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落日、山海へ帰る

 時燼は、静かに、漫天に、舞い落ちる、雪と、残花を、見つめていた。そして、黙って、手を、伸ばし、あの、千葉の、紋様の、刻まれた、木の、箱を、ラヴェンナの、目の前へと、差し出した。

「彼女が、お前に、預けて、ほしいと……」

 ラヴェンナは、震える、手を、伸ばし、木箱の、上の、なじみの、千葉の、紋様を、見つめ、長いこと、黙って、から、ようやく、蓋を、開けた。

 箱の、口から、折り、畳まれた、一枚の、紙が、のぞく。

 彼女は、そっと、それを、広げる。親友の、筆跡が、こう、書いている。

「混血城邦を、もう一度、建て直して。私たちが、もう、逃げなくて、いい、家に、してほしいの」

「それから……これからは、一人で、ちゃんと、生きてね……」

「あなたなら、きっと、できると、信じてる。約束して……いい?」

 最後まで、読み、ラヴェンナは、故郷の、花で、作られた、一枚の、栞が、貼られて、いるのに、気づく。

 彼女は、それを、外し、胸の、中へと、しまった。

 不意に、ラヴェンナの、肩が、激しく、震え始める。滾る、ような、涙が、一滴、また、一滴と、紙の、上へ、落ち、紙を、濡らし、木箱の、中へと、滴り、落ちていく。

 ラヴェンナは、両手で、濡れそぼった、紙を、持ち、顔を、上げ、落雪を、見上げる。その、声は、むせびに、満ちている。

「約束、なんて、するもんか……」

 彼女は、勢いよく、オシダナの、遺体を、抱きしめる。目の、縁を、真っ赤に、染め、その、声が、突然、高く、なる。絶望の、叫びを、帯びて。

「起きてよ!起きてよ、お願いだから!」

 風雪が、彼女の、声を、巻き、散らしていく。叫びの、最後は、しだいに、弱まり、やがて、細かな、むせび泣きと、なり、漫天の、飛雪の、中へと、消えていく。

 ただ、彼女が、彼女を、抱きしめ、体を、激しく、震わせ、涙が、雪水と、混ざり、流れ落ちる、だけだった。

 時燼は、ゆっくりと、ラヴェンナの、前へと、歩み寄り、そっと、彼女の、震える、肩を、叩いた。

「彼女は、先へ、進んでほしいと……」

 ラヴェンナは、勢いよく、手を、上げ、その、手を、払いのけ、振り返り、両手で、時燼の、胸を、力いっぱい、叩き始める。

 何度も、何度も、拳が、黒い、衣の、上に、ぶつかり、鈍い、音が、連なる。彼女は、目を、真っ赤に、染め、叫ぶ。

「お前が、殺したからだ!お前さえ、いなければ、こんな、ことには、ならなかった!」

 ラヴェンナの、拳が、一打、また、一打と、振り下ろされ、哭声と、罵声が、耳へと、突き刺さる。時燼は、静かに、その場に、立ち、彼女の、殴打を、ただ、受け止めている。

「なぜ!なぜ?なぜ……彼女を、殺さなければ、ならなかったの……」

 ラヴェンナは、力尽き、力なく、オシダナの、傍らへと、倒れ込む。

 その、脳裏に、数千年前の、光景が、不意に、炸裂する。同じ、漫天の、風雪。同じ、引き裂かれる、ような、哭き声。

 彼が、龍族の、少女を、手に、かけた、その、時。彼女の、先祖も、同じように、目を、真っ赤に、染め、拳を、彼の、体に、叩きつけた。

 同じ、言葉を、叫び、その、一語、一語が、時を、刻み、今の、音と、幾重にも、重なり、彼の、鼓膜を、痛めつける。

 心の、底の、凍てついた、一角に、かすかな、後知恵のような、思いが、滲む。

 時燼は、ゆっくりと、手を、伸ばし、掌を、上へ、向け、舞い落ちる、雪を、受ける。

 一片、二片……雪が、掌の、上で、ゆっくりと、積もり、すぐに、薄い、層を、成す。

 時燼は、はっと、我に返り、手を、振る。

 黙って、枯石大刀を、召喚し、青枝浮夢を、吸収する。

 時燼は、倒れた、ラヴェンナを、抱え、断壁の、傍らへと、寄りかからせる。

 ラヴェンナは、突然、目を、覚まし、すぐに、地面の、オシダナを、抱き上げる。

 しばらくして、ジョエルが、レヴィテルの、手を、引き、雪を、踏みしめ、早足で、歩いてくる。

 レヴィテルの、小さな、顔は、凍えて、真っ赤に、なっている。彼女は、ラヴェンナの、腕の、中に、誰かが、抱かれているのを、見つける。

 ジョエルが、近づき、地面の、残花と、ラヴェンナの、真っ赤な、目を、見る。彼女は、手を、伸ばし、ラヴェンナの、体の、上の、雪を、払った。

 その、声に、わずかな、むせびが、混じる。

「師匠、オシダナは……もう……私たち、行かないと」

 レヴィテルも、ラヴェンナの、衣の、裾を、引っ張り、小さな、声で、言う。

「店長、彼女も、一緒に、連れて、行こう?」

 その、言葉を、聞き、ラヴェンナの、腕は、いっそう、強く、なり、顔を、オシダナの、冷たい、胸へと、埋める。

 涙が、相手の、衣を、濡らし、その、声は、曖昧に、こもり、頑なに、なる。

「私は、行かない……彼女は、まだ、目を、覚まして、いない……もう、少し、傍に、いる……」

 風雪は、まだ、降り続け、四人の、影は、雪の、光に、長く、伸びる。誰も、もう、口を、開かない。

 ただ、雪が、外套や、髪の、上に、落ち、細かな、音を、立てる。それは、まるで、彼らの、代わりに、言葉に、できない、思いを、訴えて、いるかのようだ。

 時燼は、目の前の、雪が、また、いくらか、厚く、なったのを、見て、その、白い、塊を、見つめ、指が、無意識に、縮こまる。

 ジョエルの、視線は、オシダナの、胸元の、とっくに、固まった、血の跡へと、落ちる。彼女は、また、震える、声で、口を、開く。

「師匠、本当に、行かないと。これ以上、いたら、魔族の、先遣部隊が、追って、くる」

 ラヴェンナの、体が、激しく、震え、ゆっくりと、顔を、上げる。涙に、ぼやけた、目で、ジョエルを、見て、その、声は、かすれ、それでいて、確かだ。

「分かって、いる……オシダナの、遺志を、果たさなければ」

 彼女は、そう、言うと、手を、上げ、一振りする。白い、魔力が、周囲に、散った、枯れ花を、集め、オシダナの、体の、上へと、飛ばす。

 幾重にも、重なり、花の、毛布と、なり、冷たい、体を、そっと、包み込む。

 すべてを、終え、ラヴェンナは、深く、息を、吸い、震えながら、立ち上がる。最後に、一度、腕の、中の、人を、見て、唇を、噛み、振り返る。

 時燼は、ラヴェンナの、強張った、背中を、見つめ、ゆっくりと、口を、開く。その、声は、風雪の、中で、どこか、冷たく、響く。

「魔族の、大軍は、オシダナが、すべて、片づけた」

 ラヴェンナの、背中が、止まる。彼女は、ゆっくりと、顔を、上げ、漫天の、飛雪の、空を、見上げる。

 ふと、雲が、裂け、落日の、最後の、残光が、苦しげに、差し込んでくる。

 雪の、地面の、花の、毛布の、上に、惨澹たる、金色を、塗り、まるで、壊れやすい、夢のように、美しい。

 彼女は、足を、踏み出す。背後の、花の、毛布の、上の、枯れ花が、風雪に、巻かれ、そっと、震える。

 小さな、顔には、まだ、涙の、痕が、残っている。それでも、懸命に、背筋を、伸ばし、ついていく。

 時燼は、先頭に、立ち、歩き出す。閻魔刀の、鞘が、風雪の、中で、ときおり、冷たい、光を、放つ。

 風雪の、中、ラヴェンナの、押し殺した、むせび声が、聞こえてくる。彼女は、手を、上げ、顔を、拭うが、顔の、冷たさは、拭いきれない。

 ジョエルが、手を、伸ばし、彼女の、腕を、支え、二人は、互いに、支え合い、前へと、歩いていく。足跡は、すぐに、新しい、落雪に、覆われる。

 レヴィテルは、振り返り、あの、残光に、染まった、雪の、地を、一目、見て、小さな、声で、尋ねる。

「オシダナは、寒く、ないの?」

 誰も、答えない。ただ、風の、音が、雪を、巻き、一路、黙って、城外へと、向かっていく。

 城門は、とっくに、魔族の、攻城槌に、打ち砕かれ、変形し、焦げた、木の、梁が、城壁に、ぶら下がっている。

 積雪が、裂け目から、滲み入り、断口に、氷の、粒を、結んでいる。

 地面には、折れた、兵器と、黒ずんだ、血痕が、散らばり、雪に、半分、埋もれ、風が、吹くたびに、むごい、痕を、現す。

 城門の、下の、吊り橋も、半分、断たれ、宙に、ぶら下がり、揺れている。鉄の、鎖が、石壁に、ぶつかり。

「がちゃん」という、鈍い、音を、立て、空ろな、城に、長く、響く。

 時燼は、城門の、影に、立っていた。背後には、残破した、城壁の、投げる、巨大な、黒い、影が、沈黙の、巨獣の、ように、ある。

 彼は、断たれた、吊り橋が、風雪の、中で、揺れ、一声、また、一声と、鈍い、音を、立て、輪を、描き、また、風雪に、呑み込まれるのを、見ていた。

「本来なら、明日、発つ、つもりだったが……どうやら、今日、発った方が、よさそうだ」

 時燼は、一呼吸、置き、レヴィテルの、方へと、手を、振る。

「来い」

 レヴィテルは、一瞬、ためらい、ジョエルの、手を、離す。

 小さな、靴が、雪の、上を、一歩、一歩と、時燼の、方へと、歩いていく。

 時燼は、しゃがみ、そっと、彼女の、髪に、ついた、雪の、沫を、払う。

「これから、ずっと、遠い、場所へ、行くよ」

 彼は、また、レヴィテルの、肩を、叩き、ジョエルと、ラヴェンナの、方へと、顎を、しゃくる。

 レヴィテルは、振り返り、ラヴェンナを、見て、鼻を、すすり、力を込めて、言う。

「店長、ちゃんと、生きて」

 それから、ジョエルの、方へと、向き直り、凍えて、赤く、なった、小さな、手を、風雪の、中で、振る。

「バイバイ、ジョエル、お姉ちゃん」

 ジョエルも、手を、上げ、笑おうと、するが、苦笑いしか、浮かばない。全身が、寒風の、中で、制御、できずに、震えている。

 ラヴェンナは、依然、黙った、まま、唇を、何度か、動かし、ようやく、笑みを、引きつる。その、笑みは、雪の、地の、氷の、粒より、冷たく、城壁の、裂け目より、醜い。

 時燼は、立ち上がり、レヴィテルの、手を、取る。二人の、姿は、風雪の、中で、ゆっくりと、長く、なり、また、落雪に、少しずつ、縮められる。

 彼らは、城外の、道に、沿って、前へと、歩いていく。足音は、しだいに、風の、音に、掻き消され、最後には、二つの、黒い、点と、なり、灰色の、道の、果てへと、消えていった。

 ジョエルは、その、二つの、黒い、点が、灰色の、天際に、すっかり、溶け込むのを、見て、ようやく、凍えて、こわばった、首を、ゆっくりと、戻す。

 隣の、ラヴェンナへと、向き直り、その、声は、風に、吹かれ、震えている。

「これから、どう、するの?」

 ラヴェンナの、視線は、まだ、道の、果てに、釘付け、だ。唇が、動く。

「彼女の、遺志を、果たす。この、混血城邦を、もう一度、建て直す」

 風雪が、氷の、粒を、巻き、顔に、当たり、痛い。ラヴェンナの、眼差しは、最初の、空洞から、少しずつ、城壁の、煉瓦より、硬い、決意を、凝り固めていく。

 ジョエルは、彼女の、傍らに、立ち、頷いた。

「うん」

「じゃあ、一緒に、やろう、店長!」

 ラヴェンナは、振り返り、真っ赤な、目の、縁に、再び、涙を、溜める。だが、今度は、死に物狂いで、こらえ、こぼさない。

 ただ、ジョエルに、力強く、頷いた。

 二人は、肩を、並べ、残破した、城門の、前に、立つ。背後には、断壁、残骸の、空城。眼前には、果てしない、風雪。

 風が、雪を、巻き、彼女たちの、足元で、渦を、巻く。

「うう」と、鳴る。

 まるで、この、長い、別れの、終わりを、告げる、かのように。そして、これから、始まる、再建の、ために、低く、歌う、かのように。

 雪は、どれほど、降ったか、ようやく、少し、弱まった。

 風も、止み、世界は、静まり、雪の、落ちる、音が、聞こえる。

 一片、一片の、雪が、まるで、言い出せなかった、言葉のように、静かに、それらの、遺憾の、上に、降り積もる。だが、心の、底の、空ろさは、覆いきれない。

 不意に、いくつかの、流星が、淡い、銀色の、尾を、引き、夜空を、走る。まるで、掴みきれない、想いの、ように、速く、瞬く間に、雲の、後ろへと、消えていく。

 レヴィテルは、顔を、上げ、流星の、消えた、方角を、見つめ、小さな、手で、時燼の、衣の、裾を、固く、握り、小さな、声で、尋ねる。

「時燼、次は、どこへ、行くの?」

 時燼は、流星の、落ちた、方角を、指さす。

「次の、目的地は、あの、方向だ」

 レヴィテルは、目を、ぱちぱちと、瞬かせ、さらに、尋ねる。

「あの、場所には、何が、あるの?」

 時燼は、前方を、見つめ、語気を、込めて、言う。

「高い、建物が、ある。うまい、ものも、ある。それから、今までと、違う、景色も。お前、きっと、気に、入るよ」

 レヴィテルの、目が、ぱっと、輝き、思わず、そっと、跳ね、小さな、歓声を、上げる。

「本当?やった!」

 時燼は、また、低い、声で、独り言を、つぶやく。

「だが、その前に、まず、お前に、合法の、身分を、作らないと。そうしないと、あの、場所には、入れない」

 そう、言って、彼は、それ以上は、何も、言わなかった。

 レヴィテルは、顔を、上げ、彼を、見るが、その、表情は、何も、読み取れない。

 だが、彼女には、思えた。彼は、前の、道を、見て、いるのでは、ない。

 前の、道を、透かし、別の、何かを、見て、いる、ように


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


これにて、第二部「混血城邦編」は、完結となります。


浮桜島での別れから始まり、雪の城で出会った小さな龍の少女、そして、春へ向かう詩——。ここまで、ずっと、時燼の隣を、歩いてきてくれたあなたに、心から、感謝します。


正直に言えば、まだまだ、私の筆は、至らないところばかりです。それでも、この物語を、ここまで、書き続けてこられたのは、読んでくださる、あなたが、いたからです。


もし、この第二部を、少しでも、楽しんでいただけたのなら。


そして、もし、よかったら——


ブックマーク、あるいは、感想を、ひとことだけでも、いただけないでしょうか。


「面白かった」「切なかった」「ここが好きだった」「ここが、よく分からなかった」——どんな言葉でも、構いません。あなたの、そのひとことが、私が、次の話を書くための、いちばんの力になります。


あなたが、どう、この物語を、読んでくれているのか。時燼を、どう、思っているのか。莱维特尔を、どう、見ているのか。それが、知りたいのです。


今後の更新についてですが——


これからは、基本的に、金曜日か、土曜日に、週一での更新を、予定しています。時々、調子がいいときは、二話、まとめて、お届けできるかもしれません。無理のない範囲で、しかし、ちゃんと、続けていきます。


これから始まる第三部も、どうか、温かく、見守っていただけると、嬉しいです。


時燼と、莱维特尔の旅は、まだ、続きます。


その先に、何が、待っているのか——私自身も、まだ、全部は、知りません。でも、あなたと、一緒に、その先を、見ていけたら、それ以上に、幸せなことは、ありません。


これからも、どうぞ、よろしくお願いします。


本当に、ありがとう、ございました。

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