第十一話「数えられない二つ」
七人は、その先へ降りていった。
降りた先に、また死んだものがいた。
ヴェロが先頭で、サギッタが斥候を引いた。ウェントゥスがその後ろで、頭上に風を一つ用意していた。隊の真ん中に、ヴィタとセラフィナがいた。フェルラムが後ろを引き受け、イグネリアがその傍についた。
前と同じ並びだった。前と同じ場所で、骨の人型が砕かれては組み上がっていた。
血の池の手前を、フェルラムが抜けた。抜けた先も、骨の人型の戦場だった。
七人は、その戦場へ踏み込んだ。
骨の人型が七人のほうを向いた。向いてから、近づいてきた。一体ではなかった。岩の陰から、暗がりの底から同じ人型が続いて立ち上がった。
サギッタの矢が、先頭の一体の目のあたりに刺さった。刺さって、止まったが倒れなかった。ウェントゥスの風が横から薙いだ。風に押された一体が岩の壁に叩きつけられて、骨がいくつか砕けた。砕けて、ようやくその一体は動かなくなった。
だが、後ろからまた別の人型が続いてきた。
「火は、いらない」とヴェロが言った。「砕け。前と、同じだ」
イグネリアが指先で火を生んだ。生んだが、その火を骨の人型へは向けなかった。火は、骨を焦がさない。骨には、焦がす肉がない。前に来たときそれは分かっていた。
イグネリアは生んだ火を灯火の代わりに、低く掲げた。その火が戦場の縁をわずかに照らした。照らした縁のところで、骨の人型が砕かれては組み上がっていた。
フェルラムが左の肩で骨の人型の軌道を逸らした。
逸らした隙間に、ヴェロが入った。ヴェロの短剣が、骨の人型の膝の付け根を横から払った。骨が砕けた。砕けた一体が地面に伏した。伏した骨はすぐにはなくならなかった。地面でまだわずかに動いていた。
セラフィナは隊の後ろからそれを見ていた。
見ながら彼女は数えた。誰が、どこにいるか。誰が先に傷を負うか。誰から手当てに向かうか。それを彼女はいつも数えた。今も、数えた。
ヴェロが先頭。サギッタが、その斜め後ろ。ウェントゥスが、サギッタの後ろ。ヴィタが、真ん中。フェルラムが、後ろ。イグネリアが、その傍。それから、自分。
七人を彼女は近い順にと並べた。
並べて、また数え直した。骨の人型の戦場は、七人が巧く動くほど変わらなかった。一体を砕けば、二体が組み上がった。隙間を縫えば、隙間は塞がり直した。
七人はその戦場の中で少しずつ前へ進んだ。進んだそばから、後ろで砕いた骨が組み上がった。前を見れば、骨の人型は最初に見たときと同じ数だけ暗がりに立っていた。
セラフィナは七人をもう一度数えた。
七人。一人も、欠けていなかった。彼女はその七人を近い順にと並べ直した。並べ直して、また前を見た。
◇◇◇
ヴェロが群れの濃いところへ踏み込んだ。
そこは骨の人型が三体、四体と固まって組み上がる場所だった。ヴェロがその固まりのいちばん手前の一体を短剣で払った。払った一体が横へ崩れた。崩れた向こうから、別の一体が戦士の太刀筋でヴェロの肩のあたりへ剣を振り下ろしてきた。
ヴェロはそれを見た。
見て、腰のもう一本の短剣を抜いた。柄に細かな彫り込みのある、使い込んで光沢を帯びた短剣だった。
ヴェロはそれを振りかぶった一体の剣を握った腕の付け根へ投げた。短剣はまっすぐに飛んだ。飛んで、骨の腕の付け根に深く刺さった。
刺さって、骨の腕が肘のあたりで折れた。折れた腕がだらりと下がった。
投げた短剣はヴェロのところへ戻ってくるはずだった。
それは、戻ってくる短剣だった。投げて相手を打って、それから柄を握る手のところへ戻ってくる。ヴェロは長いあいだ、その短剣をそうやって使ってきた。投げて戻して、また投げる。手から離れても、その短剣はいつも手のところへ戻ってきた。
戻ってくるはずの短剣が、戻ってこなかった。
折れた骨の腕に刺さった短剣は、骨が崩れたとき一緒に暗がりの底のほうへ落ちた。落ちた先は灯火の届かないところだった。ヴェロの手が戻ってくる短剣を待った。待ったが、短剣は戻ってこなかった。暗がりの底に落ちて見えなくなった。
待った手が、空いた。
その空いた一拍に、別の一体がヴェロの脇腹のほうへ骨の指を突き入れた。
ヴェロはそれを避けようとした。避けようとしたが、もう一本の短剣しか手になかった。空いた手のほうの脇腹に、骨の指が、入った。革の鎧の、留め金の隙間のところへ。骨の指がその隙間から深く入った。
ヴェロの体が、横へ傾いだ。
「ヴェロ」とフェルラムが後ろから、短く言った。
フェルラムの剣が、ヴェロの脇腹へ指を入れた一体の頭の付け根を断った。断たれた一体が崩れた。崩れた骨がヴェロの脇腹から離れた。離れた跡から血が流れた。
ヴェロは空いたほうの手でその脇腹を押さえた。押さえた手の指の隙間から、血が、流れ続けた。
ヴェロは、立っていようとした。
立っていようとして、膝が折れた。彼は岩の地面に片膝をついた。ついた膝の傍にもう一本の短剣が握られたままだった。戻ってくる短剣のほうは、暗がりの底に落ちたままだった。
◇◇◇
ヴィタが、駆け寄った。
真ん中にいたヴィタが群れの隙間を抜けて、ヴェロのところへ駆け寄った。膝をついたヴェロの脇腹の傷の上に、両の手を当てた。当てて低く祈った。声は、揺れていなかった。長く唱えてきた者の声の、そのままだった。
傷の上に当てた手の下で、流れていた血がわずかに緩んだ。緩んだが、止まりきらなかった。
ヴィタの祈りは、止血だった。傷の縁を寄せて、血を止める。それだけの祈りだった。それだけの祈りで塞げる傷と、塞げない傷があった。
ヴェロの脇腹の傷は、深かった。傷の縁を寄せても、奥のほうから血が滲み続けた。
祈るうちに、ヴィタの息が浅くなった。
額に薄く汗が浮いた。顔色がわずかに青くなった。一度の止血で、それは始まっていた。前に三層で自分の腕の傷を一度祈っただけでヴィタの息は浅くなり、顔色が青くなった。
セラフィナが近づこうとした。
けれど、その間に骨の人型がまた組み上がった。組み上がった一体がセラフィナと二人のあいだに立った。砕いても、また組み上がる場所だった。
ヴィタの脇腹に傷があった。戦いの中で、骨の人型に引っ掻かれた傷だった。法衣の脇のところが裂けて、血が滲んでいた。ヴィタはその傷を放っていた。自分の傷の上には、手を当てていなかった。両の手は、ヴェロの脇腹の上にあった。
その手が、ヴェロの腰の革袋にかかった。指が、結び目を迷わず解いた。
「ヴィタ」とヴェロが言った。「いい。下がってろ」
革袋の中から、小さな瓶が一本出た。
骨と骨との隙間越しに、それが見えた。
「ヴィタ」とセラフィナは言った。「あなたの傷を、先に」
「平気です」とヴィタは言った。
ヴィタは自分の傷のほうを見なかった。見ないまま、瓶の栓に指をかけた。
「最後の一本だ」とヴェロが言った。
ヴィタは答えなかった。栓を、抜いた。抜いて、瓶をヴェロの傷の上で逆さにした。
傷は、塞がった。
袋の中は、それで空だった。
ヴェロが、立った。
短剣を握り直した。握り直すのを見て、隊が動き直した。
骨は、その間も組み上がっていた。
七人。ヴェロの顔だけが、白かった。白くても、立っていた。立っている者を、彼女は数に入れた。一人も、欠けていなかった。
ヴィタが真ん中へ戻ろうとした。
足が、遅れた。遅れた足の先で、隙間が塞がり直した。
隙間の手前に、ヴィタが一人残った。
塞がり直した一体がヴィタのほうを向いた。向いて、剣を振り上げた。
フェルラムの剣は、別の二体の中にあった。
ヴェロが、ヴィタの前に入った。
剣の先が、ヴェロの胸口に入った。入った剣ごと、ヴェロは踏み込んだ。短剣が一体の頭の付け根に刺さった。刺さって、骨が崩れた。崩れたとき、剣が胸口から抜けて落ちた。短剣も、手から離れて岩の地面に転がった。
ヴェロが、また片膝をついた。
ヴィタがその傍へ寄った。
寄る足は、もつれていた。もつれたまま、ヴィタも膝をついた。手が自分の懐へいった。懐から、何か小さなものが出た。白いものだった。指が、それを握り込んだ。
握り込んだ手を、そのまま胸口の傷の上に当てた。空いたほうの手を、その上に重ねた。重ねて、祈った。
セラフィナは、二人のほうへ、向かっていた。骨の人型が、まだあいだにいた。傷は、深かった。塞げない傷だった。それでも、ヴィタは祈っていた。
祈りが、一度終わった。終わって、また始まった。祈るたびに、息が浅くなった。祈るたびに、顔色が青くなった。手の下で、血は止まらなかった。ヴィタは、手を離さなかった。
祈りの声が、揺れた。
揺れた声が、低くなった。低くなって、それきり続かなかった。
◆◆◆
傷の上の手の中に、小さな紙片があった。
いつも、懐に入れている紙片だった。火を囲む夜、ヴィタはその紙片に何か書き込んでいた。書いては消し、また書きしばらく考えてまた書いた。書きながら、火の向こうのヴェロのほうをときどき見た。
火も灯火も、その手のところにはなかった。イグネリアの火は戦場の縁を低く照らしているだけだった。その明かりは、ヴィタの手のところまでは届かなかった。ヴィタの手は、暗がりの中にあった。
紙片の上に、書かれた一行はなかった。
書きかけの一行も、なかった。あったのは、跡だった。何度も書いて、何度も消した跡だった。
書いては、消した。また書いて、また消した。その繰り返しが、紙の上に薄い跡になって重なっていた。読める一行は、その跡の上に一つも残っていなかった。
伏せたのでは、なかった。
前にその紙片を、人に見せたくないものをしまう手つきで伏せたことがあった。今、ヴィタの手はそれを伏せていなかった。握っていた。指が、紙片を握り込んでいた。
傷に当てて、祈っているあいだ握った指の力は抜けなかった。紙片は、ヴィタの手の中に握られたままあった。
手が、傷の上から離れた。
ヴィタの体が、ヴェロの傍へ傾いだ。
傾いで、岩の地面のほうへ沈んだ。沈んだヴィタの手は紙片を握ったままだった。握った手は、もう開かなかった。
◆◆◆
セラフィナが、ヴェロとヴィタのところへたどり着いた。
たどり着いたとき、ヴィタはもう倒れていた。ヴェロの傍に、横たわっていた。片方の手が、懐のほうへ伸びていた。その手は、何かを握っていた。握ったまま、動かなくなっていた。顔色は、青いままだった。息はもう浅くもなかった。
ヴェロが、その傍で片膝をついていた。
ヴェロは、横たわったヴィタを見ていた。胸口を押さえていた手の指の隙間から、血はもう勢いよくは流れなかった。流れるものが、減っていた。ヴェロは、その手をヴィタのほうへ伸ばそうとした。伸ばそうとして、止まった。
ヴェロの手は、空いていた。
戻ってくる短剣は、暗がりの底に落ちたままだった。ヴェロの手は、その短剣を握れなかった。握れない手がヴィタのほうへ伸びかけて、途中で止まった。止まった手が、ヴィタの傍の岩の地面についた。
ヴェロが、ヴィタを見ていた。
彼は、何か言おうとした。口が、わずかに動いた。動いて、けれど声は出なかった。
彼は、「全員、生きて帰る」といつも言った。三層へ降りるとき、いつもそれだけは決めていた。全員、生きて帰る。それだけだ、と。その全員の中に、彼は、自分を入れていなかった。
ヴィタは、ヴェロを生かそうとして先に死んだ。
ヴェロは、生きていた。胸口を押さえた手の下で、まだ血が流れていた。流れる血は減っていたが、まだ流れていた。ヴェロは、生かされていた。彼が勘定の内に置いた者によって、彼は生かされていた。
彼の口がもう一度動いた。
動いた口から、声は出なかった。彼は、ヴィタを見ていた。見ながら、岩の地面についた手の指が一度土をかいた。それから、その手の力も抜けた。ヴェロの体がゆっくりと、ヴィタの傍へ倒れていった。倒れて、岩の地面のほうへ沈んだ。
ヴェロは、ヴィタの傍に横たわった。
◇◇◇
セラフィナは、二人の傍に膝をついた。
膝をついて、彼女は二人を見た。ヴィタが、横たわっていた。その傍に、ヴェロが横たわっていた。ヴィタの手は、懐のほうで、何かを握っていた。ヴェロの手は、空いたまま岩の地面についていた。二人はもう動かなかった。
セラフィナは、数えた。
数えるのは、彼女の癖だった。誰がいるか。誰がいないか。誰から手当てに向かうか。それを、彼女はいつも数えた。今も、彼女は数えた。この戦場に、いるのは誰か。
サギッタ。ウェントゥス。フェルラム。イグネリア。それから、自分。
五人。
彼女は、その五人を数え直した。数え直しても、五人だった。それから、横たわった二人のほうへ目を移した。ヴェロと、ヴィタ。二人。
五人と、二人。彼女は、その二人を五人のほうへ足そうとした。足そうとして、足せなかった。
手当てに向かうなら、誰が、いちばん近いか。彼女の目がいつもの順で、いちばん近いところを探した。そこに、二人はいなかった。いちばん遠いところを、探した。そこにも、いなかった。
二人はもう近い順には入らなかった。彼女はその二人を数えに置こうとして、置けなかった。
セラフィナは、横たわったヴィタの手のほうを見た。
ヴィタの指が、なにかを握り込んでいた。指の力は、抜けていた。抜けていても、握ったものは手の中にあった。
火を囲む夜、ヴィタが書いては消していたあの紙片らしかった。何が書かれていたのかは、知らなかった。
◆◆◆
「セレナさん」とイグネリアが低く、言った。
イグネリアが火を低く掲げて、傍に来ていた。彼女の手の中で、火が小さく揺れていた。その火は、横たわった二人のところまでは近づけられなかった。骨の人型がまだ戦場の縁で組み上がっていた。立ち止まっていられる時間は、長くなかった。
セラフィナは、火のほうを見た。
今、その火は、二人のところまで届かなかった。
二人は火の届かない暗がりに、横たわっていた。
「行くぞ」とフェルラムが後ろから言った。
フェルラムが骨の人型を左肩で逸らしていた。逸らした隙間が長くは保たなかった。骨の人型は砕かれても組み上がった。組み上がる戦場の中で、立ち止まっていられる場所はなかった。
セラフィナは二人を見た。
二人を担いで戻ることは、できなかった。血の池の手前まで二人を運ぶ道は、骨の人型の戦場だった。一人を担げば、手が塞がった。手が塞がれば、戦場は抜けられなかった。二人を置いていくしかなかった。
彼女は、ヴィタの聖印の留め具を布の上から一度押さえた。
それから、ヴェロの傍に落ちていたもう一本の短剣を見た。接近戦用の、ありふれた短剣だった。それは、地面に転がっていた。戻ってくる短剣のほうは、暗がりの底に落ちたままだった。彼女は、どちらの短剣も拾わなかった。
セラフィナは、立ち上がった。
立ち上がって、彼女は二人に背を向けた。背を向けて、五人の隊のほうへ戻った。
サギッタが、暗がりの先へ矢を番えていた。ウェントゥスが、その後ろで頭上に風を用意していた。フェルラムが、左肩で骨の人型を逸らしていた。イグネリアが、火を低く掲げていた。
五人は、暗がりの先へ進んだ。
骨の人型が五人の後ろで、また組み上がった。
組み上がった人型が、また同じ一撃を放った。放った先には別の骨の人型がいて、それも同じ一撃を返した。戦場は、五人が抜けた後も変わらなかった。減らなかった。進んでいなかった。横たわった二人のところを、骨の人型の戦場がまた覆い始めていた。
セラフィナは後ろを見なかった。
彼女は、暗がりの先を見た。前は、暗かった。灯火の光はその暗がりの先まで、進まなかった。その暗がりの先に、まだ死んだものがいた。五人は、その先へ降りていった。




