三十四封 ついに来たこの日。
それから何日経っただろう。儀式の日が、四月三十一日の夜が刻一刻と迫る。それでも私はまだ、あのお館に戻れずにいた。自分の命を捧げる勇気が、どうしてもでなかった。
毎晩考えた、毎日悩んだ。どうしよう、どうしたらいいだろう、どうやったら、彼女を救えるだろう。何度考えたって、結論も出ないし、足だって、覚悟だって出なかった。時間が無情に進み、なにも進歩が得られない日々。
それでも魔女さんが、あの本達に出てくる悪逆非道な魔女と同じだと、思えなかった。
人間を無造作に殺し、生かされたかと思えば、次の瞬間には自分の体を見ながら宙を舞っていたり。人間を奴隷にし、過労死するまで酷使する、使えなくなれば家畜の餌。何人もの人間が実験に使われた、身体を変形させられ、意識あるまま鍋にぶち込まれる。
誰がどうやって、逃げてきたのか見たのか。何を感じて、何をどうおもったのか。定かではないまま綴られた皮肉な文章。
たまに意地悪で、つい怒っちゃう時だってあったけど。それでもいつも優しくて、愛ある笑顔を向けてくれて。クッキーを焼いた時だって、いつも紅茶以外は口につけないのに喜んで食べてくれたし、地下室から帰った時だって転ぶほど心配してくれたのに。
これも全部絆されたからだと、美化して見えているのだと、そう言い切れるのなら諦めはついたのに。――そう簡単に割り切ることは出来なかった。
寝る前に枕を濡らす。朝起きれば赤く染まるまぶた。深い赤と淡い赤。今までになかったものが習慣化され、鏡に写る自分がより一層醜く見えた。
そして迎える四月三十一日。儀式が行われたであろう日。
夜中に一人、部屋の中。どうにも寝付けず、もうすぐ日付が切り替わる様を、横目に時計で見る。いつもは黒が置かれる電線を眺め、一人の友人を思い出す。
あの時見た顔が、どうしても忘れられなかった。悲しかったのは私の方なのに、それ以上に痛い表情をするものだから。――はあ。意味もなくため息を零す。
ちょうど目の前、こちらを無残に見下ろす月に照らされる。外を眺めるのも飽きてきた、そろそろ布団に入ろうと、付いていた頬杖を下すとき、明かりに黒が覆いかぶさる。見慣れた紙を咥えながら。
「――え、フューレン?」
窓のふちに立つフューレン、久しぶりに見る姿。
頭をそっと撫でると、変わらぬ力加減で押し返される。この感触も、懐かしいな。
「それ、魔女さんからの手紙? ありがとね」頷きで返される。
手紙を受け取ったあと、すぐさま飛び立っていくものだと思っていたが、毛繕いをしながらとどまった。私はその姿に意外さを覚え、手紙の封を切った。黒色の封に赤のシーリングスタンプ。
お嬢さんへ。
元気にしてらっしゃるかしら? お嬢さんが来なくなってから、お館の中が妙に静かに感じてしまって。フューレンもなんだか元気がなさそうに見えます。思っていたよりわたくし達は、お嬢さんのいる日常とやらに染まっていたみたいで……。
まず騙すような真似をしてしまってごめんなさい。もう一度、もう一度だけチャンスをくださるのなら、またお館に来ていただけないかしら……? 道具がそろってないと儀式は行えませんし、それでも不安であれば五月一日の夜明け以降でもいい。
言い訳のようになると思うし、遅すぎたと自負してはいますが、事情をお嬢さんに話したいの、全てを。
そしてそれからは、わたくし達のことをどうか忘れて、幸せな人生を送ってほしい。
お返事の手紙はいりませんわ。お嬢さんが来るかどうか、それがお返事ですもの。
本当に、ごめんなさい。
魔女さんより。




