第五話「谷口さくらを探せ」
前回までのあらすじ
透の深夜散歩を撮影していた「模倣犯」は、消えた友人・谷口さくらを探す中学生の女の子・水島ひなだった。さくらの最後のメッセージは「変な動画見ちゃった」——それが透の動画だったことが判明し、都市伝説と行方不明事件がついに繋がった。
一方、及川のSNS調査で「最初の撮影者」のフォロワーにうちの学校の制服を着た人物のアカウントが浮上。そのアカウントは四月以降、投稿が完全に止まっていた。
撮影者は——学校の中にいる
中学生の女の子の名前は、水島ひなだと翌日わかった。
教えてくれたのは本人ではなく、明日香だ。昨夜の帰り際に「連絡先だけ教えて」と粘って、渋々LINEを交換していた。
翌朝、明日香はひなとのやり取りを透に転送してきた。
ひな「さくらちゃんのアカウント教えます でも今は非公開になってます」
明日香「フォローリクエスト送ってみる。あと——さくらちゃんが最後に動画を見たのはいつ?」
ひな「四月の第二週って言ってた」
明日香「投稿が止まったアカウントの最終更新日と一致する」
透はメッセージを閉じた。
四月第二週。透が深夜散歩を始めたのは去年の冬だ。でも誰かが撮り始めたのがいつかは、まだわからない。
及川が隣の席から身を乗り出してきた。
「読んでた」
「見てたのか」
「覗いたわけじゃない。画面がでかすぎる」及川は声を落とす。「で、方針は?」
「さくらのアカウントにアクセスできれば、最後にフォローしてた相手とか、メッセージのやり取りが見えるかもしれない」
「鍵垢に入れるかどうかは相手次第だな」
「明日香が送ってる」
「あとは?」
透は少し考えた。
「学校の中に撮影者がいるとしたら——四月から急に変わった人間がいるはずだ。休みが増えたとか、雰囲気が変わったとか」
及川は眉を寄せた。
「そんなの、どうやって調べるんだ」
「先生に聞く」
「聞けるわけないだろ」
「聞けないか」
「聞けない」
透は窓の外を見た。
「なら、一年生に聞く」
昼休み。
明日香は一年生の教室の前に立っていた。
隣に透がいる。
明日香は小声で言った。「なんで来るの」
「俺が行くって言った」
「でも目立つ」
「昼の俺は目立たない」
それは確かにそうだった。明日香には透の「昼の薄さ」が少しずつわかってきていた。廊下を歩いていると、すれ違った人間が透の存在に気づかずにぶつかりそうになる。透は毎回ぎりぎりで避けている。
一年A組のドアを開ける。
昼休みの教室は騒がしかった。明日香は適当な女子グループに声をかけた。
「ちょっとすみません、谷口さくらさんって知ってますか」
グループの空気が、一瞬固まった。
視線が交わされる。
一人が口を開いた。「……谷口さん、最近来てないんですよ」
「どのくらい?」
「二週間、かな。先生は『体調不良』って言ってるんですけど」
「連絡は取れてる?」
また視線が交わされた。今度は長い。
「……LINEは未読のままで」と別の子が言った。「でも既読にはなってて。だから生きてはいると思うんですけど」
「既読になってるのに返信が来ない?」
「はい。なんか、返す気力がないのかなって」
明日香はメモを取った。
透は教室の入り口で壁に背をつけて聞いていた。存在感がないので誰にも気づかれていない。
「さくらさん、学校来なくなる前に何か変わったことありましたか」
しばらく間があった。
「……動画、めちゃくちゃ見てた」と一人が言った。「怖い動画が好きで、よく送ってきてたんですけど、ある日から急に『怖い』って言い始めて」
「どんな動画ですか」
「夜道を歩いてる人の動画。見たら終わるとかいうやつ」
明日香の手が、止まった。
「それを見てから、おかしくなったんです」と女子は続けた。「毎日その動画を送ってきて、『この人が気になる』『絶対に知り合いだ』ってずっと言ってて。私たちは怖くてあんまり話に乗れなくて——そしたらいつの間にか学校に来なくなってた」
放課後、三人は空き教室に集まった。
「さくらは都市伝説に取り憑かれた」と及川が言った。「で、学校に来なくなった。それだけじゃないのか?」
「それだけじゃない」と明日香は言った。「『絶対に知り合いだ』という発言が引っかかる。動画の人物がクラスの誰かだと気づきかけてたとしたら——」
「近づきすぎた」と透が言った。
ふたりが透を見た。
「俺に近づこうとした、という可能性がある。でも俺は昼間は存在感がない。見つけられなかったか、見つけても確信が持てなかったか」
「それで消耗した」と明日香が続ける。「毎日動画を見て、クラスを探して、見つからなくて——」
「メンタルが崩れた」と及川がまとめた。「ホラー映画の見すぎで体調崩すやつみたいな話じゃないか」
「似てるけど違う」と明日香が言った。「さくらは正解に近かったはずだから。直感が合ってる感覚があるのに証明できない、という状態は——消耗する」
透は机の上を見ていた。
谷口さくらは、自分の動画を見て、自分を探して、見つけられなかった。
昼の俺は、そこまで「いない」のか。
その考えは、思ったより静かに透の中に落ちた。
その夜、明日香のスマホに通知が来た。
さくらのアカウントから、フォローリクエストの承認が届いた。
明日香は画面を見つめた。
鍵垢が開いた。投稿は一件もない。でもフォローリストを見ると——一つだけ、見覚えのあるアカウントがあった。
及川が特定した、うちの学校の制服のアカウント。
さくらはそのアカウントをフォローしていた。
明日香はそのアカウントを開いた。四月以降、投稿がない。プロフィール欄は空白。アイコンは風景写真だ。
でもフォロワーリストの中に、一件だけ別のアカウントがリンクされていた。
開いてみる。
投稿が一件だけあった。
日付は三週間前。
画像は——夜道の写真だった。
透の、後ろ姿だった。
キャプションに一行だけ書いてあった。
「見つけた」
明日香はすぐに透にスクリーンショットを送った。
返信は三秒で来た。
透「このアカウント、学校のやつだ」
明日香「なんでわかるの」
透「背景に映ってる電柱の番号、うちの学区のやつ」
明日香「……気づくの早すぎる」
透「夜に毎日歩いてるから電柱の番号は全部覚えてる」
明日香「それはそれで都市伝説っぽい」
少しの間があって、透から続きが来た。
透「このアカウント、フォロワーが一人だけいる」
明日香「見た。誰?」
透「プロフィールに学校名が書いてある」
透「うちの学校じゃない。でも制服の写真がある」
透「隣の高校だ」
明日香「隣の——」
透「明日、昼休みに正門前に行く」
明日香「待って一人で行くの?」
透「来る?」
明日香「行く」
明日香はスマホを置いた。
ベッドの天井を見上げる。
都市伝説の撮影者は、隣の高校にいる。谷口さくらはその人物を知っていた。そしてさくらはまだ、学校に来ていない。
既読はついている。
生きている。
でも——何かに、囚われている。
深夜。
透は今夜も外に出た。
川沿いを歩きながら、空を見上げた。
雲がない。星が多い。
谷口さくらが毎日自分の動画を見ていたという話を、頭の中で何度か繰り返した。
昼の自分を探して、見つけられなかった。
透には、その感覚が少しだけわかる気がした。
誰かを探して、見つからない感覚。
自分が「ここにいる」と伝えたくても、届かない感覚。
それは——昼間の透が、毎日感じていることだった。
風が吹いた。
川の水面が揺れた。
透は立ち止まらなかった。
ただ、歩いた。
夜の中を、いつも通り。
【第五話 了】
撮影者のアカウントが繋がった先は——隣の高校の生徒。
透と明日香は昼休みに学校の外へ向かう。でもその前に、教室で一つの異変が起きていた。
谷口さくらが、学校に来た。
蒼白な顔で、一言だけ言った。
「あの人に会いたい」
次回「昼の顔」




