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第三話「撮ってるやつがいる」

前回までのあらすじ

 クラスで完全に空気な高校二年生・黒瀬透には、深夜に一人で街を歩くという習慣があった。ただそれだけのことが、気づかないうちにSNSで「見たら終わる配信者」として拡散されていた。無音で夜道を歩く謎の人影——それが透だとは、本人は一ミリも気づいていない。

 一方、クラスのオカルトオタク・柚木明日香は動画に引き寄せられるように調査を開始。目撃情報の場所を地図にプロットし、昼休みに校庭の木陰で一人でいる透の横顔を見て「もしかして」という仮説に辿り着いた。

 深夜、明日香は現地に自転車で乗り込む。そして最初の動画と同じ路地で、夜の中から本当に現れた透と鉢合わせた。

 その瞬間、ふたりで映った写真がSNSに投稿された。

 撮影者が、いる。

翌朝。

 透は普段通り窓際の席に座っていた。

 違うのは一点だけ。隣の席の及川が、透の顔を見るなり眉間に皺を寄せたことだ。

「お前、昨日の夜どこにいた」

「路地」

「どこの路地だよ」

「公園の横の」

 及川はスマホを透の机に叩きつけるように置いた。画面には、SNSの投稿が表示されていた。

「今夜また出た。しかも今度、女の子も一緒にいた」

 透は画像を見た。夜道の二つの人影。懐中電灯の光。自転車。

「……これ、俺だ」

「そうだよ!!」

 及川の声が裏返った。周りの数人が振り向いた。及川は慌てて声を落とす。

「お前が都市伝説の正体なのか」

「多分」

「多分って何だよ。自覚あったのか」

「なかった」

「なかったのか……」

 及川は額に手を当てた。深呼吸を一回。

「女の子は誰だ」

「柚木」

「柚木って……クラスの?」

「うん」

「なんでそんな落ち着いて言えんの」

 透は窓の外を見た。今日も空が白い。

「落ち着いてるんじゃなくて、どうすればいいかわからないだけ」

 及川はもう一度深呼吸した。

「とりあえず、撮ってるやつを特定しないとまずいだろ」

「そうだな」と透は言った。「それは思う」


 その日の昼休み、明日香は一人で動画を見返していた。

 今度は冷静に、「撮影者」の視点で見る。

 カメラの位置。アングル。距離感。

 最初の動画は、公園横の路地の入り口付近から撮影されている。カメラが固定されているのか、手持ちでも安定している。ズームはしていない。つまり、かなり近い距離から撮っている。

 昨夜の写真も同じだ。あの路地で、透と明日香が話していた時間はせいぜい一分。なのにすでに投稿されていた。撮影者はその場にいた。

 どこに?

 明日香は地図を広げた。路地の構造を頭の中で再現する。片側は塀。もう片側は植え込み。

「植え込みの中か、塀の上か……」

「何の話?」

 声がした。

 顔を上げると、黒瀬透が立っていた。

 お盆にサンドイッチだけ乗せて、明日香の前に普通に座ろうとしている。

「え、なんで」

「昨日の件、話した方がいいと思って」

 透はそう言って、サンドイッチの袋を開けた。

 明日香は一瞬、固まった。クラスでほぼ会話したことがない相手が、突然昼休みに来た。しかも完全に用件先行で。

「……そうだね」と明日香はようやく言った。「話した方がいい」


 ふたりは並んで地図を見た。

 明日香が昨夜の動線を説明する。透がそれを聞きながら、撮影可能なポイントを考える。

「この塀、登れる高さじゃない」と透は言った。「植え込みも、人が入れるほど隙間がない。だとしたら——」

「路地の出口側」と明日香は続けた。「私たちが入ってきた方と反対の方向。そこからなら、ふたりを正面から撮れる」

 透は少し考えた。

「昨夜、路地を出る時に誰かいたか?」

「……気づかなかった」

「俺も気づかなかった。でも、いたはずだ」

 明日香はノートに書き込んだ。撮影位置・推定。複数回の投稿。アカウントは毎回同じか?

「アカウント、同じなの?」と透が聞いた。

「最初の動画と昨夜の写真は同じアカウント。でも途中で出た川沿いの動画は別のアカウント」

「別の人間が撮ってる」

「か、最初の人が別アカウントを使ってる。どっちかはまだわからない」

 透はサンドイッチを一口食べた。

 明日香は透の横顔を見た。昼間に見ると、やはり印象が薄い。教室の中では完全に背景に溶けている。なのに昨夜の路地では——街灯の光の中ではっきりと、輪郭が際立って見えた。

「ねえ」と明日香は言った。「黒瀬くんって、昼と夜で雰囲気変わる?」

 透は明日香を見た。

「変わらないと思うけど」

「そう……」

 変わってると思う、と明日香は心の中だけで言った。


 放課後。

 及川が職員室から戻ってきた。

「学校の防犯カメラの映像、当然見せてはもらえなかった」

「聞いたの?」と透は言った。

「ダメ元でな。で、お前らの方は」

「撮影位置の絞り込みはできた」と明日香が言った。「でも撮影者の特定には至ってない」

 及川は明日香を見た。それから透を見た。

「なんでこいつ(明日香)が俺たちの「たち」になってんの」

「昨夜から」と透は言った。

「昨夜から……」

 及川はもう一度深呼吸した。今日三回目だ。

「わかった。俺は何をすればいい」

「SNSのアカウントを調べてほしい」と明日香が言った。「最初に投稿したアカウントの過去の投稿、フォロー・フォロワー関係。私がやるより男子の方が怪しまれないアカウントでアクセスできるかと思って」

「……なんで俺が怪しまれないんだよ」

「顔が普通だから」

 及川は透を見た。

「こいつの方が普通じゃないのか」

「黒瀬くんは夜に活動してるから」

 及川はため息をついた。

「……わかった。やる」


 夜の十二時。

 透は今夜も外に出た。

 昨日と同じ路地は通らなかった。少し遠回りして、川沿いの遊歩道を歩く。

 撮影者のことは、正直あまり気にならなかった。誰かが自分を撮っているという事実は、夜の静けさを壊さない。むしろ——自分が「ここにいる」という証拠が世界のどこかに残っているという感覚は、悪くなかった。

 昼間の自分は、いない。

 夜の自分は、いる。

 それだけのことだ。

 川の水面が街灯を揺らしている。風が少しある。空気がきれいだ。

 透は立ち止まって、空を見上げた。

 雲の切れ間に、星が二つだけ見えた。

 背後で、草を踏む音がした。

 透は振り向かなかった。

 また撮られている、という確信があった。

 今夜は、確認してやろうと思った。

 ゆっくりと、透は振り返った。


 遊歩道の植え込みの影。スマホの画面の光。

 そこに人がいた。

 中学生くらいに見えた。フードを被っている。透と目が合った瞬間、その人物はスマホを胸に押し付けて画面を隠した。

 沈黙。

 透は相手を見た。相手は透を見た。

 逃げる気配がなかった。ただ、息を詰めて固まっている。

 透は一歩近づいた。

「……撮ってた?」

 返事はない。

「俺のこと、ずっと撮ってたやつ?」

 フードの下から、小さな声が漏れた。

「……違います」

「そう」

「……ほんとに、違います。今日が初めてで」

 透は立ち止まった。

 今日が初めて。

 つまり、最初から撮っていたのは別の人間だということだ。

「君は模倣犯か」と透は言った。

 フードの人物は、ぴくりと肩を動かした。

「模倣犯って……言い方、こわい」

「怖くはない。事実だから」

 風が吹いた。川の音が少し大きくなった。

 透はポケットに手を入れた。

「名前、教えてくれる?」


 【第三話 了】

模倣犯は、中学生だった。

 「最初に撮り始めたやつを探してた」——その言葉が、透の中で引っかかる。

 偽物が出た。模倣犯が出た。そして今、行方不明の噂が出始めた。

 都市伝説は、一人歩きを始めている。

 次回「偽物と本物」

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