシュタインベルク大公家と優先通商条約を結んでいる。経済的破綻を起こした愚かな王家に加担して、エレノア様と大公閣下を敵に回す気はない』……とな」
「当然の判断ですわね」
私は静かに微笑んだ。
王都を去る直前、私は信頼できるすべての他国の要人に手紙を出していたのだ。「グランヴェル王家との取引はすべて破綻する。これからは北部のシュタインベルク領を窓口として新たな交易を行いたい」と。
外交の主導権は、すでに完全に私とレオンハルト様の手の中にあった。
「そして……気になるあのお二人についての記載もありますわね」
私が指で示した項目には、ユリウス王太子とリリア男爵令嬢の『その後』が詳しく書かれていた。




