春へ向かう詩
翌朝、窓の外から、灰色がかった光が、差し込んできた。
「どん……どん……どん……」
階下から、ジョエルが、薪を割る、鈍い音が、響いてくる。
レヴィテルの声が、扉の板に、貼りつくように、中へと、流れ込んできた。
「時燼、早く起きて!朝だよ!」
彼女の、小さな拳が、扉を、絶え間なく、叩いている。
まるで、この、静かな朝に、明日を、打ち立てようとするかのように。
時燼は、静かに、寝台の、端に、座っていた。掌には、まだ、あの、冷たい、飾り石を、握りしめている。
階下の、薪を割る、音が、一打、また一打と、彼の、耳に、ぶつかってくる。
しばらく、それを、聞いていた、時燼は、ようやく、「今、行く」と、応え、立ち上がり、扉へと、歩み寄り、開いた。
俯くと、すぐに、乱れた、赤い髪が、目に、飛び込んでくる。時燼は、手を、伸ばし、額の、前髪を、そっと、耳の、後ろへと、かき上げてやった。
レヴィテルは、首を、すくめ、顔を、上げて、彼に、笑いかける。小さな、八重歯が、二つ、のぞいた。
レヴィテルは、時燼の、手を、引いて、階下へと、駆け出す。木の、階段が、「きい、きい」と、鳴り響く。
階下では、机も、椅子も、壁際へと、寄せられ、ラヴェンナが、中央の、法陣の、中に、立ち、絶えず、魔力を、送り込んでいた。
彼らが、降りてくるのを、見て、ラヴェンナは、手を、止め、指先の、光が、ゆっくりと、消えていく。額の、汗を、拭い、時燼に、頷いた。
「おはよう」
ジョエルが、朝食を、盆に、載せ、厨房から、出てくる。
「ごはんだよ」
レヴィテルは、時燼を、引いて、窓際の、机へと、座らせる。ラヴェンナも、法陣を、収め、向かいに、腰を、下ろした。
ジョエルが、歩み寄り、食事を、並べる。
「今朝は、白粥に、しよう」
窓の外の、街路は、静まり返っている。遠くから、ときおり、聞こえてくる、角笛の、音と、碗の、中の、粥の、音だけが、混ざり合う。
半分ほど、飲んだ、ところで、時燼は、匙を、置き、ラヴェンナを、見て、言った。
「今日は、出かける。おそらく、明日まで、戻らない。明日、戻ったら、レヴィテルを、迎えに、来る」
その、言葉が、落ちた、瞬間。ラヴェンナの、匙を、握る手が、ゆるみ、数秒、沈黙した後、静かに、頷いた。
食事を、終えると、時燼は、二階へと、上がり、簡単に、荷を、まとめた。再び、降りてきた、時には、肩に、黒い、布で、包まれた、長刀が、一本、増えている。
時燼は、レヴィテルに、手を、振り、別れを、告げた。
「遅くに、戻る。ちゃんと、しているんだぞ」
それから、ラヴェンナに、頷き、二階の、窓へと、向き直る。
つま先で、窓の、縁を、かるく、蹴り、その、姿は、一瞬で、灰色の、空の、中へと、消えていった。
時燼が、消えた、後。ラヴェンナは、窓辺へと、歩み寄り、手を、上げ、木の、窓を、閉じた。
窓の、外の、雪は、ますます、激しく、降りしきっている。鵞鳥の、羽のような、雪片が、寒風を、纏い、簌簌と、音を、立てる。
雪の、幕の、向こうで、城邦は、もはや、もとの、姿を、失っている。
焦げた、断壁。赤い、雪の、地面。火の光が、漫天の、雪を、舐めている。
哭き声、武器の、ぶつかる、音が、風雪の、音と、混ざり合い、途切れ途切れに、冷たい、空気の、中へと、砕けていく。舞い落ちる、雪片さえ、溶けきれない、血の、匂いを、纏っている。
ラヴェンナは、窓を、隔てて、その、赤と、白の、交じり合う、混沌を、見つめ、深く、ため息を、ついた。
「また、戦争か。また、引っ越しだね……」
ジョエルが、階下から、上がってくる。
「店長、私たち……彼に、言わなくて、いいの」
「いいの。彼女が、自分で、知るから……」
「……そう」
あっという間に、夕方に、なった。大雪は、いまだ、止む、気配を、見せない。
静かに、城邦の、傷痕を、少しずつ、覆い隠していく。だが、空気に、漂う、血の、匂いと、焦げた、匂いは、隠しきれない。
冷たい、風雪の、中、あとには、一片の、死寂の、荒蕪だけが、残されている。
雪は、まだ、漫天に、舞っている。一本の、葉を、すっかり、落とした、枯れ木の、下。緑の、魔法で、凝られた、ぶらんこの、縄が、枯れ枝に、巻きついている。
オシダナは、ぶらんこに、座り、揺れていた。小さな、手で、縄の、端を、握り、足を、宙に、放り、蹴っている。蔦の、揺れに、合わせ、体を、そっと、揺らす。
柔らかな、体が、ぶらんこに、乗って、浮き上がる、たび、髪の、先の、浅緑が、白一色の、世界に、かすかな、光を、揺らす。
時燼は、傍らの、崩れた、断壁に、寄りかかっていた。肩には、薄く、雪が、積もっている。
彼は、目を、伏せ、片手を、何気なく、閻魔刀の、柄に、置いていた。鞘の、暗い、紋様が、雪の、色の、中で、かすかに、見え隠れする。
断壁の、煉瓦は、大半が、欠けている。冷たい、風が、雪を、巻き、その、裂け目から、吹き込み、彼の、額の、前髪を、揺らす。
彼は、ただ、静かに、ぶらんこの、揺れるのを、見ていた。目の、底には、波も、なく、雪の、日の、一片の、冷寂だけが、ある。
オシダナの、ぶらんこが、高く、揺れると、柔らかな、声が、流れてきた。どこか、物足りなさの、残る、口調で。
「もう、そんな、時間?もっと、ぶらんこに、乗って、いたかったのに……」
ぶらんこが、ゆっくりと、低い、位置へと、戻る。彼女は、そっと、茶籠の、上の、雪を、拭い、その、目に、一瞬、過ぎ去る、寂しさを、隠す。
時燼は、変わらず、断壁に、寄りかかり、肩の、雪が、また、いくらか、厚くなる。彼は、答えない。
ただ、その、眸光を、淡く、彼女の、上へと、落とす。黒い、瞳は、静かに、風雪だけを、映している。
オシダナは、最後に、一度、ぶらんこを、そっと、揺らし、淡緑の、魔力を、少しずつ、収めていく。ぶらんこは、光の、粒と、なり、雪の、地に、散った。
彼女は、屈み、枝に、掛けられた、青枝浮夢を、手に、取り、一歩、一歩と、雪を、踏みしめ、時燼の、方へと、歩いてくる。
雪の、粒が、足元で、かすかに、きしむ。
断壁の、前まで、来ると、彼女は、顔を、上げ、壁に、寄りかかる、時燼を、見つめる。青緑の、四つ葉の、瞳には、もう、いつもの、狡さは、ない。ただ、広げられた、やるせなさだけが、ある。
柔らかな、声に、風雪の、冷たさが、混じり、どこか、諦めの、軽い、ため息が、添えられている。
「戦っても、勝てない。逃げても、逃げられない。はあ……本当に、どうにも、ならないわね」
彼女は、手を、上げ、髪を、整え、その、語気を、ゆっくりと、沈めていく。
「私の、この、二百年余りの、日々も、これで、終わり、みたい。まさか、命の、終わりに、この、漫天の、雪だけが、傍に、いるなんて、思わなかった」
時燼は、顔を、上げ、片手を、ゆっくりと、差し出す。舞い落ちる、雪の、一片を、受け止める。
冷たい、雪の、粒は、掌の、中で、瞬く間に、溶け、かすかな、湿った、痕を、広げる。
「時間は、まだ、来ていない。何か、心残りが、あるなら、言ってみろ」
「ラヴェンナが、お前の、古い、友人なのは、知っている。何か、残して、いきたい、のでは、ないか」
オシダナは、その、言葉を、聞き、青緑の、瞳を、そっと、震わせ、淡緑の、魔力を、掌の、周りに、一巡させる。
掌の、大きさほどの、木の、箱が、手の、中に、現れた。箱の、表面には、細かな、千葉の、紋様が、刻まれ、青枝浮夢の、壺の、紋様と、同じだ。
雪の、粒が、箱の、縁に、落ち、すぐに、魔力の、微かな、温度に、溶け、細かな、珠と、なる。
彼女は、手を、上げ、木箱を、時燼へと、差し出す。その、声には、ただ、鄭重な、かすれだけが、残り、風雪に、混じり、彼の、耳へと、流れ込む。
「この、箱を、彼女に、届けて。私の、遺品を、持って、生きて、ほしいの」
少し、間を、置き、彼女は、目を、伏せ、箱の、千葉の、紋様を、見つめる。その、目の、底に、淡い、温もりが、広がる。ラヴェンナと、共に、過ごした、無数の、静かな、日々を、思い出す。
彼女は、また、顔を、上げ、時燼を、見て、付け加えた。
「それから……彼女に、伝えて……彼女と、友達に、なれて……実は、とても、楽しかった、って」
時燼は、手を、上げ、木箱を、受け取り、顔を、上げ、オシダナを、見た。
「ほかに、あるか」
オシダナは、その、言葉に、青緑の、瞳を、伏せ、漫天の、雪の、地面へと、落とす。
「あと……昔の、あの、こと。私、実は、とても、申し訳なく、思っているの。私が、彼女を、永遠に、故郷へ、帰れなく、したから」
オシダナは、そう、言い終えると、淡緑の、魔力を、完全に、収め、茶籠を、体の、傍らに、垂らし、そっと、揺らす。
彼女は、ゆっくりと、振り返り、時燼に、背を、向け、その場に、立った。痩せた、小さな、体が、漫天の、風雪の、中に、立っている。
彼女は、ゆっくりと、両手を、広げ、掌を、雪の、舞う、天地へと、向ける。振り返りも、せず、もう、何も、言わない。ただ、静かに、立っている。風雪を、迎える、ように。命の、最後の、時を、待つ、ように。
時燼は、木箱を、持つ、指を、一瞬、止め、喉の、奥から、ごく、軽い、笑いが、こぼれる。雪の、沫が、彼の、睫毛に、つき、その、笑みに、溶け、細かな、湿った、痕と、なる。
彼は、顔を、上げ、オシダナの、背を、向けた、痩せた、姿を、見つめる。そこに、いくばくかの、玩味と、緩みが、滲む。
「まだ、時間では、ない。急ぐことは、ない」
「お前、もっと、ぶらんこに、乗りたい、のでは、なかったか?乗って、おいで」
その、言葉を、聞き、オシダナの、両腕が、ゆっくりと、下りていく。
彼女は、横を、向き、時燼に、苦笑を、向ける。柔らかな、笑い声が、雪の、音と、混ざり、散っていく。
振り返り、雪を、踏みしめ、枯れ木の、傍へと、戻っていく。指先に、再び、淡緑の、魔力を、凝らし、蔦の、縄の、ぶらんこが、再び、枯れ枝に、巻きつく。
彼女は、それに、座り、足で、そっと、地面を、蹴り、ぶらんこが、また、揺れ始める。
髪の、先の、浅緑が、白一色の、中で、柔らかく、揺れ、青枝浮夢の、茶籠が、ぶらんこに、合わせ、細かな、音を、立てる。
ぶらんこが、高く、揺れる、ほど、オシダナは、突然、顔を、上げ、大きく、笑い始める。その、笑い声は、清く、漫天の、風雪を、打ち砕き、解き放たれた、暢快さを、帯びている。
彼女は、手を、上げ、傍らの、青枝浮夢を、掴み、全身の、魔力を、残らず、注ぎ込む。
壺の、千葉の、紋様が、瞬時に、まばゆい、緑の、光を、爆発させ、神器の、魔力が、逆巻くように、膨れ上がる。風さえ、温潤な、花草の、香りを、纏い始める。
彼女は、声を、張り上げ、叫ぶ。
「花の神よ!私の、呼びかけに、応えて!」
「古き、血が、再び、大地を、覆い尽くす!」
「第七階位魔法、花の詩」
緑の、光が、天を、覆い、地に、広がる。その、通った、あと、漫天の、雪が、肉眼で、見える、速さで、消えていく。
焦げた、断壁の、下、冷たい、石畳の、上、無数の、蕾が、土を、破り、瞬く間に、花の、海へと、咲き誇る。
紅い、椿。桃色の、桜。黄色の、迎春花……色とりどりの、花が、幾重にも、重なり、混血城邦の、全体を、埋め尽くしていく。
暖かな、風が、花の、香りを、巻き、街路を、抜け、枝の、先には、新しい、緑が、揺れる。残敗の、冬の、中に、無理やり、一片の、溢れる、春光を、催した。
白雪の、溶けた、春水が、花の、根に、沿って、土へと、流れ、焦げた、痕は、花の、葉に、覆い隠される。かつての、地獄の、ような、城邦は、今、漫天の、花の、海と、化している。
冷寂の、冬と、鮮活の、春が、天地の、間で、極致の、柔らかさを、打ち出す。彼女の、笑い声が、風の、音と、混ざり、この、繁花の、中に、ひときわ、清く、響く。
ぶらんこが、一番、高い、ところまで、揺れた、時。オシダナの、笑い声が、ふと、一瞬、軽くなる。
心の、底に、不意に、ラヴェンナの、姿が、よぎる。いつも、万事屋の、帳場の、後ろに、座り、眉目を、静かに、沈めている、彼女。
いつも、自分が、失敗を、しでかした、後、黙って、温かい、茶を、差し出して、くれた。いつも、魔力で、自分を、外界の、煩わしさから、隔てて、くれた。
心が、動いた、その、瞬間。掌の、青枝浮夢が、突然、かつてない、輝く、緑の、光を、爆発させる。
その、光は、以前よりも、盛んで、どこか、凛とした、力を、宿している。
天を、覆う、花の、海の、中、なおも、城邦で、暴れている、魔族たちが、花びらに、触れ、花の、香りを、嗅ぐ、やいなや。
体は、瞬時に、灰と、化し、暖かな、風に、巻かれ、繁花の、間に、散っていく。一声の、哀叫さえ、上げる、間も、なく。
時燼は、断壁に、寄りかかり、目の前の、この、春と、雪の、融け合い、繁花が、魔を、喰らう、光景を、見ている。
その、声が、花の、海を、貫き、伝わってくる。
「お前は、これを、して、正しいと、思うか」
オシダナは、ゆっくりと、ぶらんこを、止め、足を、花びらの、敷き詰められた、地面へと、そっと、下ろす。
青緑の、瞳で、万事屋の、方角を、見つめ、その、声には、一片の、迷いも、なく、ただ、純粋な、確信だけが、ある。
「結末が、どう、あろうと……」
「こう、するしか、彼女が、ここで、生き続けられない。もう、新しい、場所を、探さなくて、いい。もう、戦乱に、追われ、四方へ、流れる、ことも、ない」
「本当の、家が、持てるから……」
時燼は、手を、伸ばし、舞い、寄ってくる、花びらを、一枚、受け止める。
花びらは、彼の、掌で、長いこと、止まり、再び、顔を、上げた、時、その、眼差しは、もう、変わっていた。
同じ、頃。万事屋の、外では、魔族たちが、狂ったように、結界に、体当たりを、繰り返している。鈍い、轟音が、屋梁を、震わせる。
淡い、金色の、光の、膜の、上の、魔紋が、衝撃に、揺れ、絶えず、明滅し、ほとんど、薄れかけている。
ラヴェンナは、帳場の、前に、立ったまま、全身の、魔力を、結界へと、注ぎ込み、この、最後の、障壁を、必死に、支えている。
不意に、外の、体当たりの、音、雄叫びが、ぴたりと、止まった。
一筋の、淡い、なじみのある、花草の、香りが、結界の、隙間を、抜け、中へと、流れ込み、ラヴェンナの、周りを、そっと、巡る。
彼女の、体が、はっと、硬直し、木の、杖を、握る、手が、かすかに、震える。
両眼から、予告も、なく、涙が、こぼれ落ちる。温かい、雫が、目の、端から、滑り落ち、地面に、ぶつかる。
その、花の、香りは、無数の、午後、あの、香しく、柔らかな、小さな、娘が、肩に、寄りかかった、体の、香り。
ラヴェンナは、目を、閉じ、喉の、奥から、かすれた、呟きが、転がり出る。
「……この、馬鹿」
ラヴェンナは、勢いよく、振り返り、木の、扉へと、向かって、駆け出す。扉を、開ける、瞬間、振り返り、ジョエルに、沈んだ声で、言う。
「店を、頼む!」
声が、終わらない、うちに、木の、扉が、彼女の、背後で、重く、閉まる。
彼女の、全身から、濃烈な、魔力が、爆発し、足元に、魔法陣が、浮かび、魔力に、よって、急速に、加速する。
その、姿は、一道の、金色の、流光と、なり、漫天の、花の、香りを、裂き、一つの、方角へと、疾走する。
ジョエルは、扉の、枠に、手を、掛け、ラヴェンナの、化した、金色の、流光が、花の、海の、中へと、消えるのを、見送る。その、手には、浅緑の、魔力が、光っている。
レヴィテルは、ジョエルの、傍らへと、歩み寄り、赤い、瞳の、中に、茫然を、いっぱいに、湛え、小さな、声で、尋ねる。
「ジョエル、お姉ちゃん。店長、どう、したの?」
ジョエルは、目を、伏せ、地面の、色とりどりの、花びらを、見つめ、一語、一語、確信を、込めて、言う。
「彼女には、一度、どうしても、行かなければ、ならない、用事が、あるの。行かなければ、一生、後悔する、ような」
道中、ラヴェンナは、何度も、ぶつかり、よろめいた。だが、自分の、傷など、まったく、気に、していない。
魔法で、加速し、ようやく、枯れ木の、傍らへと、たどり着く。ぶらんこの、蔦の、縄が、まだ、かすかに、揺れている。
彼女の、足が、ぴたりと、止まり、瞳孔が、一気に、縮む。
目の前で、時燼の、閻魔刀が、まっすぐに、オシダナの、胸を、貫いた。
オシダナの、最後の、眸光が、漫天の、繁花を、貫き、ラヴェンナの、目の、底へと、飛び込む。最後の、力を、振り絞り、その、声には、溶けきれない、歉意が、染みている。
「本当に、ごめんね……あなたに、こんなに、迷惑を、かけて、しまって」
時燼が、閻魔刀を、引き抜くと、オシダナの、体は、柔らかく、揺れ、まっすぐに、地面へと、倒れていく。
ラヴェンナは、狂ったように、駆け寄り、彼女を、抱きしめ、両手で、その、薄い、肩を、固く、掴む。
温かい、涙が、オシダナの、雪と、血に、汚れた、頬に、落ち、その、声は、震え、形を、成さず、何度も、何度も、哭き叫ぶ。
「オシダナ!早く、目を、覚まして!死なないで、お願い……死なないでよ!」
彼女は、オシダナを、胸に、さらに、強く、抱き寄せ、指で、その、胸の、傷を、撫で、淡金の、魔力を、必死に、注ぎ込む。
だが、暖かな、金色の、光が、彼女の、体から、少しずつ、消えていくのを、どうしても、止められない。ラヴェンナは、むせび、繰り返す。
「目を、覚ましてよ……私を、一人に、しないで……」
ラヴェンナは、震える、手で、オシダナの、冷たい、手を、掴み、自分の、涙に、濡れた、頬に、当て、絶望の、哀願を、込め、何度も、何度も、叫ぶ。
「オシダナ、私を、見て……私を、見てよ……」
胸の、中の、暖かな、金色の、光が、少しずつ、淡くなり、漫天の、花の、海も、それに、合わせ、一寸、また、一寸と、枯れていく。
さっき、消えた、雪が、また、漫天に、舞い始める。雪片は、冷たさを、纏い、落ちる。
枯れ、朽ちた、花の、枝に、落ちる。二人の、抱き合う、姿に、落ちる。
花びらの、敷き詰められた、地面と、血の、痕の、間に、落ちる。春の、鲜活は、瞬く間に、冬の、冷寂に、覆われる。
彼女の、世界には、ただ、落雪の、軽い、音だけが、残る。
涙に、ぼやけた、目で、風雪の、中に、立つ、時燼を、見つめ、その、声は、かすれ、骨を、刺す、ような、詰問を、帯びている。
「……なぜ……彼女を、死なせなければ、ならなかったの?」




