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【完結】本日をもって、あなた達は終了です  作者: 逆立ちハムスター


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3

しかし今、国が滅亡の危機に瀕しているというのに、「お腹が空いた」と泣き言を言うだけのこの女が、酷く醜く見えた。


「……黙れ」

「え?」

「黙れと言っているんだ!! この役立たずの女が!!」

ユリウスは机の上にあったインク瓶を、リリアの足元に力任せに叩きつけた。ガシャン!と音を立てて瓶が砕け、黒いインクが彼女のドレスの裾を汚す。


「きゃああっ!? な、何をなさるんですかユリウス様!」

「お前が……お前が私をたぶらかしたからこんなことになったんだ! お前さえいなければ、エレノアは私を見捨てることはなかった! 疫病神め、今すぐ私の前から消え失せろ!!」

「そ、そんな……ひどいですわ! あんなに私を愛していると言ってくださったのに!」

「うるさい! 誰か、この女をつまみ出せ!!」


ユリウスの怒号が響き渡るが、もはや彼の命令を聞いて動く近衛騎士は一人もいなかった。彼らもまた、給金が支払われないことを悟り、すでに城から逃げ出し始めていたのだ。

玉座に座る権力者から、ただの借金まみれの無能な男へと転落したユリウスは、頭を抱えて執務室の床に泣き崩れた。

栄華を誇ったグランヴェル王国の終焉は、すでに誰の目にも明らかな形で始まっていた。


---


一方、王都の崩壊から数日後。

私とレオンハルト様の乗る馬車は、厳しい寒風が吹きすさぶ北部山脈を越え、シュタインベルク領の王都とも言える城塞都市『ウィンターファング』へと到着していた。


「ここが、ウィンターファング……素晴らしい防壁ですわ」


馬車の窓から顔を覗かせた私は、思わず感嘆の声を漏らした。

王都の白亜の城壁のような華美な装飾は一切ない。しかし、北方の黒曜岩を隙間なく積み上げて作られた巨大な防壁は、どんな魔物の爪牙も跳ね返すであろう堅牢さと、威風堂々たる機能美を備えていた。街中には、寒さを凌ぐための魔力炉が一定間隔で設置されており、そこから発せられる柔らかな赤い光が、雪に覆われた街並みを幻想的に照らし出している。


「華やかさには欠けるが、生き残るために研ぎ澄まされた街だ。お前の目にはどう映る、エレノア?」

「最高ですわ、レオンハルト様。無駄な装飾に金をかける王都の貴族たちに見せてやりたいくらいです。ただ……あの魔力炉の配置、熱効率の観点から見ると少しロスがありますね。配管の角度を三度ほど修正すれば、魔石の消費量を二割は削減できるはずです」

「ははっ、到着五分で改善案とは恐れ入る。街の長老たちが聞いたら泣いて喜ぶぞ」


城門を抜けると、大公の帰還を知った領民たちが沿道に集まってきた。

誰もが分厚い毛皮のコートを着込み、寒さで頬を赤くしているが、その表情は明るく、レオンハルト様を見る彼らの瞳には、絶対的な信頼と敬愛の念が宿っていた。


「レオンハルト様がご帰還されたぞ!」

「隣に乗っていらっしゃるのは……もしかして、噂のエレノア公爵令嬢様か!?」

「おお……なんてお美しい……氷の妖精のようだ……」


王都では「冷酷な悪女」と恐れられていた私だが、この北の地では違うようだ。レオンハルト様が日頃から、私のことをどのように領民に伝えていたかが窺い知れて、少し気恥ずかしくなる。


馬車が城の中庭に到着すると、そこにはシュタインベルク家の主要な家臣たちが整列して出迎えていた。

先頭に立つのは、顔に大きな傷痕のある白髪の老執事と、鋭い眼光を持った赤髪の女性騎士団長だ。


「お帰りなさいませ、大公閣下」

老執事が深く一礼する。

「ああ、留守をご苦労だった、クラウス。そして紹介しよう。こちらが俺の……いや、これからの北部の知恵袋にして、俺の最愛の女性、エレノア・ヴァン・クロムウェル公爵令嬢だ」


レオンハルト様が私の手を取り、馬車からエスコートする。

家臣たちの視線が一斉に私に注がれた。値踏みするような、それでいて強い期待を含んだ視線。北部の過酷な環境を生き抜く彼らにとって、王都の「お飾りの令嬢」など必要ない。私が彼らにとって有益か無益か、一瞬で見極めようとしているのがわかった。


「お初にお目にかかります、クラウス殿。皆様も」

私は完璧なカーテシーを見せた後、凛とした声で口を開いた。

「ご挨拶の前に、一つよろしいでしょうか。馬車の中から荷降ろしの様子を拝見しておりましたが、食料庫への搬入経路が非効率です。現在の動線では、吹雪の際に物資が雪に埋もれるリスクが30%上昇します。明日までに搬入路の設計図を引き直しますので、人員の確保をお願いいたします」

「……ほう?」

老執事のクラウスの片眉がピクリと上がった。


「それから、そこの女性騎士団長殿」

「ハッ、フリーダと申します!」

「フリーダ団長。貴女の左足の重心の掛け方、古傷を庇っていますね。北部特有の冷えによる神経痛でしょう。私の実家が開発した、特製の保温魔術を編み込んだサポーターの製法があります。後ほどお教えしますから、騎士団全員に支給できるよう手配を」


一瞬の沈黙。

やがて、フリーダがポカンと口を開け、次いでクラウスがクックッと肩を揺らして笑い出した。


「ふはははっ! これは驚いた。王都の華と聞いておりましたが、見かけによらず、とんでもない戦術家でいらっしゃる!」

「大公閣下のお眼鏡にかなうだけはありますね! 私の古傷を一目で見抜くとは……恐れ入りました、エレノア様!」


家臣たちの顔に浮かんでいた警戒心が、一瞬にして見事なほどの親愛の情へと変わった。実力主義の北部において、私はたった数十秒で彼らの信頼を勝ち取ったのだ。


「俺の言った通りだろう? 彼女は俺の人生最大の戦利品だ」

レオンハルト様が誇らしげに胸を張り、私の肩を抱き寄せる。



その日の夜。

歓迎の宴も早々に切り上げ、私は城に用意された執務室で、さっそく北部の財政台帳の束と睨み合っていた。

パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音が、静かな部屋に響いている。


「やはり、豊富な鉱物資源と魔石の採掘量に対して、加工技術が追いついていませんね。これらを未加工のまま他国に輸出するのは大損です。領内に魔導具の加工工房を設立し、技術者を育成すれば、利益は三年で五倍に跳ね上がります。それから、寒冷地でも育つ新種の小麦の種が……」


夢中になって計画書を書き連ねていると、背後からふわりと、暖かい毛皮のブランケットを肩に掛けられた。

「あまり根を詰めるな。お前は今日、長旅から着いたばかりなのだぞ」

振り返ると、私服のゆったりとしたシャツに着替えたレオンハルト様が、淹れたてのハーブティーの入ったカップを二つ持って立っていた。


「レオンハルト様……申し訳ありません。楽しくて、つい時間を忘れてしまって」

「謝る必要はない。ただ、お前がまた王都にいた頃のように、自分の身を削ってまで働くのではないかと心配なだけだ」

彼は私の隣に椅子を引いて座り、カップを一つ私の前に置いた。ほのかに甘いカモミールの香りが立ち上る。


「エレノア」

レオンハルト様の大きく温かい手が、私の頬をそっと包み込んだ。

「お前はもう、誰かに強要されて生きる必要はない。この領地を豊かにしてくれるのは嬉しいが、俺が一番望んでいるのは、お前がここで心から笑って、幸せに生きてくれることだ」


真っ直ぐな言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

王太子からは「お前は冷たい女だ」「可愛げがない」とばかり言われてきた。でも、目の前にいるこの人は、私のありのままを受け入れ、私が仕事に没頭する姿すらも愛おしそうに見つめてくれる。


「……私は、幸せですわ。レオンハルト様」

私は彼の手に自分の手を重ね、頬をすり寄せた。

「貴方のために、この領民たちのために頭を悩ませる時間は、私にとって至福の時なのです。だから、どうか私の好きにさせてください。その代わり……時々は、こうして一緒に温かいお茶を飲んで、休む時間を共有してくださいますか?」


「ああ、もちろんだ。約束しよう」


レオンハルト様は優しく微笑むと、身を乗り出して、私の額にそっと温かいキスを落とした。

外では激しい吹雪が北の城壁を叩いている。しかし、この部屋の中は、そして私の心の中は、これまでの人生で一度も感じたことのないほどの、絶対的な安らぎと確かな温もりで満たされていた。


崩壊していく王国の泥船を降りた私の、新しい人生。

愛する人と共に、この凍てつく北の大地を、世界で一番豊かで幸せな場所にするための戦いが、今ここから静かに幕を開けたのである。

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