画面の中
三十五日目。
米軍の疲弊が、画面越しにわかるようになっていた。
最初の頃は違った。上陸してくる兵士たちは規律正しかった。隊列が整っていた。物資の管理が徹底されていた。
しかし三十日を超えた頃から、少しずつ変わってきた。
夜間の見張りが減った。
補給物資の配置が雑になった。
動線が乱れた。
霧島はそれをサターンの画面で見ていた。毎日、少しずつ。
「疲れているんですね、向こうも」と松下が言った。
「こんな島で三十日以上戦えば誰でも疲れる」
「トイプレーンが夜も飛んでくるから、眠れないんじゃないですか」
田村が笑った。「まさか玩具が怖くて眠れないなんて、上官には言えませんよね」
霧島は画面を見たまま、少し笑った。
笑いながら、画面の中の疲弊した兵士たちを見ていた。
向こうも人間だった。
疲れる人間だった。
* * *
その日の午後の偵察で、松下が異変に気づいた。
「霧島伍長。ここを見てください」
松下が操縦器の画面を指した。海岸近くの平地。
木箱が積まれていた。大量に。整然とではなく、雑に。
「弾薬か」
「形状からすると、砲弾と小火器弾薬が混在しています。それと——」
松下は画面を拡大した。
「燃料缶です。あの赤い缶。かなりの量があります」
霧島は画面を見た。海岸の集積所。遮蔽物が少ない。屋根もない。警備は——
「警備が薄い」と田村が言った。「見張りが二人しかいません。いつもより」
霧島は画面を見た。
確かに薄かった。疲弊の証拠だった。三十五日間の消耗が、警備の密度にまで出ていた。
「西中佐に報告する」
* * *
西中佐は画面の映像を見て、すぐに判断した。
「叩く。今夜」
「砲撃の着弾観測でいきます。サターンの消耗を抑えたい」
「それでいい。ただし——」
西中佐は霧島を見た。
「警備の兵がいる。砲撃の前に、できるだけ位置を把握しろ。無駄な犠牲を出すな、向こうの」
霧島は少し驚いた。
敵の犠牲を減らせ、と西中佐は言った。
「……はい」
「あいつらも、ただの兵隊だ。弾薬の山の隣で眠れない夜を過ごしている。俺たちと同じだ」
西中佐は地図に戻った。
「できる限り、でいい。ただし集積所は確実に叩け」
* * *
日が落ちてから、霧島は暗視ポッドをつけた偵察機を上げた。
画面が緑がかった色になった。熱源が白く映る。
集積所が映った。
木箱の山。燃料缶の列。そして——
白い点が二つ。
見張りだった。
霧島はサターンをゆっくり旋回させた。見張りの動きを確認した。
一人は集積所の北側に座っていた。動かなかった。
もう一人は南側をゆっくり歩いていた。
霧島はその動きをしばらく見た。
歩いている方の見張りは、時々立ち止まった。空を見上げるような動作をした。
トイプレーンを警戒しているのかもしれなかった。
暗闇の中で、音だけを頼りに。
霧島はサターンの高度を上げた。音が届かないように。
「田村。見張りの位置を砲兵に伝えろ。着弾目標は集積所の中心。見張りから最も離れた地点から始める」
「わかりました」
霧島は画面を見続けた。
白い点が二つ、画面の中にあった。
人間だった。
疲れた人間が、夜の海岸で見張りをしていた。
* * *
砲声が夜の空気を割った。
霧島は画面から目を離さなかった。
集積所の右端に土煙が上がった。木箱が吹き飛んだ。
「短い。もう少し中心寄り」
田村が無線に向かった。
霧島は白い点を確認した。
北側の見張りが立ち上がった。動いていた。集積所から離れる方向に。
南側の見張りは——どこだ。
霧島はカメラを動かした。
いた。南側の見張りは集積所の陰に入っていた。伏せているのか、隠れているのか。白い点は小さくなっていた。
「二発目」と霧島は言った。「中心。撃て」
砲声。
今度は集積所の中心に近かった。木箱が連鎖的に爆発し始めた。
画面が一瞬、明るくなった。
霧島は白い点を探した。
北側の見張りは——遠ざかっていた。逃げていた。走っていた。白い点が速く動いていた。
南側は——
霧島はカメラを集積所の南側に向けた。
爆発の熱で、画面が白く飽和していた。
その中に。
白い点があった。
動いていなかった。
* * *
霧島はカメラを動かさなかった。
動かせなかった。
白い点は動かなかった。
爆発の熱の中で、白く、静かに、あった。
松下が霧島の横顔を見た。何か言いかけて、止まった。
田村が無線を持ったまま、画面を見た。
大石は機体の受け取りのために少し離れた場所にいた。霧島の顔が見えない位置にいた。
「霧島伍長」と松下が小さな声で言った。「三発目、どうしますか」
霧島は答えなかった。
画面の中の白い点を見ていた。
動かない。
動かない。
動かない。
これは何だ。
これは熱源だ。
熱源というのは温かいものだ。
温かいものというのは——
「霧島伍長」
松下の声が、遠くから聞こえた気がした。
「……三発目」
霧島は声を出した。自分でも驚くほど平坦な声が出た。
「三発目。東端。撃て」
田村が無線に向かった。
砲声。
東端で爆発が起きた。連鎖した。燃料缶が誘爆した。大きな炎が上がった。
画面が白く飽和した。
霧島はカメラを南側に戻した。
白い点は——見えなくなっていた。
炎の熱で、画面全体が白かった。
何も見えなかった。
霧島はサターンを帰還させた。
操縦器を置いた。
「任務完了です」と田村が言った。「集積所、ほぼ全焼と思われます。砲兵が確認を——」
「わかった」
霧島はそれだけ言った。
* * *
壕に戻った。
大石がサターンを木箱に戻した。バッテリーを確認した。いつも通りだった。
田村と松下は砲兵陣地からの確認報告を待っていた。
霧島は壕の隅に座った。
目を閉じた。
白い点が見えた。
動かない白い点が。
目を開けた。
壕の天井があった。土の匂いがした。硫黄の匂いがした。
また目を閉じた。
また白い点が見えた。
霧島は目を開けたまま、壁を見ることにした。
しばらくして、松下が来た。
「砲兵からの報告です。集積所、完全に機能喪失。弾薬の大半が誘爆したと思われます。燃料も全焼。当面の間、この方面の補給が滞ると予測されます」
「そうか」
「大きな戦果です」
「……そうだな」
松下は少し間を置いた。
「伍長。南側の見張りのことですが」
霧島は松下を見た。
「自分も画面を見ていました。白い点が——」
「わかってる」
「……はい」
松下は何も言わなかった。それ以上言わなかった。
それが霧島には、ありがたかった。
* * *
翌朝、霧島は西中佐に報告した。
戦果の内容。弾薬の損失。燃料の全焼。補給への影響。
西中佐は頷きながら聞いた。
報告が終わった。
西中佐はしばらく黙っていた。
「霧島。南側の見張りのことを言わなかったな」
霧島は少し驚いた。「松下から——」
「松下から聞いた。お前が言わなかったから、聞いた」
霧島は黙った。
「見たか」
「……見ました」
「どうだった」
霧島は答えを探した。言葉が見つからなかった。しばらくして、見つかった言葉はこれだけだった。
「動かなかったです。白い点が」
西中佐は黙って聞いた。
「暗視の画面だから、人間が人間に見えなかった。白い点でした。でも——」
霧島は少し間を置いた。
「白い点は温かいものです。温かいものは——生きているものです。それが動かなくなった」
西中佐は地図を見たまま言った。
「お前は今、眠れているか」
「……あまり」
「そうか」
西中佐は立ち上がった。霧島の隣に来た。
「今日は操縦器を置け。田村に任せろ」
「しかし——」
「命令だ」
霧島は黙った。
「お前が壊れると、サターンが飛べなくなる。それだけの理由だ」
実務的な言い方だった。
しかし霧島には、それが西中佐の優しさだとわかった。
感情で言うと、霧島が受け取れないから。
理由をつけて言ってくれた。
「……わかりました」
* * *
操縦器を持たない昼間は、霧島には奇妙な時間だった。
することがない、ということが、こんなに落ち着かないとは思わなかった。
大石が機体の整備をしていた。霧島はその横に座った。
「珍しいですね、伍長が暇そうにしているの」
「西中佐に休めと言われた」
「ならゆっくりしてください」
大石は翼の端を丁寧に確認した。段ボールの継ぎ目。接着の状態。
「大石」
「はい」
「昨夜の作戦のこと、聞いたか」
大石は手を止めなかった。「田村さんから少し」
「南側の見張りのことも?」
「……聞きました」
霧島は黙った。
大石は翼の確認を続けた。しばらくして言った。
「伍長は見てしまったんですよね」
「ああ」
「それは——辛かったと思います」
大石はそれだけ言った。
それ以上は言わなかった。
慰めも、説明も、理屈も、なかった。
ただ、辛かったと思います、とだけ言った。
霧島はしばらく黙っていた。
「……ああ」とやっと言った。「辛かった」
言葉にしたのは初めてだった。
言葉にしたら、少しだけ、軽くなった気がした。
少しだけ。
大石はまた翼の確認を続けた。丁寧に、一機ずつ。
* * *
夕方、田村が偵察から戻った。
霧島のところに来た。
「集積所、見てきました」
「どうだった」
「全焼してました。煙がまだ上がっていました。それと——」
田村は少し間を置いた。
「南側に、人が来ていました。数人。何かを——運んでいました」
霧島は田村を見た。
「担架だったと思います」と田村は静かに言った。「画面が小さいから確かではないですが」
霧島は目を閉じた。
担架。
白い点が、担架で運ばれていた。
目を開けた。
「そうか」
「……報告だけです」と田村は言った。「他に言いようがなくて」
「ありがとう」
田村は頷いて、自分の場所に戻った。
* * *
夜、霧島は記録帳を開いた。
残機数:十九機。
本日使用:一機(偵察・着弾観測)。
本日帰還:一機。
戦果:弾薬集積所全焼。敵補給に重大な支障。
霧島は「戦果」という文字を見た。
大きな戦果だった。
弾薬集積所の全焼は、この方面の米軍の作戦行動を数週間は制限する。それだけの成果だった。
霧島は鉛筆を持ったまま、しばらく動けなかった。
「戦果」の下に、何を書けばいいか。
書くべきことは一つあった。
南側の見張りのことを。
白い点のことを。
担架のことを。
霧島は書いた。
「南側警備員、一名、砲撃による負傷または死亡の可能性。画面で確認」
書いてから、その一行をしばらく見た。
消さなかった。
消してはいけない気がした。
記録帳に書いておかなければ、どこにも残らない気がした。
誰も知らないままになる気がした。
名前も知らない。
国籍は敵だ。
しかし白い点は確かにあった。
温かい何かが、あの海岸の夜にいた。
霧島は記録帳を閉じた。
目を閉じた。
白い点が見えた。
今夜も、眠れそうになかった。
(第七話 了)




