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硫黄島のサターン  作者: ヒロセカズヒ
7/11

画面の中

三十五日目。


米軍の疲弊が、画面越しにわかるようになっていた。


最初の頃は違った。上陸してくる兵士たちは規律正しかった。隊列が整っていた。物資の管理が徹底されていた。


しかし三十日を超えた頃から、少しずつ変わってきた。


夜間の見張りが減った。

補給物資の配置が雑になった。

動線が乱れた。


霧島はそれをサターンの画面で見ていた。毎日、少しずつ。


「疲れているんですね、向こうも」と松下が言った。


「こんな島で三十日以上戦えば誰でも疲れる」


「トイプレーンが夜も飛んでくるから、眠れないんじゃないですか」


田村が笑った。「まさか玩具が怖くて眠れないなんて、上官には言えませんよね」


霧島は画面を見たまま、少し笑った。


笑いながら、画面の中の疲弊した兵士たちを見ていた。

向こうも人間だった。

疲れる人間だった。



*  *  *


その日の午後の偵察で、松下が異変に気づいた。


「霧島伍長。ここを見てください」


松下が操縦器の画面を指した。海岸近くの平地。


木箱が積まれていた。大量に。整然とではなく、雑に。


「弾薬か」


「形状からすると、砲弾と小火器弾薬が混在しています。それと——」


松下は画面を拡大した。


「燃料缶です。あの赤い缶。かなりの量があります」


霧島は画面を見た。海岸の集積所。遮蔽物が少ない。屋根もない。警備は——


「警備が薄い」と田村が言った。「見張りが二人しかいません。いつもより」


霧島は画面を見た。


確かに薄かった。疲弊の証拠だった。三十五日間の消耗が、警備の密度にまで出ていた。


「西中佐に報告する」



*  *  *


西中佐は画面の映像を見て、すぐに判断した。


「叩く。今夜」


「砲撃の着弾観測でいきます。サターンの消耗を抑えたい」


「それでいい。ただし——」


西中佐は霧島を見た。


「警備の兵がいる。砲撃の前に、できるだけ位置を把握しろ。無駄な犠牲を出すな、向こうの」


霧島は少し驚いた。


敵の犠牲を減らせ、と西中佐は言った。


「……はい」


「あいつらも、ただの兵隊だ。弾薬の山の隣で眠れない夜を過ごしている。俺たちと同じだ」


西中佐は地図に戻った。


「できる限り、でいい。ただし集積所は確実に叩け」



*  *  *


日が落ちてから、霧島は暗視ポッドをつけた偵察機を上げた。


画面が緑がかった色になった。熱源が白く映る。


集積所が映った。


木箱の山。燃料缶の列。そして——


白い点が二つ。

見張りだった。


霧島はサターンをゆっくり旋回させた。見張りの動きを確認した。


一人は集積所の北側に座っていた。動かなかった。

もう一人は南側をゆっくり歩いていた。


霧島はその動きをしばらく見た。


歩いている方の見張りは、時々立ち止まった。空を見上げるような動作をした。


トイプレーンを警戒しているのかもしれなかった。

暗闇の中で、音だけを頼りに。


霧島はサターンの高度を上げた。音が届かないように。


「田村。見張りの位置を砲兵に伝えろ。着弾目標は集積所の中心。見張りから最も離れた地点から始める」


「わかりました」


霧島は画面を見続けた。


白い点が二つ、画面の中にあった。

人間だった。

疲れた人間が、夜の海岸で見張りをしていた。



*  *  *


砲声が夜の空気を割った。


霧島は画面から目を離さなかった。


集積所の右端に土煙が上がった。木箱が吹き飛んだ。


「短い。もう少し中心寄り」


田村が無線に向かった。


霧島は白い点を確認した。

北側の見張りが立ち上がった。動いていた。集積所から離れる方向に。

南側の見張りは——どこだ。


霧島はカメラを動かした。


いた。南側の見張りは集積所の陰に入っていた。伏せているのか、隠れているのか。白い点は小さくなっていた。


「二発目」と霧島は言った。「中心。撃て」


砲声。


今度は集積所の中心に近かった。木箱が連鎖的に爆発し始めた。


画面が一瞬、明るくなった。


霧島は白い点を探した。


北側の見張りは——遠ざかっていた。逃げていた。走っていた。白い点が速く動いていた。


南側は——


霧島はカメラを集積所の南側に向けた。


爆発の熱で、画面が白く飽和していた。

その中に。


白い点があった。

動いていなかった。



*  *  *


霧島はカメラを動かさなかった。


動かせなかった。


白い点は動かなかった。

爆発の熱の中で、白く、静かに、あった。


松下が霧島の横顔を見た。何か言いかけて、止まった。


田村が無線を持ったまま、画面を見た。


大石は機体の受け取りのために少し離れた場所にいた。霧島の顔が見えない位置にいた。


「霧島伍長」と松下が小さな声で言った。「三発目、どうしますか」


霧島は答えなかった。


画面の中の白い点を見ていた。


動かない。

動かない。

動かない。


これは何だ。

これは熱源だ。

熱源というのは温かいものだ。

温かいものというのは——


「霧島伍長」


松下の声が、遠くから聞こえた気がした。


「……三発目」


霧島は声を出した。自分でも驚くほど平坦な声が出た。


「三発目。東端。撃て」


田村が無線に向かった。


砲声。


東端で爆発が起きた。連鎖した。燃料缶が誘爆した。大きな炎が上がった。


画面が白く飽和した。


霧島はカメラを南側に戻した。


白い点は——見えなくなっていた。

炎の熱で、画面全体が白かった。

何も見えなかった。


霧島はサターンを帰還させた。

操縦器を置いた。


「任務完了です」と田村が言った。「集積所、ほぼ全焼と思われます。砲兵が確認を——」


「わかった」


霧島はそれだけ言った。



*  *  *


壕に戻った。


大石がサターンを木箱に戻した。バッテリーを確認した。いつも通りだった。


田村と松下は砲兵陣地からの確認報告を待っていた。


霧島は壕の隅に座った。


目を閉じた。


白い点が見えた。

動かない白い点が。


目を開けた。


壕の天井があった。土の匂いがした。硫黄の匂いがした。


また目を閉じた。


また白い点が見えた。


霧島は目を開けたまま、壁を見ることにした。


しばらくして、松下が来た。


「砲兵からの報告です。集積所、完全に機能喪失。弾薬の大半が誘爆したと思われます。燃料も全焼。当面の間、この方面の補給が滞ると予測されます」


「そうか」


「大きな戦果です」


「……そうだな」


松下は少し間を置いた。


「伍長。南側の見張りのことですが」


霧島は松下を見た。


「自分も画面を見ていました。白い点が——」


「わかってる」


「……はい」


松下は何も言わなかった。それ以上言わなかった。


それが霧島には、ありがたかった。



*  *  *


翌朝、霧島は西中佐に報告した。


戦果の内容。弾薬の損失。燃料の全焼。補給への影響。


西中佐は頷きながら聞いた。


報告が終わった。


西中佐はしばらく黙っていた。


「霧島。南側の見張りのことを言わなかったな」


霧島は少し驚いた。「松下から——」


「松下から聞いた。お前が言わなかったから、聞いた」


霧島は黙った。


「見たか」


「……見ました」


「どうだった」


霧島は答えを探した。言葉が見つからなかった。しばらくして、見つかった言葉はこれだけだった。


「動かなかったです。白い点が」


西中佐は黙って聞いた。


「暗視の画面だから、人間が人間に見えなかった。白い点でした。でも——」


霧島は少し間を置いた。


「白い点は温かいものです。温かいものは——生きているものです。それが動かなくなった」


西中佐は地図を見たまま言った。


「お前は今、眠れているか」


「……あまり」


「そうか」


西中佐は立ち上がった。霧島の隣に来た。


「今日は操縦器を置け。田村に任せろ」


「しかし——」


「命令だ」


霧島は黙った。


「お前が壊れると、サターンが飛べなくなる。それだけの理由だ」


実務的な言い方だった。

しかし霧島には、それが西中佐の優しさだとわかった。

感情で言うと、霧島が受け取れないから。

理由をつけて言ってくれた。


「……わかりました」



*  *  *


操縦器を持たない昼間は、霧島には奇妙な時間だった。


することがない、ということが、こんなに落ち着かないとは思わなかった。


大石が機体の整備をしていた。霧島はその横に座った。


「珍しいですね、伍長が暇そうにしているの」


「西中佐に休めと言われた」


「ならゆっくりしてください」


大石は翼の端を丁寧に確認した。段ボールの継ぎ目。接着の状態。


「大石」


「はい」


「昨夜の作戦のこと、聞いたか」


大石は手を止めなかった。「田村さんから少し」


「南側の見張りのことも?」


「……聞きました」


霧島は黙った。


大石は翼の確認を続けた。しばらくして言った。


「伍長は見てしまったんですよね」


「ああ」


「それは——辛かったと思います」


大石はそれだけ言った。

それ以上は言わなかった。

慰めも、説明も、理屈も、なかった。


ただ、辛かったと思います、とだけ言った。


霧島はしばらく黙っていた。


「……ああ」とやっと言った。「辛かった」


言葉にしたのは初めてだった。

言葉にしたら、少しだけ、軽くなった気がした。

少しだけ。


大石はまた翼の確認を続けた。丁寧に、一機ずつ。



*  *  *


夕方、田村が偵察から戻った。


霧島のところに来た。


「集積所、見てきました」


「どうだった」


「全焼してました。煙がまだ上がっていました。それと——」


田村は少し間を置いた。


「南側に、人が来ていました。数人。何かを——運んでいました」


霧島は田村を見た。


「担架だったと思います」と田村は静かに言った。「画面が小さいから確かではないですが」


霧島は目を閉じた。


担架。


白い点が、担架で運ばれていた。


目を開けた。


「そうか」


「……報告だけです」と田村は言った。「他に言いようがなくて」


「ありがとう」


田村は頷いて、自分の場所に戻った。



*  *  *


夜、霧島は記録帳を開いた。


残機数:十九機。

本日使用:一機(偵察・着弾観測)。

本日帰還:一機。

戦果:弾薬集積所全焼。敵補給に重大な支障。


霧島は「戦果」という文字を見た。


大きな戦果だった。

弾薬集積所の全焼は、この方面の米軍の作戦行動を数週間は制限する。それだけの成果だった。


霧島は鉛筆を持ったまま、しばらく動けなかった。


「戦果」の下に、何を書けばいいか。


書くべきことは一つあった。

南側の見張りのことを。

白い点のことを。

担架のことを。


霧島は書いた。


「南側警備員、一名、砲撃による負傷または死亡の可能性。画面で確認」


書いてから、その一行をしばらく見た。


消さなかった。


消してはいけない気がした。

記録帳に書いておかなければ、どこにも残らない気がした。

誰も知らないままになる気がした。


名前も知らない。

国籍は敵だ。

しかし白い点は確かにあった。

温かい何かが、あの海岸の夜にいた。


霧島は記録帳を閉じた。


目を閉じた。


白い点が見えた。


今夜も、眠れそうになかった。




(第七話 了)

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