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金色の落涙

 時燼は、空へと、視線を、上げた。閻魔刀を、再び、掲げる。

 刀身の、暗紫色の、流光が、以前よりも、ずっと、激しく、うねっている。

「オシダナ。俺は、まだ、お前を、殺す時では、ない。今は、去れ」

 その言葉を、聞いた、オシダナは、青緑の、瞳を、すうっと、細めた。四つ葉の、十字の、紋様が、瞳孔の、中で、高速に、回っている。

 小さな、手が、青枝浮夢を、そっと、点す。周囲の、空気に、突然、無数の、緑の、光の粒が、浮かび上がった。まるで、蛍のように、時燼へと、向かって、飛んでいく。

 シレヴァも、この時、動いた。淡い、浅緑の、紋様を、纏った、赤沙の、長槍が、炎を、切り裂き、まっすぐに、時燼を、突く。

 時燼は、地面を、蹴り、体を、後ろへ、数メートル、滑らせる。閻魔刀を、横に、薙ぎ払うと、暗紫色の、刀気が、飛来する、緑の、光の粒を、真っ二つに、斬り裂いた。

 光の粒が、炸けて、細かな、蔦に、変わる。だが、それも、刀気の、余波に、焼かれ、灰と、消えていく。

 シレヴァの、長槍が、すでに、時燼の、眼前へと、迫っていた。槍先の、温かい、金色と、浅緑が、交じり合い、灼熱の、気流を、伴って、時燼の、喉元へと、突き刺さる。

 時燼は、手首を、返し、閻魔刀の、刀背で、受け止める。「かきん」と、澄んだ、音と、共に、火花が、四散する。

 時燼は、その、反動で、後ろへ、跳び上がり、空中で、ひとつ、旋回する。暗紫色の、流光が、巨大な、刀影へと、凝縮され、シレヴァと、オシダナへ、同時に、斬り下ろされた。

 オシダナは、小さな、手を、ひと振りし、青枝浮夢から、大きな、緑の、光の盾を、放ち、かろうじて、刀影を、防ぐ。

 シレヴァは、その、隙を、突き、槍を、突き出す。槍先が、刀影の、余威を、突破し、再び、時燼へと、迫った。

 時燼は、勢いよく、閻魔刀を、振るう。刀身を、横に、薙ぎ払い、舞い散る、葉を、すべて、弾き飛ばした。

 同時に、顔を、上げ、その、刀身で、シレヴァの、長槍を、受け止める。

「轟」

 二人の、足元の、地面が、深く、陥没し、炎が、その、気浪に、煽られ、四方へと、溢れ返る。

 続けて、時燼が、沈んだ声で、叫ぶ。

「第七階位魔法・言聽計從・跪け!」

 暗紫色の、魔法の、紋様が、彼の、足元から、急速に、広がり、瞬く間に、シレヴァと、オシダナの、立つ、区域を、覆い尽くした。無形の、重圧が、二人の、肩へと、激しく、のしかかる。

 シレヴァの、膝が、折れ、今にも、跪きそうになる。彼は、歯を、食いしばり、長槍を、握りしめ、温かい、金色の、光で、必死に、抗う。

 淡緑の、紋様が、ちらつき始める。オシダナの、小さな、顔に、初めて、驚きの、色が、浮かんだ。体が、ふらりと、揺れ、緑の、光の粒が、あたりに、散らばった。

 時燼は、左手を、柄に、添え、閻魔刀が、唸る。暗紫色の、刀光が、天へと、立ち昇り、周囲の、炎さえも、暗紫色に、染め上げていく。

 彼の、姿が、一瞬、消える。次の、瞬間、シレヴァの、目の前へと、現れ、刀身が、空気を、裂く、鋭い、音と、共に、振り下ろされる。

 シレヴァは、全身の、力で、長槍を、頭の、上へと、横たえる。槍身が、刀に、押され、しなり、温かい、金色の、光が、絶えず、崩れていく。

 オシダナは、それを見て、青枝浮夢から、緑の、光束を、放ち、時燼の、背中を、まっすぐに、狙う。

 時燼は、振り返りもしない。右手で、刀を、押し下げたまま、左手を、逆手に、払う。暗紫色の、魔法弾が、光束へと、迎え撃つ。

「どん」という、炸裂音。気浪が、二人を、数歩、後退させる。

 シレヴァは、その、隙に、転がり、長槍を、地面に、突き、再び、跳び上がり、時燼を、突く。槍先の、淡緑の、紋様が、再び、灯る……

「遊びは、ここまでだ……」

 時燼は、深く、息を、吸い込み、閻魔刀を、勢いよく、地面へと、突き刺した。暗紫色の、魔法陣が、彼を、中心に、広がり、すべての、葉と、刃を、震え、弾き飛ばす。

 同時に、陣の、中から、数本の、暗紫色の、鎖が、伸びる。空中の、青枝浮夢へと、絡みつくだけでなく、毒蛇のように、駆け出し、シレヴァの、四肢と、腰を、瞬く間に、固く、縛り上げる。近づこうとした、オシダナも、鎖に、がっちりと、捕らえられた。

 シレヴァは、必死に、もがく。温かい、金色の、光が、鎖の、上で、衝突するが、鎖は、かすかな、唸りを、上げるだけだ。

 オシダナの、小さな、手が、力いっぱい、引っ張る。青枝浮夢の、緑の、光も、鎖を、溶かすことは、できない。

 時燼は、一歩、また、一歩と、鎖に、縛られた、シレヴァへと、歩み寄る。刀先を、彼の、胸元へと、向けた。

 シレヴァは、身動き、一つ、できない。それでも、目を、見開き、赤沙の、長槍の、温かい、金色の、光が、まだ、かすかに、明滅している。

 オシダナは、鎖に、巻かれた、手首を、必死に、もがかせる。青枝浮夢の、緑の、光が、慌ただしく、跳ねるが、強い、攻撃は、放てない。

 時燼は、刀を、持ち上げ、その、切っ先を、シレヴァの、胸元へと、向ける。視線は、オシダナへと、移り、その、瞳に、一片の、嘲笑が、浮かぶ。

「青枝浮夢の、持ち主は、代々、己の、予言に、挑もうとする……おめでたい、ことだ」

 時燼の、刀先が、ゆっくりと、シレヴァの、胸元へと、刺し込まれる。温かい、金色の、血が、刀身を、伝い、滑り落ちる。シレヴァの、体が、激しく、震え、長槍が、からん、と、落ちた。

 彼は、顔を、背け、シレヴァの、顔を、見なかった。

 視線を、オシダナへと、向け、声は、氷のように、冷たい。

「今、お前は、この、予言を、どう、思う」

 オシダナの、小さな、顔が、一瞬で、血の気を、失う。涙が、目の、縁で、ぐるぐると、回る。鎖に、巻かれた、手首の、もがきが、止まり、声に、泣き声が、混じる。

「私は、予言を、信じています……でも、私は、まだ、二百歳……死にたく、ない……」

 時燼は、手首に、力を、込め、閻魔刀を、さらに、深く、シレヴァの、胸元へと、刺し込む。シレヴァの、体が、激しく、数度、痙攣し、温かい、金色の、光が、完全に、消え、頭が、力なく、垂れた。

 時燼は、刀を、引き抜き、血を、払い、屈んで、地面に、落ちた、赤沙の、長槍を、拾い上げる。

 槍身の、淡緑の、紋様が、彼の、手の中で、急速に、色を、失い、冷たい、金属の、質感だけが、残った。

 時燼は、左手を、虚空へと、伸ばす。星の、光が、指先から、集まり、枯石大刀の、輪郭が、少しずつ、実体を、帯び、ついに、彼の、手に、しっかりと、握られた。

 彼は、枯石大刀を、掲げ、その、刀身を、赤沙の、長槍へと、向ける。刀から、吸い寄せる、力が、伝わり、赤沙が、瞬時に、無数の、破片へと、崩れ、流光と、なって、枯石大刀へと、飛び込んでいく。

 刀身に、淡金色の、紋様が、浮かび、すぐに、消え去る。

 時燼は、枯石大刀を、握る、手を、少し、緩める。刀身が、星の、光の、粒と、なり、空気の、中へと、消えていく。あとには、閻魔刀だけが、彼の、もう片方の、手に、逆手に、握られていた。

 彼は、オシダナの、前へと、歩み寄る。

「ぷつり」

 閻魔刀を、彼女の、足元の、地面へと、深く、突き刺す。刀光が、彼女の、血の気の、ない、小さな、顔を、照らし、いっそう、震えさせる。

 時燼は、ゆっくりと、しゃがみ、彼女と、目線を、合わせる。その声には、一片の、温度も、ない。

「お前には、あと、二日、ある。よく、考えろ。自分が、どう、生きるかを」

 時燼の、指が、わずかに、動く。オシダナを、縛る、暗紫色の、鎖が、ぱきん、と、音を、立てて、断ち切れた。

 彼は、立ち上がり、足元の、閻魔刀を、引き抜く。そして、振り返り、一度だけ、見た……

 時燼は、まっすぐに、火の光の、外の、闇へと、歩き出した。その、背中は、揺れる、炎の中で、ひどく、孤独に、見えた。

 火は、まだ、燃えている。屍は、まだ、冷めていない。

 そして、彼は、行った。

 オシダナは、地面に、へたり込み、時燼の、消えていく、方角を、見つめていた。

 体は、いまだ、自分の、意思とは、無関係に、震えている。涙が、顔の、埃と、混ざり、滑り落ちる。先ほどの、恐怖が、冷たい、水のように、四肢の、すみずみまで、浸透していく。

 遠く、魔族の、雄叫びが、まだ、かすかに、聞こえてくる。まるで、存在しない、勝利を、祝うかのように。

 オシダナは、シレヴァの、冷たい、遺体の、傍らに、身を、縮めた。歯が、自分の、意思とは、無関係に、かちかちと、鳴る。両手で、膝を、しっかりと、抱きしめる。

 先ほどの、時燼の、冷たい、眼差しと、閻魔刀の、寒光が、魔族の、鉤爪よりも、ずっと、彼女を、息苦しく、させる。

 彼女は、口を、開いたが、何の、声も、出ない。ただ、涙だけが、音もなく、血に、汚れた、地面へと、落ちていく。

 涙と、遠くの、喧騒が、ぶつかり合い、一片の、死寂の、痛みを、生み出していた。

 路地の、奥深く。万事屋は、混血城邦の、中で、ただ、一つの、静かな、聖地だった。

 木の、扉は、固く、閉ざされ、窓は、厚い、布で、隙間なく、覆われている。窓の、外に、映る、空を、赤く、染める、火の光が、幾筋かの、暗い、影を、漏らすだけだ。

 窓の、縁に、垂れる、古い、風鈴は、微動だに、しない。風さえ、結界に、遮られて、外に、留まっているかのようだ。

 ラヴェンナは、静かに、帳場の、奥に、座っていた。彼女は、顔を、上げ、布の、隙間から、漏れる、外の、光を、静かに、一瞥する。濁り、それでいて、沈んだ、その、瞳には、一片の、波も、ない。

 彼女は、ゆっくりと、手を、上げ、温かい、魔力を、一つ、凝らし、机の、縁へと、そっと、当てる。

 その、光は、生き物のように、梁を、伝い、広がり、部屋の、全体を、半透明の、光の、膜で、覆っていく。遠くの、かすかな、戦いの、音も、火の光の、灼熱も、すべて、障壁の、外へと、遮断された。

 続けて、指先で、帳場を、軽く、叩く。書棚の、隅から、数枚の、黄ばんだ、符が、飛び出し、簌簌と、音を、立てて、扉や、窓の、隙間を、埋め尽くしていく。

 彼女は、傍らの、古い、木の杖を、手に、取る。杖の、先の、淡い、青の、宝石が、かすかに、震える……

 すべてを、終えた、その、時。部屋の、隅の、光と、影の、中から、細い、人影が、歩み出てきた。

 レヴィテルは、赤い、髪を、肩に、垂らし、赤い、瞳に、窓の、外の、橘色の、微光を、漏らしている。まるで、一点の、踊る、火を、揉み込んだかのようだ。

 彼女は、そっと、目の前の、淡い、金色の、光の、膜に、触れた。冷たい、感触が、指先から、広がる。彼女は、振り返り、ラヴェンナを、見て、声を、柔らかく、尋ねた。

「店長、お姉ちゃん。外、どうしたの?」

 ラヴェンナは、目を、伏せ、顔を、奥の、間の方へと、軽く、向けた。

 布の、暖簾が、揺れ、ジョエルが、木の、盆を、手に、ゆっくりと、歩み出てくる。盆の、上には、蜜糕や、砂糖漬けの、果物など、小さな、菓子が、並んでいる。

 彼女は、その、盆を、レヴィテルの、前の、机へと、そっと、置き、その、声に、戒めを、込めて、言った。

「おとなしく、部屋で、食べてなさい。絶対に、外へ、出ちゃ、だめよ」

 レヴィテルの、赤い、瞳が、また、光の、漏れる、布の、隙間へと、向かう。彼女は、蜜糕を、一つ、摘まみ上げる。

 口へは、運ばず、ただ、小さな、声で、また、尋ねた。その、語尾は、かすかに、震えている。

「外は、もう、乱れて、いるんだよね?」

 ラヴェンナは、終始、黙っていた。ただ、掌に、また、淡い、金色の、微光を、滲ませ、その、光の、膜を、いっそう、明るく、映し出す。

 無理やりに、部屋の、外の、すべての、喧騒を、さらに、遠くへと、隔て、この、小さな、静かな、天地を、ただ、独り、守っている。

 ふと。

「こん、こん、こん」

 重い、ノックの、音が、木の、扉に、ぶつかる。その、鈍い、響きは、幾重もの、防御結界を、貫き、屋梁の、魔紋を、かすかに、震わせた。

 窓の、縁の、風鈴も、細い、銅の、音を、立てて、揺れる。

 その、ノックは、急ぐでもなく、ゆっくりと、しかし、一打、一打が、極めて、重い。まるで、太い、掌が、木の、扉を、押しているかのようだ。

 外の、風雪と、硝煙の、冷たさを、纏って、万事屋の、最後の、静寂を、打ち砕く。

 レヴィテルは、はっと、手の、中の、蜜糕を、強く、握りしめ、閉ざされた、木の、扉を、見上げる。冷たさが、瞬時に、全身を、駆け巡った。

 ジョエルも、身を、硬く、する。片手を、机の、縁の、魔紋へと、当て、その、目の、奥の、冷静さが、警戒に、取って代わられる。

 全身に、淡い、緑の、光が、広がり、音もなく、傍らの、レヴィテルを、守る。

 ラヴェンナの、眸光が、沈み、部屋を、包む、淡い、金色の、光の、膜が、いっそう、厚みを、増した。

 ノックは、まだ、続いている。一声、また、一声。静かな、路地に、ぶつかり、万事屋の、木の、扉に、ぶつかり、三人の、張り詰めた、心に、ぶつかる。

 ジョエルは、耳を、そばだて、扉の、外の、落ち着いた、ノックの、音を、聞く。その、声を、極力、潜め、抑えきれない、警戒を、込めて、ラヴェンナへと、尋ねた。

「この、ノックは、誰?」

 ラヴェンナは、しばらく、間を、置いて、ようやく、口を、開く。その、声は、落雪のように、軽く、それでいて、一語、一語が、はっきりと、していた。

「……あの、男だ」

 声が、落ちた、瞬間。扉の、外の、ノックの、音が、ぴたりと、止まった。

 冷たい、男の、声が、木の、扉と、淡い、金色の、光の、膜を、隔てて、中へと、透き通ってくる。言葉に、できない、力を、帯びて。

「開けろ」


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