最後の面影は、葬儀
拉文纳が、木の扉を、引き開けた、その瞬間。焦げた土の匂いが、頭の中へと、まっすぐに、流れ込んできた。
目の前に、一人の男が、静かに、立っていた。衣の裾には、半ば乾いた、血の跡が、こびりついている。
その背後には、魔族に、蹂躙され、ずたずたに、砕かれた、街路が、広がっていた。煙と、火の匂いが、宙に、揺れている。
遠くの、哭き声と、武器の、ぶつかり合う音が、波のように、幾重にも、街路の、死寂を、打ち砕いてくる。
彼は、ラヴェンナが、声を、発するのを、待たなかった。足を、踏み出し、中へと、入ってくる。木の扉が、閉まる、鈍い、音が、外の、喧騒を、遮断した。
レヴィテルが、ジョエルの、背後から、抜け出し、小さな、影が、床の、木屑を、踏みしめ、まっすぐに、駆け寄ってくる。
彼が、手を、上げて、迎える、間も、なかった。彼女は、その、衣の裾に、ぶつかり、胸の中へと、埋まる。
小さな、両腕が、彼の、腰を、ぎゅっと、締めつけ、頭の、てっぺんが、彼の、胸を、押す。呼吸さえ、かすかに、震えている。
「……置いて、いかれると、思った……」
時燼は、そっと、彼女の、赤い髪を、撫で、その、頭の、上へ、手を、置いて、なだめた。
レヴィテルは、彼の、胸の中で、もう一度、身を、縮める。彼は、顔を、上げ、ラヴェンナを、見た。
その、眸光は、淡く、沈み、言葉に、できない、確信を、隠している。
「どうやら、お前は、約束を、守ったようだな」
ラヴェンナは、その、視線を、受け止めるしか、なかった。濁った、瞳に、隠しきれない、怯えが、浮かび、ゆっくりと、頷く。その、声は、かすかに、震えていた。
「……うちに、いる間は、ずっと、無事でした」
彼女は、目を、伏せ、部屋の、隅の、金色の、結界を、見やり、また、扉の、外から、滲み入る、火の光を、見た。その、語気は、いくらか、沈んでいる。
「魔族の、侵攻は、あと、三、四日」
言葉が、終わると、彼女の、視線は、レヴィテルの、上へと、落ちた。指が、無意識に、髪を、弄る。しばらく、間を、置いて、ようやく、静かに、尋ねた。
「……お前は、どう、するつもりだ」
時燼は、ラヴェンナの、視線を、追い、部屋の、中に、漂う、金光を、見た。椅子の、上の、埃も。
彼は、目を、伏せ、しばらく、静かに、していた。それから、答える。
「俺は、あと、一、二日で、発つ。長居は、しない」
時燼は、また、顔を、上げ、ラヴェンナを、見た。
「先に、約束した、借りだが、この、数日のうちに、言ってくれ。でなければ、あとは、また、会う、縁が、あるかどうかだ」
「今、あります。少し、考えさせて」
時燼は、レヴィテルを、連れ、どこか、適当な、席に、座り、ラヴェンナの、問いを、待った。
ラヴェンナは、時燼を、見つめたまま、長いこと、ぼんやりと、立っていた。ジョエルが、声を、かけて、ようやく、我に返る。
彼女の、胸の内は、絶えず、揺れていた。魔法か、それとも……
ふと、自分が、なぜ、先祖の、日記を、ずっと、保管してきたのかを、思い出す。心の、内で、小さく、笑った。「……私に、伝わったのは、これが、理由、だったのか……」
ラヴェンナは、部屋へと、戻り、屈んで、戸棚の、下から、端の、丸まった、黄ばんだ、古い、日記を、取り出した。
彼女は、両手で、それを、時燼へと、差し出した。百年の、執念を、込めて。
「これは、私の、先祖の、日記です。彼女は、女の、エルフで、日記には、昔、あなたと、一緒に、旅を、した、と、書いてあります。でも、途中で、突然、あなたと、別れて、何も、告げずに、去って、しまった」
彼女は、顔を、上げ、時燼を、見た。濁った、瞳が、いつの間にか、澄んでいる。
「あなたの、力なら、あの時、彼女を、探そうと、思えば、見つけられたはず。なのに、なぜ、一度も、探しに、行かなかったのですか」
時燼は、目を、伏せ、その、古びた、日記を、ちらりと、見た。その、眼差しが、一瞬、揺らぐ。
「探しには、行った。ただ、彼女が、すでに、家庭を、持ち、安定して、暮らしているのを、見て、安心して、静かに、去った」
外の、雄叫びと、火の光が、結界を、隔てて、かすかに、滲み入る。部屋の、中には、呼吸と、紙の、かすかな、震えの、音だけが、残る。
歳月の、別離と、安定が、この、小さな、天地に、凝縮され、淡く、痛く、それでいて、静かに、やさしい。
「その後は?また、探しに、行ったのですか」
時燼は、ラヴェンナに、笑いかけた。その後、もう一度、行った。
「では、なぜ、会わなかったのですか」
「俺が、参加したのは、葬儀、だったからだ……」
ラヴェンナが、日記を、捧げる、手が、激しく、震えた。黄ばんだ、紙の、頁が、「さらり」と、軽く、鳴る。彼女は、それを、支える、余裕も、なく、手を、日記の、上から、ゆっくりと、離した。
ラヴェンナは、また、帳場の、いちばん、奥へと、手を、伸ばし、そこに、隠されていた、木の、箱を、取り出した。
箱の、表面には、曲がりくねった、精霊の、呪文が、びっしりと、刻まれ、金粉は、すでに、淡い、鈍い、金色に、色褪せている。角は、代々の、伝承者の、指先に、撫でられ、丸く、つやつやと、光っている。
彼女は、その、木の箱を、取り出すと、冷たい、蓋の、上を、何度も、何度も、拭き、隔世の、旧夢を、撫でる。
「日記に、よれば、昔、彼女と、一緒に、旅を、した者だけが、開けられる、と」
「中に、いったい、何が、隠されているのか、見てみたいのです……」
時燼は、木箱の、華やかさの、すっかり、褪せた、精霊の、呪文を、じっと、見つめた。喉が、かすかに、上下し、深く、息を、吸い込む。
彼は、ゆっくりと、腕を、上げ、掌を、冷たい、蓋の、上へと、覆いかぶせる。
指先の、隠しきれない、微かな、震え。それは、彼が、数千年、封じてきた、同行の、歳月だけに、属する、優しい、魔力が、沈んだ、木の、木目に、沿って、ゆっくりと、浸透していく。
箱の、呪文が、淡い、銀青の、微光を、揺らす。まるで、あの年、旅の、途中、闇夜の中で、彼女が、指さした、星のように。
「かちり」
木箱が、呼び覚まされた。二、三千年の、滞りと、重さを、帯びて。
ため息のような、かすかな、きしみを、立て、ゆっくりと、両側へと、開かれていく。
箱の、中には、色褪せた、生成りの、ビロードが、敷かれ、中央に、静かに、水の、魔力の、水晶が、横たわっている。
一枚の、黄ばんだ、写真が、その、中に、固く、封じられている。
水晶の、微光の、中に、かすかに、三人の、姿が、見える。時燼が、真ん中に、立ち、今と、ほとんど、変わらない。傍らの、エルフの、少女は、笑みを、浮かべ、彼の、腕を、抱いている。もう、片方の、龍族の、少女は、その、眉目を、凛と、引き締めているが、わずかに、顔を、傾け、口元に、かすかな、弧を、描いている。
風が、彼らの、衣の、裾を、撫でる。ただ、この、肩を、並べた、姿は、とっくに、歳月に、封じられ、手の、届かぬ、旧影と、なっている。
時燼は、手を、伸ばし、箱の、中の、水晶を、取り出した。慎重に、水晶を、掌に、握りしめると、瑩藍の、晶身が、突然、熱を、帯びる。
細かな、銀の、芒が、晶身を、包み、軽やかに、流れていく。柔らかな、女の、声が、水晶の、奥深くから、ゆっくりと、溢れ出る。
風に、揉み消された、古い、言葉のように、千年前の、温情と、懊悩を、纏って、部屋の、中に、静かに、広がっていく。
『ねえ!ねえ!ねえ!これ、声、入ってる?どのくらい、もつのか、分からないけど……』
『時燼、あなたに、この、声が、届くか、どうか、分からない……もしかしたら……聞こえるのは……私の、子孫、だけ、かもしれない。』
『ただ、この日が、少しでも、早く、来てほしい。そうすれば、再会が、あまり、遅すぎた、なんて、ことには、ならないから。』
『あの後、私も、分かったの。あなたが、どうして、あの時、アリを、殺したのか。五百年以上、一緒に、いたのに、まさか、こんな、結末に、なるなんて、思わなかった。ただ、胸が、痛くて。』
『でも、最後まで、分からなかった。あの日、私が、背を、向けて、去った時、あなたは、なぜ、追いかけて、来なかったの?この、何年も、ずっと、あなたの、ことを、想っていたのに。』
声が、途切れる。水晶の、微光が、かすかに、震え、音のない、ため息が、銀青の、芒と、ともに、ゆっくりと、消えていく。
部屋には、四人だけが、静かに、その、すべてを、見届けた。
ラヴェンナは、振り返り、時燼を、見ない。レヴィテルも、俯き、呼吸さえ、浅く、なる。ジョエルは、扉の、枠に、寄りかかり、指を、無意識に、弄っている。
三人とも、沈黙し、誰も、先に、口を、開いて、この、千年の、遺憾を、包む、静寂を、破ろうとは、しない。
最後に、口を、開いたのは、時燼だった。その、声には、わざとらしい、平静が、混じっている。自分に、言い聞かせる、ように。部屋の、者たちに、言う、ように。
「そんなに、重く、ならなくて、いい。もう、ずいぶん、昔の、ことだ」
ただ、水晶を、握る、その、手は、まだ、晶面を、何度も、何度も、撫でている。
彼は、深く、息を、吸い、水晶を、そっと、木箱へと、戻した。蓋を、閉める、時。蓋と、箱が、触れ合い、小さな、音が、静かな、部屋に、遠い、ため息のように、響く。
彼は、顔を、上げ、ラヴェンナを、見た。その、声には、まだ、消えきらない、懊悩が、滲んでいる。
「混血城邦が、占領されたら、お前たちは、どこへ、行くつもりだ」
ラヴェンナは、一瞬、ぼんやりと、して、ようやく、我に返る。
「本当は、故郷に、一度、帰りたい。でも、今、帰れるかどうか、自分でも、分からない」
彼女は、俯き、木箱を、見て、その、語気に、やるせなさが、混じる。
「なにせ、私の、身分は、とっくに、国から、抹消されている。故郷も、私を、入れは、しないでしょう」
時燼の、眉が、そっと、寄る。部屋の、空気が、また、いくらか、沈む。話題が、また、重い、方へと、戻って、しまった。
彼は、気まずそうに、二度、笑い、慌てて、ジョエルの、方へと、向き直る。
「じゃあ、ジョエルは?」
ジョエルは、扉の、枠に、寄りかかったまま、自嘲の、混じった、口調で、言う。
「私は、混血だから。混血城邦みたいな、三不管の、場所の、ほかに、どこへ、行けばいいの」
時燼の、気まずい、笑い声が、喉の、奥で、詰まる。部屋の、沈黙が、潮のように、押し寄せ、燭火さえ、跳ねるのを、忘れたかのようだ。
ジョエルが、先に、静けさを、破る。体を、起こし、スカートの、裾を、軽く、叩き、できるだけ、軽い、調子で、言った。
「後ろの、厨房を、見てくる。何か、食べるものを、持ってきて、あげる」
彼女の、足音が、床を、擦り、遠ざかっていく。部屋の、沈黙が、また、厚みを、増した。
時燼と、ラヴェンナの、視線が、その、背中に、吸い寄せられ、厨房の、扉が、「きい」と、閉じるまで、離れなかった。そして、力が、抜けたように、それぞれの、手元へと、戻っていく。
しばらくして、厨房から、陶器の、器の、ぶつかる、軽やかな、音が、聞こえ、凝固した、空気を、砕く。続いて、足音が、近づき、ジョエルが、木の、盆を、手に、出てくる。
盆の、上には、数切れの、麦の、乾パンが、ひび割れ、一壺の、水が、かすかな、波紋を、揺らしている。
彼女は、盆を、机の、上へと、置く。麦の、パンと、机の、ぶつかる、鈍い、音が、部屋の、中に、小さな、反響を、広げる。
ラヴェンナが、口を、開き、沈黙を、破る。
「私の、エルフの、国は、中規模の、国でね。昔、私は、問題を、起こして、国外へ、追放されて、この、三不管の、地帯に、来たの」
「今、戻るには、合法の、身分が、必要。たとえ、こっそり、入っても、私と、ジョエル、二人は、また……」
部屋の、空気が、また、沈む。燭火が、ときおり、「ぱちり」と、鳴り、誰かの、代わりに、ため息を、ついているようだ。
時燼は、机の、上の、ひび割れた、麦の、パンを、じっと、見ていた。懐から、一袋の、銭を、取り出し、そっと、盆の、縁へと、置く。
「この、金で、別の、混血城邦へ、行ける」
ラヴェンナの、視線が、その、銭袋に、落ちる。その、声には、茫然と、どこか、諦めの、軽さが、混じっている。
「また、別の、混血城邦へ、行くの?」
ジョエルは、机の、端に、寄りかかり、麦の、パンを、一つ、取り、「かちり」と、ひびを、噛み砕く。その、声に、麦の、屑の、乾いた、ざらつきが、混じる。
「長い、こと、ずっと、そうやって、来たんだ。今さら、同じでしょ?」
ラヴェンナの、指が、銭袋の、上で、一瞬、止まり、結局、その、袋を、懐へと、引き寄せる。その、声は、ため息のように、軽い。
「……ありがたく、頂くしか、ないわね」
ラヴェンナは、口元に、かすかな、笑みを、浮かべ、顔を、上げ、ジョエルへと、顎を、しゃくり、手首を、そっと、振った。
「もう、遅いし、夕食の、準備を、しましょう。食べたら、休めるように」
ジョエルは、麦の、パンを、半分、口に、くわえたまま、曖昧に、頷き、厨房へと、消えていく。
時燼は、厨房の、揺れる、火の光を、見つめ、燭影が、その、顔に、明滅する。指が、腰の、閻魔刀の、柄を、撫でる。
彼は、レヴィテルに、尋ねた。
「ここで……どう、過ごして、いる?楽しいか?」
レヴィテルは、小さな、腰掛けに、座り、答える。
「うん。店長も、ジョエル、お姉ちゃんも、私に、とても、優しいよ」
時燼は、それを、聞き、微笑み、手を、上げ、そっと、彼女の、頭を、撫でた。
「なら、よかった。夕食を、ここで、待とう」
厨房の、米を、研ぐ、音、軽い、鼻歌が、燭火の、ぱちぱちという、音と、混ざり合い、時燼の、掌の、温度と、レヴィテルの、笑い声を、包み込む。
窓の、外の、武器の、ぶつかる、音は、本当に、遠い、背景のように、なっていく。この、一時の、安らぎが、張り詰めた、弦を、少しだけ、緩める。
夕食の、時。ジョエルが、湯気の、立つ、粥を、運んできた。彼女は、一番、大きな、碗を、時燼の、前へと、押しやる。ラヴェンナは、レヴィテルに、漬物を、一切れ、取り分ける。
レヴィテルは、小さな、口で、粥を、飲み、口元に、米粒を、つける。時燼が、手を、伸ばし、それを、拭ってやると、彼女は、「くすくす」と、笑う。
燭火が、四人の、影を、壁に、重ね、粥の、湯気が、燭火を、ぼやけさせる。
ジョエルは、碗の、中の、粥を、かき混ぜながら、口ごもるように、言う。
「明日、巷の、入り口まで、塩を、買いに、行かないと。遅くなると、あの、ドワーフの、店も、魔族に、徴用、されちゃう」
ラヴェンナの、粥を、すくう、手が、一瞬、止まる。何も、答えず、ただ、レヴィテルに、もう、一杯、粥を、足す。
時燼の、米粒を、拭う、手も、一瞬、止まる。窓の、外の、武器の、音が、いつの間にか、また、近づいている。
レヴィテルは、その、言葉の、沈みを、聞き取れず、小さな、匙を、掲げ、尋ねる。
「ドワーフの、おじいちゃんの、店、きらきらした、小さな、金槌が、いっぱい、あるの。明日、私も、一緒に、行っていい?」
ジョエルは、口を、への字に、曲げ、碗の、底の、米粒を、つつく。
「魔族の、馬蹄が、もう、巷の、端まで、来てるのに……」
ラヴェンナは、そっと、レヴィテルの、手の、甲を、叩き、話題を、そらす。
「早く、粥を、飲みなさい。冷めると、おいしく、なくなるよ」
夕食が、終わると、ジョエルは、空の、碗を、持ち、厨房へと、戻っていく。
ラヴェンナは、手を、拭き、時燼と、レヴィテルに、言った。
「二階に、もう、一部屋、空いてる。案内して、あげる」
レヴィテルは、すぐに、小さな、手で、時燼の、衣の、裾を、つかみ、ラヴェンナの、後を、追う。
階段の、板は、踏むたびに、「きい、きい」と、鳴る。燭火の、光が、階下から、透けて、上り、段の、上に、長い、影を、落とす。
ラヴェンナは、二階の、一番、奥の、部屋の、扉を、押し開ける。中には、木の、寝台が、一つ。布団は、きちんと、畳まれ、窓辺には、しおれた、ミントの、鉢が、一つ、置かれている。
「今夜は、ここに、泊まりなさい」
ラヴェンナは、体を、横に、ずらし、彼らを、中へと、入れる。
「レヴィテルの、部屋は、隣よ。何か、あったら、声を、かけて」
時燼は、振り返る。月光が、小さな、窓から、漏れ入り、レヴィテルの、顔に、小さな、明るい、斑を、切り取る。
彼は、扉の、そばへと、歩み寄り、しゃがみ、彼女と、目線を、合わせる。
「どうした?」
レヴィテルの、目が、輝く。小さな、手が、身振りを、交える。
「店長が、言ってたの。一番、明るい、あれは、『守夜星』って、いって、心の、中で、思っている、人を、守って、くれるんだって」
時燼は、彼女の、手の、先へと、視線を、やり、窓の、外を、見る。ちょうど、暗雲が、晴れ、一つの、星が、黒い、夜に、またたいた。
レヴィテルが、また、言う。
「あと、隣の、青い、星。青い、水晶の、宝珠みたいでしょ?店長が、あれは……」
その、声は、だんだん、低くなり、最後には、扉の、枠に、寄りかかり、あくびを、一つ、漏らす。
時燼は、そっと、彼女を、抱き上げ、隣の、部屋の、小さな、寝台へと、運ぶ。
レヴィテルは、もうろうと、彼の、手を、つかむ。
「時燼……私も、星に、なるのかな?」
時燼は、一瞬、言葉を、止め、彼女の、額の、前髪を、そっと、払ってやる。
「ならない。俺が、ずっと、お前を、見ている」
彼は、扉を、閉める、時、レヴィテルが、小さく、「おやすみ」と、言うのを、聞いた。その、声は、静かな、夜に、落ちていった。
時燼は、木の、寝台へと、戻る。布団には、かすかな、花の、香りが、残っている。
彼は、襟元から、ネックレスを、引き出し、飾り石が、冷たく、掌に、張り付く。
また、梁の、亀裂を、見て、心の中で、もう、一日、待たなければ、と、思う。眉が、思わず、寄る。
この、閻魔刀は、もともと、神を、狩る、ための、神器だった。それが、今、こんな、小さな、部屋に、閉じ込められ、夜明けを、待っている。本当に、面倒だ。
彼は、寝返りを、打つ。ネックレスが、指の、間で、回る。いつもと、同じ、夜の、はずなのに。
今日の、時間は、引き伸ばされたように、感じる。一秒、一秒が、遅くて、焦れる。
「……なぜ、だろうな」




