四十封 手紙と魔女と御茶会と。
「あの人は、誰よりも魔女さんのことを愛していますよ」
「確かに、何度も何度も現れて、何度も何度も殺されたけど」
「それでもそれは、あの人なりの不器用で、下手くそな――愛情表現だから」
あの人の顔を見て、より確信を得た。あんな表情は、誰にだって向けられるものじゃない。貴方だから、貴方だからなんだ。
「本当は魔女さんも分かってるんじゃないですか? 最期に見るあの人の笑顔が、薄ら笑いが。あの時と同じ笑顔だって」
顔を引きつらせ、雫溜まる様を、私は気にせず、淡々と言い放つ。後ずさっても、顔を背けられても、伝えないといけないから。
「なんでそこまでしてあたしに会いに来るんだよ、あたしがどんな思いで、今まで生きてきたと思って……!」
「怖いんだと思います、魔女さんが死んだあと、また会えるとは限らないから」
「だから。だから何人もの人間を犠牲にして、何度も殺されても。あたしに会いたいからだってのか!」
「そうです」
息を呑む。今まで気付かなかったんだろう。あの人の愛に。――それも仕方のないことだと思う。
もう何年すれ違い続けているのやら。積もり積もった誤解が、時間が、あまりにも大きすぎる。何千年の時を経て、彼女らは、お互いを理解したのだ。
「だって、あいつが言ったんだ。苗字を捨てたのは、魔女ともう争いたくないからで。あいつは、誰よりも村の人達を愛していて、なによりも人間が、大好きなのに」
「それなのに、なんでだよ……」
魔女さんの苦しさは計り知れない。それは、私なんかが分かるものでは、到底なくて。
何日も共にしてきた友人を、何人もの友人を、自分の手で殺めてきたのだから。
それでも辞めることは出来ない。出会うという運命には抗えない。自分の衝動を止められない。
身体に巻き付く、がんじがらめの鎖。藻掻けば藻掻くほど、身体に食い込む深紅の茨。足元に広がるのが、誰の花弁なのか。わかる日は、もう来ない。
己を解放できるのは、ただ一人。主だけだというのに。
ドサッと、地べたにへたり込む。今まで醜悪だと思っていたものが、ただなによりも深い愛だったのだと、今になって気付くのだから。
彼女の痛ましさに目を瞑りたくなった時、魔女さんはゆっくり立ち上がった。
「でももうあいつとの契約は切れた、でしたわよね?」
「はい、自信はないですが……」
自身の中を巡り回る不思議な力があってしても、繋ぎ止められている自信はなかった。
「いいえ、ちゃんと出来ていますよ。わたくしの為に、あいつの為に――ありがとう」
「私も、あの人にはめられてムカッときましたし、それに――友達が傷付き続けるのは、夢見が悪いでしょう?」
「ふふ、。えぇ、そうですね」
今まで通り、いつも通りの魔女さんに戻る。この雰囲気に安堵を覚えると共に、終焉が近いことも、また分かっていた。
「あいつの言い分は分かりました。あの世に行っても、どこに居ても、逢いに行ってやるというのに。――ふふ、本当、不器用ね。愛らしい奴」
「私も、そう思います」
お互い、顔を見合わせる。この人の目に見られるのは、もう何度目か分からないけれど。この目にしっかり見られるのは、初めてだな。少し新鮮で、少し寂しい。
「――ではお嬢さん、今までありがとう。お陰で、あいつに一発入れられそうです」
「あはは! ほどほどに」
「魔女ブルーメ=シュトラーレント・フォア・リーベ。主、自害の許可を」
胸の前に置かれる拳は、まだ終わりたくないと叫ぶ。それでも、私がこの人達の物語に、終止符を打たないと……。
「――貴方の自害を、許可する」
貴方の最期を見たくはないと、私の最後の我儘。いつしか、貴方が私にそうしたみたいに。ただ今は、貴方の温もりが欲しい。この先残るのが記憶だけなんて、味気ないから。
「さようなら、魔女さん。どうかこの先も、二人でお幸せに」
「えぇ、さようなら。あの世で、お嬢さんに永遠の祝福を」
耳元で聞こえる呼吸と声。共鳴する鼓動と気持ち。
力強く抱きしめる腕が、虚を裂く。足元に広がるは赤い薔薇の花びら。
与えられた春時雨で、二人の寂しさを、私の気持ちを――埋められますように。
全ての気配が消えた夜、この空間は、完全に静寂を成した。もう何も感じることを許されない。唯一残された、贈り物の温もり以外は。
ふいに止まり木に目をやるも、フューレンの姿はなかった。道理だ、飼い主が消えたのだから。一人寂しく歩む帰り道に、不安を感じずにはいられなかった。
だが、寂しいという感情を抱くものの「行って欲しくない」「なんでこんなことに」なんていうものはなかった。少しつまらない日常に戻ることに、寂しさを覚えるだけなのだ。
ある日の夜、長らく姿を見せなかった「夢」が、また私の手を引いた。そしてそれは、私にとって最後の、夢になった。
「久しぶりだね、魔女様」
「なにが久しぶりよ、意気地なし」
「随分手厳しいことを言うんだね。――すまなかった、君を支配して」
「本当よ、何年も支配しやがって。覚悟、出来てるのよね?」
「――ん? ま、待て! その手を下しなさい!」
「あんたもう主じゃないから、残念だったわね?」
見慣れた二人が、見慣れた景色で、仲睦まじく話している。ただそれだけの夢。黒髪の人には頬に、銀髪のひとには目元に、赤い花が咲いていた。そして二人の首元に、かつての輝きがあった。
私は二人の笑顔に、声をかけることも、手を伸ばすことも叶わない。それでも、その姿をまた見られたことに、安心感を抱いていた。
目をゆっくり開けた先にあるのは、薄暗い自室の天井。眠気も無ければ、体のだるさもない。今までのあれらが、嘘みたいに無いのだ。そのことに驚きながらも、押し返すベッドに力を加え起き上がる。
いつぶりだろう、身体をスッと起こせたのは。光差し込む部屋を、こうも清々しい気持ちで見られる日が来るとは。
でもそうだな。頬を伝う雫があるのに、何故だろう。
「――全然寂しくないや!」




