第9話 崩れる広場
エルドリックが倒れた瞬間、広場が凍りついた。
誰も動かなかった。
人間も魔族も、兵士も民衆も、石畳に倒れた男を見ていた。
次の瞬間、悲鳴が爆発した。
人間が泣いた。魔族も泣いた。誰かがエルドリックの名前を叫んだ。
「魔族の仕業だ!」
「出鱈目だ! 魔族の使者も狙われたんだぞ!」
「じゃあ誰がやった!」
「聖王国の刺客だ!」
「黙れ! 証拠もないことを言うな!」
声が声を押し潰していく。
さっきまで同じ場所に立っていた人間と魔族が、互いを見た。庇おうとする者もいた。疑う者もいた。何が起きたのか分からず、ただ怯える者もいた。
広場は、悲しみではなく混乱で裂けていった。
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兵士が向かってきた。
僕は短剣を振るい、その足を止めた。
「追え!」
後ろで声が上がる。
足が石畳を蹴る。人の間を縫う。肩がぶつかる。誰かが転ぶ。
「使者を守れ!」
「いや、捕らえろ! 何が起きたか分かるまで逃がすな!」
声が重なる。
一瞬だけ振り返った。
魔族の使者が護衛たちに囲まれていた。守っているのか、逃がさないようにしているのか、分からなかった。
足が止まりかけた。
でも、動けなかった。
任務は終わった。ここに残れば捕まる。家族への支援も失う。
僕は目を逸らした。
そして群衆に紛れて、広場から逃げた。
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路地に入った。
広場の悲鳴はまだ聞こえていた。さっきより遠い。けれど、消えない。
壁に背中をつけた。
呼吸が荒かった。手が震えていた。血のついた短剣が、まだ手の中にあった。
僕は間違っていない。
僕は間違っていない。
僕は間違っていない。
僕は間違っていない。
僕は間違っていない。
何度も言い聞かせた。
僕は勇者だ。
正しいことをした。
短剣に反射した自分の顔は血に塗れていた。




