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18/24

また会う日まで

 ラヴェンナの顔から、さっと血の気が引いていく。翠の瞳には、長い歳月だけが沈めた、冷たい色だけが、残っていた。

「そう。お前は、彼女を殺すために、あの、龍の子の、命まで、見捨てるというのか」

「あの子の命は、俺が、自分で守る。だが、神器持ちは、殺さなければならない」

 ラヴェンナは、突然、笑った。その笑い声には、嘲りがあり、その奥に、どうにもできぬ、やるせなさが、にじんでいた。

「私は、七百年、生きてきた。魔族の刃ごとき、この身には、届かん。だが、あの子は、ようやく、半人前の、龍の子だ。明日、軍勢が、押し寄せれば、闇討ちの一つや、二つ、防ぎようもない。私が、あの子を、守ってやろうと、こうして、気を張って、いられる。お前ごときが、一人で、何ができる」

「いま、この場で、断れば、あの子が、魔族に、殺された後で、後悔しても、もう、遅いぞ」

 閻魔刀の唸りが、どんどん、大きくなっていく。昏い灯りの中で、刀身が、時燼の、赤い光を帯びた目を、映し出していた。

「そこまで言うなら、もう、あんたに、頼むことは、ない」

 ラヴェンナは、一瞬、言葉に詰まった。彼が、そう来るとは、思っていなかった。

 時燼は、くるりと背を向け、もう、振り返らなかった。このまま、誰も、戻れない、血戦の中へ、踏み込んでいくように。

 ラヴェンナの声が、背中に、飛んできた。

「いい度胸だ。ならば、自分で、なんとかしてみるがいい!」

「明日、魔族が、城を破った時、私が、あの龍の子を、助けてやるとは、思うな。私の、古い友に、指一本、触れさせるな。もし、お前が、彼女を、傷つけようものなら、私が、お前と、その小娘、まとめて——」

「しゃりん」

 閻魔刀が、鞘を、走った。刀身から、黒い気が、どくどくと、溢れ出し、時燼の、両の目に、殺意が、にじみ、膨れ上がる。

 時燼の全身から、威圧が、爆発した。部屋の隅にいた、ジョエルが、床に、へたり込み、息をすることさえ、忘れている。

 ラヴェンナの顔色が、一変した。魔力が、全身から、無我夢中で、湧き上がる。

 障壁を、張ろうとした。だが、それは、紙のように、時燼の威圧に、ひしゃりと、砕かれた。

 彼女は、目の前に、止まった、閻魔刀の切っ先を、ただ、見開いた目で、見つめるしかなかった。

 冷たい刃先が、喉を、かすめようとしている。死の気配が、鼻の奥まで、なだれ込んでくる。

「今日、お前を、殺さないのは、お前が、俺の、刃の下で、死ぬ、理由を、持たないからだ」

「殺す、理由なら、ある。俺の刀で、死んだ者は、もう、数えきれない。一人、増えようが、減ろうが、同じことだ」

 時燼は、威圧を、収め、閻魔刀を、鞘へと、戻した。深く、息を、ひとつ、つく。

「だが、今日、あんたが、あの子を、護ると、言うのなら、俺は、あんたに、借りを、作る。神器持ちは、必ず、殺す。しかし、その借りは、覚えておく」

「あの子を、護るか、護らないか。五分だけ、待ってやる」

 ラヴェンナは、座ったままの時燼を、じっと見た。それから、隅にいる、ジョエルへ、目だけで、合図を、送った。

 ジョエルは、ようやく、我に返り、慌てて、奥へと、走っていく。やがて、湯気を立てる珈琲を、盆に乗せて、恐る恐る、時燼の前に、置いた。

 時燼は、珈琲を、見ようとも、しなかった。

「あと、四分だ」

 五分間の、刻限が、二人の、頭上に、吊り下げられた、断頭の刃のように、時を、刻んでいく。空気が、一秒ごとに、きしり、張り詰めていく。

 最後の一秒。ラヴェンナが、ようやく、口を、開いた。

「……あの子は、私が、護る」

 ラヴェンナは、時燼の、静かな横顔を、見つめながら、ふと、思った。

 この男は、魔族よりも、まだ、よほど、底が、知れない、と。

 『あいつは、神器持ちを、殺すことに、焦っているはずだ。なのに、この五分を、黙って待ち、約束を、取りつけた後も、まだ、そこに、座っている』

 珈琲は、とっくに、冷めきっていた。時燼は、ようやく、立ち上がり、戸口へと、歩いた。

 扉に、手をかけた、その時、足を、止め、背中ごしに、一言、置いていく。

「明日、あの子を、連れてくる」

 声が落ちると、木の扉が、ぎい、と、押し開かれた。先ほどの、あの、張り詰めた空気が、すべて、幻だったかのように、夜の、冷たい空気が、流れ込んでくる。

 あとに残ったのは、卓の上の、冷めきった珈琲だけだった。彼が、さっきまで、ここに、座っていた、その痕跡のように。

 ラヴェンナは、その、冷めた珈琲を、じっと、見つめていた。

 あの「借り」は、一体、身を、守る、護符なのか。それとも、命を、削る、呪符なのか。

 彼女は、すぐに、ジョエルへ、二階の部屋の、結界を、強化するよう、目配せを、した。

 自分は、裏手へと、回り、仕舞い込んであった、年代物の、精霊の古樹皮を、引っ張り出す。それを、粉々に、砕き、灯油に、混ぜ込んだ。

 この油で、燃やした灯りを、魔族は、決して、近づけない。

 彼女は、店先へと、戻り、時燼が、さっきまで、座っていた、その場所に、腰を、下ろした。指先に、冷めた珈琲を、ほんの少し、浸し、机の上に、そっと、混血城邦の地図を、描いていく。

 ……鐘楼。この、いくつかの場所が、オシダナの、隠れていそうな、地点だ。

 描き終えると、彼女は、布で、跡を、すべて、拭き消した。残ったのは、ほんの、かすかな、珈琲の染みだけ。

 その目は、静かに、ゆらいでいた。明日、時燼が、来る。彼に、これらの場所を、「偶然」、知らせなければならない。

 ラヴェンナは、油灯の、揺れる火を、じっと、見つめた。長い年月を、生きてきて、危険の、すぐ隣で、生きる道を、探すことには、慣れている。

 今回の、時燼との、取引も、また、一つの、計算し尽くされた、生存の駆け引きに、過ぎなかった。

 ジョエルが、磨き終えた杯を、盆に載せて、奥から、出てきた。火を、ぼんやりと、見つめる、ラヴェンナの様子に、思わず、杯を、帳場へと、乱暴に、置いた。

「師匠、いったい、どういう、つもりですか。よそ者のために、古い友を、見捨てるなんて」

 ラヴェンナは、目を、かるく、こすり、長く、ため息を、ついた。

「見捨てる?何を、持って、守れと?いま、飛び出して、友に、知らせでも、したら、明日、魔族が、城へ、押し寄せる頃、この店ごと、お前も、時燼の、閻魔刀の、露と消えるぞ」

 彼女は、少し、間を、置いて、続けた。

「古い友のことは、魔族が、退いてから、私が、どうにか、話を、つける。まず、命を、残すことだ。それからでなければ、先の話など、できん」

 ジョエルは、何も、言い返せなかった。無言で、結界を、確かめに、向かう。七百年を、生きる者の、計算など、彼女には、分からない。だが、ラヴェンナの、言うことが、いつも、間違っていないことだけは、分かっていた。

 それでも、心臓が、やけに、速く、打っている。「明日、死ぬ」という、四文字が、針のように、胸を、刺す。

 彼女は、こっそりと、ラヴェンナの方を、うかがった。足が、一歩、戸口へと、向きかけた、その時、「閻魔刀の、露と消える」という、言葉が、頭を、よぎり、足の、ふくらはぎが、すくんだ。

「……やめとこ。師匠の、言うことは、いつも、正しい。知らない人のために、命を、懸けること、ないんだから」

 宿へ、戻った時燼は、明かりも、つけずに、暗がりの中に、いた。壁の、向こうから、レヴィテルが、寝返りを、打つ音が、まるで、耳の、すぐ傍で、聞こえるように、はっきりと、響いている。

 彼は、手を上げ、眉間を、かるく、押さえた。千年以上、生きてきて、久しぶりに、「独りでいる」ことを、耐えなければならない、と感じていた。

 夜が、ようやく、白み始めた頃、彼は、彼女の、部屋の扉を、叩いた。

「起きろ」

 レヴィテルは、目を、こすりながら、出てきた。髪は、まだ、乱れている。小さな手が、無意識に、彼の袖を、つかみ、小さな声で、聞いた。

「どこへ、行くの……?」

「ここ数日は、物騒だ。服を、見立ててくれた、あの、ジョエルの、姉ちゃんの店に、二、三日、預ける。俺は、用事を、片づけなければならん」

 レヴィテルは、長い間、黙っていた。それから、小さく、「うん」と、頷いた。

 万事屋に着くと、ラヴェンナが、入り口に、立っていた。

 時燼は、レヴィテルの背を、かるく、押した。

「レヴィテル。この子を、頼む。……大事に、してやってくれ」

 言い終えると、彼は、くるりと、背を向け、歩き出した。一瞬の、ためらいも、なかった。

 ラヴェンナは、街角に、消えていく、時燼の背中を、見えなくなるまで、じっと、見送っていた。それから、ようやく、レヴィテルへと、向き直り、温かさの、ない笑みを、かろうじて、浮かべ、体を、横に、ずらして、中へと、招き入れた。

「……結局、あいつは、何も、言わなかったな」

 ラヴェンナは、ゆっくりと、窓辺へと、歩き、時燼の消えた、その方角を、じっと、見つめた。低い声で、呟く。

「……惜しいね。氷山の、ほんの一角が、溶けたかと、思ったが、下に隠れているのは、やはり、刃の山と、火の海か」

 彼女は、言葉を、切り、レヴィテルの、赤く、潤んだ瞳を、見て、少し、口調を、変えた。

「まあ、案ずるな。あいつが、お前を、私のところへ、置いていくからには、必ず、切り札も、用意してある。この三日間、この店は、安全だと思っていい」

 ジョエルが、奥から、湯気の立つ、温かい茶を、レヴィテルに、差し出した。

 レヴィテルは、その、茶碗を、両手で、握りしめた。その手は、かすかに、震えている。

「ジョエル、お姉ちゃん……時燼は……迎えに、来てくれる、よね……?」

 ラヴェンナは、その、質問を、聞き、わずかに、目を、細めた。

「ああ、そうだな。この前も、お前と、同じような、小娘が、一人、いたよ。あの子は、二度と、帰ってこなかったがな」

 ぽたり。

 レヴィテルの、涙が、茶碗の、縁に、落ちた。

 彼女は、唇を、噛みしめ、声を、必死に、殺している。それでも、肩が、ひくひくと、震える。

 ラヴェンナは、ふん、と、小さく、笑った。

「泣くことは、ない。冗談だ」

「あの小娘は、自分から、逃げたのさ。あいつが、冷たすぎる、と言ってな。お前は、違うだろう。そうやって、馬鹿みたいに、待っている」

 そう言うと、彼女は、声を、姉のような、やわらかさへと、切り替えた。

「さあ、いじめたりは、しないよ。二階に、部屋を、用意してある。少し、休め」

 そう言いながら、レヴィテルの手を、引き、階段へと、歩き出した。

 ラヴェンナは、彼女を、見ながら、どうにも、胸の奥が、ざわついていた。この、赤い髪。赤い瞳。昔、先祖の、日記で、読んだ、三千年前の、「龍族の少女」と、あまりにも、重なって見える。

 赤い髪が、風に、吹かれれば、腰まで、なびく。笑うと、目尻に、うっすらと、ほくろが、浮かぶ。レヴィテルの、目の下にある、その、ほくろと、寸分も、変わらない。

 ラヴェンナは、階段の、途中で、ぴたりと、足を、止めた。レヴィテルが、彼女の、背に、こつんと、ぶつかり、小さな声で、「どうしたの……?」と、聞く。

 彼女は、振り返らず、袖袋から、黄ばんだ、一冊の日記を、取り出し、レヴィテルに、押しつけた。

「上に、炭火が、ある。足を、温めてから、少し、読んでみるといい。この、日記を……お前も、見ておくべきだ」

 レヴィテルは、日記を、胸に、抱え、二階へと、上がった。二階の空気は、一階より、ずっと、冷たい。炭火の、火の粉も、今にも、消えそうに、明滅している。

 彼女は、古い敷物を、敷いた、木の腰掛けに、座り、炭火へと、身を、寄せた。そして、日記を、開いた、その瞬間、体中を、凍りつかせたように、動けなくなった。

 最初の頁は、まだ、字が、はっきりと、読める。

 『冬、桃林にて、龍族の少女と、出会う。はだしの、足で、雪の積もった、木の枝に、立っていた。目尻の、ほくろが、美しい。笑うと、八重歯が、のぞく。名を、アリという。火山から、来たと……』

 『彼女は、龍の城を、いつも、抜け出して、青い石畳を、裸足で、走るのが、好きだった。私が「足が、冷える」と、言えば、しゃがみ込み、蟻の、行列を、いつまでも、眺めている。尻尾の先が、後ろで、ゆらゆらと、揺れる。「あいつらは、賑やかだ。私たちと、違って、毎日、戦わなくても、いい」』

 炭火が、ぱちん、と、爆ぜた。その、火の粉に、指が、びくりと、震えた。その頁の、字は、まるで、紙に、刻みつけられたようで、墨の色に、血が、混ざっている。

 『甲午の年、秋。私は、彼女が、目の前で、死ぬのを、見た』

 『赤い髪が、血に、浸され、白い、頬に、張り付いていた。最後に、彼を見る、その目は、恨みでは、なかった。……痛みだ』

 『彼が、刀を、引き抜いた時、飛び散った、血の雫が、私の、手の甲に、落ちた。その、熱さは、五百年を、経ても、消えない』

 次の頁は、紙が、くしゃくしゃに、丸まっていて、文字は、かろうじて、読み取れるだけだった。

 『私は、五百年、彼に、ついていった。東の海から、西の砂漠まで。アリを「災い」と、言う者を、彼は、皆、斬った』

 『彼は、桃林に、アリが、好んでいた、火晶果を、いっぱいに、植えた。だが、その、果実は、血のように、赤いだけで、二度と、甘くは、ならなかった……アリが、死んで、私は、もう、歩けなくなった……』

 最後の頁には、たった一行。その字は、ゆがんで、震えていた。

 『故郷の、桃の花が、咲く頃。私は、帰って、見に行きたい。彼には、黙っていこう。きっと、私の、首に、刀を、突きつけて、「誰が、行かせる」と、言うに、決まっているから』

 ラヴェンナが、扉を、開けた時、レヴィテルは、日記に、顔を、埋めていた。彼女は、歩み寄り、炭火の、傍に、しゃがみ込んだ。

「これは、三千年前の、精霊の、先祖が、残した日記で、代々、私の手に、伝わってきたものだ」

「昨夜、時燼が、私に、刀を、突きつけた、その時、分かった。お前は、きっと、あの日記の、龍族の少女と、よく、似ているんだろう」

「日記を、お前に、見せたのは、お前を、怖がらせるためじゃない。あの男は、今、お前の、手を、離さない。だが、その手は、三千年の間、別の、誰かを、同じように、握りしめて、粉々に、砕いたこともある。それを、知っていてほしかっただけだ」

 レヴィテルは、ゆっくりと、顔を、上げた。睫毛の上に、まだ、涙が、残っている。

「日記の、アリは、あの人に、刀で、守られる、宝物だった。でも、私は、血の、薄い、しがない龍。もともと、長くは、生きられない」

 彼女は、日記を、膝の上に、置いた。

「道端の、石ころみたいに、転がって、腐っていくくらいなら……アリみたいに、あの人の、刃の下で、死ぬ方が、まだ……その時、あの人の、目に、光が、見えるなら……」

 炭火が、「ぱちり」と、また、爆ぜた。火の粉が、彼女の、手の甲に、飛んだ。彼女は、逃げなかった。ただ、ゆらめく、火を、見つめて、ほんの、少しだけ、笑った。

「あの人は、あの時、アリを、殺した。アリが、天変地異を、起こせる、神器を、持っていたから。でも、今は、あの人は、神器持ちを、追い続けて、刀の血が、乾いたことが、ない」

「お前が、あの男に、ついていけば、いずれ、神器の、余波に、巻き込まれて、死ぬか。あるいは、誰かが、あいつを、脅すための、人質に、使うか。どちらにしても、死ぬ道だ。それでも、お前は、ついていくのか?」

 レヴィテルは、自分の、掌を、じっと、見つめた。そこには、時燼が、握ってくれた、あの、温もりが、まだ、残っている気がした。しばらくして、彼女は、ぽつりと、言った。

「たとえ、あの人の、刃の下で、死ななかったとしても、ついていけば、毎日、朝日が、昇るのを、怯えずに、飢えずに、見られます。一人で、ここに、残っていたら、そんな日すら、ない」

 彼女は、日記を、ぎゅっと、抱きしめた。

「私は、ついていきたい。たとえ、最後に、道の、途中で、死ぬことになっても。炭火の、傍で、自分の体が、冷えていくのを、待つより、ずっと、いい」

「……この炭火を、見ろ」ラヴェンナは、ぽつりと、言った。「見た目は、温かい。だが、近づきすぎれば、骨まで、焼き尽くす。アリは、昔、あの中へ、飛び込んで、灰さえ、残らなかった」

「お前は、神器持ちでは、ない。この、炭火の、傍で、魔の気が、過ぎ去るのを、待っていれば、よかった。それなのに、お前は、あの男に、ついていき、あいつの、刀から、滴る血を、踏みしめて、歩こうと言う」

 ラヴェンナは、小さく、ため息を、ついた。

「……仕方あるまい。七百年の、風は、千年の、執念を、吹き飛ばすことは、できない」

「ただ、もし、本当に、その日が、来て、あいつの、刀が、お前へ、向けられた時は、アリのように、笑って、見つめたりは、するな。閻魔刀の、ない方角へ、死に物狂いで、走れ」

 レヴィテルは、不意に、ラヴェンナの、袖を、かるく、引いた。

「南の、桃林って、日記の、アリが、しゃがんでいた、あの、桃林と、同じ?」

「違う。アリの、桃林は、とうに、血で、枯れ果てた。だが、私の、先祖が、新しい、桃の木を、また、植えた。私も、いつか、帰って、見てみたいものだ」

 レヴィテルは、炭火を、じっと、見つめた。それから、小さな声で、言った。

「じゃあ……私、もし……もし、生きて、あの人の、傍から、離れることが、できたら、南へ、行って、見てみる」

 ラヴェンナは、何も、言わなかった。ただ、炉に、炭を、ひとつ、足した。

 彼女は、レヴィテルの、心の内を、見抜いていた。

「南の、桃林が、どんなに、桃色でも、あいつの、刃に、ついた、血の光より、温かくは、なれない。そういうことだろう?」

 レヴィテルは、頷きもしなかった。炭火の光が、彼女の、目尻の、ほくろを、照らしている。それは、まるで、こぼれ落ちなかった、一粒の、涙のようだった。

「でも、その温もりは、人を、焼くのよ」ラヴェンナは、そっと、言った。「お前は、今、温かいと、思っている。けれど、火の舌が、骨まで、舐めた時、もう、遅いのだ」

 階段の下で、木の、きしむ、小さな音が、した。ジョエルが、竹の籠を、手に、上がってきた。籠の中の、桂花餅からは、湯気が、立ち昇っている。

 レヴィテルが、腰掛けに、縮こまり、ラヴェンナが、黙って、炭を、足している。空気は、氷のように、張り詰めていた。

 ジョエルは、籠を、卓へと、置き、わざと、声を、弾ませた。

「蒸したてだよ。熱いうちに、食べな。冷めたら、固くなるからね」

 ジョエルは、自分から、一つ、手に取り、ぱくりと、かじった。ラヴェンナも、つられて、桂花餅を、一つ、手に取る。

 それを、レヴィテルの、口元へと、そっと、押し入れ、小さな声で、言った。

「この餅は、甘い。お前、もっと、食べなさい」

 レヴィテルは、桂花餅を、口に、含みながら、窓の外を、見つめていた。雪が、一枚、また一枚と、降り重なり、軒も、石段も、白く、おおっていく。世界は、雪の音だけを、残して、静まり返っていた。

「……あんたたちは、きっと、忘れられない、物語を、作るんだろうね。それが、甘いものか、苦いものかは、分からないけれど


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


正直な話をすると、私は自分の物語が、まだ、もっと良くなれると思っています。だから今、編集の方に意見をもらいながら、物語を、もう一度、磨き直しているところです。


そのため、ここからの更新は、少しゆっくりになります。そして、いずれ、編集の方に認めてもらえた形で、もう一度、この物語を、最初から、投稿し直す予定です。


もし、今のこの形でも、少しでも、心に残るものがあったなら、その気持ちを、ひとことでもいいので、聞かせてほしいです。面白かった、悲しかった、ここが良かった、ここが分かりにくかった。どんなことでも構いません。


あなたの言葉が、次の物語を、もっと良いものにするための、力になります。


どうか、よろしくお願いします。

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