第四話「偽物と本物」
クラスの空気・黒瀬透が「見たら終わる配信者」の正体だと気づいたオカルトオタクの柚木明日香は、深夜に現地へ乗り込み、本人と鉢合わせ。その瞬間ふたりで映った写真がSNSに拡散され、撮影者の存在が確定した。
翌日から透・明日香・及川慎也の三人で調査を開始。アカウント分析から「最初の撮影者」と「別の撮影者(模倣犯)」が存在することが判明する。
そして夜。川沿いの遊歩道で透は植え込みの影に潜む人物を発見し、振り返った。フードを被った中学生らしき姿。
「……今日が初めてで」
模倣犯が、現れた。
中学生は、名前を言わなかった。
代わりに言ったのはこうだ。
「……最初に撮り始めたやつを、探してました」
川の音。風の音。街灯が揺れる。
透はその言葉を、頭の中で二回繰り返した。
「探してた」
「はい」
「俺を撮るために?」
「違います。最初に撮ったやつが誰なのかを——」フードの下の声が、少し強くなった。「知りたかったんです。だから同じ場所に来て、また出るかどうか確認してて。そしたら本当に来たから、つい」
透は相手の顔をもう少しよく見ようとした。フードが深くて、表情が読めない。
「なんで最初の撮影者を探してる?」
返事が来るまで、五秒かかった。
「……知り合いが、消えたので」
翌朝、透は明日香と及川に報告した。
三人は購買前の廊下の隅に集まっていた。
「中学生が言ったのは『知り合いが消えた』という一言だけで、それ以上は話してくれなかった」
「消えた、って」と明日香が眉をひそめた。「行方不明?」
「そう解釈するしかない」
「名前は?」
「教えてくれなかった。でも場所と時間は同じだって言ってた。俺が散歩してる時間帯に、その路地の近くで友達が消えた、と」
三人の間に沈黙が落ちた。
及川が腕を組む。
「学校で行方不明の噂、出てたよな先週」
「一年生の子だって話」と明日香が言った。「でもすぐ『家出で見つかった』って収まったから、そこで確認をやめてた」
「見つかってないかもしれない」と透は言った。
「……か、見つかった話自体がデマの可能性もある」
明日香はスマホを取り出した。指を素早く動かして、SNSを検索する。
「行方不明の話、まだ出てる。一年生・女子・先週の木曜から連絡がつかないって投稿が一件。でも翌日に『本人から連絡あった』ってリプがついてる」
「本人から連絡があったのか、それとも——」
「本人を名乗る誰かが連絡してきたのか、わからない」
廊下を一年生のグループが通り過ぎた。三人は自然に声を落とした。
「中学生の子に、もう一度会う必要がある」と透は言った。
「また夜に行くの?」と明日香が聞いた。
「うん」
「一人で?」
透は少し考えた。
「……柚木が来るなら、来ていい」
明日香は透を見た。
透は明日香を見なかった。廊下の先を見ていた。
「誘ってるの、それ」
「情報が増える方がいい、という話」
及川がこめかみに指を当てた。
「俺は?」
「及川はSNSのアカウント調査の続き」
「……わかった」
その日の放課後、及川から報告が来た。
メッセージアプリに、スクリーンショットが三枚貼られていた。
及川「最初のアカウント、掘れるとこまで掘った」
及川「過去の投稿は全部消されてる。でもフォロワーリストに一個だけ残ってたアカウントがあって」
及川「そいつの投稿に、うちの学校の制服が映ってる」
透はスクリーンショットを拡大した。
制服の写真。背景に校舎の一部。
うちの学校だ、と透は確認した。
透「学年はわかる?」
及川「制服だけじゃ無理。でも投稿の時期から考えると去年からアカウントがある。今年の投稿は止まってる」
透「止まってる?」
及川「四月以降、一件も投稿がない」
透はスマホを置いた。
四月。新学期から、止まっている。
明日香にも転送した。すぐに既読がついた。
明日香「これ……もしかして本人が投稿できない状態ってこと?」
透「わからない。でも可能性はある」
明日香「行方不明の一年生と、繋がるかも」
透「今夜、また川沿いに行く。中学生がまた来るかどうか」
明日香「行く」
透「わかった」
及川への転送はしなかった。
及川から一分後にメッセージが来た。
及川「俺には連絡来ないんだな」
透「アカウント調査が先」
及川「わかってる。気をつけろよ」
夜の十一時四十分。
川沿いの遊歩道。昨夜と同じ場所。
透と明日香は並んで立っていた。
明日香は昨夜と同じくヘルメットと懐中電灯を持参していた。透はいつも通りの黒い服だ。
「寒い?」と透が聞いた。
「少し」と明日香は答えた。「でも平気」
しばらく、ふたりとも黙っていた。
川の音。虫の声。遠くを走る車の音。
「ねえ」と明日香は言った。「黒瀬くんって、散歩しながら何考えてるの」
「何も」
「何も?」
「学校のことが頭から抜けていく感じがして、それが好き」
明日香はそれを聞いて、少し黙った。
「学校、しんどい?」
「しんどくはない。ただ、昼間の自分は——」
透は少し言葉を止めた。
「いないんだよな、たぶん」
「いるじゃん」
「いるけど、いない。わかる?」
明日香は透を見た。
横顔が、街灯の光の端に掠かっている。
「……ちょっとだけわかる」と明日香は言った。「私も、クラスの中だと声が小さくなるとき、ある」
「そう」
「そう、って」
「それはわからなかった」
明日香は笑った。声には出さず、口の端だけが上がる。
「正直すぎ」
「嘘つく意味がない」
また沈黙。今度は、さっきより柔らかい沈黙だった。
十二時を少し過ぎた頃。
植え込みの影が、動いた。
昨夜と同じフード。同じスマホ。でも今夜は、植え込みから少しだけ出てきた。
「……また来た」
声が聞こえた。透に向かって言っている。
「昨日と同じ場所に来ると思ってた?」と透が聞いた。
「……毎日来てるって、SNSのコメントに書いてる人がいたので」
「それは誰かが勝手に書いた推測だけど、結果的に合ってた」
フードの人物は、明日香を見た。
「昨日の写真に映ってた人ですか」
「そうです」と明日香は言った。「昨日は驚いてたからちゃんと話せなかったけど、聞いてもいいですか。『知り合いが消えた』って、どういうこと?」
フードの下の顔が、少し下を向いた。
「……同じ中学の子で、二週間前からいなくなってて」
「警察には?」
「親が届け出てる。でも本人から連絡があったって話になって、一応解決扱いになってる」
「本人から連絡があったのは確認できてる?」と透が聞いた。
「……連絡があったって言ったのは、親だけで」フードの声が小さくなった。「その子の友達は誰も、本人と話せてない」
明日香は透を見た。透は明日香を見なかった。川の方を向いていた。
「その子、うちの高校に関係ある?」と透が言った。
フードが、びくりと動いた。
「……なんで知ってるんですか」
「知ってない。でも君がここに来てる理由は、都市伝説の正体を探すためじゃなくて——最初の撮影者を探すためだ。最初の撮影者は、うちの学校の制服を着た人間のフォロワーにいた。繋がる可能性がある」
沈黙が長く続いた。
風が吹いた。
フードがゆっくりと外された。
中学生の女の子だった。目が赤い。泣いていたのか、それとも寝不足なのか。
「……その子の名前は、谷口さくらです」と彼女は言った。「一年生で、去年まで同じ中学にいた。高校に入ってから、しばらくしてLINEが返ってこなくなって——最後のメッセージが、『変な動画見ちゃった』だった」
透の隣で、明日香が息を飲むのがわかった。
透は川の方を向いたまま、静かに聞いた。
「変な動画って、どんな動画だったか知ってる?」
「……深夜に歩いてる人の動画、って言ってました」
夜の空気が、少し重くなった気がした。
【第四話 了】
行方不明の一年生・谷口さくらの最後のメッセージ——「変な動画見ちゃった」。
都市伝説と行方不明が、繋がった。
透・明日香・フードの中学生の三人は、真相を追い始める。でも近づけば近づくほど、「最初の撮影者」の輪郭がはっきりしてくる。
それは、思っていたより——ずっと近くにいた。
次回「谷口さくらを探せ」




