第六話「昼の顔」
前回までのあらすじ
透の深夜散歩を撮影していた模倣犯・水島ひなは、消えた友人さくらを探す中学生だった。さくらの最後のメッセージ「変な動画見ちゃった」が透の動画を指していたことが判明し、都市伝説と行方不明が接続した。
さらにSNS調査を深掘りした結果、撮影者アカウントのフォロワーに「隣の高校の生徒」が浮上。透と明日香は翌日に接触を図ることにした。
夜、川沿いを歩く透の胸に静かに落ちる問い——昼間の自分は、そこまで「いない」のか。
翌朝。
一時限目が始まる前、明日香のスマホに水島ひなからメッセージが来た。
ひな「さくらちゃん今日学校行くって言ってます」
明日香「え、本当に?」
ひな「さっき連絡きた なんか急に」
ひな「『会いたい人がいる』って」
明日香は透の席に歩み寄った。
「さくらが今日来る」
透は教科書から目を上げた。
「会いたい人がいる、って言ってる」
透はそれを聞いて、少し考えた。
「俺のことだと思う?」
「たぶん」
「昼の俺には気づけないかもしれない」
「だから」と明日香は言った。「今日は少しだけ、存在感を出してほしい」
透は明日香を見た。
「どうやって」
「……それは自分で考えて」
及川が後ろから割り込んできた。
「存在感の出し方がわからない人間に存在感を出せって言うの酷くない?」
「うるさい」と明日香は言った。
「俺に言うな」と及川は言った。
一年A組に、谷口さくらは三時間目が始まる直前に現れた。
明日香はそれをひなからのメッセージで知った。
ひな「来た でも顔色やばい」
ひな「教室入ってすぐ何か探してる感じ」
明日香は透に転送した。
透からの返信はなかった。
昼休みになった。
明日香が購買に向かおうとすると、廊下に透が立っていた。
「一年生の教室、行く」と透は言った。
「……さくらに会いに?」
「うん」
明日香は透の顔を見た。いつも通りの無表情だ。でも何かが、微妙に違う。
「緊張してる?」
「してない」
「してるように見える」
「していない」透は廊下を歩き始めた。「ただ、どう話しかければいいかわからないだけ」
「それを緊張って言うんだよ」
透は何も言わなかった。
一年A組の前。
ドアの外から、教室の中を覗く。
窓際の席に、一人で座っている女子がいた。友達と話すわけでもなく、スマホを見るわけでもなく、ただ机の上を見つめている。顔色は確かに悪い。目の下に隈がある。
明日香は透を見た。
「あの子だと思う」
透は教室の中を見た。
それから、ドアを開けた。
昼休みの一年A組は適度に賑やかだった。透が入っても誰も気づかない。いつも通りだ。
透は窓際の席に向かって、まっすぐ歩いた。
谷口さくらは、透が近づいてくるのに気づかなかった。机の上を見たまま、動かない。
透は、さくらの机の横に立った。
さくらはまだ気づかない。
透は少し考えて——机を、軽くノックした。
さくらが顔を上げた。
目が合った。
さくらの表情が、止まった。
透は何も言わなかった。
さくらも何も言わなかった。
五秒。
さくらの目が、少しずつ大きくなった。唇が動いた。声は出なかった。もう一度、唇が動いた。
「……あなたが」
透は答えなかった。
「あなたが、あの動画の」
「そう」と透は言った。「黒瀬透。二年生。ただの人間」
さくらの目から、涙がこぼれた。
声も出さずに、ただ涙が落ちた。
明日香はドアのところで、それを見ていた。
廊下のベンチ。三人で並んだ。透・明日香・谷口さくら。
さくらはハンカチで目を押さえながら、少しずつ話し始めた。
「最初に動画を見たのは、四月の終わりで」
「誰から?」と明日香が聞いた。
「SNSで流れてきたんです。リポストが連鎖してて、すごく拡散されてて」
「見てどう思った?」
「怖かったけど……なんか、知ってる人だって思って」さくらは透を横目で見た。「でも学校で探しても全然わからなくて。動画の人、昼間は全然いないって言われてたから、もしかして本当に昼間はいないのかなって思い始めて——」
「それで混乱した」と透は言った。
「混乱したっていうか……怖かったんです。知ってる人なのに確認できないのが」さくらは膝の上のハンカチを握った。「毎日動画を見て、クラスを探して、でも見つからなくて。友達には『気にしすぎ』って言われて。そうしたら誰にも話せなくなって、学校に来るのがしんどくなって」
しばらく沈黙があった。
「俺のことを知ってると思ったのは、なんで?」と透が聞いた。
「……わかんないんですけど」さくらは少し考えた。「なんか、その人が夜道を歩いてる感じが、誰かに似てるなって。うまく言えないんですけど、いなくなった人に」
透と明日香の視線が交わった。
「いなくなった人?」
「去年、転校した人がいて。その人もこういう歩き方してたなって、なんとなく思って」さくらは首を振った。「関係ないかもしれないんですけど」
「その人の名前、聞いてもいい?」と明日香が聞いた。
「えっと——日野、さん。日野晴人」
明日香はメモを取った。
透は何も言わなかった。
でも、その名前は覚えた。
放課後。
空き教室に四人が集まっていた。透、明日香、及川、そして今日初めて合流した谷口さくら。
「日野晴人を調べた」と及川が言った。スマホを開いて、画面を見せる。「去年の三月まで一年生にいた。転校理由は不明。SNSのアカウントは——」
及川はスクリーンショットを出した。
「これだ」
制服の写真。四月以降投稿が止まったアカウント。
でも今日、新しい投稿が一件追加されていた。
文字だけの投稿だった。
「気づいてくれた人がいた」
四人は画面を見た。
「今日の投稿だ」と明日香が言った。「時刻は——昼休みの時間帯」
透はスマホを受け取って、投稿を見た。
気づいてくれた人がいた。
「俺がさくらに話しかけたのを——見てたのか」
及川がぼそっと言った。
「学校の中に、まだいる?」
誰も答えなかった。
さくらが、小さな声で言った。
「……日野さん、転校してなかったのかもしれない」
夜の十一時半。
透は外に出た。
今夜は少し、歩くルートを変えた。
学校の近くを通った。夜の校舎は暗くて静かだ。正門の前を通り過ぎる。
そのとき、校舎の三階の窓に、一瞬だけ光が見えた。
スマホの画面の光だ。
透は立ち止まった。
窓を見上げた。
光は消えていた。
透はポケットからスマホを取り出した。
明日香にメッセージを送った。
透「学校の三階に誰かいる」
既読がついた。
明日香「今?」
透「今。窓に光が見えた」
明日香「先生?」
透「先生なら電気つける」
しばらく間があった。
明日香「……日野晴人」
透「かもしれない」
明日香「どうする」
透は校舎を見上げた。
三階の窓は暗いままだ。
でも、誰かがいる気がした。
昼間は見つけられない透が、夜だけ「いる」ように。
その誰かも——昼間はいないのかもしれない。
透「明日、学校で探す」
明日香「一人で?」
透「三人で」
明日香「さくらも?」
透「さくらが一番、顔を知ってる」
少し間があった。
明日香「わかった。おやすみ」
透「おやすみ」
透はスマホをしまった。
校舎を一度だけ見上げて、また歩き始めた。
夜の空気が、少し違う温度を含んでいた。
【第六話 了】
転校したはずの日野晴人が、学校にいる。
昼間は姿を消し、夜だけ校舎に現れる少年。まるで——昼と夜が逆転した、もう一人の透のように。
「気づいてくれた人がいた」という投稿の意味は何か。日野晴人は誰に、何を伝えようとしているのか。
そして透は初めて、昼間に「見つけてもらう」側から「見つける」側になる。
次回「夜だけいる人」




