三十八封 大切な物。
――「まさか、そんなことが……」
淡々と、次々に話してみせる魔女さんとは裏腹に、その奥に隠された目を覆いたくなる出来事に、私は言葉を見失っていた。この人の足元には、何人もの命が埋まっている。その確固たる事実は、変えることが出来ない。
だからこそ、闇の中にただ一人立ち続ける彼女を、私が、救わないと。
「あぁ、そうそう」
「アクセサリーの裏に書いてある文字、探し物が終わったらと言っていましたね、話しましょうか」
――そんなこともあったな。少しばかり、懐かしい。
「あれは全てあいつの私物で、今から話すことも、あいつの受け売りでしかないのですが……」
――裏に書いてある文字、あれは全て繋げることができるのです。それは代々続く家系の教訓、心得のようなもの。
その内容までは……聞いたことがないですけれど、大方魔女への妬み恨みでしょう。
ある日、わたくしがあいつに名前を聞いた時がありました。その時あいつは、下の名前だけで、苗字は答えなかったのです。
その時「もう必要ないから」と言っていましたが、わたくしには到底そのそのようには思えない。
――あいつはわたくしを、親を殺した魔女を恨んでいますから。
そして儀式には、あいつの「大切な物」を必要とするのです。
だからわたくしは、そのアクセサリーが、あいつの「大切な物」だと踏みました。今までもそれで成功してきました。
でもまだ揃っていないので儀式は出来ませんし。もう、その必要もないですものね。
――懐かしい問いかけの答えを得た納得と共に、一つだけ、確かに一つだけ。否定をしたかった。
違う、と。口を開くその時、ある文章と、ある建物を思い出した。ゆっくり、ゆっくり繋ぎ合う。一つの思考に到達したとき、もう既に口は動いていた。
「あの、ずっと気になっていたんですけど……」
「はい?」
「庭にある、あの芝生迷路の真ん中。あそこって、もしかして」
今ではない、今ではないと封じ込めていたそれを、今やっと口に出した。帰ってくる答えは、もう自分の中で結論が出ていた。それでも、そこに確証を得るために、私は今。
「あぁ、あそこは」
主の墓ですよ。
――やっぱり!
そう思った時には、もう椅子から立ち、後ろの扉目掛けて走っていた。いや、その主の墓に向かって、走り出していた。
ぐらつくティーカップも、焦った魔女さんの声も、全部無視した。私は今、この窮地から抜け出す、ただ唯一の可能性を信じて、走っていた。
「フューレン! お嬢さんを!」
勢いよく開けた扉が閉じる数秒、僅かな隙間をフューレンは潜り抜け、私と並行して飛んでいた。
早くも息切れがする。これが興奮からなのか、体力の尽きなのかどうかはわからない。
無我夢中で走り続け、何もかもを失い、何もかもを追い求め、走り続けた。
途中で待ち構えるドアが、階段が、苔が。どれも全部煩わしく思えて仕方ない。
私よりも高い地獄の門に辿りつく。それが入口なのか、はたまた出口なのか、決めるのは、きっと私だ。
迷いなどはなかった、ただ示されるが儘、言いなりの儘、先の見えない深淵に向かっていた。
大して広くはない、それでいて暗い。足元を照らすは度々見える蝋燭のみ。何度躓きそうになったか、何度腕を引かれたか。それでも立ち止まることはない。
――ただ、それが見えるまで。
「……着いた」
芝生の上に置かれる墓石が一つ。彫られている文字は、私には読めなかった。
けれど、それよりも今は、その下に眠るものにしか意識が向かなかった。本当は罰当たりな行為、何があるかも分からない。
でも大丈夫、きっと大丈夫。
さぁ、起きる時間だよ。
何年振りかは分からない。久しぶりに見る空に感動して、慄いて。
今一度、力を貸して。
墓石を横にずらす。重いようで軽い。スッと動く文字の羅列に、私は見向きもくれない。
月に照らされる白の骸骨。胸の上に眠り、抱きしめられるそれを奪い取った。きらりと月に照らされ光る。
これが、儀式には必要な「大切な物」。
あの日見せてくれた、貴方が柔らかな表情を見せた、大切な物。
私は私を許さない。
私は私を許さない。
それでいいから、そうあってほしいから。
互いを許さなくていい、私と私は互いを理解していよう。
私は私を知っているよ。
私は私を一番分かっているよ。
だから、貴方の人生を狂わせることを、どうか、どうか――――許してほしい。




