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第二話 生活写真は、ないの?

その夜、実家の二階でスマホがまた鳴りはじめた。


崇史が、写真を一枚ずつ貼っていく。


白い背景のスタジオに、雑誌の表紙。ドレスの裾を持った横顔。


一枚増えるたびに、スタンプが三つ四つくっつく。


『きれいねえ』


『崇史くん、どこで知り合ったの』


『女優さんが親戚になるなんて、職場で自慢しちゃう』


『瑠衣ちゃんは、お料理なんかもするのかしらねえ』


『お似合いだよ、ほんとに』


『この子ったら、なかなか会わせてくれないのよ。忙しい人だから』


伯母の吹き出しのあとに、崇史がまた一枚。今度は、どこかの授賞式の写真だった。


画面の流れる速さに、親指が追いつかない。


階下から、母が洗い物をする音が上がってきていた。


写真が10枚を超えたあたりで、流れがふっと途切れる。


俺は一行だけ打った。


『生活写真は、ないの?』


送信して、ぬるくなったお茶を一口飲む。


既読の数字だけが、静かに増えていく。


返事は来ない。スタンプも、来ない。


2分ほどして、崇史の吹き出しが現れた。


『妬むのも分かるよ。征吾、ずっと彼女いないもんな』


『ヒキガエルが白鳥を見上げても、首が痛くなるだけだぞ』


笑いのスタンプが、ぽつぽつと続く。


返事を打ちかけて、指が止まった。入力欄が消えている。


画面のいちばん下に、灰色の文字が一行。


『崇史が征吾を退会させました』


履歴に、ご丁寧に名前まで残っていた。


    *


階段を下りると、父がこたつでテレビを見ていた。


画面では、年末の特番が誰かの物まねをやっている。父は笑ってもいないし、チャンネルを替えもしない。


「父さん、スマホ貸して」


「……何に使う」


「家族LINE。追い出された」


「追い出されたって、お前……何を言ったんだ」


「普段の写真はないのって、聞いただけ」


父はしばらく俺の顔を見ていた。


それから長い溜息をついて、こたつの上のスマホをこちらへ滑らせる。


俺は父の名前のまま、グループに打ち込んだ。


『崇史、正月2日の新年会に、彼女さんを連れてきてくれ。みんなで挨拶したいから。お年玉は、おじさんが用意しておく』


父が、横から画面を覗いた。


読み終えても、何も言わない。リモコンでテレビの音を一つ下げただけだ。


既読が、見る間に20、35と増えて、50で止まった。


『叔父さん、太っ腹』


『瑠衣ちゃんに会えるの?』


拍手のスタンプと、頭を下げる熊のスタンプが縦に並ぶ。


少し間があって、崇史。


『連れてくるよ。恥をかくのは誰かな』


父はスマホを受け取ると、画面を消して、こたつの上に伏せた。


「……あんまり、揉めるなよ」


「揉めないよ。来てくれたら、挨拶するだけ」


「お年玉は、俺が出すのか」


「俺が出す」


父は、それ以上は聞かなかった。


テレビの中で、観客がどっと笑った。


    *


翌日、母の買い物に付き合って、県庁所在地の百貨店まで車を出した。


正月用の取り皿を見たい、と母は言っていた。


入口の自動ドアをくぐると、足拭きマットに細かい砂が溜まっている。


エスカレーターの手前で、聞き慣れた声に呼び止められた。


「あれ、叔母さんじゃん」


崇史だった。濃紺のスーツに、後ろへ撫でつけた髪。


隣に、毛皮の襟のコートを着た伯母がいる。


「征吾も一緒か。ここ、叔母さんたちが来るような店じゃないだろ」


「お皿を見に来ただけなのよ」


母が笑って答えると、伯母が首を傾けた。


「昌代(まさよ)さんは、見るだけ? そう、見るだけね」


「駅の裏に、安い店が並んでるだろ。叔母さんには、あっちのほうが落ち着くって」


「そうね。あっちも、あとで見てみようかしら」


母が、崇史の言葉をそのまま受け取ってしまう。


伯母が、肩にかけたバッグを持ち直す。


「今日はね、崇史があそこの鞄を買ってくれるって。私、頼んでないんだけど」


伯母の指の先に、一階の奥の店が見えた。海外のハイブランドの旗艦店だ。


ガラスの入口の前に、10人ほどの列ができている。


「昌代さんには、一生縁のないお店かもしれないけど。せっかくだから、見ていく?」


母は返事をしないまま、俺の袖を小さく引いた。


「征吾、お皿は今度でいいから」


「せっかく来たんだし、ちょっと寄ってこう」


母の背中に手を添えて、一緒に店の前まで歩く。列の最後尾には、崇史と伯母が先に並んでいた。


警備員が近づいてきて、俺たちの前で足を止めた。


「お客様、こちら、お並びになりますか」


「あ、いえ、私たちは……」


母が半歩下がる。


「すみません、見ていただけなので」


崇史が振り返って、鼻で笑った。


「並ぶだけ無駄だって。入ったって、買えないんだから」


    *


母が背中を向けかけたとき、店のガラス扉が内側から開いた。


黒いスーツの店員が一人、列の横を抜けてこちらへ歩いてくる。


崇史が姿勢を正して、半歩前へ出た。


「あ、どうも。鷺沢です。今日は母の鞄を……」


店員は崇史の前を通り過ぎ、伯母の前も通り過ぎた。


俺の正面で、足を揃える。


視線はまっすぐ俺に向いていて、少しも揺れなかった。


「鷺沢様、いらしてたんですか。お声がけくだされば、お部屋をご用意しましたのに」

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