三十五封 今日終わる関係だとしても。
弱弱しく、それでいて読みやすい、そんな字だった。一番最初の手紙より繋がっていて、最初の手紙より震えた字。――本当にこのひとの言葉には、嘘がないな。
助けてじゃないのは、彼女がきっと助けの求め方を知らないからだ。
頼れる人が周りに居なかった人が、助けの求め方を知っているわけもない。
だからこそ、私が救わなきゃ。私しか出来ないのだから。
「ちょっと待っててね、準備してくる」
迷いはなかった。フューレンも、その答えが返ってくるのが分かっていたかのように、すっと電線に飛び移った。自分でも何故こんなにも早く立ち直れるのか、疑問に思う。
いや、そんなの分かり切っているかもしれない。心の奥底で、話し合いの場が設けられるのを待っていた。そしてなによりも――私は魔女さんを、救いたいから。
タンスから無造作に服を取り出し着る。床に放り投げたままのバッグを背負い、差し足忍び足で階段を降り、玄関のドアを開けた。
鍵をガチャリと閉めた途端、感じ慣れた重みが肩にのしかかった。
「行こうか、フューレン」
何か月振りだろうか、夜道をフューレン連れて歩くのは。最初にお館に出向いた時以来だろうか。それからは休みの日の昼に行っていたから。
この世界に私一人だけ、この感じはあながち嫌いではない。フューレンもいるし、これからもう一人に会いに行くのだけれど。
さて、何から、何を聞こうかな。聞きたいこと、沢山あるな――仲直りできるかな。
「いやでもこれ、私が悪いんだっけ……?」
そんな些細な事に引っ掛かりを覚えてきた。些細だというのは、喧嘩は仲直りすればいいからだ。
勿論それで直らない仲だってあるし、殺されかけたのに、易々良いですよ、なんて言うつもりも毛頭ない。プライドは高い方だし、売られた喧嘩は静かに買うタイプではあるけれど、それよりも。
私は彼女と仲直りしたいのだ。たとえ、――今日終わる関係だったとしても。
慣れ過ぎた通路、風景に思うところはなく。ただ動悸のする胸の握りしめ、己の感情と戦っていた。
あの場所は魔女さんの独壇場。何をするにも自由なのだ。
そして、私は儀式とやらに付き合わされ、殺されかけた。あの地に踏み入れた瞬間、首が跳ね飛んでもおかしくはない。それとも話し合いの最中、気に障らないことを言ってしまった瞬間、また首が飛んでもおかしくはない。
そんな死の瞬間を連想して紡いでいく中、それはない、という確信もあった。それが何故なのか、また分からない。ただ「そうじゃなかったらいいな」程度の戯言かもしれないし、「魔女さんはそんなことしない」という信用だったかもしれない。
正体を現さない、奥底に潜むその感情。私は多分、これからも分からないでいる。
「すぅ……はぁ……」
深く、ゆっくり。激しく跳ねる鼓動を握りしめ落ち着かせる。何度もくぐったはずなのに、最初の時のような緊張感が喉を伝い戻ってくる。――まだ、まだ大丈夫。くぐるだけ、一歩踏み出すだけだから。大丈夫、落ち着いて、私なら大丈夫。
その空間はまだなはずなのに、踏み入ってしまったかのように、時間が止まる。あれ、私ってこんな――臆病だったっけ。
いや、臆病なんて言葉で片づけていい問題じゃない。今から友人と仲直りしにいくのに、それに躊躇してどうするの。今は彼女が魔女とか、殺されるかもとか、そんなのどうだっていいでしょ。「友人」という立場で話をしに行くんだ。その主旨を、変えちゃいけない。
落ち着きを取り戻さない胸を押さえ、必死に呼吸は忘れないよう取り繕う。
すると、肩の重みが消えた。黒の移る場所に目をやると、久々に枝に止まるフューレンを見た。深々と頭を下げ、ゆっくり羽ばたき、私を後ろに見ながら、アーチの中にスッと姿を消した。
――そうだったね、君はいつも、私に勇気をくれる。あの時もそう、たじろぐ私を見かねて、導くように勇気を残していってくれる。そのおかげで、私はここまでこれたんだもんね。
そしてやっと、私は一歩踏み出すことが出来る。
私の姿を見ることはなかった。聳え立つ門と、その奥のお館を、立って見ることが出来ている。ほっと、胸を撫でおろした時、フューレンが戻ってきた。心配そうに頭にすり寄り、上目遣いでこちらを見る。
「ありがとう。もう、大丈夫だよ」
その瞬間、目に安堵の色が見えた。暖かくて、優しい色。




